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4、(信)班で公園へ


 部活の無い放課後、俺は班員に家から近い公園に集まって貰うことにした。


 先に幸をひとり公園に向かわせて、俺と吉田は気持ち遅れて現地に向かう。先を歩く幸の後ろ姿を見て、吉田は物陰に隠れたりと、尾行ごっこをしてふざけていた。


 ついた場所は公園と言うよりも、周囲を樹木で囲まれた単なる空き地だ。申し訳程度に置かれたベンチと、自治会の倉庫が見える。遊具はパンダとトラとゾウの揺れる椅子のようなものだけだ。


 一足先に向かった幸は、パンダにまたがって、のんきに揺れていた。幸は俺に気がつくと大きく手を振る。


「ここも昔は砂場とブランコとかタイヤの揺れるやつとかあったんだけどねー。危ないからって無くなっちゃったねー」

「球技も自転車もスケボーも禁止だしな、何のためにあるのか空しくなる、名ばかりの公園だよな」


 まあ、そのおかげで子どもは殆ど来ない。今じゃすみっこのベンチでご老人が日向ぼっこをする、ひなびたご町内スポットだ。少子高齢化社会には合っているのかもしれない。



 俺たちは三人でそれぞれの遊具に座って佐久間菊子を待っていた。すると吉田の知り合いが通りかかり、吉田を呼びつけた。


「ごめん、先輩にDVD貸す約束してた。ちょっと家に走って渡してくる」


 用件だけ言うと、吉田は背の高い学生を追いかけて走り去った。

 残された俺たちはポカンと口を開けて、誰もいなくなった公園を見ていた。


「ふたりだけになったねぇ……」

「ちょっと奥に移動するか、二人きりだと外聞が気になる」


 俺はそう言って、公園奥の非常用の物資が入っているらしい倉庫の陰に移動した。幸も後からトボトボとついてくる。


「心配しすぎると将来はげるよー」

「おまえなぁ……」


 呆れる俺の隣に、幸はいつものように腰掛けた。いつもどおりの密着距離感、腕と腰がくっついている。


「近すぎる。離れて」

「そう?」


 待てと言われた子犬のように、首を傾げる幸に、俺は言った。


「外だからね」

「……そっか」


 幸は気持ちションボリし、肩の触れる距離から五センチほど横にずれた。

 まだ近いよ、と俺は思ったが、座っていれば幸の体は植木に隠れるし、こっちからは公園入口が見えるので、人が来たら立てばいいかと、俺はそれ以上は言わなかった。



 九月は秋と区分されるらしいが、昼間は暑く、日陰にいてもじっとりと汗が出る。

 幸は鞄から虫除けスプレーを出して、自分の手足に吹いていた。スプレーの中身はママの自作で、ハッカとアルコールの臭いがプンと鼻につく。


「最近よく寝ているけど、どんな夢見てんの? 時代は進んだ?」

「最近かー……あ、東西南北に国があって、それぞれに四体の守護竜がいたでしょ? 五百年くらいに二体増えた。五と六、人型だよ」

「へぇ」


 俺は幸の夢ノートを出して、世界の概要が書かれているページを出す。


「東は平野で一の王と一の竜、国名はセダンで竜は地竜。

 西は学舎、二の王と風竜。

 南は砂漠の国アスラ、三の姫と火竜。

 北は氷土でファリナ、四の姫と水竜だっけ。

 新しい竜はどこに配置された? 中央?」


「そうだよー。ふたりは中央の聖地にいるの。植物と動物担当で、数の管理をするみたいなの」

「中央が命の数の管理をすることになったんだな、なら片寄りなく命の水が全国に行き渡るわけか……」

「あー、そーゆー意味なのか。君はよく気がつくなぁ。私は何も考えていなかったよ」


 俺は今まで書き留めたノートをぱらりとめくる。異世界要素を外すと、単なる地理と世界史のノートに見える。

 夢の話をまとめて客観的にみると、幸の夢は毎回同じ世界だと言うのがよくわかった。


 ただ年代だけが違って、夢を見るたびに時代が前後するので年表が作りにくい。時代の判別は、幸が視点にしているフレイという女性の手足の長さなのでかなり曖昧だ。


 幸は目を輝かせて、新しい守護竜の話を続けた。


「新しい竜はとってもかっこいいの。まあ水竜も人の形になると超絶美人だけどね! 新しい子は白と黒の双子で、フレイは雪と月の名前をつけてたの」

「なんという名前?」


 俺は守護竜のページに五と六を加える。


「白竜がNo.5で、レアナ・マクリーン。雪の白。黒竜がNo.6でアレクセイ・レーン。闇の月よ」

「幸、現地の表記も入れて」


 俺がノートを渡すので、幸は向こうの世界の文字を入れる。俺はその文字を見て眉を寄せた。


「相変わらず意味不明な文字だな……」

「そんなことないよ、日本語よりはぜんぜん簡単。平仮名、カタカナ、漢字の読み方二種類。全四種類とかじゃないからね、アルファベットみたいなもんだよ」

「ふーん」


 俺がノートとにらめっこをしていたら、佐久間菊子が辺りを見回しながら公園に入ってきた。


「菊子さん、ここだよー!」


 幸が飛び出して手を振ったので、菊子は気がついて近寄ってくる。俺も幸につられて立ち上がった。


「あなたたち二人だけ? 吉田君は?」

「吉田は一度帰宅した。また来るみたいだ」

「ふーん」


 菊子は俺と幸を交互に見て、俺が持っていたノートを指差した。


「それ、宿題?」

「あ、これは……」


 俺は少し考えて、ノートを菊子に渡した。

 そのノートはエレンママにさえも見せていなかったので、幸は驚いて俺を見た。菊子はページをパラリとめくる。


「小説の設定? 羽間くん、小説を書いているの?」

「いや、それは篠崎さんの見ている夢の話。詳細は吉田が来てからと思っていたけどいいや、説明するね」


 俺と菊子は立ったまま小声で幸の夢の話をしていた。幸は内容を知っているので、聞く気が無く、草影にしゃがんでトカゲを探していた。

 話を聞いた菊子は、信じられないと手に口をあてて、幸をまじまじと見る。


「篠崎さんが突然寝てしまうのは、制御できないのね……」

「そう、いつ倒れるか予測がつかないし、前触れとか予兆もない。気がついたら寝ているやっかいなものだ」

「……ふむ」


 菊子はしばらく黙って、聞いた話を頭のなかで整理していた。


「では、夜早く寝るとか、昼間に運動をするとかではどうにもならないの? 私、部活にお誘いしようかと思ったのだけど」


 俺は苦笑いをして頷く。


「篠崎さんに部活動は無理だよ」

「そう? 楽しいわよ、剣道」

「確かに楽しいけどね、篠崎さんは、今や通学さえ辛い状況だから、なるべく早く家に帰したいんだ」


 菊子は納得出来ずに、幸に向かって勧誘した。


「朝早くから夕方まで運動してたら、体力が増えるし、生活リズムや睡眠サイクルの確立には良いと思うわ、篠崎さん、どう?」


 委員会は、幸が夜寝ていないから、昼に寝ていると思ったらしい。


「佐久間さん、幸は毎日九時には寝ているんだ。俺と違って夜に起きている事はないよ。幸が昼間に寝るのは、制御出来ないんだ、薬も効かないみたいだ」


 真面目に現状を説明したのに、本人は幼児のようにあどけなく笑って、委員長に話しかける。


「あのねー、信は昼間運動してても夜寝ないよ、夜はゲームしてるー」

「……コーウ」


 余計な事を言うなと、幸をにらんだ。


「ひゃっ」


 俺の視線に怯えて、幸は菊子の背後に隠れた。

 菊子は背中にいる幸の肩を引き寄せて、頭をよしよしと撫でる。幸は一瞬驚くが、手懐けられたようで、そのまま菊子の背中にくっついていた。


「あなたたち、なんでお互いの夜の事を知っているの?」

「……あっ」


 俺はしまったと、ひきつり笑いをする。さすがに同じ部屋で寝ることもあるとかは、言えない。

 何も考えてはいないだろう、幸は楽しそうにアハハと笑った。


「私の家から、信の部屋の窓がみえるの!」

「へぇ……家が隣だとは聞いていたけど、そんなに近いのね……」


 よし、うまく切り抜けた。それ以上はよせ、コウ、止まれ。ステイ。


「信はうちの子どもみたいなものなの。幼稚園からずっと、うちでごはんたべてる」

「まぁ……」


 宿題を見てくれた菊子が相手だからか、幸が人見知りをせずよくしゃべる。しかしその内容に、俺は頭を抱えた。


「父も家で剣道の師範をしてるから、ウチでご飯を食べて帰る子どもはいるけどね、あなたたちはそんなに仲が良かったの……クラスではわざと距離を取っている感じなのね……」


 菊子は口に手をあてて、まじまじと幸を見た。幸は見られたのが恥ずかしいのが、顔を赤くして下を向く。


「……し、信はウチのママが好きなんだよ。うちのママは美人だから、信はよくみてる」

「ちょま、なんだそれ、違う、違うからな、佐久間……」

「信はキレイな人を見る癖があるの、だから菊子さんもよーく見ているよ」

「……えっ」


 美人と言われて菊子の顔がぽっと赤く染まった。

 俺は笑顔を顔に張り付けたまま、幸の露出したおでこをパチンと指で弾いた。


「……っあ!」


 幸は弾かれたおでこを押さえてうずくまる。

 俺は菊子に向き直り、屈託の無い笑顔を向けた。


「今の、全部篠崎の妄想だから、忘れて!」


 デコピンされた幸はしばらくしゃがんで呻いていたが、突然立ち上がり鞄を背負った。


「私帰るから、ふたりは仲良く……」


 幸はそのままおでこをさすって公園を出ていく。俺と菊子は、ヨロヨロと走り去る幸の後ろ姿を見ていた。


「追いかけなくていいの?」

「家近いから、こうして目で追えればいいかな」


 菊子は少しためらって口を開いた。


「篠崎さん、怒って帰ったのよ? あなたがデコピンをしたから」

「えっ?」


 指摘されて俺はうろたえる。


「そんな強くはやってないよ?」

「じゃあ私にやってみて? そしたら分かるわ」


 菊子は額を出して軽く目を閉じ、どうぞと俺に顔を向けた。俺はしばらくためらって、「無理だ」と降参した。


「私もよく兄にどつかれますけどねぇ、結構ダメージ受けるわ。人からされると特に」

「……う、ごめん。俺、何も考えてなかった」


 菊子はニンマリと笑う。


「でもまあ、あなたたちが兄妹のように仲が良い事は分かったわ。篠崎さんが倒れてしまう件については、学校では私が注意してみる。倒れたら先生と羽間君に伝えるわね」

「ありがとう、そうしてくれると助かる」


 菊子は腕組みをしてうーんと唸る。


「通学路は、お店や、見守りをしている人に声を掛けたら見てもらえると思うの。ここは西地区よね? なら区長さんを知っているから、父に口ききをしてもらうわ。連絡先は学校と篠崎さんのお宅でいいのよね?」

「なにそれ。すごいな、佐久間さんの人脈」

「だって、家の父が東の区長をしているのだもの。あの人たちしょっちゅう集まっているのよ。仲良しなの。ご町内の見回りは趣味みたいなものよ」

「……すげぇ」


 菊子は親を誉められて照れたのか、頬に手をあててにやけていた。


「吉田君は来ないようだし、私も用事があるから今日はここまでにしない? あと、今日の話で他言して欲しくないことがあるなら教えてね」


 帰る準備をする菊子を見て、俺はペコリと頭を下げた。


「付き合ってもらってごめんね。来てくれてありがとう。話は、幸の夢の世界の事と、俺が幸の家でお世話になっていることは他言無用で」


 菊子はじっと俺を見つめた。


「コウ」

「あっ、篠崎さん」


 呼び方につっこまれて俺はうろたえた。

 菊子はフッと微笑して、じっと俺を見た。


「篠崎さんもあなたの事をシンと言っていたわ。これを隠すなら、私たちもそう呼びましょう。私はキクコ。あなたはシンね」

「じゃあ、吉田はタケシ?」

「……いえ、そこはヨシダで」

「吉田がサ……菊子の事を名前呼びするのはアリ?」


 菊子はうーんと唸って顔を上げた。


「有事なのでアリとします。私は呼ばないけどね」

「なんで? 喜ぶと思うよ」

「だから嫌なの。過剰反応されるのは不快だわ」

「なるほどねぇ……」


 吉田はアニメの見すぎか、女子に下の名前を呼ばれたり、物語のように親しくされることに憧れを持っていた。


 ……委員長は本当に人をよく見てるよ。


 俺は「ズルい、俺も下の名前で呼んで?」とごねる吉田を想像して苦笑した。


「じゃあ、五時から習い事があるから帰るわ。またね、シン」


 心のなかで吉田を笑っていたのに、菊子に下の名前をよばれると心臓に悪い。

 菊子はくるりと向きを変えると、艶のある長い黒髪がさらりと揺れた。


 ……デコピンの時のキス待ち顔といい、流れる黒髪といい、ホント絵になる人だよ。


 俺は去って行く菊子に向かって手を振りながら、自分も帰路に着く。

 ミンミンとうるさい蝉の声をBGMに、俺は幸に言われた、「美人だからよく見ている」という言葉を考えていた。



 人に言われるまでもなく、俺は普段から幸をよく見ている。

 理由は単にカワイイから、一秒も逃さず見ていたい感じだ。

 それを幸とママにばれないように隠していたが、他の人を見ることに関しては特に気にしていなかった。


 美人があるいていたら見るのは男のさがみたいなものだけど、好きな人に勘違いをされていることは問題だ。


 かといって、俺の事を何とも思っていない幸に告白なんてできるはずがない。フラれるとあの家から追い出されてしまう。それは寂しい。


『母親のように、エレンママが好き』


 この程度の勘違いなら訂正しないほうがよい気がする。

 これは家族愛ってやつだ、健全で清らかで、やましいところは一切ない!


 ……あの家に入れて貰う為なら、俺は邪念を捨てる!



 俺は吉田の事をすっかり忘れていたので、その後戻って来た吉田が、日が暮れるまで公園で待っていたとは思いもしなかった。翌日学校でその事を延々と愚痴られた。


退屈な積み木を積み上げて、バーンとなぎ倒すのが好きです

(異世界が遠くてスミマセン)

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