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2-6、旧礼拝堂

 

 窓の外には鬱蒼とした暗い森が広がっていた。

 私は就寝時間ギリギリまで待って、寄宿舎に並んでいる固定電話から隼人に電話をかけた。


 隼人に聞きたいとこは二つ。

 ・ママのお墓の場所

 ・隼人が私に使ったお金の総額


 電話の呼び出し音よりも、自分の心臓の音のほうがうるさく聞こえる。


 緊張も緊張、学校の面談よりもガチガチなこんな状態で電話に隼人が出たら、私の心臓は止まるかもしれない。隼人の帰宅時間なんて待たずに、留守電にメッセージを残せば良かったかもしれない。


「……篠崎です。娘に何かありましたか?」

「……!」


 番号が学校のものだからか、隼人は普通に電話に出た。私は久々に聞く隼人の声に萎縮して声が出なかった。


「間違い電話? 迷惑な……」


 隼人が通話を切ろうとするので、私は慌てて声を出した。


「……わっ……たしっ!」


 声は出たが、詰まって途切れ途切れになる。しかし隼人は声で聞き分けたようで「コウ?」と応じた。


「お前から声を掛けてきたのははじめてだな。まあ忙しいので簡潔に用件を言うように」

「……むぅ」


 この人のどこに優しさがあるのかと、私は疑問に思いながら、さっきまとめた事を言う。


「ママのお墓はどこにありますか? 私はそこに行くことがでっきますか?」


 ……ダメだ、緊張しすぎて直訳した文章みたいになった。


 焦る私をよそに、隼人は淡々と返答する。


「墓はじーさんの屋敷のそばの親族の墓地だけど、お前がそこに行く手段は無いなあ」

「どうして? 電車でもバスでも、私行けるよ?」

「方向音痴なのに、車で二時間かかる所に行く気か? それにお前が一人で行ったって、門番は門を開けないだろ。第一たどり着けるとは思えない」

「おじいさまのお屋敷でしょ? 私はそこに住んでいたのよ?」

「じゃあ住所言ってみろ? 十秒待ってやる」

「……う」


 ……前に住んでいたけど、どこにあるかなんて知らなかった。移動は全て車だったし。

 

「……湖のそば」


 十秒ギリギリになったが、私は質問にとりあえず答えた。隼人はそれを聞いてゲラゲラと笑う。


 ……ほらね、全然優しくない。何言っても私をからかうことしか考えてないんだから。


「私、隼人と親子をやめたい」

「………」


 二番目の用件を言う筈がつい本音が出た。隼人は聞いてるのか聞いてないのか、しばらくの間受話器から音は聞こえて来なかった。

 私は受話器に耳をあてたまま、電話の向こうの音を聞こうと息を潜めていたら、隼人がスッと息を吸う音が聞こえた。


「縁を切る気は無いよ。本気なら弁護士に依頼して正式に来い。もう一つの手段は結婚すれば書類だけの関係にはなれるな。そこで結婚相手でも見つかったか?」

「はぁ? 女子校の寄宿舎で? 隼人はバカなの?」


 私が心底軽蔑して言うと、隼人は笑う。

 

「何処にだって男の一匹や二匹いるだろ?」

「隼人は私の年令知ってる? 私十五才。結婚とか出来ないし!」

「その年令じゃ死ぬしか縁は切れんよ」

「もう、なんでそんな酷いことしか言わないの?」


 ……言うんじゃなかった。電話では何の情報も得られなかった。

 

 私はどうしようもなく悲しくなり、泣き声になりそうだったので、無言で電話を切った。



 誰もいない寄宿舎の廊下は寒々しい。


「涙がひっこんだら部屋に戻ろう……」


 私は番号が書いてあるメモを破ってゴミ箱に入れた。


 親と喧嘩別れをした、悲しい気持ちのまま暗い廊下に立ち、窓から見える夜の裏庭を見ていた。

 鬱蒼とした木々が生える学院の裏庭には灯りはなく、見える景色は黒で覆い尽くされている。

 私はぼんやりと、泉で会ったあの人の事を思い浮かべなから、真っ暗な林を見ていた。


「一つだけ、隼人と縁を切る方法があるな……」


 来年の夏にあの泉からあっちに行って、戻らなければもう二度と会うことはなくなる。


 私がいなくなる事で困る人はいるだろうか?

 信のパパは仕事を差し置いて息子を探している。菊子さんのご家族もそうだろう。でも私の家族はもう隼人しかいないし、隼人は私が消えたって何も変わらないだろう。


「うん、向こうから信と菊子さんを連れ戻して、私は向こうにいよ……」



 ぼんやりとそんなことを考えていたら、ザワリと胸の内側を撫でられたような感覚におそわれた。これはあれだ。信センサー。じゃないな、信センサー改め、フレイに関係する人センサー。


 どこからだろう? と、キョロキョロと周りを見ていたら、庭を人が歩いているのが見えた。

 闇に溶ける紺のケープを縁取る白には見覚えがある。それはこの学院のシスターの服だ。


 ……違った。信でも泉の人でも無かった。


 この学院のシスターまで信センサーに引っ掛かるとか、もう、信発見センサーは本当にあてにならない。


 私はボーッとシスターの後ろ姿を見ていたが、やはり気になって後を追いかけた。




「……寒っ!」


 前と違って、外に出た途端冬の空気が肌につきささった。私はショールを広げて頭からかぶり、闇の中、シスターの気配を追いかけた。


 鬱蒼とした夜の裏庭を抜けて、視界が開けたと思ったらそこには古い石造りの礼拝堂が見えた。



「こんばんは……誰かいますか?」


 古い礼拝堂の扉の鍵は開いていた。

 私は入口からそっと礼拝堂に入る。普段ミサをするときは校舎脇のきれいな礼拝堂で行われているので、ここは何なのだろうと不思議に思う。


 外見はボロボロで使用されている気配がないのに、中はあたたかく、灯りもついていて、礼拝堂らしい厳粛な雰囲気を漂わせていた。


 礼拝堂の中にはシスターはおろか、誰もいなかった。

 祭壇の奥には扉が見えたが、勝手に入るわけにもいかず、私は礼拝堂の椅子に座り、手を組んで目を閉じた。


 隼人のことを思い出すと涙が出る。

 私は無心になってロザリオの祈りを心の中で唱えて心を落ち着ける。

 しばらくそうしていると、前方から物音がしたので、私は顔を上げた。

 祭壇脇には、初日に見かけた手話でしゃべるシスターが立っていた。


 ……このシスターの名前は、木蓮だった。シスターマグノリアだ。


 シスターは黙ったまま私のそばまで来て、小さなノートを開いて私に見せた。そこには綺麗な字で(懺悔をしていかれますか?)と書かれていた。


 私は首を横に振るが、涙がダーっと頬を流れ落ちたので、シスターは奥に私を招いた。

 私はシスターに招かれるまま懺悔室にはいった。



 懺悔室は小さな部屋で、誰か利用者がいたのか、椅子があたたかかった。

 普通懺悔室では口頭で話をするが、相手は口がきけないようなのでどうなるかと思ったら、向かいの部屋の小さな窓から紙とペンが出てきた。


(神の慈しみに信頼して罪を告白してください)


 と書いてある。私は手で十字を切って紙に書いた。


(親と喧嘩をしました。主は人の罪を赦せと言うけれど私は彼を許せません)


 そう書くと、また紙が回ってきた。


(親は子どものしあわせを願うものです。彼の言動からそれを探すことは出来ませんか?)


 私は隼人の笑い声を思い出して、むっとして、(ありません)と書いて出した。


(あなたは彼に何を聞いたのですか?)


「えっと……」


(死んだ母親のお墓に行きたいと言ったら、お前には無理だ、住所さえも言えないだろうと笑われました)


 シスターはしばらく考えて紙を送る。


(たとえば、墓地が山奥にあったり、費用がかかったり等貴方が行けない理由があるのでは?)

(祖父の家の側なのでその可能性はありません)

(祖父はご健在で? ならその祖父に頼めば……)

(祖父は他界しております)

(では、行けない理由をもう一度尋ねてみたらいかがでしょう)


 もっともな理由だ。それが出来たらどんなに良いだろう。でも、あの電話のとりつくしまの無さを思うと、もう一度電話を掛ける勇気はなかった。


(父は私の話を聞きません。そういった相手とどうやって話せばいいでしょうか?)


 少し間をおいてシスターは紙を出した。


(貴方がしてほしいように、彼にしてやると良いかと思われます。話を聞いてほしいなら、貴方も彼の話を聞いてあげるとよい。一方的な会話からは融和は生まれません)


 シスターは、隼人がどんな人か知らないからそんなこと言えるんだ。私はイラついて、筆記体で乱雑に返事を書いて、穴に押し出す。


(彼にしてほしいことなんてありません!)


 返答には間があった。私は唇を噛んで返事を待っていた。しばらくして、シスターはそっと紙を差し出した。そこには綺麗な文字でこう書いてあった。


(貴方が涙を流すように、彼もまた泣いているかもしれません。喧嘩は双方傷つきます。貴方の発言で彼もまた泣いているかもしれませんよ)


 ……あの隼人が、私相手に泣く筈はないし!


「父とは話したくないんです! だから縁を切るとか言っちゃったんです! もう全部遅いんです!」


 私は大声で叫ぶようにいい放ち、そのままわああと泣いて床にに膝をついた。私が泣いていると扉が開いて、シスターが心配そうに私の頭に手を触れた。


「私、きっと父を傷つけました……。本当に許せないのは父ではなく私自身なんです」


 ママのお葬式に行けなかった事。

 ママをフレイの夢に巻き込んでしまったこと。

 ママ大好きな隼人がママの死にどう思っているかなど考えもせずに、隼人ばかりを責めて傷つけた。ママが死んだのも信と菊子さんがきえたのも全部私のせいなのに、見ない振りをして、隼人のせいにしてた。


 私は自分が情けなくて、涙が溢れて止まらなかった。

 シスターはそんな私の頭を撫でて(大丈夫ですよ)と書いてあるページを見せた。

 私はシスターにしがみついて、声をあげてしばらく泣いていた。




 どのくらいの時間泣いていたのだろうか。

 私はシスターの胸に顔を押し付けて泣いていたが、気持ちが落ち着いてくるとシスターマグノリアの胸が無いことに気がついた。


 私は「あれ?」と思って、シスターの背中に手を回し、その胸に顔をくっつけて見る。


 ……固い。ママとは全然違う。


 がっしりとした背中、そして平らな固い胸……。シスターケープからはお花の匂いがするのに、そのいい匂いのなかによく知っているタバコの匂いがまじっている。


「……あれ? もしかして、泉の人なの? どうして……?」


 私はシスターから体を離して、真っ赤になってシスターを見上げた。シスターはクスッと笑う。


「接近しなければばれないと思っていましたがうっかり扉を開けてしまいました」


 その声は低くて、初日に庭で聞いた、上着を貸してくれたあの人のものだった。


「えっ?」


  錯乱する私を、シスターは手を引いて立たせた。彼はシスターケープをはずし、衣装も脱いだ。中には薄手のセーターとスラックスという、よくみかけるような男性の服を来ている。


「シスターは喋れないのでは? あと、瞳の色は青でしたっけ?」

「喋らない、とは伝えましたね」


 彼はまたシスター服を着て、人差し指を立ててシーっという仕草をした。


「私は隣の研究所の職員なのですが、学院に用事があるときはなぜかこの格好をしろと言いつかっています。女子校にこの姿で入ったらいけないらしいです」

「どうして? サンタ……ニコラス叔父さんもそうなの?」


 不思議がる私に、彼はニッコリ笑った。


「理事長の学校なのですから、そこは問題無いでしょう」


 ……もしかして、男性が入ってははらないのではなく、若い男性が入る事に問題があるのかもしれない。修道院みたいな所だからね。


 私はボーッと考えていたら、シスターと目が合った。青い瞳が長い睫毛で覆われていて、私を見て優しく微笑んでいた。


「目の色はどっちが本当なのですか? 外では黒っぽかった気がするのですが」


 私が気になった事をそのまま口にすると、シスターは笑った。


「ご想像にお任せします」


 彼は顎の細いスッキリとした顔なので、ケープを被ると女性に見える。私はシスターケープをつまんで匂いを嗅ぐ。


「匂いが全然違うんですが……お花のいいにおいがする……」

「それはこのケープの管理を女性の上司がしてるから……上司のロッカーの匂いですねぇ」


 そういえば、同じ香水の匂いを嗅いだことがあった。それは保健室だ。だったら彼の上司というのは……。


 突然背後からカメラのシャッター音がして、周囲が一瞬光った。狭い懺悔室の扉から顔を出したのはアリスで、スマホを手にかまえてニヤニヤしている。


「密愛現場を押さえました!」


 そういってアリスは私に画面を見せる。そこには泣いている私をシスターが抱きしめているように見えた。


「いやぁー下手打ったねぇ? どうするこれ? うっかり上司に誤送信しちゃうかもしれないわぁ」

「やめてください、殺されます」


 シスターがアリスからスマホを取ろうと手を伸ばすが、アリスはひらりと交わした。


「兎の脳波測定で手を打とう。ほら説得して、そしたらスマホ渡すから」


 シスター服の彼はしばらく壁に手をついて唸っていたが、私に向き直り頭を下げた。


「すみません、このドクターのお願いを一つ聞いてやってください……」

「そうしたら貴方は助かりますか?」


 シスターは渋面で悔しそうな顔をして頷いた。


「じゃあいいです、従います」


 アリスはキャッホウと喜んで、シスターにスマホを渡した。シスターはすぐにデータを消去した。



 アリスは私の手をつかみ、強引に奥の部屋に連れていこうとするので、私はドアに手をかけて抵抗した。


「既に消灯時間過ぎているので、明日でいいですか?」

「なんで? 今するに決まっているじゃない」


 アリスは持っていたスマホで電話をかけた。


「……はい、そのシノザキをこっちに泊まらせます。同室の生徒にもお伝えください」

「と、泊まり?」


 私が慌てて聞くと、アリスはニヤリと笑った。


「善は急げよ、牡蠣は新鮮なうちに食べなきゃ」

「食べないでください!」


 私はアリスの物語のなかで、セイウチに騙された牡蠣を思い出してトホホと泣いた。


 シスターは助けてくれないかな。と視線を送ると、立っていたのはシスターではなく男性だったので私はビックリしてドアにぶつかった。


「何でシスター服を脱いだり着たりするのです?」

「先程は寄宿舎まで戻ろうかと思っていたのですよ」


 ……送ってくれるつもりだったのか。優しいな。


 私は一瞬ほだされそうになるが、よく考えたら初日の口移しもこの人で、しかもそのあとほぼ下着姿で徘徊していたところを見られた。


「……うぐっ」


 私は恥ずかしさにおののき、よろけて、壁にもたれかかった。


「大丈夫ですか? 貧血?」


 彼が差しのべた手を私は反射的に払う。彼が一瞬傷ついた顔をしたので、私は慌てて謝った。


「すみません、もう一杯一杯なんで! 一人で歩きます!」


 謝りつつ手足を左右同時にギクシャクと歩く私を見て、アリスは笑いながら私にスマホを向けていた。


 ……消す。何を撮ってるかしらないけどあれ絶対消す!


 私は心に固く誓って、二人に連れられて旧礼拝堂の地下に続く扉をくぐった。

ハヤトはイイ人なのに、コウの視点で見ると極悪人に見える不思議

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