表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/185

2-2、学院

 

 幸が目を開けると、見たことのない天井が見えた。

 まだ寝ぼけているのか、体が妙に重い。

 私がため息をついてなんとか起き上がると、そこは本当に知らない場所だった。


 壁は教会のような石造りで、窓際にはオイルヒーターが置いてある。ベッドは周囲に数台並んでいるようだ。ベッド脇にはカーテンがかけられていて、個別に仕切られていた。今はカーテンが全て開けられていて、部屋には誰もいないようだ。


「……病院?」


 私はベッドから下りようとして、靴がない事に気が付いた。靴はいったい何処で脱いだのだろう。というか、飛行機に乗ってからここまでの記憶が一切無い。服装は飛行機に乗った時と同じ、厚手の黒いワンピースと黒タイツだ。


 ……荷物は? コートは? 四体のジャバウオックは?


 ベッドのまわりを見るが、靴とバッグは見つからなかった。でもスカートのポケットにロザリオケースが入っていたので、少しだけ安心した。


 ……ママのロザリオが無事でよかった。


 私がロザリオケースを触っていると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「おっ、何だ、起きてるじゃーん!」


 入ってきたのは、紺のワンピースに白い大きな襟をつけた、私くらいの年の少女だった。彼女は灰色の髪の毛をハーフアップにしている。

 話す言語は英語なので、どうやら私は無事にイギリスに辿り着けたようだ。


 彼女は両手にトレイを持っていて、私が寝ていたベッド脇のデーブルにガシャリと置いた。


「はじめましてー。英語わかるよね? ボクはミレノア・ヤンソン。コウのルームメイトになる予定のこの学院の生徒だよ! ミレイって呼んで!」


 よろしくといって手をだすミレイに、私はとりあえず握手をした。


 ……ルームメイトというならば、ここはアリスの言っていた学院なんだろう。寄宿舎付き。アリスは意識のない私を、空港からここに連れてきたのか。それは大変だっただろうなぁ。


 私はアリスを探すが、この部屋にはいなかった。


「これ今日の夕飯ね。毎日ささやかなもんしか食えないからその辺は慣れてね」


 ミレイはベット脇に置いたトレイを指した。どうやらこれは私の夕飯らしい。


 ……まだスープが舐められる程度しか胃が受け付けないんだけど、どうしたらいいんだろう?


 私はミレイが持ってきた夕飯とミレイを交互に見て固まった。するとミレイは頬を膨らませて、私の前で仁王立ちする。


「お嬢様の口には合わないんじゃないかと思ったがそうだったな。でも慣れるしかない。残すと怒られる!」


 ミレイはトレイからカップに入ったスープを持って私にすすめるが、私はガンとして口を開かなかった。


「食欲無くてもスープはいけるだろ? 飲まないと礼拝堂の掃除させられるぞ?」


 ミレイがどうすすめても私が口を開けないので、ミレイはベッドに上がって私の足の上に乗り、スプーンを無理矢理私の口に突っ込もうとした。


「ひぃ! 吐いちゃう、吐いちゃうの、やめて!」


 私が必死でミレイに訴えると、ミレイの体がふわりと浮いて、ベット脇に移動された。

 見ると、背の高いシスターがミレイの脇に手を入れ、ミレイを抱っこしている。どうやらこのシスターがミレイを私の上からどかしたようだ。


 シスターは床の上にミレイを置くと、ヒラヒラと両手を動かして形を作った。ミレイも同じように手を動かしたので、手話なのかな? と、私はふたりを見ていた。

 手話による話し合いが終わったようで、シスターがベッドの脇の椅子を指すと、ミレイは渋々そこに移動する。ミレイは手話の内容を私に説明してくれた。


「コウ、シスターはご飯を食べなさいと言っている。ちなみにこのシスターはしゃべらないから」


 私は手話を話せないので、シスターと通訳してくれるミレイを交互に見ていた。シスターはまた手を動かす。


「吐くってなんだ? 固形物が無理? スープも飲み物も無理なのか? と、こいつがいった」


 ……こいつって、ミレイの口調はどこか乱暴だなぁ


「飲み物は少しなら飲めます。でも、とても時間がかかるのでここに置いていってください」


 私がそう言うとシスターはニッコリと微笑んだ。髪の毛は完全にシスターケープに覆われて見えないが、アジア系の顔立で目鼻立ちがしっかりしている。

 瞳の色は青、細い眉と長い睫毛が印象的で、日本にいればモテそうなキレイな顔だなーと、私はボーッとシスターを見ていた。


 シスターはにこやかにほほ笑み、カップにスプーンを入れて私に渡した。脇からミレイが補足する。


「飲めって、これくらい飲めないとここでは生きていけないぞ」

「……うう」


 私は仕方なくスプーンに少しだけスープをすくってペロリとなめた。人に見られているので緊張して味は全然わからなかった。

 シスターはまたミレイに手話を送る。


「もっと飲めと」


 無理だと首を横に振った。そんな私を見て、ミレイはため息をついて立ち上がる。ミレイがまたベッドに乗って、スプーンを無理矢理私の口に押し込むので、私は必死で抵抗した。


「おいお前、飲まないと退学になるぞ?」

「んーっ!」


 目に涙を浮かべて抵抗する私を見て、シスターも近寄って来た。


 ……ふたりがかりで飲まされたら抗えない、洗面器、いや、バケツどこ?


 シスターはミレイからスープの入ったカップを取り上げて、スープをグビッと一息に飲む。

 私は何が起きているのか分からず唖然とシスターを見ていた。シスターは呆ける私の頭をガシッとつかんで、私に直接スープを飲ませた。


「……!」


 スープは完全に冷めていたので熱くはなかったが、突然の口移しに私は心底驚いて、真っ赤になってのぼせ上がった。

 私はスープをごくりと飲み込んで、呆然とシスターを見ていた。

 シスターはニッコリ笑ってカップを差し出し、右手を顎の下から動かし人差し指を立てる。目の前にいるミレイが呆れて言った。


「もう一度やろうかだって? お前また今のやられるぞ……」

「ひいっ!」


 私はあせってカップを持ち、吐き気と相談しつつ、ちょびちょびスープを飲んだ。

 十分以上がかかったが、なんとか最後まで飲めた。私はホッとして、空のコップを見ていたら、だんだんまぶたが重くなって、意識が遠くなって来た。

 

「すみません、まだ眠いみたい……ここで寝ていていいですか?」


 夢うつつで私が尋ねると、シスターはこくりと頷いた。

 シスターは私から空のカップを取り、私をベッドに寝かせた。シスターは私の頭を撫でるように目を閉じさせた。


 ……お花のいい匂いがする


 頭に置かれた手があたたかくて、そのぬくもりが懐かしい気がして、私は気を失うように深い眠りに落ちた。



◇◇


 シスターは幸が寝たのを確認して、幸の体を抱き上げた。ミレイは扉を開けてシスターを誘導する。


「怪我でもしてるかと保健室に連れてったが、なんともなかったな。はじめから自室に運んでもらえばよかった」

「……」


 廊下を歩く他の生徒に挨拶しながら、ふたりは寮の端の部屋に行く。そこはふたり部屋で、入り口にミレイとコウの名札がついていた。

 シスターはベッドに幸を寝かせてミレイに手話で話す。


(着替えは届いてませんか?)

「何、お前着替えさせたいの? 変態なの?」


 ミレイの言葉にシスターは肩をすくめた。


「ってゆーか口移しがまずありえん。アリスにいいつけるからな。ハヤトにも」


 ミレイが呆れて言うと、口がきけないはずのシスターが口を開いた。

 

「単に確定事項を踏んだだけなので、上司には言わないでいただけると助かります」

「世の中金だよ?」

「……明日振り込んでおきますよ」


 シスターのハスキーボイスに頷いて、ミレイはやった! とほくそ笑む。


「かわいーあんたらのお姫様を見てやるんだからガッといれとけよ? 気前よくな」


 ミレイは快活にハハッと笑った。

 

「すみません、さっきのスープにいれた薬で眠いので仮眠してきます……アリスが帰って来たら適当に機嫌とっておいてください、アリスは空の上に一人置いていかれて、ぶちギレていると思うんで……」


 あくびをしながらヨロヨロと立ち去るシスターを、ミレイはニヤニヤと笑って見ていた。


「コウに入れた睡眠薬があいつに効いてるとかまじわらえる。アリス早く帰って来ないかなー話したい。あの後ろ姿……」


 ミレイは部屋に戻り、幸と向かい合わせに置いてある自分のベッドに腰かけて、しばらく寝ている幸を見ていた。


「約一年よろしくな、ハヤトの娘」


 そう言ってミレイは、寝ている幸に向かってニヤリと笑った。




二章の登場人物です

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ