37、閉幕
信が目を開けると、目の前に大きな双頭の竜が見えた。竜は白と黒の六枚の羽を大きく広げていた。その体は地面から出る青い光に照らされている。
竜の手には幸が乗っていて、静かな眼差しで俺を見ていた。
……コウ!
俺は大声で叫びたかっかたが、喉が枯れて声はかすれた。
幸は俺を見たのに、特に気を止めず顔を背けた。その瞳には、俺が知らない人としてうつっているようだった。
大きな竜は、足元からゆっくりと地面に沈んで行く。どうやらすでに扉は開いていて、俺は置いていかれる事になったようだ。
「……っざけんな」
なら何で俺に声を掛けた?
何で俺にキスをした?
母親に置いていかれた俺を必要と言ってくれた、何よりも大事だと言ったその口で、俺をこんな所に一人置いていくのか……?
俺は重い体を引きずって、血にまみれた地面を這いずっていく。
「コウ……コウ!」
今度は声が出た。
俺の声に気が付いた白黒の化け物が、手のひらの上に乗る女を促して、俺に顔を向けさせた。
その女は俺に向かって何かを言ったが、俺には意味が分からなかった。俺が動くのをやめないので、女はさらに声を紡ぐ。
「…you…stay here…Do not come here…」
……英語?
どうやらここにいろ、こっちに来るなと言っているらしい。
「コウ! ふざけんなお前ちゃんと日本語で言え! ずっとこっちにいただろろうが!」
俺は魔方陣の縁にたどり着き、双竜の羽につかまりヨロヨロと立ち上がった。
「今日は九月二十一日、時刻はだいたい二十一時、ここは日本、ユーラシア大陸の東の果ての島国だ。お前の名前は篠崎幸、フレイじゃない、フレイはお前のばーさんだ! 目を覚ませコウ!」
◇◇
双竜の手に乗り、その肩に捕まっていた幸は遠くで信の声を聞いた気がして顔を上げた。
「えっ?」
私はキョロキョロ辺りを見回して、自分が沼のような場所の上で、竜の手のひらに乗っている事を理解した。
まわりを見ると、底の見えない暗い沼の淵に信がいて、今にも沼に落ちそうだった。
「そこ危ないよ、信! こっちに来ちゃダメ!」
私が信に向かって叫ぶと、信はふっと笑って手を振った。
「幸、飛んでこい。受け止める」
「ええっ……」
落ちたら確実に死にそうな暗い沼を見て、私の足はすくむ。大きな双頭の竜は不安げな私の顔に鼻先を寄せて、ゆっくりと瞬きをした。
私はその竜の真っ黒な瞳を見て驚く。
『アレク? アレクセイなの?』
黒い竜はもう一度私の顔に触れ、傷付いていた手と膝を癒した。私はその鼻先に抱きつく。
『レアナと仲直り出来たのね、良かった……』
そう言うと、白いほうの頭が『違う』と、そっぽを向く。私は少し緊張しながら、胴体の白い部分を撫でた。
『君たちはもう喧嘩したら駄目だよ。自分が傷付くだけなんだからね……』
少し頭を下げて貰って、竜の大きな顔にキスをした。私は双竜に別れを告げると、意を決してその手から飛び上がった。
「あっ……」
思いきって跳んだわりには飛距離が出ず、私は沼のすれすれに足をついてしまい、沼に体を傾けた。
信は動く手で私のスカートをつかんで、渾身の力で引いた。ふたりの体は暗い沼のように見える扉の淵に重なって倒れ込んだ。
私は下敷きにしている信に抱きついて、しばらく泣いていたが、肩の傷を見てがばっと起き上がった。
「信、ホントにお医者さん行こう。救急車よんでもいいよこれ!」
私は立ち上がり、無事な方の信の手を引くが、信の手は冷たく、動けないようで、ぐったりとしていた。
「信?」
血の気の失った信の顔を見て、ザワリと不安がよぎる。
私が信の顔を覗き込んでいると、沼の中から光りがまたたいで、私に話し掛けた。
……フレイ、ここに留まるか? もうあちらに未練は無いのか?
夢の中で何度も聞いた、その光に向かって、私は頷いた。
『決めたの、私は信を守るって。信がいる世界が私のいるところだって』
……そうか
光は少しずつ弱くなり、双竜の体が沼に沈んでいく。竜の黒い瞳が私を見ていたが、私はそっと手を振った。
双竜は私に背中を向けて、顔を沼に沈めた。
……さようならアレク、ずっと側にいてくれてありがとう。
黒猫との毎日を思い出し、頬を涙がこぼれ落ちた。
光りが弱まり、光る魔方陣が端から消えていく傍らで、沼の淵が侵食されて、ポロポロと崩れ闇に落ちていった。
倒れている信がいる場所も崩れ始め、信の体はぐらりと傾いた。
「あっ!」
私は慌てて信の脇の下に手を入れ、信を地面に移動させようとするが、非力すぎてどうにもならなかった。
私は抵抗するのを諦めて、信の体に覆い被さりその頭に抱きついた。
ふたりの足元は崩れ、わたしたちは闇に落ちた。
先に落ちていた双竜の白い腕が信の足をつかんで、大事そうにその身に引き寄せた。そのまま双竜と信は闇に沈んでいくのに、私の体は浮いて、どんどん距離が離れていく。
『どうして信を連れていくの? 必要なのはフレイなんじゃないの?』
私は闇に向かって叫ぶが、もう返事をしてくれる光は無く、竜は私の視界から消え去った。
闇に浮いていた私の足下が隆起し、波が浜に貝を運ぶように、私の体はもといた場所に吐き出された。
『……信』
私は血にまみれた校庭に一人で倒れていた。
起きる気力も体力も無く、私はただ涙を流し続けた。
……置いていかれたんだ。
わざわざ迎えに来て、こっちの世界の人の血を流してまでフレイをあちらに連れて行きたかったのに、肝心の私がそれを阻んだからサーを怒らせたんだ。
「うぁぁ……」
赤くて丸い月はいつのまにか灰色に変わっていた。
私は世界から色が失われるのを感じて目を閉じた。このまま夜に食われてしまえと、私は自分を呪った。
私は薄れ行く意識の端で、どこか遠くから聞こえてくるような自分の泣き声を、ただ無気力に聞いていた。
「お前か消えんのかよ?」
って感じです、バッドエンドでスミマセン
ようやく題名の「消えた幼馴染み」回収です
この後の親の視点と、二章への誘導分、残り二話で一章は終わります
お付き合いくださってありがとうございます




