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34、対決

鬱展開、流血グロアリ

 

 幸は校庭の真ん中にある黒い水溜まりまで走って行き、その水溜まりをじっと見た。


 それは直径五十センチもないほどの小さなもので、夜なので色はよく分からなかった。その液体からは、アレクとは全然違う、生臭い臭いがして、私は吐き気を覚えた。


 恐る恐る、しゃがんで水を触ってみる。それはぬるっとしていて、手につくと黒ではなく茶色に見えた。


 ……これ、アレクじゃない、血だ……。誰か、ここで怪我をしたの?


 ふいに寒気を覚えて空を見上げる。満月が赤く、血に濡れたように見えて、とても怖い。

 いや、怯えている場合ではない、と立ち上がり、制服のスカートをはたく。手に持っていたカッターがポロリと校庭に落ちた。


「……あああ、何やってんの、私」


 慌ててカッターを拾い、顔を上げると、校庭の端に日本刀を持った菊子がいるのに気が付いた。


「……ひっ!」


 ……本当に来た。信の言う通りだ。うわぁ、カタナ怖い。包丁でさえも怖いのに、刃の部分がその何倍も長い。


 私は慌てて部室に向かって走り出した。すると菊子も足を早めて追ってくる。


「追いかけて来た……」


 私は必死に走って、開けてあった部室のドアに飛び込んでドアを閉めた。そのまま奥に進み、ベンチを足場に窓をこえる。そして部室の裏側にしゃがんで、あがった息を整えた。


 部室からカチャリとドアが開く音がした。部室の窓を見上げると、菊子が私を見下ろしていた。

 菊子の瞳は赤く、髪がところどころ白くなっている。ずっと泣いていたのか、目が腫れていて、頬に涙のあとが見えた。


「菊子さん、聞いて。今あなたの体に入っているのは私の想像のお化けなの。だから、心を強く持って追い出して! 菊子さんは私と違って強いから、絶対出来るよ!」


 窓越しに言うが、返答は無かった。

 菊子はしばらく窓を触っていて、通り抜けられないと思ったのか、私に背中を向けて校庭側の扉のほうに戻った。


 ……やった、これで俺が部室の扉を押さえれば、菊子さんを部室に閉じ込められる。あとは信がお話するだけ。菊子さんは私の話は聞かなかったけど、信の話なら聞いてくれる、


 私は扉の前にいる信と合流しようと、長く続く部室棟の裏を走った。私は走りながら、自分の体力の無さを呪った。


 ……苦しい、息があがって、胸が締め付けられる。こんなことなら、ママみたいに朝のジョギングとかしておけばよかった。


 後悔先に立たず、たかが数十メートルの距離を私は必死に走る。でも、すぐそばに信がいることは分かっている。この角を曲がればそこにいる!


 部室棟の終わりが見えたので、私は勢いよく角を曲がったが、段差に蹴つまずき、地面に転がった。


「ぎゃっ!」


 ……そこに信がいるのに!


 私は慌てて立ち上がろうとしたら、視界が目隠しされたように暗くなり、意識が遠ざかった。



◇◇


 信は菊子が部室に入ったのを見て、外から扉を押さえた。幸を追うのを諦めた菊子が、部屋の中から扉を開けようとする。扉は俺が開かないように押さえている。

 ドンドン、と、すごい力で扉を叩く衝撃が俺の肩に伝わって来た。

 そんな力で叩いて、菊子は大丈夫なのだろうか? 人間は脆いんだ、白竜は加減しろ!


「やめろ、菊子! 菊子! 話を聞け!」


 俺はノブを握り、体でドアを押さえながら、大声で呼び掛けた。


「菊子に乗り移っている化け物は単なる幻だ! 絵にかいた幽霊みたいなもんで、怖がることはない。それに、お前がそれを背負うことは無いんだ。気を強く持っておいだしちまえ!」


 ダン! ダン! と、扉を挟んで衝撃が伝わってくる。これはもう手で叩いているレベルではない、体当たりだ。


 俺が何を言おうと、菊子はドアを壊そうとするのをやめなかった。


「菊子! 返事をしてくれ!」


 体がいかれるから、体当たりはやめてくれと、必死で叫ぶと、扉を叩く音が止んで、中からすすり泣く声が聞こえてきた。


「……ザマくん……ワタシ……」

「聞こえない、もっと大きな声で」

「アイタイ……顔をミセテ……」


 ……こんなん絶対に罠だ、耐えろ。


 ほら、レアナさんよ、人間の殻は不便だろ? 力は弱いし、つくりも脆い。そんなにガンガン扉を叩いたら壊れるんだ、だから早く菊子から出てこい。そうしたら相手をしてやるから。


 それきり扉は中から叩かれることはなかった。菊子は何も言わず、静かに泣いているようで、しゃくるような息遣いだけが聞こえる。その音は、俺の罪悪感を刺激した。


 ……菊子を閉じ込めて、泣かせて、俺は何をしているんだ……くそっ、レアナの無力化さえ確認出来ればすぐにでも開けるのに。


「……ナサイ、ゴメンナサイ……」


 菊子が切れ切れに何かを言っている。俺はドアに耳をつけて、声をよく聞こうと集中した。

 

「ワタシ……アナタヲ傷つけた……トモダチモ……」

「菊子、俺は生きてる、市原たちも病院にいる、死んでいない。だから菊子は気にしないで大丈夫だ」

「チガウノ……それだけじゃない、知らない……他のヒト……ってシマッタノ……」


 ……知らない人? 通り魔の事か? やはりあれは、菊子の体に入った白竜がやったんだ。


 ここで菊子が助かっても、菊子はこれからその罪を追うことになるだろう。県警は全力をあげて通り魔の犯人を追っている。これも全部、扉を開けて、化け物を引き込んだ俺のせいだ。


「ハザマクン……ワタシ……ニタイ……」

「何だって? 何を言っている?」


 ……シニタイ……死にたい?


 菊子の言葉に俺は目頭が熱くなり、目を閉じて唇を噛んだ。


「馬鹿言うな、お前みたいな強い奴が何弱音を吐いてるんだよ……竹刀持ったお前は最強だっただろ? 通り魔の罪は俺も一緒に償うから、お願いだから、死ぬなんて言うな……」

「……マクン」


 鼻をすする音が止んで、あたりは静かになった。俺は扉に耳をつけて、必死に菊子の様子を伺っていた。


「コンナニお願いしてるのにアケテくれないなんて酷い子ね」

「……!」


 菊子の口調が変わったとたんに、ドアに強い衝撃が走り、木製のドアが散り散りに吹き飛んだ。俺は危険を感じて扉から離れていたので、間一髪攻撃を避けた。

 木屑を撒き散らして現れた菊子の腕は白く、爪は長く伸び、髪はまだらで瞳はは真っ白だった。

 

 ……レアナだ! まだ同化したままだ!


 俺はなりふり構わずに、校舎に向かって駆け出した。レアナは笑いながら爪をしまい、地面に落ちていた日本刀を拾い、俺を追ってくる。


 距離が開いたと思ったら、レアナが一足飛びに駆け寄り、俺に向かって刀を振り下ろした。俺は咄嗟に背負っていた非常用袋で受けるが、避けきれずに左の肩を刃がかすめた。


「うっ……」


 左肩に焼けるような衝撃が走った。しかし元からあった傷で左肩の感覚は麻痺している。

 俺は足を止めずに走り続けた。レアナは俺の走る早さに合わせて隣を走った。


「せっかくキクコと手合わせサセテあげようとしたのに、つまんないの!」

「アッホ、元から菊子の方が強いんだよ! あっちは玄人でこっちは素人だっての!」


 白い菊子と必死で追いかけっこをしつつ、俺の心に疑惑が浮かんだ。


 ……何故コイツは幸じゃなくて俺を追うんだ? 扉の生け贄に使うために俺を狙うなら、俺の対処はあの爪で足を切るだけでいい。なのにどうしてわざわざ日本刀に持ち替えてこうして追ってくる?


 俺は走るのを止め、荒れた息を整えるために歩いた。俺に合わせてレアナの足も止まる。


「……お前の目的は何だ? 菊子をどうするつもりだ?」


 レアナは何も答えず、ニヤニヤと笑って俺を見ていた。


「幸を殺すのは、痛みが伝わるから諦めたのか? でもどうにかして幸を困らせたいから、俺にちょっかいを出しているのか?」

「……くれる?」

「なに? もう一度言って」

「それに答えたら、そのカラダをワタシにくれる?」

「……っ!」


 レアナの真っ白で無垢な瞳を見て、俺は酷いめまいに襲われた。肩から流れる血がじわじわと俺の体温を奪って行く。視界がボケる、耳鳴りがして、気が遠くなる。


 ……コイツは、菊子のように俺を食べるつもりなのか?


 右肩にかけていた非常用袋がドサリと地面に落ちた。めまいが酷く、足元がぐらついて、俺は地面に膝をつく。何事かと様子を見に来るレアナの頭に、俺は非常用袋を叩きつけた。

 袋を手で受けた時に、レアナの手から日本刀が落ちた。その隙を見て俺はレアナから逃げた。


 見知った校舎の角を曲がり、体育館への渡り通路に身を潜める。ここなら狭いから、日本刀を振りまわせない筈。問題はレアナ本体の身体能力が高すぎる事と、自在に動く長い髪の毛だ。あれではどうすることもできない。


 何か刀身を受ける頑丈な物はないかと、俺は周りを見回すが、そんなものは見つからなかった。

 俺はポケットに入れていた黒い拳銃の重みを思い出して、深く息を吐いた。意を決して拳銃を手に持ち、引き金を止めいてる安全ゴムを外した。


 ……足を撃てば足止めくらいにはなるか? しかし足を怪我したら、菊子の今後に支障がでないか?

 

 人を撃つと考えるだけで手が震える。左手は殆ど使い物にならないから、片手で撃つには、かなり近くに寄らないと当たらない。しかも肩の傷で血が足りなくなっているのか、こうして座っていてもめまいがしてくる。


「見ぃつけた」

「……!」


 渡り廊下の塀の上からレアナが俺を覗いていた。レアナの長い白い髪が俺の頭にサラリとかかる。その髪は俺を捕らえようと動き、体に巻き付いた。


「くっ……!」


 髪は俺の胴体に巻き付き、俺を引きずり上げた。俺は銃口をレアナの頭部にあてた。


「……なにそれ? ハジメテ見るわ。そんなのキクコの記憶にもない」

「この世界の兵士の武器だ……殺傷能力は高い」


 レアナはそれを聞くとケラケラ笑う。


「それでキクコをコロスノ? アナタノ事がコンナニ好きなのに本当酷い人……」


 笑うレアナの髪が頭頂から黒くなり、瞳に色が戻っていく。長く伸びた白い髪も、菊子の長さまで縮んでいき、俺の足は地面についた。

 眠そうな目をしていたその女は、はっと目を開けて俺を見た。


「ハザマくん? 血が……」


 菊子は刀を地面に落とす。その両目からポロポロと涙がこぼれた。菊子は俺に駆け寄り、俺の体に巻き付いた毛を手でむしりとった。毛は脆くなっていて、霧に変わって消えていく。

 俺はそんな菊子の肩を右手でつかんだ。


「菊子、これは全部夢だよ……。お前の体を乗っ取ってる女も、通り魔も全部朝起きたら消える悪夢だ。菊子は目を覚ませ。全部忘れちまえ。さっさとその化け物を追い出して、明日からまた学校行って朝から部活だ……菊子は秋から大将だろ? 責任重大だ……」


 菊子は涙を流して首を横に振る。


「ダ、ダメなのハザマくん、ワタシ……取り返しの付かないコトヲしたの……」

「通り魔のことか? 大丈夫だ。親父は通り魔で死者は出てないと言っていた、傷は治るよ」

「チガウノ、チガウ……そうじゃない……」


 菊子は肩に触れる俺の手をほどいて、叫ぶように言った。


「ワタシ……篠崎サ……の、母親を殺してシマッタ」

「えっ……」


 ……あの場にいたのはレアナで、菊子はいなかったはずだ。


「違う、それは化け物のしたことで、菊子はあの場にいなかった。見ていたから分かる、菊子はやってない」


 菊子は俺の言葉を聞いて、迷うように瞳を揺らす。


「私、篠崎さんの家に行った。母親と話を……次に行ったとき、この手で母親の心臓を……」


 そう言って、菊子は俺にしがみついた。菊子の息は荒く、体が小刻みに震えていた。


「私、人を殺したの……その感覚、悲鳴が、手のあたたかさが、血が、臭いが、染み付いて、キエナイ……キエナイノ……」


 それを聞いて、俺はママが目の前で血を流した事を思い出した。あの悪夢のような光景が殺人者側の方で記憶に残っているというのか?


「それは……」


 ママの断末魔、そしてこと切れるまでのどうにもできないやるせなさを思い出して、俺の目に涙が浮かんだ。

 菊子はその顔を見て、俺が手に持っていた拳銃を自分に向けた。


「ダメだ菊子、それは……!」


 俺は銃口か菊子に向けられるのを見て、慌てて手を下げようとする。しかし片手しか動かない俺よりも菊子の力は強く、俺がどう足掻いても菊子から銃口をそらすことが出来なかった。


「忘れたい、全部……消えて……まいたい……」

「やめろ、やめてくれ……」


 菊子の手が大きく震えて、その振動が俺にも伝わってくる。俺は引き金から指をはずそうともがくが、菊子の手が押さえていて抜けなかった。


 しばらく二人で拳銃を手にもみ合っていた。引き金から指を抜こうともがく俺に、菊子が体を伸ばしてキスをした。


「……!」


 俺がひるんだ瞬間、菊子は拳銃を持つ俺の手を握った。

 その瞬間銃口から弾が発射され、菊子の胸に当り強い衝撃が走った。菊子は地面に倒れた。


「……嘘だ、こんな、菊子を……菊子を撃つつもりは……」


 俺は火薬の臭いがする拳銃を手から落とし、菊子の体を起こした。


「……ザマクン」

「しゃべるな、菊子、大丈夫だから、絶対助けるから」

「イイノ、コレデイイノ……、私……」


 菊子がしゃべる度に胸の穴から血が吹き出す。俺は手でその穴を押さえて、泣きながら菊子を抱えた。

 菊子は手を俺の顔にあてて涙を拭う。


「ナカナイデ、ワタシノコト……忘レナイデ……」

「菊子! 菊子!」


 俺は呼び掛けるが、菊子の体はぐったりとして、もう目を開けることは無かった。


「ウワァァァ!」


 俺は月に向かって叫んだ。



 俺は菊子を腕に抱いたまま、校舎脇でしばらくうなだれていた。菊子の体がピクリと動いたので、はっとして菊子を見た。

 菊子の体は目を閉じたまま小刻みに震えていた。


「菊子、大丈夫か? 意識はあるか?」


 俺は菊子の肩を揺すると、真っ赤に染まった菊子の胸から白い霧が吹き出して、菊子の体を包んだ。

 俺は驚いて、菊子を置いて後ろに下がる。


 霧は白い膜のようなものに変わり、菊子の体を繭のように包んだ。その中からボリボリと骨を断つような不快な音が聞こえる。


 ……まさか、菊子の体を食ってる?


 俺は震える体を、心を律して、落ちている銃を拾い、その繭に弾をたたき込んだ。


 夜空に銃声が響き渡る。

 しかし拳銃で繭に穴を開けても、繭はびくともしなかった。

 その繭の一部が割れて、中から白い手が覗くのを見て、俺は校庭に向かって逃げ出した。


「キクコヲ殺してクレテ、アリガトウ……これでこのカラダを自由に使える……」


 赤い満月の下、繭から出てきた白い女は、赤い唇についた血を嘗めて悠然と微笑んでいた。

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