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33、夜の学校

 

 街の所々に立つ警察の目から隠れながら、信と幸は中学校にたどり着いた。

 ここにも警察がいるかもしれない、と、ふたりは物陰に隠れて学校の敷地内を覗く。

 すると昇降口の前に、制服姿の少女が立っていた。


「……!」


 幸が怯えてヒッと息を飲む。

 赤く泣く満月の下、長い黒髪を風に揺らして、凛として立つその姿は神々しくも禍々しい。そこに立つ佐久間菊子は長い刃物を持っていた。


「な……なんであんなもの持っているの? あれはレアナなの? 菊子さんなの?」

「シッ!」


 怯える幸の口を押さえて、俺は門の陰に隠れる。


「……菊子の親は剣道を教えているらしい。日本刀も家にあったのかもな……くそっ、向こうは殺す気満々じゃねーか……」


 俺はズボンのポケットに触れて、うーんと唸った。幸はポケットからはみ出ている拳銃を見て青ざめた。


「まさか拳銃で菊子さんを撃つ気なの?」

「勿論レアナに使おうと思ったいたよ、それよりさっきまでレアナは単独で動いていただろ? さっきみたいに、菊子からレアナをとり出せたらいいんだが……」


 ふたりは校門そばの植え込みの影に隠れて、菊子の様子を伺っていた。すると幸が一度校舎裏の方を向き、また俺の顔を見た。


「どうした、何かいたか? 黒竜とか?」

「あっちに信がいるの……なんで?」

「俺はここにいるけど?」

「そんなん分かってるよ、でもあっちにもいるの!」


 幸がしきりに校舎裏を見ているので、俺は外周から裏手に回って、防犯カメラの死角になるフェンスを越えることにした。


 お互いの部屋を跨ぐ木や屋根をを登りまくったおかげで、幸はひょいとフェンスを乗り越えた。しかし肩を負傷している俺が手間取った。

 片手で体を持ち上げるのが難しく、幸の背中を借りてようやくフェンスを乗り越えた。


「信、手が上にあげられなくなってる? もうここはいいから病院にいきなよ……」

「この辺で夜間に開いている外科は無いよ、どっちにしろ明日になる」

「むー……」


 俺は平然と言うが、アイスピックで刺された左肩は酷く腫れて、左手を動かす度に激痛が走るので、左手は使いものにならなかった。


 ……これが終わったら、親父を探してなんとかして貰おう、警察なら怪我人の手配とか慣れてんだろ。


 ふと親の顔を思い出すが、品田さんの拳銃を盗んだ事を思い出して肝が冷えた。


 ……いや、親父に合わせる顔はないな、これ、助かっても親にメッチャ怒られるやつ、ヤバい、どうしよう。


 植木に隠れながら冷や汗を流す俺を、幸が心配そうに見ていた。俺は頭をブンブン振って、弱気を払いのける。


 ……今優先すべきなのは、幸と菊子の命、親の叱責とか組織の処罰とかはあとあと、生き延びてから考える!


 俺は幸の手を握って、優先順位を確かめた。




 ふたりで夜に隠れるように校内を走る。幸が言う、別の俺がいるらしい校舎裏に来ても、誰もいなかった。


「気配が消えた……何だったのか」

「幸の勘違いだろ。俺は分裂しない」

「むー。髪の長い人がいるかもしれないじゃん」

「そいつが夜の学校にいたとしたら、不審者確定だよ……」


 ふたりはそのまま中庭に回り、校庭のほうに向かった。道中人の気配は全く無く、校舎は不気味に静まり返っていた。

 

「先生は今日はいないんだっけ? 用務員さんもいないのかな?」

「校門と校舎内には防犯カメラがあるし、今時夜まで仕事してる先生はいないんじゃないか?」

「みたいだね、校舎真っ暗、ヒトいなさそう」



 ふたりは校庭の見える場所に着くと、周りを見回した。すると校庭の真ん中に何か黒いものが見えた。

 

「信見て、何あれ? 水溜まり? なんであそこだけ濡れているのかな?」

「いや、水というよりもむしろ……」


 ……血のようだ。


 とか言ったら幸がビビるな。夕方に市原たちをレアナが追いかけた時には血は見ていなかったと思う。だとしたら、あれは何だ?


「アレクかもしれない、私見てくる」


 幸が校庭のど真ん中に行こうとするので俺は止めた。


「なぜ止めるの? あそこには誰もいないよ?」

「あんな見晴らしのいい場所に出たら一瞬で見つかる。それに罠かもしれないだろ?」

「むー……アレクも信みたいに居場所が分かればいいのに」


 ぷくーっと頬を膨らませた幸を見て、俺はうかつにも吹き出した。こんな状況なのに、幸はどこかネジが抜けている、見ていると脱力する。


 ……しかし、あの黒いシミが黒竜って正気か? 竜どもが気体になっているのは見たが、あれは水溜まりだよな? それに、黒竜はママ同様食われていた。死んでないにしても、白竜の胸の中だろ? あんな所に落ちてるわけはない。


 俺は幸が飛び出していかないように、右手で幸の腕をつかんだ。


「幸、扉は何時にどこに出現するんだ?」

「えっ、聞いてない。今日、中学校の校庭で、というだけしか分からない」

「……ぐぅ」


 俺はこれからの計画が立てられなくて、唇を噛んだ。

 黒竜の損失はかなり痛い。それはレアナと対峙できるからだけではない。この計画を企てた神とやり取りが出来る存在を失う事は、扉をどうやって開けるのかさえも分からないと言うことだ。

 レアナはこれから何が起こるか知っていて、俺たちは何も分からないというこの状況は、絶望的と言っていい。

 俺は校舎についた時計を見る。

 

「今20:24分だ、扉はいつになったら現れるんだろう」


 俺の独り言を聞いた幸は分からないと首を横に振った。


 コンビニで水と菓子を買った時に、店員に町に警官が多い理由を聞いた。

 どうやら校庭での女子生徒の件で、通り魔がうちの町に出没していることになったらしい。市からも防犯メールが出ている等で、人々は外出を控え、警官が街を見回っているらしい。


 今いる場所は女子生徒が倒れた現場だし、今校庭にいたら警官の目に止まるかもしれない。目立つことは出来ないと、ふたりは部活棟の裏手に移動した。


 俺は窓から剣道部の部室を見て、何か使えないものがないか探した。

 菊子の持っている武器が竹刀なら防具は有効だけど、真剣の場合はどうなんだ? それに、コンビニの窓は窓枠ごと切り裂かれていた。あの馬鹿げたパワーに、剣道の防具が役にたつとは思えん。


 レアナの攻撃が通らない箱とかあれば幸を入れておけるのに。と、俺は考えて、ふと思いついた。


 俺たちが隠れるのではなく、菊子を何処かに閉じ込められないだろうか?

 閉じ込めるまでいかなくてもいい、足が止められれば。ほんの数分でいい、菊子が表に出てる時に話が出来れば、菊子にもレアナを否定して貰えるかもしれない。


「コウ、もし菊子がレアナを否定したらどうなる?」


 幸はうーんと考えて言う。


「菊子さんが、レアナに対して思う恐怖のイメージを払拭させることが出来たら無力化できるね……」

「お化けなんていない! ってやつか」


 ……いや、レアナこえーよ、あれに弱いイメージとかつけられるか?


 一瞬弱気になった自分の頬を、片手で叩いて活をいれる。


 悩んでもしょうがない、やるしかない。幸の存在否定にレアナが臆し、消えかけたのは事実だ。菊子にもアレをやって貰うしかない。


 俺は幸から手を離して、ポケットから小さめのナイフを取り出した。幸が驚いて目を剥く。


「信は菊子さんと戦う気なの?」

「違うよ、見てて」


 俺は剣道部の男子部屋の窓の鍵のそばをナイフの柄で叩いて割った。そして手を入れて鍵を外し窓を開けると、窓を持ち上げて窓枠を外した。


「何でそんなことを?」

「逃げ道の確保に。この前掃除してた時に外れるの知ってたから。幸はここを通れる?」

「夕方ここに閉じ込められてた時は無理っぽかったけど……」


 さっきフェンスを乗り越えた時同様、俺が窓の下で屈むと、幸は俺の背中に乗って窓から部室に入った。幸は室内から顔を出す。


「ギリ入れた」

「幸でギリギリなら、俺と菊子は出られないな。まあ、レアナに部室を破壊されたら意味無いけど……。あ、幸、ドアの鍵をはずして、ドアを開けっぱなしにしといて」

「……?」


 幸は「なんかよくわかんない」と、文句を首をいいつつも、俺の指示通りに部室の鍵を中から外した。


「よし、コウは一旦出てきて。そして校庭の水を見てこようか。アレクなら即起こす、そして菊子が現れたら表のドアからこの部室に入り、窓から外に出る。俺は扉を押さえて菊子の説得をしてみるから」

「説得失敗したらどうする?」

「その時は菊子を部室に閉じ込めて、こっちは逃げる」


 幸はやることを確認して、不安そうに瞳を揺らした。


「信……絶対に菊子さんを傷付けないでね」

「勿論」


 はっきりと肯定すると、幸はホッと胸を撫で下ろした。


「わかった、行ってくるよ!」


 幸はポケットからカッターを出した。


「何でカッター?」

「アレク起こすんでしょ?」

「自分を切るためか……」


 出来れば幸も怪我をしてほしくは無いのだが、幸の怪我はレアナの行動を止めることも出来るので、カッターは有事の時の牽制にはなるから有用だ。


 俺がカッターについて考えている間、幸は俺に背中を向けたまま、しばらく動かなかった。


「ごめんね、俺、こんなことにキミを巻き込んで……」

「えっ? なんで突然?」


 幸は背中を向けているので、今幸がどんな顔をしているのかが分からない。俺は幸の肩に手を置いて顔を覗いたが、前髪が顔全体にかかっていて見えなかった。

 幸は下を向いて、呟くように話した。


「……私、自分のこと全然分かってなくて、菊子さんやクラスの人が言う、好きとかそーゆーのも全然分からないけど、これだけは自信もって言える」


 そこまで言うと、幸は前髪を耳にかけ、顔を上げて、真っ直ぐに俺を見た。


「私、世界で一番信が大事! キミは私にとって、竜よりも、あの世界よりもずっとずっと大切な人だよ! だからどこにいても私は信を探し出す、世界の裏にいたって見つけるからね!」


 幸はそう言って、校庭に向かって真っ直ぐに走っていった。俺は遠ざかっていく幸の背中を見てため息をついた。


「そんなこと、知ってる……」


 俺はずっと幸を女の子として見ていたが、幸はずっと家族として俺を見ていた。

 先日の公園でのキスで多少の変化があったのかと期待したけど、現状では差ほど違いは無いように思えた。


「やっぱ、家族の域は越えられねーのな」


 いっぺん、世界の裏とやらまで遠く遠く離れてみたら好きだと言ってくれるのかな。

 俺は南米まで追いかけてくる幸を思って苦笑した。

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