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29、消えた幸


 始業のチャイムが鳴り、授業が始まっても俺の前の席は空席のままだった。

 幸はよく保健室にいるので、教師はまたそうなのだろうと、幸の不在について何も触れなかった。クラス委員長の菊子もそれを気にしていないようで、静かに授業を受けていた。

 空いた幸の机を飛び越えて、吉田から紙片が飛んでくる。


`幸ちゃんどうしたの? また寝ているの?´

`分からない、もう寝ない筈なんだけど確認しようがない´


 俺は手紙を投げ返すと、チラリと横の菊子を見た。菊子はいつも通り授業を受けているが、目が虚ろで、顔色は青白かった。


 幸は鞄と勉強道具を置き去りにして、それきり教室に戻ってくる事はなかった。



 午後の授業が終わると、俺は教室を飛び出して校内を探した。保険医に聞くとやはり幸は来ていないと言う。扉があるという校庭に変化はない。黒猫も、白い鳥もいない。

 俺は昇降口に行き、幸のくつ箱を確認するが、靴はあるので家に帰ったわけでは無いようだ。


 ……もしかして、イジメでトイレに閉じ込められている? だとしたらどうやって探せばいい?


 俺は二学年の階にある女子トイレから出てきた女子に話し掛けた。その人は親切に中で閉じ込めが無いか調べてくれた。他のトイレでも同じように確認して貰ったが、学校内のどこにも幸の姿はなかった。


 俺が肩を落として教室に戻ると、特殊教室を見てくれた吉田がいないと首を振った。


「コウちゃん、俺がリボンを結んだから怒って帰ったのかな?」

「靴は残ってるんだけどね、リボンは関係無いと思うよ。幸を発見次第リボンは回収するから、吉田はそう落ち込まないでいいよ」


 肩を落とす吉田を励ますと、吉田は半泣きで笑顔を作った。


「あんなんいらないよぉ、いたらゴメンって伝えてくれる?」


 俺はうんうんと頷いて、放課後に出掛ける約束があるらしい吉田を昇降口まで送った。レアナがいるらしい学校に吉田を置いておきたくはない。俺はひと息ついて、幸捜索に戻る。


「……あとは何処だ? 校舎裏とか部活棟や体育館の用具いれとか?」


 ――幸はもう、向こうの世界に行ってしまったんじゃないだろうか?


 ふとその考えが俺の脳裏を横切るが、幸が俺に黙ってひとりで行くはずはない、と、その可能性を頭から追い払った。


 何か一つでも、幸がこの世界にいる痕跡があればいいのに、と、俺は祈るような気持ちで体育館に向かった。


 体育館に向かう通路を通ると、外を歩いていた女生徒から声を掛けられた。


「あ、羽間はっけーん! 羽間、菊子が話があるって。部活棟にいる」

「なんで? 今日部活無い日だけど」

「知らなーい、男子のほうじゃないよ、女子のほう」


 女生徒は「伝えたよー」と、手を振って校庭に走っていった。


 ……今のヤツ、文芸部じゃなかったか? PC室で見たことがある……なんで部活棟のほうにに行くんだろう?


 俺は首を傾げつつ、行く途中だった体育館と用具室やステージ脇もきっちり見て回った。


「部活棟……見に行く予定だったけど、菊子がいると思うとすっげぇ行きたくない。一体何なんだ……」


 俺は重い足を引きずって昇降口に向かい、靴を履き替えて校庭の脇にある部活棟に向かった。

 途中何かがキラリと光ったので拾って見ると、吉田が幸の頭につけたリボンだった。


「……うわ、部活棟に閉じこめられている可能性がてできた。さっきのヤツが犯人くせぇ」


 俺は「はぁ……」と大きくため息をついて、吉田のリボンをポケットにしまった。



◇◇


 ……吉田くんに髪の毛にイタズラされた。


 トイレの鏡の前で、リボンがついたおもちゃを外していたら、見知らぬ女生徒ふたりに声を掛けられた。


「篠崎さん、あたしたちの事知ってる?」

「えっ?」


 どちらも知らない人だったので、私は困って立ち竦んだ。その生徒は「やっぱりね」と笑う。


「篠崎の班の佐久間菊子は知ってるでしょ? 篠崎さんに話があるんだって、一緒に来て」

「あ、うん。分かった……」


 私は、多分信の事だろうな。と思い女生徒についていく。ふたりは昇降口を抜けて校舎から出ようとするので驚いた。


「どこ行くの、外? 靴は……」

「部活棟だから上履きでいけるよ」

「あ、剣道部の部活棟か……」


 まだ午後の授業があるので、部活棟に人はいない。授業中に話したい事って、よっぽど深刻な話しなんだろうな、と、私は疑わずにふたりについていった。


 校庭脇にある、プレハブの部室棟にたどり着くと、女生徒は部室の鍵を開けて、中に私を入れて扉を閉めた。

 

「菊子さん? いるの?」


 私は立ち並ぶロッカーと防具の山を探すが、人の気配はなく、その部屋には誰もいなかった。

 誰もいないので、外に出ようとしたら、ドアが開かない。

 私は扉を叩いて「開けて」と言うと、外からさっきの女生徒の笑い声が聞こえてきた。


「シノザキー、菊子はあとで来るから、それまで寝てていいよー。篠崎寝るの好きだからね」


 楽しそうに笑いあう女生徒の声が聞こえていたが、声は次第に遠ざかった。


「閉じ込められた……」


 私は扉に頭をつけて目を閉じた。

 

 ……朝から教室の人の様子が変だった。まるて六年生の時みたいに私を責めてるようだった。


「私、またやらかしたんだな……」


 いつもそうだ。私が信に近付きすぎると、まわりが私に悪意を向けてくる。だから私は、六年生の時からずっと外では信を避けていた。なのにアレクや扉の事で、近くに寄りすぎたんだ。


「キスなんてしなきゃよかった……」


 私は扉に頭をコツンとぶつけて、公園での自分の振る舞いを心底反省した。

 最後だと思って信にキスをしたのがそもそも間違いだ。別れようと思っていたのだから、あんなことをするべきでは無かった。


  ……あんなことを


 私はその時のキスを思い出して、頭に血がのぼる。私は座り込んで、顔を手で覆った。


「信と話をしていただけたのに、どうしてあんなことをしてしまったのか……」


 前日に菊子さんと信のキスを見たから?

 それとも、階段の上で信の唇に触れたから?


「そうじゃないきがする……」


 寝てる信を見てるときに、頭をもしゃっとしたくなるとか、撫でたくなるとか、そーゆーものの一つだと思う。

 私の心が覗けるアレクは、あれを性的衝動だと断言した。

 私は、あの時信に触れたいと思ったんだ。

 常に側にいたい。かなうものなら触れていたい、彼が許すなら抱きついてキスをしたい。

 

「うわあああ!」


 そこまで考えが至って、私はドアに頭突きをした。


  ……私はチカンか! この考えはよくない。もう少し昔に巻き戻ろう。もっと小さい頃だ!

 

 私は出会った頃を思い出すが、やはり私は信にキスをしていたので、もう一度ドアに頭突きをした。


「……私は……昔から信に迷惑を……」


 私は心を落ち着けようと、心に数珠を思って、ママから教わったロザリオの祈りをブツブツと唱えていた。


 ……このまま夜になれは校庭で扉が開く。私がここにいるのはアレクが気がついてくれる。信を巻き込まないために隠れているのはよいことだ、気持ちを切り替えよう


 私は深く息を吐いて、部室に置いてあるベンチに腰かけた。





『上書きですか……?』


 ……ああ、また夢を見ている。


 フレイは誰もいない牢屋で一人、虚空に向かい呟いていた。

 フレイはずっと牢にいるのに、体に変化は無かった。空腹も渇きも無く、多分ずっとお風呂に入ってないと思うのに体も全く汚れていなかった。

 

 ……フレイは人間じゃないなぁ、お人形さん説濃厚?


 誰もいない場所なのに、フレイの中から不思議な声がする。

 

『そう、上書き。君が生まれ変わりここに来たとしても、この世界を救えるかどうかはわからないんだ。世界を消すとか、新たな世界を創世するなら可能だけどね。今のまま再構築するなら、君以外の要素を考慮しないといけない』

『私以外の要素?』


 ……ああ、この、心の中で光がまたたくようにしゃべる人はサーだな、と私は思う。サーラジーン、光の創造主だ。


『何が必要かはまだ分からない。新たな君の持つ色いかんだね。フレイは僕に会いに来ないといけないよ。計画を立てるのはそれからだ』

『会いに来いって、そんなことができるのかしら?』

『出来るよ。それには協力者が必要だ。君は僕のいるこっちの世界で、君を手伝ってくれる人を探さなくてはいけない。すでに僕のまわりにもいるけどね、君は君の協力者を見つけるといい』

『生まれ変わったら赤ちゃんなのよ? どうやってサーを探すのよ……』


 眉を寄せて口をへのじに曲げるフレイに、サーはクスクス笑った。


『あの子を捕まえてきた時と同じだよ。君なら探せるさ。世界中何処にいたって君は彼を捕まえる』

『だといいんだけど……』


 フレイは笑っているサーに向かい、肩をすくめて呆れるポーズをした。

 

『まあ、サーに会えるのは楽しみかもしれない。ちゃんと私を呼んでね? 急いでいくから』

『………』


 話していたふたりの声がだんだん遠くなっていく。私は、目が覚めるな。と、思ってフレイから心を引き剥がした。



 何処かで扉の開く音がした。

 夢うつつのまま、気配だけを追っていると、足に痛みが走る。目を開けると、ここは剣道部の男子更衣室で、三人の女子が寝ている私を囲んでいた。

 足の痛みは、私を起こすために軽く蹴ったようだ。傷はついていなかったが、靴下に少し砂がついていた。


「さすが篠崎、こんな状況でも寝るんだー」


 生徒の一人が、私の座っているベンチにどかっと腰かけた。


「あ、いっちゃんずるい、私も座りたい」


 もう一人が言うので、私は慌てて席を空けた。

 部屋にいる三人のうち一人は見たことがあった。それは同じクラスの市原さんで、多分菊子さんの友達だ。親が美容室をやってると言っていた人。

 残りのふたりは私をここまで連れてきた人だった。多分このふたりも菊子さんの友達なのだろう。


 ……いま何時だろう?

 

 私は部室の小さな窓から空を見上げた。日は傾いているようで空は赤く見えた。


 ……ずっと一人にしておいてくれればよかったのに


 もしここにレアナがきたら、この人たちを巻き込んでしまうかもしれない。たとえこの人達がレアナを見えなくても、レアナは物に触ることが出来る。部室で破壊行為が行われれば、破片が飛ぶ。


 私は消し飛んだ池のほとりにあったベンチを思い出して震えた。


 私ははるべく三人から離れ、窓辺に置いてある防具の隙間に挟まるように座った。

 三人は鞄からお菓子を出して談笑しながら食べている。話は主に秋の文化祭の事で、私に何かをする気はないようだった。どうやら三人とも同じ部活らしい、本を作る部活なのかな?

 

 

 私は、部室の小さな窓から、暮れゆく空を呆然と見ていた。


 ……このまま夜が来て扉が開いたら、ママと信とはもう会えなくなる。お別れはもう済んでいる筈だけど、黙って消えたから信は怒るし、ママはきっと泣くだろう。


 私がそう思っていると、隣の部室の扉を開ける音がした。


「お、キタキタ」

「来るの遅くね? 私そろそろ帰らないとやばいよー」


 隣の部室に誰が来たのだろうと、私は壁に耳をつけた。


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