表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/185

25、父帰る

 

 カチャカチャと、静かな家に食事をする音が響いた。

 信が交差点で何者かに襲われてから、信は篠崎家には来ていない。ママと私、二人で夕食を食べていたら、ママは寂しそうに言った。


「(シン、来ないネ)」

「(信はまたゲームをしているみたい、ゲームが好きだから、すぐに食べるの忘れるよ)」


 私が答えると、ママは寂しそうに笑った。


 私は夕飯の後片付けをしながら、弁当箱に夕飯の残り物をつめた。元々私もママも揚げ物は苦手だが、信が好きだから篠崎家の夕飯にはよく出される。その信がいないと食べきれないのだ。


 ママがお風呂に入っているのを横目に見て、私は二階のベランダに出る。木を登ろうと手すりに上ると、猫がトトッと背中に乗ってきた。


『夜にアレの部屋に行くのは止めろ』

『ひゃっ!』


 私は驚いて手すりからベランダの内側に落ちる。猫はひらりと手すりに飛び乗り、しりもちをつく私を手すりの上から冷ややかな目で見ていた。


『……痛い』

『フレイは学習能力が低い。求愛された相手の寝所へは行くな』


 私は赤くなって黒猫を捕まえた。


『きゅ、求愛って、そんなんじゃないでしょ? 信が私を見てるのはいつものことだし、私だっていつも信を見ているもの。愛の告白をされたわけじゃないよ?』

『された。一の王と同じ顛末になると予測する。食料は朝に渡せ』

『一の王ってフレイを殺した人よ? 信が私を殺すとでも?』


 信はそんなことしないし、と、猫に顔を近付けてにらむ。猫も顔をそらさずに、真っ直ぐに私を見た。


『一の王、覚えてないのか?』

『最初に作られた人でしょ? だから名前が一の王だし』


 猫は黙ってじっと私の顔を見ていたが、ふいと横を向いた。


『削除、成程……』

『……?』


 ベランダでアレクと話をしていたら、信の部屋の窓がガラリと開いた。


「……お前ら何でそんな所で話してんの?」


 私は素早く木をつたって、信の窓に近付き、背負っていたリュックを投げ渡した。


「信がうちにご飯を食べにこないから、ママが寂しいって。あとご飯作る余裕は無いかと思って、差し入れ」


 信はリュックを受け取って、中の弁当箱を取りだし、空のリュックを私に投げ返した。私はヒョイヒョイと慣れた手つきで木をつたい、もといたベランダに着地する。


「朝に顔を出すから、ママによろしく言っといて」


 私は「うん」と笑って手を振った。

 信は手を軽く上げると、苦笑して窓を閉めた。


 猫は手すりから、信の部屋の窓をじっと見ていた。


『フレイはあの人間が好きなのか?』

『好きだよ。君もママも好きだけど。それが何?』

『……幼体なのか、それとも罪深い程に鈍いのか、きっと、後者なのだろうな』

『それは悪口だね? 今私を鈍いと言ったね?』

『事実』


 私は猫を抱き上げて部屋に戻る。そして電気をつけずにベッドに腰かけた。


『どうするフレイ? 今回この世界に空く穴は大きい。恐らく二人を通す事は出来るだろう。あの男を連れていくか?』

『信を連れていけるの?』


 一緒に行けるのは素敵だ。信とあの世界を旅してみたい。


『フレイが望めば。ただ、何らかの通行料をとられる』

『通行料?』

『代償とも言う。扉を開けるための糧と、通過時の代償がどういった形で出るかは予測できない。私は闇に囚われて、自力では抜け出せなかった』


 それを聞いて、私は猫をぎゅっと抱きしめた。


『だったらダメ。信もママも危険があるなら回避する。関係ない人に迷惑はかけられない』

『なら決別を』

『……うっ』


 私は部屋の窓から信の部屋の窓を見た。

 信が家に来なくて寂しいのはママだけじゃない。私だって信に会いたいし、側でずっと見ていたい。

 窓越しでは全然足りない。

 もっと近くにいないと気がすまない。

 これを恋と呼ぶのかは全然分からない。ただひとつ確かな事は、信がいないと私は生きていく意味も気力も無くなることだ。


「うう……」


 窓辺にへたりこんで泣いていると、猫が涙をなめる。


『恋しいなら行け、止めない』

『迷惑だからダメだよ』


 それ以上猫は何も言わずに、月明かりの下、涙を流す私を見ていた。


 明かりも付けずにいた部屋の壁が一瞬光った。光と同時に、エンジンの音と車のドアを開け閉めする音が夜空に響く。

 私は涙を拭いて立ち上がり、窓から外を覗いた。


「車!」

『くるまとは?』

『人間の乗り物だよ! 多分おじさんが帰って来たんだ』


 外を見て首を傾げる猫を、私は捕まえてフフフと笑った。



 ◇◇


 俺は学校から家に帰ると、真っ先にノートPCを立ち上げてメールを見た。受信ボックスには親からの返信は無く、俺はため息をついてノートを閉じた。

 俺は宿題を片付け、明日の準備をし、ワイシャツと体操着を洗濯機に入れてスイッチを入れた。ゴトゴトと動く洗濯機に頭を押し付ける。


「あぁぁ……」


 そのまま振動に揺れる自分の声をぼーっと聞いていた。


 ……何であんなことをしてしまったのだろう。

 

 一応中学生の男なので、常々幸に対して思う所はあったが、態度はもちろん表情さえも、自分で完全に制御が出来ていると思っていた。幸が自分に興味を持たない限りは何もするつもりはなかったし、好きだと伝えることさえも控えていた。


「……はて、俺は何と言った? 好きだとか、そーゆーことを言ったっけ?」


 俺は階段の上での事を思い出そうとして、またガツンと洗濯機に頭をぶつけた。


「だめだ、感触しか覚えてない……」


 幸の口に触れたのだってほんの一瞬だ。これではボケたあいつのことだから、顔がぶつかったとか言いそうだ。


「いや、絶対何事もなくスルーされる。それが幸さん、キスが挨拶の国から来た人……」


 俺は脱水中のゴトゴトと揺れる洗濯機に、理不尽な頭突きを繰り返していた。揺れが止まったら、厚めの服とタオルだけを乾燥機にいれて、シャツと体操着はハンガーに掛けて部屋に干した。両方とも水を吸わない生地だから朝には乾いている。


 その足で台所に行き、お湯を注ぐだけのカレーと麦茶を出して自室に持っていった。そしてノートパソコンをつけた。メールはやはりきていない。俺は適当に話題の動画を見つつ食事をする。


「……つまんな」


 本来のならこれが俺の当たり前の食事風景になるはずだが、隣の家のおかげで贅沢が身に付いて味気なく思う。

 食材が、というよりも、幸がいない。

 こっちの話を聞いて一喜一憂し、何食べてもニコニコしてる幸がいる風景は、何てしあわせなんだろうと思う。


「昼の件で、隣から追い出される可能性大……」


 俺はインスタントカレーを置いて、机に突っ伏した。


「……見ているだけで良かった。別にどうなりたいとか思ってはいなかった」


 そう思って気が付く。この言葉、菊子にも言われた。俺と菊子は似ているのか?

 俺が独りグダグダしていたら、窓の外から話し声が聞こえた。


 ……コウ?


 文句を言いに来たんじゃ? と身構えて窓を開けると、幸はベランダに立ち上がっておーいと手を振った。

 幸は猿のように木を伝い、背負っていたリュックを投げて、また来るように言ってくれた。

 その幸を見ても、昼の事を許してくれたのか、それとも無かった事にされたのかは分からなかった。


「無かった事にしたんだな……」


 俺は苦笑して、幸から貰った弁当箱を開けて、エビフライをつまみ食いした。思いっきり頬張ったので口の傷が痛んだが、特に気にならなかった。


「感動的にうまい……」


 俺はそのまま階段を下りて、台所の入口に立って弁当箱を抱きしめていた。また来いと幸本人から言われたことが嬉しい。泣きそうだ。


「許された……セーフ……」

「何が?」

「うわぁぁぁ!」


 家には誰もいないと思っていたのに、突然話しかけられて心底驚いた。振り返ると親父がニヤケ顔で立っていた。


「親父、久しぶり」


「ただいま」と言って手を広げる親を、俺は呆れて見ていた。


「何だ、お前は抱きつかんのか。久々なのになぁ……」

「何才だと思ってんだよ?」


 親父はポリポリと頭をかく。


「嫁ちゃんは熱烈歓迎だったんだけどな、息子はつれないなー」

「嫁って、母さんの事?」

「いや、コウちゃん」


 そのまま洗面所に行く父を俺は追いかけた。


「どうせ洗濯たまってるんだろ? いま脱いで洗濯にだして。風呂はボタン押すだけだからいつでも入って」


 そう言って俺は、親が羽織っている薄手の上着を脱がせる。脱ぐときに裏返ったので袖を引っ張り出すと、袖と襟が汚くて俺はうめいた。


「ふだん女性しか見てないからギャップすごいな。親父臭ぇ……ヤニくっさ……」


 それでも俺は親が帰ってきてくれたことが嬉しくて、あれこれと世話を焼いた。

 幸に貰った弁当を親父に出すと、喜んで食べていた。俺は親の隣で食べかけのカレーを食べる。


「あー、久々に家庭料理を食べたわ……ごちそうさん」

「お粗末様です。って作ったのコウだけど」

「いい嫁を貰ったなー」

「嫁言うな。付き合ってさえもないのに」


 そう言うと、親父は残念そうな顔をした。


「幸ちゃんだけなんだよなー女子でなついてくれるの。署の女はきっついからなー、タバコ吸うと睨まれる」

「それは親父の衛生面に問題がある気がする……」


 俺は父親の湯飲みにお茶をついで思い出した。


「そうだ、メール読んでない? 俺、何回か出したけど」

「ん? ちゃんと見てなかったな。で、何て?」

「今でもいいから見てよ……ここいらで何かあったのかと聞いたんだよ」


 親父はスマホをチラッと見て、食卓においてあった菓子を開けた。


「何だろうなー……」

「俺が聞いてんの、それを!」


 親父はスマホを取り出して、自動音声のように棒読みをする。


「本日、南区で通行人に怪我をさせる事件が数件ありました。登下校の際は集団で……」

「それ、学校のプリントと同じ内容!」

「市の防犯メールだからな-」


 俺は空になった湯呑みにお茶を継ぎ足す。


「昨日じゃなくて、もっと前にコンビニ前で幸に会ったみたいじゃん、 あれは? 浮浪者が怪我をしたって聞いたよ?」

「……よく知ってんなーお前、そうそう浮浪者」

「何で親父がこの地域に?」

「家の方だったから志願した。彼は酔って寝ていたみたいだけど、転んだのでは説明のつかない傷があったからかな。まあ命に別状はなかった、ご家族も無事に見つかって一件落着」

「ふーん、それと今回の通り魔との関連性は?」


 親は目を細めつつ、チョコをつまんでお茶を飲む。


「無いと思うなーってか、学校から聞いてないか? 通り魔の着ていた服が、お前の学校の制服だったこと」

「……えっ?」


 ……道理で朝から教師が慌てていた筈だ。


「ウチの学校の生徒がやったの? 男? 女?」

「制服は女子のものだって。制服の目撃情報があるのに、不思議な事に誰も顔を見ていないんだ。髪の毛が長かったらしいから、それに目がいったんだろうなぁ……」


 ……制服で、顔の見えない女。


 俺は寒気がして、口の傷を押さえた。

 もしかして、交差点の女が隣町で人を襲った?


「お前、その絆創膏どうした?」

「え、ああこれ? 棚の角にぶつけて切った」

「ふーん、気を付けろよ」


 そう言って親父が席を立つので、俺は食器を片付けて、弁当箱を洗い水切りに裏返した。親は風呂場から戻ってきて、俺のいる台所に顔を覗かせた。


「信、しばらく幸ちゃんと一緒に通学しろよ」

「えっ、何で?」

「その通り魔の被害者が髪の長い若い女だから。幸ちゃんは髪短いけど念のためにな」

「髪型に共通点があるの? どんな髪型?」

「こう、長い真っ直ぐの黒髪を、縛らずに流している感じ。被害者は二人だけど、二人とも長かった」

「分かった、気を付ける」

「あ、不審者がいても何もするなよ? 逃げてから、安全圏で通報な?」

「……了解」


 犯人がウチの学校の生徒かもしれない。何でこんな重大なことを教師は言わないんだろうと思う。てか、被害者と加害者の特徴が似てるのか気になる。


 ……菊子がやったんじゃないのか?


 という考えが頭を離れない。

 

 まさかそんな、でも……?

 俺はボーッと考えながら、円に近くなっていく月を見上げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ