14-16、蕾通信(最終話)
静かな田舎町に、石垣に囲まれた小さな石造りの家がある。
スクールバスから降りた姉弟は、のんびりとした歩調で家に向かった。
ここはなぜか、のら猫が多い町で、一歩外を出るとあちこちで猫がくつろいでいた。
その猫全てに名前をつけている弟が、一匹一匹に挨拶をしていく。
「ユーゴ、あんたにあわせてたら日が暮れる」
「まってアイリ、今日見たことない子がいるから名前をきかなきゃ」
地面にしゃがんで猫と話をしている弟を、姉は怪訝な目で見ていた。
「アンタが名前つけたって、うちの猫になるわけじゃないのよ?」
姉はイライラしているようで、真っ直ぐ伸びた、頭の上で一つに結った黒髪をせわしなく揺らした。
「家が近いからユーゴは置いていくよ。だって今日親いないもん。私早くお話ししたい」
それを聞いた弟は慌てて猫にお別れを告げ、姉を追いかける。
「まって、僕も話す」
姉は少し弟をまってから、二人で家に帰った。
姉弟は誰もいない家の鍵を開けて、家の隅にある母の私室に行く。そこには綺麗な風景の写真や、映画から出てきたかのような竜の写真が貼ってあった。
壁一面に取り付けられた書架にはファイルが並んでいて、そこには見たことがない文字で長い物語が綴られていた。
その部屋の隅に、ガラスケースに入った不思議な花の蕾がある。蕾は少し浮いていて、淡く光っていた。
二人はキッチンから背の高い椅子を持ってきて、その花のまわりに座った。
「ユウ、帰ってきたわよ、出てきなさいよ」
姉のアイリが花に向かって高飛車に話しかける。
「バカアイリ、あっちの言葉じゃないと通じないよ」
「知らないの? ユウとレーンは英語がわかるのよ? この前レーンが言っていたもん」
「それじゃあ、あの二人としか話が出来ないじゃないか」
ユーゴはすう。と息を吸って、花に話しかけた。
『誰かいますか? 僕の声がきこえますか?』
ユーゴが耳を澄ますと、花の向こうからシャララ……と、薄いガラスが合わさるような、不思議な音がする。
『聞こえているぞチビ助。今日は俺しかいないようだ』
『君はセレムだね? 今日は国にいなくてもいいの?』
『もうすぐ戴冠式があるから、聖地に枝を取りに来ただけだ。誰か語りたい奴がいるなら呼んできてやろうか?』
「ユウを呼んできて。それかレーン」
アイリが英語で言うので、ユーゴは通訳をする。
『ユウか、レーンはいる? いたらアイリが話があるって』
『……しばし待て』
そう言って、ガラスの擦り合うような音が遠ざかっていく。
蕾からセレムの声が聞こえなくなったので、二人は一息ついた。弟は椅子から飛び下り、キッチンからジュースとクッキーの箱を持ってくる。
セレムやフィローといった守護竜は、お互いインターネットのようなもので会話が出来るらしいが、レーンの住みかには連絡が届きにくいらしく、いつもかなり待たされた。
なので今日も、暇潰し用の宿題や本を一杯持ってきた。
ユーゴがテーブルにジュースを置くと、アイリは、壁に掛けられた鏡の前で必死に髪を撫で付けていた。
『あっちから姿が見えるわけでもないのにね』
「ユーゴ、英語で言って」
『これ、話すだけ。見えない』
身振り手振りをまじえて、簡単な異国言語で弟は話す。姉はため息をついてジュースを取った。
「アイリは早く言葉を覚えなよ」
「英語と日本語だけでも死んでるのに、さらに覚えるのは無理よ」
しばらくすると、蕾がほんのり光を帯びる。
『おーい、誰かいる? 花が咲いているな』
その男性の声を聞いたアイリが、慌ててジュースを置いて、蕾に向き合う。
『私、アイリ、あなたは?』
『アマツチだよ、コウの娘だね。コウは元気かい?』
簡単な文章なのに聞き取れなかったアイリが、ユーゴに助けを求める。
『一の王、僕はユーゴ。母は元気ですが今は外出しています』
アイリは花から離れてブツブツと独り言を言う。
「アマツチもかっこいけど陰りが無いのよね……真っ直ぐなだけの男は好きじゃないわ」
姉の言いように、弟は苦笑する。
『……アイリは何と言った?』
『姉は、レーンに会いたいと言っています』
アマツチは苦笑した。
『わかった、つかまえてくるよ』
そしてまた音が消える。
ユーゴは通学カバンからテキストを取り出して宿題をし始めた。アイリがまた鏡を見ていると、花から声がした。
「呼んだか? お気楽姉弟」
姉はピョン! と跳ねて蕾に取りついた。
「レーンね、今日貴方は何をしているの?」
「お前らと話をしているな」
「それは分かるわ。では朝御飯は何を食べたの?」
「ブレックファースト?」
レーンはアイリの言葉を繰り返す。
『朝食の事だよレーン』
そこまで言って、ユーゴは英語に切り替える。
「アイリはそんなことを聞いてどうするの?」
『食べてない。食事は滅多にしないな。準備が面倒だからな』
ユーゴは姉に言う。
「レーンは作れないから食事しないって」
「私が行って、作ってあげるわ!」
それを聞いたレーンは楽しそうに笑った。
「それ、コウに聞かれたら怒られるぞ」
「いないから大丈夫。だから私をそっちに連れていって!」
弟は無駄に積極的な姉を呆れて見ていたら、レーンが言う。
「コウが、アイリに話があるって。五時に帰るからそれまでに宿題と部屋の掃除をするようにって」
「レーン、ママにいいつけたわね」
アイリは恨みがましく蕾を見つめる。
『お前はうるさいから、早々に逃げる』
そう言ってレーンは世界樹の花から離れて行った。
静かになった蕾を見て、アイリは聞く。
「レーン、最後何て言った?」
「アイリはうるさいって」
アイリは頬を膨らまして、眉を寄せた。
ユーゴはそっと姉から距離を取る。
機嫌を損ねたアイリには近寄りたく無い。理不尽に暴れるし、理屈が通じないから。
「アイリ、ママの言いつけを守らないとこの部屋に鍵を掛けられるよ」
アイリはのそりと立ち上がって、キッチンの椅子を畳んだ。
「……ユウはいなかったわね」
「忙しいんだよ、ユウは神様だからね」
アイリは部屋から出ながらブツブツとつぶやく。
「いいなぁ。私も神様やりたい!」
アイリがユウに会いたいのは兄に会いたいのだと思っていた。まさか、神様の座を狙っていたとは思っていなかった。
ユーゴは姉の言葉を聞いて苦笑するしかなかった。
◇◇
……アイリとユーゴ、もう帰っているかな? 宿題やったかな?
雑貨屋のカウンターに立ち、客の支払いが終わると、私はフゥと息を吐いた。
ここは大型店舗などない田舎町だ。なのでこの雑貨屋にはその辺で収穫されたお野菜から電球まで何でも売っている。
中には店長が調合したハーブやポプリまであり、値段のついてない物もある不思議な店だ。
引っ越して来てから、二回目の時に店主が不在なのに客がいて、店主の代わりに対応したら、カウンターの裏で寝ていた店主から店番を押し付けられた。
そんなこんなで、昼間家に人がいないときだけ、私はここのレジに立っている。
ジーンが就職してすぐに信と私は結婚した。
そのままジーンの勤務先に近い村に家を借りて、家族で住んでいる。
長女のアイリはいま十二才で、母譲りのストレートの黒髪を、ずいぶん長く伸ばしている。なぜかレアナのように顔の脇だけ鋭角に切り揃え、後ろは高く結い上げて、背中に垂らしていた。
アイリは隼人に似たようで、顔立ちがとても整っていて、黙っていれば美少女に見えた。
しかし、恋多き性格というか、恋愛以外に一切興味が無いようで、学業不振で私は何度も学校に呼び出された。
弟のユーゴは十才で、小さいときの信に良く似ており、東洋人の顔立ちをしていた。
性格は穏和で寡黙。どこか達観しているところはユウに似ていた。
二人とも髪や瞳の色は黒かったが、姉弟なのに顔は全然似ていなかった。
私は昼間、近所の雑貨店を手伝っていて、子どもたちの帰宅時間に合わせて家に帰るようにしていた。
しかし今日は店主が夕方まで手が離せないらしく、子どもたちに留守番をさせていた。
店に客がいなくなったので、私は一息ついてスマホを開く。スマホの画面には呼んでもいないのにレーンがいた。レーンはいまだに猫のアバターのままでスマホに出てくる。
『おまえんちの子どもらうるさいな。特にアイリ』
『アイリ、あなたに迷惑をかけてる?』
猫は耳をかいて言う。
『ことあるごとにこっちの世界に来たいと言う。代償が要ると言ったら髪を伸ばし始めたぞ。あれは本気だ』
『ええー……』
私はスマホを見てゲンナリした。アイリは異世界に興味があるようで、私の部屋に入り浸っている。
湖でユウのくれた花の蕾は、あちらとこちらの声を繋げてくれた。蕾に血を垂らすと、聖地に訪れた私の知り合いと話が出来るのだ。
こちらの通信が繋がっている時は、世界樹に花が咲くので分かるらしい。
『ごめんレーン、アイリは私の言うことを聞いてくれないの』
『そうだろうなーあれは手におえない』
猫はふぅとため息をつく。
『こちらには魔法使いがいないから、扉を開けることは出来ないの。だからアイリの言葉は無視していいよ』
『無視は無理だろ。アイリを引かせる言葉を教えてくれ』
私は、うーんと考えて、アイリの分かる英語で言う。
「アイリに話があります。五時に帰るからそれまでに宿題と部屋の掃除をするように」
『……と伝えて?』
『了解』
猫は画面の外に出ていった。
そこでお客様が見えたので、私は急いで店に出る。接客をしつつ、アイリのレーン推しを思いだし苦笑いをした。
◇◇
「アイリさんそこに座りなさい」
家に帰った私は、リビングのソファーに娘を座らせる。すると呼んでもいないユーゴがアイリの隣に黙って座った。
「アイリは今日、異世界に行きたいとレーンに言ったみたいね。レーンから聞いたわ」
アイリは自分の髪をいじりながらぶすっとして言う。
「ママ、浮気してたの?」
「していません。レーンから苦情がきただけです」
アイリは頬を膨らませて言う。
「いーじゃん、コウはパパがいるんだから、レーンは私に頂戴」
「なっ……」
私は恋愛脳の娘に何か言おうと思ったが、脱力して対面するソファーに座った。
『アイリ、この言葉はわかる?』
アイリは分からないと首を傾げた。隣のユーゴは理解しているようで、じっと私を見ていた。
「蕾でお話しするのに、まず必要なのがあの世界の言葉なの。ワガママを言う前にちゃんと覚えなさい」
アイリはぶすっとしたまま黙っている。
「あとね、アイリは向こうに行きたがるけど、今は扉を開ける人がこの世界にいないの。向こうに行くには、こっちとあっちを繋げないといけないのよ」
アイリはふてくされたままボソッと言う。
「蕾があるじゃん」
それを聞いて私はため息をついた。
「アイリちゃん、蕾の穴は小指の先の大きさよ? 声は届くけど、虫じゃないと通れないわ」
「レーンなら広げてくれるわ」
……確かにレーンならいつかやり遂げそうだけど、異世界渡りは危険だからあきらめて欲しい。
「あとね、個人差があるのだけど、生きてあっちに行ける人は殆どいないの。向こうに行ったら、アイリは死ぬかもしれないのよ? それでも行きたい?」
「死んだら意味ないよ……」
アイリは膝を抱えてふて腐れた。私は立ち上がり、アイリの隣に座ってその肩を抱いた。アイリは私の腕の中でブツブツ言っている。
「必要なのは魔法使いだ」
私は撫でていたアイリの頭をはたいた。
「……いったぁ」
親に叩かれてアイリはさらにふて腐れる。
「アイリちゃん言葉。あとレーンは異界で暮らしているから自給自足よ? ご飯は全部アイリが作らないといけないし、掃除も畑の世話も全部アイリがするの。本当にそんなところに行きたい? もうお菓子は食べられないし、クリスマスもないわよ?」
「……えー」
アイリはみるからに嫌そうな顔をした。
「そんなにレーンの所に行きたいなら、異界を想定して家事全般を叩き込みましょう。あと、帰ってこられないことも覚えていてね」
「……異界」
アイリの隣に座っていたユーゴが、興味津々な顔をしてつぶやいた。なんでも口に出すアイリよりも、黙っているユーゴのほうが危険なのかもしれない。
私はアイリの手を引いてキッチンに行く。私は嫌がるアイリに野菜を洗わせた。
「……違うもん、こーゆーのじゃないもん」
アイリは言うことを聞きながらブツブツ言っている。
アイリは野菜を洗うブラシを、ベシッと流しに叩きつけた。
「私はハウスキーパーになりたいんじゃないの、ユウみたいに神様になりたいのよ! 世界中の人が私にかしづく世界に行きたい!」
「そんな世界は無いわ!」
私は驚いて、持っていたレモンの欠片を握りつぶした。その果汁がアイリの目を直撃する
「ギャアア! 目が、目がァッ!」
目を押さえてのたうちまわる娘を見て、私は深いため息をついた。
◇◇
勤務先からの帰り道、車で舗装されていない田舎道をガタゴトと走る。
山道を走ることが多いので、家族が乗れる四駆を探したら、中古で掘り出し物を見つけた。
車は古いが、屋根の上に荷台がついていて、荷物の運搬に重宝している。
うちの村は猫が多いので、うっかり猫をひかないように、ゆっくりと走っていると、自宅が見えた。
「ただいま」
「おかえりなさい、信」
日本語で言って玄関を開けると、幸が走って抱き付いて来た。これは多分、子どもたちに口論で負けたのだと推測する。
我が道を突き進むアイリと、頭のいいユーゴにコウは殆ど負けている。
「何で熱烈歓迎? 何かあった?」
「何もない、君が好きなだけ。帰ってきてうれしい」
……あれ、子どもたちと喧嘩したわけじゃなかった。
なんの理由もなく熱烈歓迎とは、思わず口がにやけそうになる。
俺は顔を無表情に固定したまま、幸を腕にぶらさげた状態でリビングに進む。
階段がある通路の奥に、自分そっくりの子どもが立っていた。ニコリともせずにこちらを見ているので、一瞬幻かと目を疑うが、なんてことのない、次男のユーゴだ。
幸の誘惑に負けないよう顔を引き締めていたが、下の子にニッと歯を見せて笑いかけた。
ユーゴは何も言わず、静かに自分の部屋に入った。
……お帰りも何も無いのは、嫌われているのか、それとも幸が腕にぶら下がっているからか?
俺は苦笑して、昔の自分を思い出した。
俺がユーゴの年齢だった頃、隼人さんとエレンママのやり取りに、俺は目のやり場が無かった。
自分と似た顔の息子に同じ思いをさせるはめになるとは思っていなかったな……。
俺は苦笑しつつも、子どもたちがリビングにいないことを確認して、幸にただいまのキスをした。
◇◇
……驚いた。パパと目があった。ママの部屋に忍び込む事を気が付かれたかと思った。
廊下で見たふたりはいちゃついていた。この後の夕食と入浴で、一時間くらいはボクの事を気にしないし、ママの部屋にもこないはず。
ユーゴは、親の目を盗んで母の部屋に入った。
夕方にアイリが血を垂らし、まだ燃料が残っているらしく、蕾はほんのりと光っている。これなら指を刺さなくても平気そう。
ユーゴは図書館で借りた本を広げたまま、特にこちらから話しかけずに、向こうの音に耳を傾けていた。
『最近よく、コウの子どもらが話しかけてくるようだ』
『そーゆーのに興味を持つ年ごろなんだよ。特にアイリがね』
……このぶっきらぼうの口調の人は黒竜。その話相手は長兄のユウだろう。
ユーゴはこちらに産まれてこなかった長兄の言葉に耳を傾けた。
『君が聞いているのを分かるよ、ユーゴー』
『!』
ユーゴは慌てて蕾に近寄る。
『僕に用事があるかい? ユーゴ-』
『ボクの名前は優悟だよ。用事はない。ただユウの声を聞きたかっただけ』
『わかった、ユーゴ。君はアイリがこちらに来たがることをどう思う?』
『別に何とも思わない。アイリはアイリがしたいようにしたらいいし、ボクが何をしようとあいつは勝手にやらかす。止められない』
それを聞いてユウはクスクス笑う。
『アイリがもしこっちに来たら、僕はアイリを地面に埋めてその上にお城を建てるかもしれない』
『勝手にやればいい、ボクには関係無い』
ユーゴの何の感情も汲みとれない、抑揚の無い返事にユウは苦笑した。
『興味が無いのにコウの部屋にいるのは矛盾しているよ? ユーゴー』
……また名前を違う風に言われた。ボクの名前は漢字で優悟なので、ゴーと伸ばすのは違う。
ユーゴは、本から目を離しチラリと蕾を見る。
『アイリがあまりにもうるさいから、行く手段は無いのか耳を立てていただけ。悪意は無いよ』
『成る程ね……姉も姉でうるさいが、お前も変わり者だな。話していて気が抜けないよ』
『……それよく父に言われる』
ユーゴは本を閉じて、蕾に向き合った。
『ねえユウ、やっぱりこっちの人間がそっちに行くと死んじゃうのかな?』
ユウは首を傾げる。
『さあな? こっちで産まれた僕に言われてもねえ? 異界渡りの影響と糧は個人差があるとしかしらないよ。コウは渡る度に記憶が消えていたな。まあ、寝言は扉を構築してから言うんだな』
母の事を呼び捨てにする兄を、ユーゴはちょっとかっこいいと思った。
『扉ね! それについては思うところがあるんだけど、図を見てもらえないと説明できないなー』
『なになに?』
ユウとユーゴは声をひそめて内緒話にふけった。
◇◇
黒竜は世界樹の根元に立って主を見ていた。
光る蕾と熱心に話し込む主はとても微笑ましい。
主はコウや家族と離れているが、蕾のおかけでそれを感じることは少ない。
ユウが仕方なく蕾との会話に付き合っているという素振りを見せるのは、先に生まれた兄弟ゆえの自尊心らしい。
……私も、白竜には動物に変化した姿を見せたくはないし、似たようなものだと推測する。
黒竜は主から離れ神殿の森に踏みいる。空には銀色の月が太陽の光を映し、銀の水を照らしていた。
再構成されたばかりの世界はまだ落ち着かない。
所々で産まれる闇をレーンと白竜が潰し、また配下として異界に取り込んで行く。
ユウはユウで、民の声をよく聞き取り、毎日のように新しい魔法を構築している。
ユウとレーンは表と裏からうまいこと世界を回していた。
光と闇、生と死、善と悪。この天秤が極端に傾かない限りは、この世界は大丈夫だろう。
黒竜は、足元からパキリとなる音に耳を立てる。どうやら小枝を踏んだようだ。
黒竜は自分の足元を見た。
下を見てつい思い出すのは、黒髪でさみしがり屋の前の主だ。彼女は小さくて臆病だった為に、黒竜はいつも体のサイズを彼女の好みに合わせていたのを思い出した。
世界樹の花が咲く度に、彼女の声が聞けないかと耳を澄ましてしまう。声を届ける蕾は彼女の部屋にあると言うのに、彼女から話しかけてくる事は一度もなかった。
「それだけ今は安定していると言うことだろう」
黒竜は方向を変えて、ユウのいる神殿に戻って行った。
サーから切り離され自立したこの世界だが、いつかまた扉が開く時が来るかもしれない。また、あちらの魂が迷って世界樹の麓にたどり着くかもしれない。
黒竜はいつかくる奇跡を思い、未来に思いを馳せた。
――終――
信と幸の話はこれでおしまいです
長い間ふたりの旅を見守ってくださってありがとうござました
番外編もあるので気が向いたらどうぞ
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