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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十四章(最終章)
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14-15、湖へ


 私とジーン、信のパパは小さな白い車に乗り、長い道を走っていた。


「何でまた湖水地方に行くの? 忘れ物とか?」


 ジーンは私にスマホを渡した。


「なんか、レーンに呼ばれた。観光地だしたまには親孝行も兼ねようと思って」

「観光ならロンドンにいけばいいのに。博物館で恐竜の骨が見られるよ」


 ジーンは運転しながら「スマホを見ろ」と私に言う。


「恐竜は上野にもいるから。レーンが場所を指定してきたから、座標を変えるわけにはいかないよ」

「座標ねー……」


 私はジーンのスマホを見せてもらう。

 私の猫アプリとは違って、レーンとの会話にログが残るようになっていた。


´この日にちの、五時二十七分にこの座標に来い´


 レーンは向こうの言葉でそう言って、こっちの地図に矢印でマーキングされた画像を添付している。


「レーンのスマホのつかいっぷりがすごいよね。地図とか経路検索とかお手のものだ」

「プログラムとかシステム構築はまさに神業だよなー本人の性格に難があるけど」

「泣き虫の俺様だしね」


 私は笑う。


「今は回線切れているよね? レーンに聞かれたらどやされるよそれ」

「日本語までマスターしたのか。彼は本当に有能ね」


 私は水筒からお茶を一口飲んで後部座席を見ると、羽間のおじさんはスウスウと寝息をたてて寝ていた。


「時差ぼけかな? 日本から遠いもんね」

「飛行機で眠れなかったと言っていた。親父なりに気を揉んでいたのかもね」

「いい人だもんね。息子が心配だったんだね」

「警察似合っていたのに、俺のせいでやめさせちゃったな……向こうにメッセージを残した日に、絶対に辞めるなと書いておけば良かった」

「今は警備員さんなんだよ、守るということは変わってないよ」


 私は、口を開けて寝ているおじさんの顔を見て、やはり信に似ていると笑った。



◇◇


 ――ポン


 まだ夜も明けないうちから、ジーンのスマホは軽快な音を鳴らしていた。おそらくメッセージアプリだろう。

 俺は眠い目をこすってスマホを取り、画面を見た。



 昨日はレーンの指定した湖の側のホテルに泊まった。幸は羽間父子に気を遣い、ひとり部屋に泊まり、俺は父親と同室だった。

 親父からは色々聞かれるだろうなと、身構えていたが、親父はベッドに寝転ぶなり寝てしまった。


「そういえば、寝られるときは瞬時に寝るというのが親父の習性だった……飛行機はよっぽど気が張っていたのか」


 昨夜俺は、いびきをかいて寝ている父親の寝顔を見て苦笑いをしていた。



 自分がいつ寝たのか記憶に無いが、スマホの画面にはメッセージが表示されていた。

 どうやら幸は既に起きていて、何回か俺にメッセージを送ってきていたようだ。


´朝だよ、起きてー!´

´五時過ぎちゃうよ´

´もういいや、おいていくよ´


「……まずい。幸はもう部屋から外に出ている」


 俺は青くなって、昨夜準備していたバックを持つと、ホテルの部屋を飛び出した。


「あ、親父忘れたけど、別にいいか」


 部屋を、幸と俺、親父とで分ければ良かった。幸が「滅多に会えないのだから」と身を引いたのが間違いだった。


「取り合えず幸の確保」


 俺はホテルのフロントまで走り、入口にいると言っていた幸を探した。


「こっちだよー」


 エントランス側のソファーから、幸が比較的小声の日本語でおいでと手を振っていた。

 よく見たら親父も隣に座っている。

 おろしたてのスプリングコートを着て、外出準備万端の親父を見て、俺は肩を落とした。


「先に行くとか……言ってよ、置いてきたかと思った」


 親父は吸っていたタバコを簡易灰皿で消して言う。


「ねぼすけのお前が悪い。時間厳守」


 そう言って、のそりと立ち上がり肩を揺らして歩く親父を、俺は格好いいと思った。


「……まだねぼけてる?」


 幸が俺の様子を伺いながら腕をからめてくる。


「いや、現役の時の親父を思い出しただけ」

「張り込みとか聞き込みとかよくしてたからねー」

「タバコと蓋のついた缶コーヒーで」

「よれよれのコートで、袖がとても汚い!」


 幸は俺の顔を見て言う。


「君も、袖で涙拭く癖があるよ? もしかして普段はヨダレとかふいているの?」

「……ふいてないよ、たぶん」

「無意識でやっているから分からないんだね」


 俺はごまかすように幸の手を引いた。



◇◇


 日はまだ昇ってないが、辺りはほんのりと明るくなってきている。

 三人はうっすらと立ちこめる霧の中を、無言のまま歩いた。この先にはレーンに指定された湖があるらしい。


 ジーンはパットを出して場所を確認し、さらにスマホの位置情報を何度も見て現在置を見ている。その表情がとても真剣なので、私は邪魔をしないように離れていた。


「ここだ」


 ジーンは小さめの湖の、湖畔に立ってつぶやいた。

 日はもうすぐ顔を出しそうで、朝のひんやりとした空気がとても気持ち良い。

 羽間のおじさんはその辺の岩に腰かけて休憩していた。

 私は自分のスマホを開く。


『レーン、来たよ』


 猫が画面隅から顔を覗かせた。


『幸が直接話しかけてくるのは数年ぶりだな。元気だったか? 今日はかわいい格好をしているな。綺麗だ』


「……ひぇ」


 突然服を褒められて、思わずジーンを見た。

 ジーンはパットをじっと見ていたので、私の様子が変な事には気がつかなかったみたいだ。

 私は文字入力で猫に話した。


『キレイとか照れるから止めて』

『何で? コウはカワイイとか俺に言うのに』

『ウッ、ゴメン。いや、ここは服を褒めてくれてありがとうだね』

『服だけの話じゃないぞ、コウの容姿も含めて綺麗だ』


 ……うわぁ、ド直球! ストレートに褒めてくるよ、この猫!


 私は赤くなった頬を手で押さえて、フゥと息を吐いた。


 実は今日の私の格好はそれなりに気合いが入っている。

 私は今から起こることを予測して、新しい緑のワンピースに、薄いオフホワイトのかぎ編みのカーディガンを着てきた。

 最近は楽なのでジーンズばっかりだったので、足がスースーする。

 歩くと予測していたので靴はスニーカーだが、私にしては珍しく化粧も頑張った。


 ……あっちで散々子ども扱いされていたから、大人になった自分を見てもらいたかったの、ジーンは全く気がつかなかったけどね!


 ジーンが言う、私の格好についてのコメントは、今までろくなことを言われたことがなかった。

 それは「心配になる」とか、「こけしみたい」とかだ。


 ……直球で褒めてくるレーンと信は正反対だな。


 レーンとジーンの違いに、私は口を隠して一人で笑っていた。


『レーン、これから何があるの?』

『すぐにわかる。シンがお前の髪をくれたから思い付いた』

『切った髪ってレーンのところにあるのかー』


 スゴイ、どうやって物を送ったんだろう? 後で聞いてみようと、私は湖畔を見ているジーンのほうに歩いた。


 ジーンは時計を確認して、パットの録画機能を開いていた。私はパットを覗き込んで言う。


「君は白衣をもってきたら良かったねー、なんか女学院の時みたいだよ」


 少し離れた場所から、羽間のおじさんが呆れ口調で言った。


「信は見るものを間違ってないか? 今その機械を見ていていいのか? なんか親として情けなくなってきたな」

「えっ、親父、何か言った?」


 ジーンは顔を上げて父親を見たが、おじさんは一度しか言わなかった。


『なんか年食ったシンがいるな。また分裂しているのか?』

『あれ、シンのお父さんだよ』

『へぇ』


 猫からはこちらが見えるのか、レーンは興味深げに目を瞬いていた。


『こっちは日が昇りそうだよ』

『じゃあ、湖面を見ていてくれ』


 そう言って、猫は画面から出ていったので、私はスマホをしまった。


「レーンが湖面を見てって」


 私はジーンの隣に立って、静かな湖面を見つめた。おじさんも私とジーンの少し後ろに立つ。


 日の出と共に、湖一面が白く輝き出した。

 風もないのに湖面がさざなみ立つ。そして、光が中央から消えて行き、水面は鏡のようにあちらの世界を映し出した。


 そこは新しい聖地で、虹色の葉をつけた大きな樹木がそびえ立っている。

 その梺に赤髪の姫と、頭に太陽の冠を乗せた男女がいた。さらに、私のように長い黒髪の女性と、それに付き添う、黒髪をパッツンと切り揃えた、目の大きな男性が立っていた。

 そして、仲睦まじく寄り添う二人の側には、タンポポの綿毛のような、ふわふわの銀髪の青年がいた。


『信、大変! メグくんすごく大きくなってる。あっちは何年経っているの?』

「分からないけど、ちょっとどいて……」


 録画している機材が揺れたみたいで、邪魔だと遠ざけられた。

 そんなレンズ越しじゃなく、目でちゃんと見たらいいのに、と思うが機械大好きな信に言っても無駄だ。

 

 私は何も言えずに頬を膨らましていたら、向こうにいる茶髪の細身の青年がケタケタと身をよじって笑っていた。


『レーン……猫様ってそんな顔してたのね』


 白目の大きなとび色の瞳は、表情豊かでくるくるとよく動く。体は細く、身長は低くみえるが、それは四人の王たちが背が高いせいだと思う。シェレン姫よりレーンのほうが背が高い。


 私はみんなに手を振ると、笑いながら涙を流した。


 朝のお勤めが終わったのか、守護竜達が世界樹に集まって来た。

 地下神殿の時はみんな小さくなったり、人の形に変身をしていたが、今度の世界樹は表にあるので、本体の竜の形だ。

 岩のような地竜、首の長い、大きな羽を持った風竜。そして溶岩のように燃える体を持つ火竜、輝く鱗を持つ大きな蛇のような水竜。

 いかにもドラゴン! といったデザインの四竜とは別に、双子のようによく似ている色違いの双竜がいる。

 背の高い黒竜の肩には小さな小鳥が止まっていた。


 青い小鳥は黒竜の肩から飛び立ち、こっちに向かって飛んでくる。


『……えっ?』


 私は自分の目を疑った。

 向こうから飛び出した小鳥は、水面を抜けて私の頭上をくるくると飛び回った。そして口にくわえていた世界樹の蕾を私の手のひらに落として戻っていく。


 私は手のひらの上の蕾をそっと指でつまんだ。それは小さな桃色の花弁をつけていて、私は構成の日の世界樹の杖を思い出した。


『ありがとう、ユウくん……』


 私がポロポロと涙を流すので、ジーンが袖で涙を拭いた。私は「もう!」と言って、ジーンの頭を小突く。

 そうしている内に、また湖が白く光ったので、私は皆に向かって大きく手を振った。


『ありがとう! みんな、元気でね!』


 泣きながら手を振る私の肩を、ジーンは引寄せた。

 そして湖は真っ白に光り、色が元に戻った後は、何も起こらなかったかのように普通の湖に戻っていた。

 私はジーンの肩に頭を寄せて、しばらく泣いていた。


『なんかとれた? 今のうつっているの?』


 私はジーンの持っていたパットを覗く。

 ジーンは再生して見るが、湖の光は映っていたが、皆の姿や青い小鳥は見えなかった。

 私は手のひらに残された蕾をつつく。


『すごい、これ世界樹の蕾だよね』

『ユウのやることだからな……何があってもおかしくはないな』


 そんな二人の背後から羽間のおじさんが顔を出した。蕾はおじさんにも見えるらしく、不思議そうに小さな桃色の花を見ている。


「……お前らが喋っている言葉はさっぱり分からんが、二人は数年今見た世界にいたということなのか?」

「そうだよ、今いた皆に世話になった」

「みんなとってもいい人達ばかりですよ」


 私も日本語で言って笑う。

 羽間は呆然と湖面を見つめた。


「……話は一欠片も信じられなかったが、実際目で見ると説得力が違うな……本当のことのように思えてきた」

「親父、事実なんだ、認めてくれよ」


 羽間は無理、と、首を横に振る。


「んなもん認めたら警察なんてやっていけねーって。どうせ映画みたいなものなんだろ? ビルとかにうつすのとかあるじゃん?」

「レーンがそんなもの知ってるはずないよー」


 ジーンはため息をついて、パットをバッグにしまった。


「プロジェクションマッピングな、親父。知り合いで詳しいやつがいるからやってもらった」

「えっ?」


 私は、にこやかに語るジーンの顔をまじまじと見る。


「すごいな、ドラゴンとかリアルだった」

「君は本当に何でも作れちゃうんだねー」


 感心してから不思議に思う。今のは、ジーンが作った偽物の映像だった? じゃあ、この蕾は何?


「……映像だったんだ。すごいね。メグくん大きくなっていてビックリしたけど、うそっこなんだねー」


 そう呟く私の頭をジーンが素早くはたいた。


「いたっ!」


 私は、はたかれた頭をさすって、ジーンをにらむ。


『映像から花が出てくるはずないだろ? 何でもすぐに信じるのはやめろよ』

「うっ……」


 確かにそうだけど、プロなんとかとかマジックとか言われたら信じちゃうよ? 信はおじさんが混乱しないように、現代知識を代用して辻褄を合わせたんだと思うけど。


 おじさんの為の嘘だと思ったら、気が済んだ。むしろ、みんなの姿をまた見られた感動に水をかけられたくない。


 ……感動。


 思えば頬も手も涙でグシャグシャだ。これって、今の私の顔はどうなっているんだろう?


 私はそーっと水辺に寄り、水に映る顔を見て固まった。私は髪の毛をカーテンのようにして顔を隠し、急いで来た道を戻った。


◇◇


 レーンの呼び出しも終わり、機材を片付けていたら、幸が小走りに道を駆けていく姿が見えた。


「……えっ、何で? ひとりで帰る気か?」


 俺は焦って、パットをリュックに突っ込み、肩に引っかけた。見ると親父は既に幸の後を追いかけている。

 俺はダッシュで走り、親父に追い付いた。

 並走しながら親の肩をつかむと、親父は怪訝そうな顔で俺を見る。


「今のはお前が悪いわ。こんな態度を続けていたら捨てられるぞ?」

「幸が逃げたのって俺が原因なの? 何で親父にそんなことが分かった?」


 少しでも情報が欲しくて親に聞くが、親父は何も言わず足を速めた。


「ちょっと待て親父、逃げんな」


 俺は走って二人を追いかけた。



 しばらく走ると、親父は速度を落として歩き出した。

 見ると脇腹をさすっているので、年老いた体に早朝マラソンはキツかった様子だ。

 親父の速度に合わせて、競歩くらいの速度に落とすと、親父は俺の肩をグイッと押した。


「俺は後から行くから、ちゃんとコウちゃんを守ってやれ、質問に対する答えはスマホで打つ」


 親父は完全に足を止めて、その場でスマホを触り出した。

 俺はスマホを片手に、幸の後を追い掛ける。

 幸は走るのがあまり得意じゃ無いのですぐに姿が見えたが、追い付く前に親父の返事が知りたかった。

 親父は俺にこんなメッセージを送っていた。


´幸ちゃんは、今日をとても楽しみにしていた´

´朝から早起きし、お化粧をしていたよ´

´それなのにお前は機械しか見ていなかった´

´お前が一番大事なものは機械なのか?´


 読むと、ザワリと背筋が凍った。

 パソコンでも勉強でも、俺は幸をそっちのけで没頭する悪癖がある。それを親に指摘された。


 ……どうして俺は何度も同じことを繰り返すのか? 幸はいつだって、俺だけを見ていると言うのに、俺はよそ見ばかりしている。


 俺はスマホをズボンにしまって、走る速度を早めた。幸は元から体力も運動能力も低いのですぐに追い付いた。


「コウ!」


 俺はその腕をつかんで幸を引き止めた。幸は肩で息をしながら、ひたすらに俺から顔を隠していた。


「幸、ごめん。レーンとの約束の事ばかりを考えていて、俺は全然幸のことを見ていなかった」


 俺は幸を抱きしめるが、幸が頑なに顔を隠すので、隠す手を持って無理矢理顔を見た。

 見ると、幸の顔は真っ赤で、瞳は涙で濡れていて、さらに目の回りの化粧がとれたのか、まだらになっていた。

 幸は俺の手を振り払い、バッグからウエットティッシュのようなものを出して顔を拭く。するといつもの幸の顔に戻った。


「化粧をしていたの、気がつかなかった……」

「君はパットとスマホしか見てないからね」

「ごめん……」


 謝る俺に幸は困ったような笑顔を見せる。


「それはいいよ、服はレーンが誉めてくれたし。君はいつも通りでいい」

「……今の言葉にいいところは一つもないだろう?」

「えっ? だって、別に君のためにおしゃれしていたわけじゃないもの」

「……なんだって?」


 俺の口調がきついので、幸は怯えて肩をすくめた。


「だって、私ってあっちでずっと子ども扱いだったでしょう? だから最後くらいは大きくなった所を皆に見てほしかったの。そーゆー意味だよ。でもメグミクくんに負けてたけど……」

「じゃあ、何で逃げるように帰った?」


 幸は耳まで赤くなった。


「だって、泣いたからパンダになったかと思ったんだもん。前にパンダ顔は見苦しいと君が言っていたし、そんな顔をおじさんに見られたら恥ずかしいし」


 俺は脱力して幸を抱きしめた。

 俺が幸の肩に顔を乗せたまま動かないので、幸は「泣いたの?」と聞く。


「泣いていない。気が抜けただけ……」

「……?」

「幸が怒って帰ったのかと思ってた……」

「そんなことある?」


 幸が分からないと首を傾げるので、俺は幸の顔を両手で挟み、じっとその顔を見る。


「幸はもっと怒っていいよ。俺が幸を見ていなかったらこっち見ろと言って? 幸の頑張りに俺が気がつかなかったら、何か教えて欲しいよ。俺は幸ほど敏感じゃないから、言われなきゃ分からない。黙っていたら色々なことを気がつかないし、その事で幸を傷つけるかもしれない」


 俺の顔が近すぎるのか、幸は必死に目を泳がせて、俺の手から抜け出した。


「わ、私のことは別にいい。そんな事では傷つかないよ?」


 俺は再び幸の顔を持って、自分に向ける。


「よくないよ」

「……っ!」

「俺はもう竜の体じゃ無いんだから、幸が何を考えて、何に傷つくのか言ってくれないと分からない」


 俺は幸の顔をつかんだままで言う。


「言って? 今何を考えている?」

「……ぁ」

「何?」


 幸はぎゅっと目を閉じて言う。


「君の顔が近すぎてドキドキする……」


 幸があまりにも予想外の事を言うので、俺は照れ笑いして幸を抱きしめた。


「私もね、君が今何を考えているのかが知りたい。どうして怒ったの? 声、すごく怖かった……」


 指摘されて、俺はうーんとうなる。


「自分が気がつかなかった幸の変化を、レーンに出し抜かれて、自分に怒っていただけ。それで幸を怖がらせていたのならごめん」

「そっか、君の声が怖いから緊張しちゃった。普段目をあわせないのに、目の前でにらむし」

「……俺も言葉が足りないんだな。そういやセレムに言われてたな。言葉は言わないと伝わらないって」

「言われたねー。セレムを百回誉めさせられた」


 俺はまた幸の頬に触れて、涙のあとをそっと撫でた。


「実は俺は、一日に百回くらい幸がかわいいなぁと思っている」

「ひぇっ!」


 よっぽど予想外な話だったようで、幸は目を丸くして驚いた。


「昔からずっとそうだよ。側にいるときはもちろん、教室で遠くから見ていた時もあったし、テレビ見ているフリをして幸をかわいいなぁと見ていたこともあった」

「……そんな……頻繁にっ?」

「今だって思うよ。幸はかわいい」

「ひぇ……」


 幸は涙目になり俺を凝視した。


「それもっと早く言ってよ、今まで全然気がつかなかったし、私の事をどう思っているのかレーンにまで聞いていたよ……」

「……いや、自分でもどうかと思っていたから自重してた。顔に出さないようにしてた」

「どうかって? 好きか嫌いかってこと?」


 俺は幸から顔を背けて言う。


「幸を好きすぎて自分がどうかしていると思っていた……」


 幸はポカンと口を開けた。

 そしてゆっくり俺に手を伸ばして、俺の体に抱きついた。


「もっと早くに言ってくれたら、信はママや菊子さんの事が好きだとか勘違いしなかったのにな……君はすごいよ、私全然気がつかなかった……」

「当時幸は、俺の事を何とも思っていなかっただろ? そんなときにこんなこと考えているのがバレたら家を追い出されていたよ」

「……君はけっこうえっちだからねぇ……しかたがないな……」

「ああ、親父と一緒の部屋にするんじゃなかった。もう家に帰りたいなぁ……」


 幸の細くまっすぐな黒髪を指で撫でると、幸はビクッと震え、俺の手から逃げた。

 面白いように幸の顔が赤い。


「ここお外だからね、そーゆーことはしないよ!」


 じゃあと、俺は幸に手を繋ごうと差し出した。手なら。と、幸はその腕に巻き付き、しあわせそうに笑う。


「……いつも思うんだけどさ」

「何?」

「そうして腕に巻き付かれると、幸が柔らかくて抱きたくなる」

「……ひっ」


 幸は腕を離して俺から距離を取った。

 そのままじりじりと、後ろに下がっていく。


「君はいっつもそんなことを考えていたの?」

「うん、たいていは」

「……もー」


 今まで隠していた煩悩を、つつみ隠さずに返事をしたら、幸は引かずに俺の袖をそっと引いた。


「あんま口に出さない方がいいかもしれない。結構ダメージ大きい。あんまりくらうと私は死んでしまう……」

「弱冠引きながらも手を握ってくれる幸さんもかわいい」

「ひーっ!」


 幸は手を離して早足で歩いていく。


「そんなこと連呼するんだったら、私だって事あるごとに好きと連呼するからね!」


 ……なにそれ、気になる。


「それはかなり聞いてみたい……」

「えっ?」


 幸は足を止めて、ためらいながら俺に向かって言う。


「……君の事好きだよ?」

「疑問符つけないでくださいね?」


 幸は照れて顔を真っ赤にして、俺の顔をじっと見た。


「……すき」

「…………」

「どう?困るでしょ?」


 幸が上目使いに言うので、俺は幸にキスをする。


「いいねそれ、ずっと言っていてくれるとありがたい」

「動じてない!」


 幸はショックを受けて、俺に背を向けて歩き出した。俺はあわてて追いかけて、幸と手を繋いだ。幸はじっとその手を見て、いつものように腕に巻き付いて、笑う。


「もういいや。私が信を好きなのは本当だから、これからはちゃんと口に出すよ。それで君がうれしいなら私もうれしい」

「コウ……」


 俺は幸の髪を撫でた。

 細い、サラサラ、そしていい匂い。


「やっぱ、家に帰りたいなー。幸がこんなにかわいいのに親父と同室とか辛い」


 幸は頬を染めて、俺の腕を引いて歩き出す。


「我慢しなさい。そして親孝行するんだ。肩たたきをするのだー」

「ハイハイ」


 俺は幸に引っ張られたまま林道を歩く。途中で一服していた父親と合流して、三人で朝御飯を食べに道を戻った。


 幸のポケットにはユウがくれた蕾が入っていて、幸の動きに合わせてリンと鳴った。

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