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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十四章(最終章)
179/185

14-10、地下室


 リビングの広いテーブルに、隼人と叔父、そしてジーンが座っている。私は紅茶をいれて蒸らす間、テーブルの隅に立っていた。

 叔父と隼人の前に、ジーンは白い布を押し出す。隼人が布を開くと、穴の開いた白い宝石が箱の中に入っていた。


「話すのが遅くなってすみません。これは八年前に私が異世界から持ち帰った幸のピアスです」

「八年前って……?」


 疑問に思ったのは私だけだった。そういえばそうか、隼人も叔父も、八年前からジーンの面倒を見ている。


「これは、エレンさんが白竜に殺されたとき、白竜が異世界に持っていったエレンさんの心臓です」

「心臓?」

「はい、異世界ではこの世界の生き物の死体は石に変わるようです」


 隼人がその言葉を聞いて、ギュッと目を閉じた。


「エレンさんは生きて異世界に渡れませんでした。それは私も同じだったのですが、白竜に同化してなら渡れる事を知って、ママは自ら白竜に殺されました。これはその時に白竜に取られたものです」

「……なんでそんなアホな事をしたんだエレンは」


 隼人がうめくように言う。


「幸を守る為です。幸が異世界で魔力を消費すると、幸の体にダメージが及びます。それを聞いて、幸の体が削れないように、エレンさんは常に幸のそばで幸を守っていました」

「……そんな理由でエレンは日本に残ったのか」

「私はエレンさんが死ぬ事を知っていたから、日本で何度もエレンさんに説明をしました。しかし、エレンさんは既にフレイに指示を受けていたらしく、幸を守る事を選びました」


 おぼろげに覚えている、日本のお家への来客の痕跡。

 人見知りで滅多に人を家に上げないママが、少なくとも二回は招いた客人がいた。

 台所にあった真っ赤な口紅のついたグラスはジーンとアリスさんだったということらしい。


「私がいたから、ママは死んだの……?」

「そう、ママの願いは、最愛の夫と娘を守ることだった。さらに異世界から帰る時、瀕死の俺はママの石のお陰で助かった。ママは俺たちを守る為に死を選んだと言っていい」

「なんてこと……」


 私は顔を手で覆って、床に座りこんだ。そんな私をジーンは椅子に座らせた。


「この石をお二人に返そうとずっと思っていたのですが、なかなか言い出せませんでした。申し訳ありません。改めて今日、エレンさんをご家族にお返しいたします」


 ジーンは箱を私に向けるが、私には受け取る勇気が無かった。なのでジーンは隼人の前に箱を置く。


「ママの魂は主の御元にあるとフレイが言っていました。なのでこれはもう只の石なのですが……」

「わかった、ありがとう。私がエレンの墓に入れるよ。それでいいよな? コウ?」


 私は頷いて、机に伏せて泣いた。


「ママは馬鹿だ。ママは隼人が好きなんだから、ずっと隼人と一緒にいればよかったのに……」

「そんなこと言うなよ、お前だってすぐ身を呈して人助けをするじゃねーか」

「……そんなこと……したことはない」


 欠けた記憶の話なのだろうか、顔を上げるとジーンはそうだと頷いた。


「ホント、幸が言えた義理ではないよ。母子三代そっくりだ」


 そこまで黙って話を聞いていた叔父が重い口を開いた。


「妹はずっと、フレイを殺したと父から苛まれていましたから、フレイ本人の提案には逆らえなかったでしょうね。ましてや娘を救うとなれば止める手段は無いでしょう」


 叔父はそこまで言うと、ジーンを見て、ゆっくりと頷いた。


「ジーンは辛かったね。エレンが死んだのは、ジーンのせいではないよ」


 それを聞いたジーンは、黙って目を閉じた。

 信は本当に静かに泣く。

 私はジーンの手をそっと握った。


「コウを助ける事が、エレンの悲願だったのです。コウが無事で本当によかった。改めて、お帰りなさい、コウ」


 叔父さんが笑って言うので、隼人もポツリと言う。


「……お帰り」


 私は隼人に言われて、驚いて隣にいるジーンを見た。ジーンは目に涙を貯めて、「お帰り」と言った。


「ただいま……」


 私はジーンに寄りかかって、しばらく泣いていた。



◇◇


 頭に触れるジーンの手があたたかい。

 泣き止んで顔を上げると、叔父はカードキーを私の前に差し出した。


「コウ、これはあの地下室の鍵だよ。あそこには君が無くしたかの地の記憶がある。学業に支障がでない程度に閲覧してもいいよ。使い方はジーンに聞きなさい」

「……ありがとうございます」


 カードキーを受けとる私を見て、叔父は付け足した。


「言っておくけどね、フレイの遺物や写真を集めたのは父で、地下の映像はエディの見ていた夢だからね? 僕が君の映像を集めているわけではないよ?」

「……は、はい?」


 私は分けがわからなくて首を傾げる。

 ジーンは苦笑した。


「地下の映像、最近のは幸の生活記録だからね、叔父に非がないことだけは覚えておくといい。あと俺も」

「……地下に何があるのよ」

「見た方が早いよ、おいで」


 ジーンが私を地下に連れて行く。

 叔父に貰ったカードキーで扉を開けると、中は結構広くて、いくつかの部屋に分けられていた。

 奥の扉には、モニターとパソコンみたいな機材が並んでいた。

 私はジーンに座らされて、頭にヘッドホンをつけられる。


「誰か、見てみたい人はいる? 異世界で」

「レーン」

「……なんでレーン?」

「だって、私その人しか知らない」


 ジーンは黙々と操作する。そして沢山あるファイルの中から数点選んだ。


「レーンが出てくるとろくな展開にならないから、平和な所にしよう。セダンとか」

「……はあ」


 ……よく分からないけど、レーンを見せてはくれないらしい。


 ジーンが一つのファイルを開くと、いくつかのサムネイルがあった。その中から町の風景を選ぶ。


「これは、幸が砂漠からセダンについたときの映像」

「はい」


 渡されたヘッドホンから、ノイズまじりの町の喧騒が流れた。

 モニターにはオリエンタルな雰囲気の町を行き交う人の姿が浮かび上がり、白いフードを着た子どもが、背の高い金髪青年と、グラマーな赤髪の少女と一緒に町を歩いていた。

 赤髪の少女はフードの子どもにしがみついている。


『ねぇなんかこっち見てる』

『ミクさんは美人だからね、それは見られるよ』


 赤毛の女性は、人混みに慣れていないのか、おろおろしていた。

 ジーンはモニターを指して言う。


「この白いのが幸だ」

「えっそうなの? 声違う気がするけど」

「俺には同じに聞こえるけど、自分の声を録音で聞くとなんか違う現象じゃないかな」

「ふーん……これ、私なのか」


 セダンについたミクと私は、アマツチと三人で手を繋いで町を歩いていた。


「コウ、なんで一の王と手を繋いでいたんだ?」

「わからないけど、あれみたいね。宇宙人捕獲される!」


 言葉にすると笑いがこみあげてきた。ジーンはクスリともしないので、面白いのは私だけのようだ。私はしばらくクスクス笑っていた。


 町の映像は突然切れて、次に現れた私は巫女さんみたいな緑の服を着ていた。


「画面がかわった」


 ジーンは口を押さえて、私から目をそらす。


「なんで君が照れるの?」

「いや、セダンについた後、幸と三の姫が砂漠の汚れを流していたから、カットした」

「汚れを……」


 そうだ。この時セダン城に勤めている女性たちに捕まってお風呂につけられたんだ。お風呂でミクさんの体に衝撃を受けた。

 私の脳裏に浮かぶのは、お風呂の熱気と温泉の匂い、抱きつかれたミクの柔らかい肌。そして放漫なボディだ。


 ……成る程、アマミクと言う姫と私は仲がよかったのね。カットされたのはこのお風呂のシーンだ。


 私はしばらく考えていたが、はっと顔を上げた。


「カットしたってことは、君は見たのね?」

「ちゃんとは見てないよ、失礼すぎるし」

「ちょっとでもダメでしょ!」

「しょうがないだろう、カメラはこっちでは動かせないんだ、エディがずっと幸を追いかけていたから」

「盗撮じゃないかこれはー!」


 私はジーンの腕をつかんで揺すった。


「落ち着いて、普段は幸が寝ている姿とかも延々と記録されているけど、セダンとファリナには撮影出来ない部屋があるからある程度はマシだから」

「……ううう」


 ……私の貧相な胸部と、ミクのナイスバディか比較できる、個人的には恐怖映像だ、恐ろしい。


 映像は止めていなかったので、王様との謁見シーンが映っている。

 幾何学的な模様のタペストリーの前に、王座が据えてあり、王様と小さな老人が話をしている。

 私はその風景をみて、ポツリと呟いた。


「不思議ね……。これが私だと言われても全然ピンとこない。まるでテレビドラマを見ているみたい」

「本当に忘れているんだな。フレイがほとんどの記憶を持っていってしまったのかな?」

「でももう会えない人なのでしょう? 別に忘れても問題ないかな?」

「彼らを見たら泣かれると予測していたので、幸の反応がドライでよかった」


 私はジーンの服をつまんで言う。


「異界と猫様はちゃんと思い出したいんだけど」

「それは映像には無いんだ。俺も異界には殆ど入れなかったから、レーンの記憶でしか異界の事は分からない。それだけは、幸が自分で思い出すしかないよ」

「そうなんだ……すべての映像があるわけではないのね」


 私はセダンにいる自分を見る。


「なんか私ちっちゃいな。こんなんだったっけ」


 髪も今より短いし、仕草がとても子どもっぽい。ぴょんぴょん跳ねるし、よく笑い、よく怒る。

 画面の中の私は、アマツチやミクの言葉に笑ったりはしゃいだりして幸せそうだった。


「楽しそう……」

「一の王も三の姫も、裏表のない快活な人だったからね、彼らといるときは朗らかだったね」

「うん」


 私はジーンの肩に寄りかかって、暫く映像を見ていた。


「レーン……というか、羽間信の姿の人間が出てきたら幸は泣いてばっかりいるからね、閲覧注意。というか、多分見ない方がいい」

「な、なにゆえ?」


 突然警告されたので、私はドキッとした。


「結構戦闘映像多い。腕がもげたりするし、幸自身も血を流すし……何よりもレーンは幸に…」


 ジーンはそこまで言って言葉を切った。


「なんでもない」

「気になるよ、最後まで言おうよ!」


 ジーンは困って私を見る。


「データを分ける。幸に害がありそうなのも削る。幸は安全な映像だけ見たらいい」

「既に私におこったことなのよ? 何で君に目隠しされないといけないの?」


 ジーンは半目して私を見ていた。


「レーンは事あるごとに幸にキスをする。しかも何度も押し倒している。そーゆー映像を幸は見たい?」

「押し……ね、猫様!?」


 ……スマホでお話していた人はチカンだったのか。知らずにお話していた。


 ジーンは当惑して頭に手を当てた。


「レーンは見かけが俺だから本当にたちが悪い」

「……私、よくそんな人と仲良くなったなぁ」

「幸は誰とでも仲良くなるからね。最後の方では白竜とまでも仲直りしてたよ」

「ママを殺した竜ね、そう……」


 私はその後黙ってじっと映像を見ていた。

 ジーンは私の髪を撫でる。


「だから、隼人さんだけは本当に謎だ。何で幸は頑なに隼人さんを避けるの?」

「何も不思議はないの。隼人は敵なだけ」


 私はジーンに寄りかかった。ジーンは私の顔を覗き込む。


「親だろ?」

「分からない。どうなんだろうね、そこんとこ」


 私は腕を組んでうーんと考える。ジーンは呆れて物を言う。


「ママが、隼人さん以外の子どもを産むと思うの?」

「そう、それは無いよね。ママは隼人の血統を守るために私を助けたと言ってたしね。

でも……」

「でも?」


 私はアハハと笑って首を振った。


「分かんない。チャンスがあれば隼人に聞いてみるよ。何でも教えてくれる約束だし!」

「隼人さんの前に立つと震えるのに、出来もしない事を言って、ごまかさない」


 ジーンは私のおでこをペシッと叩く。私はしばらくうめいて、そしてポツリと言った。


「隼人とママの結婚式ね、日本に来た日なの。信のママが亡くなった日なの……」

「幸が四才の時に二人が結婚したの?」

「そうなのよ、静岡のお家のそばの教会なの。叔母の昴ちゃんもばーさま達もみんないたの。それって、私がママの連れ子ってことよね? パパは隼人じゃないよね?」


 ジーンは暫く考えていたが、分からないので問題を投げた。


「ロードや隼人さんに聞けば分かるだろ、さっさと聞いてしまおう。善は急げだ」


 ジーンはパソコンの電源を切って立ち上がる。そのまま聞きに行こうとするので、私はジーンにしがみついた。


「ねぇ、これで隼人が私のパパじゃなかったら、私どうしたらいい? だって、私のせいで隼人の大切な人が死んでいるのよ? そんな人に私はお世話になっていいの?」


 私の手が、小刻みに震えているのを見て、ジーンはその背中をさすった。


「今日隼人さんに聞くのはやめるよ。折を見てロードに相談してみる。でもね、幸。隼人さんが幸と血が繋がっていなくても、幸がママの子どもであることは確かなのだし、ママを好きだった隼人さんが幸を手放す筈はないよ。実際幸と隼人さんは似ているしね。それに真実を知っている隼人さんが、幸を扶養すると言うのだから、結果がどちらでも、隼人さんか幸の保護者である状況は変わらないよ。安心して」

「……私、はやくひとりだちする」


 私は目に涙を溜めてジーンにしがみついた。


 異世界の映像を見る気分では無くなったので、私とジーンは席を立ってリビングに戻った。

 すると隼人がニヤニヤして私を見ていた。


「なんだ、泣いてないな。映像を見たら泣くかと思った」


 私は無視してお茶をいれにいく。私はテーブルに茶器とお菓子を置いて椅子に座った。


「あれドキュメンタリーみたいだった。それか運動会とかのホームビデオとか。あれに泣く要素あるの?」


 蒸らし終えたのでポットカバーを外して紅茶をカップに注ぐ。


「会いたいとか、また向こうに行きたいとかは思わんの?」

「別に……隼人は映画とかみたらそう思う?」

「……その程度の認識なんだ、ふーん」


 隼人の前に紅茶を置くと、隼人が手を広げて言う。


「じゃあもう向こうに行くことはないな。お帰り我が娘よ」

「ただいま隼人。会いたくはなかったよ……」


 私はイヤイヤながら隼人に近寄り、軽くハグをして、背中を叩かれた。隼人は間近で私を上から下まで見て、私の耳たぶを引っ張った。


「ピアス買うか? エレンのものを出してもいいがな」

「ママのがあるの?」

「藤野邸に置いてあったものは家にあるから、好きに持っていくといい。お前の学校用品とか、小さな服とかはごっそり捨てたけどな」

「ホント? 今度見に行く」


 私が笑って言うので、隼人はニヤつく。


「今日来てもいいぞ。なんなら泊まっていくといい」


 そう言って隼人がキスをしてきたので、私は悲鳴をあげて逃げた。


「隼人のバカ! 絶対行かない。隼人大キライ!」


◇◇


 涙目で逃げる幸を見て、隼人が笑った。

 部屋の隅で見ていた俺は小声で言う。


「いじめなければ嫌われないのに」

「ばっか、こんな楽しいことやめられるか」

「幸だって、貴方によくして貰っていることを分かっているので、仲良くなりたいと思いますよ?」


 隼人はフッと息を吐いて俺を見る。


「女の子はねー大切にしててもいつかどっかの馬の骨にとられちゃうからね」


 俺がキョトンとしていると、隼人はクククと笑った。


「可愛がっていた妹の恋人はいつ聞いても殺意を覚えるけどね。お前はさほどそうでもないな。ここは妹ばりに幸を可愛がって、お前を殴っておいたほうがいい?」

「殴られるのはちょっと……」


 隼人は笑って、俺の頭をワシャワシャとかき混ぜる。


「エレンはさー、なんか妙に血にこだわっていてさ、自分よりも俺の血を引く幸の生存を望んだわけだ。この意味分かる?」

「隼人さんの血が大事なのですか? なら、幸は確実に隼人さんの血を引いている?」


 俺はさっき幸と話していたことを思い出して、つい口にしてしまった。

 隼人はニヤニヤと笑って言う。


「もしかして、幸って俺が父親であることを疑っているのか? だから俺は避けられてる?」

「……そのようですね」

「まあ俺も、幸を産んだ記憶は無いよ。男だしね」


 ……ここで父親だと断言してくれると話は早かったのに、これじゃあ幸が混乱するのもしかたがない。


 秋の柔らかな日差しが、隼人の輪郭をなぞっていた。俺は、隼人の横顔が幸に似ているなと思って、しばらく見つめていた。

 隼人は突然立ち上がり、車の鍵をつかんで、チャラチャラと揺らす。


「じゃあ俺、会社帰るわ。お前は歩いて帰れよ」

「えっ? はい、分かりました」


 俺が呆然としている間に、隼人の車の音が遠ざかって行く。すると廊下から足音が聞こえた。


「あれ? 車の音がしたけど、隼人だけが帰ったのかい?」


 他の部屋にいた義父がリビングに入ってきたので、俺は隼人が置いていった書類やカップを片付けた。


「ジーンは昼食を食べたのかい?」

「いえ、寝ていた所を隼人さんに捕獲されたので、何も口にしていませんね」

「じゃあ何か食べて行きなさい。コウに言えば何があるか分かるかな」


 部屋にいるらしい幸を呼びに行くニコラスの肩を、俺は捕まえた。


「私の昼飯は帰りがけに店で食べるから大丈夫ですよ、それよりも……」


 俺が深刻な顔をするので、ニコラスはじっと俺の顔を見た。


「幸の父親は隼人さんですよね? 先程隼人さんに聞いたらはぐらかされたので…」


 ニコラスはそれを聞くと、微笑んで俺の頭を撫でた。


「コウは間違いなく隼人とエレンの娘だよ。彼は子どもをからかう所があるからね、はぐらかしは冗談だろう」

「ですよね。良かった、安心しました。幸が四才の時に二人が結婚式をしていたと言って、不安になっていたので……」

「君と同じ理由だよ。隼人が大学に行っている間は、父が結婚を許さなかったんだ」

「隼人さんが在学中に幸が生まれていたのですか?」

「そうだね。コウは四才までは父の家にいたよ」


 ……隼人さんはそんなミスをすることがあるのだろうか? まあ避妊具も百パーじゃないというし。


 俺が首を傾げていると、ニコラスはいつの間にか消えていて、部屋から幸を呼んで戻って来た。


「じゃあ、私は部屋にいるから」


 ニコラスは幸と交代でリビングを去って行く。幸はエプロンを手に部屋に入って来た。


「君はご飯食べてないの? 何か食べたいモノはある? と言っても簡単なものしか出せないけど」

「いや、帰りがけに食べようかと思ったから大丈夫だよ。それより、隼人さんが幸の父親なのは確かな事のようだよ。入籍が遅れたのは、隼人さんの卒業を待っていたからだって」

「えっ……」


 幸はエプロンを手に呆然とした。そしてノロノロと俺に背中を向けて、お湯を沸かして玉ねぎを切りはじめた。


「コウ、聞いてた? 外で食べるから」

「あ、え? ナポリタン嫌い?」

「……あ、食べます」


 幸は手早く麺を湯がき、玉ねぎとソーセージだけのナポリタンを作って出した。

 俺は大人しく席に座ってパスタを食べる。幸は俺の向かいに座って、俺が食べるのを楽しそうに見ていた。


「サラダとかいらないのよね? 君は」

「出されれば食べるけどね……」

「今はレタスもキャベツも無いの。ピーマンはあるんだけど、嫌いだったよね?」

「出されれば食べるよ」

「美味しいのに、しぶしぶ食べられるのはピーマンさんがかわいそうだし」


 謎の見解を述べる幸を放置して、俺は黙々とパスタを食べていた。


「ご機嫌だね、泣いたり笑ったり幸は忙しいな」

「えっ、笑ってた? まあ、ご飯食べてる君はかわいいから仕方がない」


 隼人さんの事を言ったつもりが、予想外の回答が来たので、俺は苦笑した。


「ウサギとか、ハムスターとか、ミレイとか、ご飯食べるのを見るのは好きなの。まあ、人様が食べている姿を見るのは失礼な感じだから滅多に見られないけどね」

「コウは、たべる、させる、好きよ」

「……なにそれ?」

「いや、昔エレンママが言っていたなぁと」


 俺がそう言うと、幸は寂しげに笑う。


「うん、好きだよ」


 言葉だけ聞くと愛の告白のように聞こえるので、俺は心を無にして、黙々と食べる手を動かした。


「ごちそうさま、ナポリタン久々で美味しかったよ」

「ナポリタンは日本独特だからねー」


 俺が皿を片付けるために立つと、幸が後をついて来る。

 幸は流しにあるカップも含めて手早く洗うので、俺は拭いて棚にしまう。


「まあ、隼人さんと幸が実の父娘で良かった。もう忌憚なく仲良く出来るね」

「隼人は学生なのに私を作ったの? あの隼人が? アノヒト医学部卒業よ? 何かヘンだと思わない?」

「それは思うけどね? 出来ちゃったものはしかたがないのでは? おろすには体に負担かかるらしいし、ママの家は子どもを養育するお金はあるからね」


 幸は納得できないようで、立ち止まって頭を悩ませていた。


 ……そういえば、幸がこの家に来たときに隼人さんは怒っていた。それがエレンママの出産の事だったのは何となく覚えているが、何故怒っているのかは分からなかった。


´フレイと、エディと、爺さんを許さない´


 と言っていた気がする。

 どうして幸の出産の話でその三人の名前が出てくるのかはさっぱり分からなかった。


 ……謎が深まっただけだな。


 俺は苦笑して、幸の頭を撫でる。


「まあ、実の父親なのだから、コウは隼人さんに安心して甘えなよ。もうハグも逃げないでいいね」

「……うえ」


 幸は舌を出して嫌そうな顔をした。隼人さんが実の親でもそうじゃなくても違いは無いらしい。

 まあ、一件落着と俺は帰り支度をする。

 幸は俺の顔をじっと見ていた。


「もう帰るの?」

「うん。隼人さんに拉致されたからね。大学の事をしなければ」

「今から君のお家に泊まりに行きたい」

「ダメ」

「じゃあバス停まで送る。いやとは言わせない」


 幸は帽子とリュックを取って、叔父に送ってくると声を掛けた。俺は靴を履いて玄関で幸を待つ。


「おまたせおまたせ」


 幸は玄関を施錠して俺の腕に巻き付く。


「必死だなあ。何かあるの? 買い物とか」

「君と一緒にいたいだけだし。本体に会えることは希だからね」

「本体って、別の俺がいるような言い方」

「スマホでは毎晩会えるってこと。分裂できるならしてほしいよ」


 二人は手を繋いでぶらぶらと街路樹のある歩道を進む。


「もし、俺の分身がいたらどうするの?」


 幸はうーんと考えて言う。


「髪の毛をとかして、ごはんを食べさせて、一日中見ているの」

「夜も?」


 幸はコクリと頷いた。


「俺の分身ならレーンみたいに幸にちょっかいを出すかもしれないのに?」


 幸は赤くなって、俺の腕に顔を押し付けた。


「きみがすきにしたらいいし…」


 俺はその返答を聞いて赤面した。


「成る程。隼人さんもこうだったのかもね」

「へ?」

「学校に行っていないエレンさんが、付き合っている男性を拒否しなかったら、学生のうちに子どもが出来るのかもしれないと」

「あ、ああ、それ……ママが隼人の言うことを拒否するはず無いものね」

「それに、女性が妊娠したいと思ったら、どうにでも男を騙せるしなぁ……」

「うわー、そっかぁ……ママが子どもを欲しがったっていう事もあるのか」

「そうまでして得た子どもだったら、自分の命よりも大切にするかもねぇ」


 幸が何も言わずに俺の腕に巻き付いているので、俺は腕を抜いて幸から離れた。


「俺は学生のうちにそーゆーことをするつもりはないから、結婚して、落ち着いて、ちゃんと貯金を溜めてからがいいと思うよ」

「……それでいいの? 君が寂しそうなのはせーてき欲求が足りてないのだと猫様が言うのよ?」

「……コウ」

「ヒャッ!」


 俺が薄く笑って幸に手を伸ばすので、幸は青ざめて手から逃げた。俺は素早く幸を捕まえて、こめかみを拳で挟む。


「ゲームの猫の言うことを信じてはいけません」

「ひえぇ……猫様生きてるのよ? ゲームとか、プログラムとかエーアイとかじゃなくてチャットみたいなもので……」

「ダメだよ」

「……はいい」


 痛くない程度にこめかみを挟んで低い声で言うと、幸は反省したのか抵抗を止めた。

 俺は幸をきゅっと抱きしめる。


「コウはさ……」

「は、はい」

「俺のそういった欲求に答えようとしなくていいからね、それにいちいち付き合っていると、幸が大変だから、猫の言うことは聞かないで」

「信はそれでいいの?」

「うん……異世界で王さまの言うことをなんでも聞いたあげく、国が二つ崩壊した悪例もあるから、幸は俺や猫のいうなりになったらダメだ」


 ……特に猫の言うことは俺が暴かれたくない本心なので、聞かないで欲しい。


「……コウの日常生活は表に出しても問題が無いけれど、俺はそうでもないからね……その、表に出せない部分をコウさんに開示する勇気は出ないな」

「気にせずに出せばいいのに、それ」

「いや、無理、社会的に死ぬ」


 ホント、幸の行動にやましいこと皆無だからな。長年幸を見てきたけど、裏表が全く無い人間がいるんだと未だに驚いている。


「信のお部屋の落書きのようなものが他にもあるのねぇ、それは興味しんしん……」

「……コウだって、胸を見せるの嫌がるでしょう、そんな感じだよ」

「ヒェッ、何故それを!」

「おや、その辺思い出して無いか……まあ、俺の秘密を暴こうとするなら、俺も幸の秘密を見せて貰うから、その覚悟で」

「……うわぁ」


 幸は胸を押さえて後ずさるので、俺は笑って幸に手を振った。


「お互い学業に励むこと、話したい事があればまた夜にでも通話でね」


 幸は立ち止まったまま、バスに乗車して帰宅する俺を呆然として見ていた。



信の秘密はムッツリなだけ

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