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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十四章(最終章)
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14-6、ジーン・ターナー


 アパートの駐車場に車を置いて、部屋に戻る。

 昨日、予告なしに来訪した幸を、ニコラス様宅に送り届けた。

 誰もいない俺の家は、昨日までは自由で気兼ねがいらない快適な場所だったのに、今では物足りなくなっている。

 さっきまではそこに幸が座っていた椅子、幸が寝転んでいたベッド。たかだか半日のことなのに、俺の部屋は幸に侵食されてしまった。ここに幸がいないことがとても寂しい。


 ……いや、逆だ。手の届く範囲に幸がいる、これだけでもう奇跡なのだ。


 俺は、幸の帰還をしみじみと嬉しく思い、胸に広がる喜びを味わった。




 幸が研究所にいたエディを連れていった時から、俺は研究所に通う必要がなくなった。

 菊子も日本に帰したし、日課の見舞いも無くなったので、段ボールまみれの部屋を片付けた。

 それは引っ越す可能性を考慮しての掃除だったので、幸が直接ここに来るとは思ってもいなかった。


「……部屋、片付けておいてセーフだった」


 キッチンで手早くコーヒーをいれて、パソコンを起動する。

 期待半分、不安半分な気持ちで、幸のスマホから抜いたデーターを予備のスマホに入れる。これで、この端末は幸のスマホと同じ条件になった筈だ。


 ……レーン、現れるな?


 異世界言語の入力エリアは表示されているが、待てど暮らせど一向に猫が現れる様子はなかった。


「幸じゃないとダメか?」


 俺はスマホを斜めに立て掛けて放置し、パソコンでそのデーターを解析した。所々謎の言語が入っているが、ちゃんとこちらの世界で起動できるようにプログラムが組まれている。


「レーンすごい……」


 ユウの巨大な立体魔方陣にも驚いたが、レーンがこっちの世界のプログラムを理解するとは思っていなかった。

 レーンはシステムそのものの理解が早く、柔軟な発想で中身を変えていく。


「……ああ、このプログラムを応用すればデータ上の異世界言語表示が格段に楽になる。昼間幸に言われた誤変換がなくなるかもしれない」


 そう独りつぶやきつつプログラムを見ていたら、スマホの画面が点灯した。

 緊張しつつスマホを見ると、幸の言う黒猫がいた。異世界の猫は本当にいた!


『お久しぶり、レーン。俺だよ、ハザマシン』

『扉が増えていると思えばお前か。盗んだな?』


 不機嫌そうな猫に苦笑しつつも、文字を入力する。


『レーンがあまりにもすごいものを作ったので驚いたよ。レーンは天才だよね』


 誉めると猫は照れて耳を足でかいた。


『新世界が平和で暇なので遊んでいたよ。お陰でコウを見つけた』


 黒猫は画面に吹き出しを出しながら、座った姿勢で、まっすぐに俺を見ていた。


『コウは、こっちの事を忘れたのか?』

『忘れています、異世界の事は殆ど全て、こっちの事も、フレイと一緒にいた時の記憶がごっそり抜け落ちていますね』

『その他に異常はないか? 元気なのか?』


 真剣な顔でこっちを見ている猫は、顔に心配だと書いてあるようだ。いや、別に黒猫の絵に変化は無いんだけど。


『元気ですよ。そっちにいたときみたいに倒れなくなりました』

『よく倒れていたからな。魔力切れで』

『まあ、無事戻れたのでよしとしましょう。記憶も少しずつ戻りつつあるようですし』

『ほう、何を思い出したんだ?』


 猫の髭がピンと立った。興味深々?


『三の姫の事のようですね。姫とキスをしていたようです』

「ニャン」


 猫はかわいらしく鳴いて、目を細めて笑った。


『姫のキスは強烈だからなぁ』

『おや、レーンは三の姫とキスをしたことが?』

『そんなんコウとしかしてないわ、単に世界の再構成の時姫がやらかしていただけだ』

『あ、くらったんですね。竜の体で幸さんの感覚を』


 笑う俺に、猫はまたニャンと鳴いた。


『お前と違いすぎて笑ったよ。同じ種族なのに見えかたまで違うんだな』

『竜の体と同じでしょう。個体によって数値が変わる』

『……なるほど』


 猫は伏せてくつろぎ始めた。

 一見子どもの落書きのような単純な猫のデザインだが、動きが細かい。ホント、生きているように動く。


『レーンは何で幸に声をかけたのですか? また連れ戻したいですか?』


 黒い石のように丸まった黒猫は、片目だけを開けて俺を見る。


『単に暇だっただけだ。会いたいけどね』

『呼ぶのはやめてくださいね、今度は記憶だけではすまないかもしれません。最悪死ぬかもしれないので』

『お前は元気そうなのになぁ』

『私は女神の娘が守ってくれたので、怪我もなんとかなりましたよ』

『フレイはお前の命よりもコウを守ればよかったのに、あいつ大概残酷だよな』


 ……本人を目の前に死んだほうがいいと言えるレーンはちょっとスゴイ。サイコパスみがある。


『もう会えない人を思い出してもしょうがないでしょう、フレイの選択は正しいですよ』

『ふん』


 猫は立ち上がって、画面から消えようとしていた。俺は立ち去るレーンを見て、慌てて声をあげた。


『レーン、本当に幸を引っ張るのは止めてくださいね』

『そんな余力はないわ。こっちから引くのはリスクが高すぎる』

「……!」


 ……文字を入力していないのに返事が来た!

 どうやら向こうには、こちらの声や姿が届いているようだ。


 画面から猫が消えたのを見て、俺はスマホを伏せて置いた。

 緊張が解かれ、ドット汗が吹き出した。

 俺は椅子の背もたれに背中をつけて、天井を見た。誰もいない部屋に、俺の声だけが響く。


「異世界から、こうして会話しているだけで、もう奇跡の技だよ、レーン……」




 目を閉じると、異世界の事を思い出す。

 幸とは違って、こっちは再構成のあの日から体感的に八年以上経過している。


 かつて体を共有していたレーンは、間違いなく幸を愛していた。レーンはフレイではなく、幸との異界での生活を望み、それを快いと思っていた。

 彼なら、異界に幸を閉じ込めたまま、この世界からも異世界からも切り離す事が出来ただろう。彼にはそれだけの力と糧があった。


「なんでレーンはあの世界を守る選択をした?」


 レーンはずっと、世界の破戒を望んでいた。

 セダンとアスラの贖罪が終わり次第、俺の体を使って世界を巻き込んだ自滅を望んでいた。

 レーンが世界を守ることに変えたのは、フレイがそれを望んだからか、それとも幸が俺を欲していたからか、もしかして単なる気まぐれなのかもしれない。


 ーー幸と出会って、レーンは生を望んだ。


 そして未だに幸に接触を試みる。


「……サーとフレイが作った物語には、まだ続きがあるのかもしれない」


 人が消えたり、死んだりするような事が、また起きる可能性を思うとゾッとする。

 ジーンは冷えた体を温めようと、キッチンに向かった。



 キッチンで甘いコーヒーをいれて、飲みながら窓の外を見た。

 雨の多い地域だが、珍しく晴れていて、新芽をつけた木々が街路樹に並んで見える。


「……春だなあ」


 スプリングハズカムよりも、日本語で「春だ」というほうが自分にはしっくりくる。

 幸はいつも俺に春を運んで来る。

 初対面の葬式の日。ファリナ来訪。そしていま。精神的にも、物理的にも幸は春を運んでくる。


 俺はPCの前に座り、伏せてため息をついた。

 やらなくてはならない課題を机に並べるが、全くやる気がでない。


「……はぁ」


 息を吐き出しつつ、自分の左手を見る。そこには、まだ幸の体温が残っているように思えた。




 ……今朝は真面目に驚いた。


 真夜中に目をさましたとき、俺の左手は動かなかった。

 暗闇の中体を動かすと、何かあたたかくて柔らかいものに挟まれているようだ。

 目を凝らしてよく見ると、単に幸が左手に巻き付いて寝ているだけだった。


 俺は焦って着衣を確認する。幸も俺もちゃんと服を来ていた。自分は昨夜、着の身着のままで寝てしまったようだった。


「幸は何を着てるんだこれ……」


 昨日着ていたワンピースではないようだ。

 電気をつけに起きると起こしてしまうので、暗闇のなか右手で確認する。幸は俺の服ではなく、学院の体操着を着ていた。半袖のTシャツと短パンだ。


「……じゃあ左手のこれは、腿か」


 俺は上気する顔を右手で隠して、幸が巻き付いている左手をそっと抜いた。そのままベッドの脇に座って頭をかかえる。


「幸さんの破壊力すごい……」


 左手に残る幸の体温、そして内腿のやわらかさ。本当に罪深い。

 自分の皮膚とは明らかに違う感触。よく触れる事のある幸の頬との違いを思い出して、頭に血がのぼり、動悸が鳴り止まなかった。


 枕元で充電していたスマホをつけると、闇のなかに幸の輪郭が青く浮かび出された。

 俺のほうを向いて、定期的に上下する肩や、その寝顔を見ると、自分のよこしまな気持ちが消えていく。


 昔から自分が守りたかった寝顔だ。

 彼女が悪夢を見るたびに何度も起こして、また寝かせた。

 俺は幸の隣に入って、幸の頭をそっと撫でる。


「コウ、ちゃんと夜に眠れるようになったんだな……」


 幸の顔にかかる長い髪をそっとつまんだ。

 幸の髪からは俺の使っているシャンプーの匂いがする。服は玄関横のクロゼットから昔の私物を見つけて着たのだろう。


「別に俺のシャツでもよかったのに」


 口に出して言うと、幸の目がうっすら開く。


「……シン?」


 幸がそう言って、手を伸ばして来たので、その手を握って「そうだよ」と笑う。すると幸は安心したように笑って、俺の手を幸の頬にくっつけた。


「よかった……」


 そのまま何も言わずじっとしていたら、幸はすうすうと穏やかな寝息をたてて寝た。

 俺は空いている右手で自分の顔を押さえる。


 ……かわいい。


 ヤバイだろうこのかわいさ、そして俺への絶対的信頼。ヤバイ。男としてはそんなに安心して欲しくは無いとも思いつつ、手を出さなくて良かったと思える幸の笑顔。


 ……頬っぺた柔らかいし。唇も触れているし。


「……うわぁ」


 左手を幸につかまれたまま、しばらく自分の理性と戦っていた。



 再構成の時に、フレイは俺に言った。


『貴方は貴方の幸に出会わないと』


 ……この幸でいいんですよね?


 頭の中で、空想のフレイが「そうですよ」と肯定してくれた気がした。


◇◇


 週末ジーンは叔父の家に行くことが多い。なので平日、大学の講義の合間に、以前通っていた研究所に立ち入った。


 そこはもうもぬけの殻で、厳重な鍵がかかったデータ倉庫と化していた。

 そこもデータを移動出来次第、他の研究を開始するようで、隼人さんが既に話を進めていた。


 隼人さんは殆ど日本にいないので、幸からは「嫁を放置するダメな男」として軽蔑されていたが、実際彼の仕事を見ていたら日本に寄る暇なんてないだろう。

 エレンママの実家の家業である、医療機器の会社と、臨床検査の会社を回しているのは篠崎隼人だ。


 ……実の息子である叔父さんは暇そうなのにな。


 俺は、エレンママに似ている温厚な育ての親を思い出して苦笑する。息子がぼーっとした人だったから、先代は隼人さんに実権をまかしたのかもしれない。


 たまに日本に戻って来ていた隼人さんと、エレンママはとても仲が良かった。

 子どもながらに二人の仲の良さは目のやり場がなかったくらいだ。

 それなのに、北半球の裏側といえるほど離れた地にママと幸を置いた理由はなんだったのか。前に地下の書庫で、幸が俺を離さなかったせいだといっていたが、本当なのだろうか?


 隼人さんと、実の息子から´狂人´と呼ばれた先代のターナー伯爵には会ったことがないので、その理由は見当もつかなかった。



 人気の無い地下研究所の、サーのデータ倉庫を開く。

 しばらく起動してなかったので、うっすらホコリがつもっていた。スイッチを入れると、サーの夢を映していたコンピューターが重い起動音をたてて動いた。


 俺は持ってきたノートパソコンを出して、一つのデータのバックアップをとり、レーンの作ったプログラムを当ててみた。

 そのまま映像から自動で音声が言語化されるか試してみる。

 コンピューターのマイクは異世界の言語を拾い、レーンのフォントで他のツールに表示することが出来た。

 前は俺が耳コピ状態で会話を抜いていたので、完全自動化には感動した。


『……レーン、マジ神だな』


 俺はそのままデータ一枚分の言語を自動で拾わせた。


 作業中ふとまわりを見る。当時は交代でスタッフが駐在していたが、今はもう人の気配はしない。

 このデータ倉庫も近々叔父宅の地下に移されると聞く。もし幸が翻訳するなら自宅に保管されているのは移動の手間が省けていいだろう。

 問題は、画面の中で動く伝説の王や竜達を見て幸がどう思うかだ。

 懐かしいとか、会えなくて悲しいとかならいい。

 もし会いたいと幸が口にしたときが怖い。


 ……幸はレーンに、連れていかれるんじゃないか。


『レーンが介入していなければこん不安なんて無かったのに……』


 プリントアウトされていくエディの夢の書類を見て深い溜め息をついた。


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