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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十四章(最終章)
171/185

14-2、叔父の家で

 

 二年間の記憶が欠けたまま、私はイギリスに連れ戻された。

 叔父の家に用意して貰った部屋は、日本の私の部屋に似ていたので、緊張せずに眠れた。


 ……そういえば、小さい頃は信がいないと眠れなかった。私はいつから一人で眠れるようになったんだろう?



 私はまだ暗いうちに目が覚めてしまい、部屋着に着替えてリビングに行く。

 隼人は昨夜のうちに自宅に戻ったようで、テーブルの上に私宛のメモが残してあり「何かあれば連絡するように」と、連絡方法が書いてあった。私は連絡したくはないので、メモを裏にして、ナプキンホルダーを重石に乗せた。


 私は窓を巡って東の方角を探し、うすぼんやりと明るくなっていく空をじっと見ていた。

 窓から見える木々の上に日が昇るのを見て満足し、朝食を求めてキッチンに行く。朝食の下準備は済んでいるようだ。

 紙袋にはブレッドが入っていて、冷蔵庫にはスープの鍋と温野菜のサラダが小分けになって入っていた。

 おじさんもジーンさんも朝は遅いらしく、私はスープに温野菜を入れてあたため、一人で朝食を食べた。



 ここ最近私は病院にいたので、ずっと一人で食事を取っていたが、こういった広いお家で一人だとなんだか寂しくて泣けてくる。

 私は足元を見て何かを探す。


 ……何だろう、ずっと小動物と一緒にいた気がする。


 私は目を閉じて考える。

 それは黒いスベスベした短い毛のはえた動物だ。あと、白いヘビもいた気がする。なんか胸に入れて歩いてた。


「……ふむ」


 私はミルクティーを飲んで一息つく。

 思い出したのは自給自足。そして小動物との暮らし。それに付随する感情は優しくあたたかいものだ。やはり犯罪とかに巻き込まれたわけでは無いと思う。赤ちゃんもほしくて作ったんだろう。多分。作り方知らないけどね。



 私がのんびりとくつろいでいるとジーンが起きてきた。私は席を立って何を飲むかを聞く。

 ジーンは「自分でやりますから」と、肩を押さえて座らされた。私は触れられた肩を手で押さえて、じっと彼の背中を見ていた。


 ……暇だからなんかしたかったのにな。


 私はすることが無いので、ふてくされてスマホを触っていた。

 ジーンは私の向かいに座って、コーヒーを飲む。


「スマホには慣れた?」

「いえ、全然、さっぱり……」


 私が言うと、ジーンは手を伸ばすのでスマホを渡した。


「便利なアプリを落として置きますね」


 ジーンは少し触ってはスマホを置いてパンを食べるを繰り返していた。


 ……ながら食べは、ママに怒られるんだけどな。

 

 私は昔の事を思い出しながら彼を見ていた。

 ある程度落とせたらしく、ジーンは席を立って私に画面を見せて教えてくれる。


「これはメッセージを送れるものです。絵などもつけられますが有料なものもありますので注意が必要です」

「どうやって送るのです?」


 私が首を傾げると、ジーンからメッセージが来た。

 ゛Hello゛

 返信してみる。

 ゛How are you.゛


「ステッカーはここのボタンで……」


 ジーンからかわいいメッセージ付き絵文字が送られてくる。


「かわいい。あ、でも私のにその絵は無いのね」

「ショップで落とすんですよ。沢山ありますよ。お金がかかりますが」

「……どーせ、隼人のお金だし」


 私は目ぼしいものを選ぶが、購入に手間取ったのでジーンにやってもらった。私は赤いリボンをつけた黒猫がありがとうと言っているステッカーをジーンに送った。


「ふふ、かわいい……」


 私はにやつきながら、沢山あるステッカーのイラストを見ていた。

 電話帳にハヤトの番号が登録されているせいだろうか、そのアプリにはハヤトの名前も表示された。


「げぇ……」


 私が変な声をあげてスマホの画面を見ていると、スマホがポンと音を立てた。

 見ると、隼人から挨拶が来ていた。

 そのままスマホを伏せて見なかった事にしていると、ジーンがテーブルの向こうからスマホを奪って勝手に返信していた。


「なんてことを!」

「父親でしょうが。メッセージを見たかどうか分かるから、無視したらよくないよ」


 私はジーンに手を伸ばすが、届かなかったので、席を立ってスマホを取り返しに行く。

 ジーンはじっと私のスマホを見ていた。

 画面を見る顔が真剣なので、何だろうと私も覗いた。

 どうも、見知らぬ人からメッセージが来ていたらしい。

 名前がzamaKで、プロフィールの写真が羽間のおじさんがよく吸っているタバコなので、多分信のパパだ。


「知り合いです。メールを送って貰った人です」

「なるほど。電話帳から認識されたのか……」


 私が手を出すと、ジーンはスマホを私に返した。

 私はハローと書かれている猫のステッカーをおじさんに送ってみた。

 朝早いのにすぐに返事が来る。


『幸ちゃん、スマホ買ってもらったんだね』


 日本語。そして絵文字。おじさんの使いこなしている感がすごい伝わってくる。


「日本語ってどーやって打ちますか?」


 ジーンにスマホを渡すと、切り替える方法を教えてくれる。私はポチポチと返信した。


『おはようございます、朝早いですね、これからお仕事ですか?』

『こっちは夜だー。休憩中だよー警備だから暇だよー』


 おじさんがかわいい絵を沢山送ってくるので、本人とのギャップを思って笑ってしまった。


 ……おじさんかわいすぎる。顔がニヤける。


 私がニヤけ顔を手で隠していたら、ジーンと目があった。


「友達と繋がりましたか?」

「おかげさまです、ありがとうございます!」


 おじさんと聞いて思い出した。

 私はスマホを見ながらコーヒーを飲んでいたジーンに聞いた。


「あの、この辺の病院で、行方不明の日本人の女の子が見つかった話ってご存知ですか?」

「同僚がそんなことを話していましたよ。お知り合いですか?」

「あ、学校が同じで……まあ、その子はお家に帰ったようなのでいいのですが、もう一人行方不明の子がいまして、その男の子のパパがこのメッセージの人なんですが、ずっと探しているのです」


 ジーンは微笑して私を見ていた。


「日本人ですか? 名前と年齢は?」

「ハザマシンです。私と同じ年齢だから十八才。男の子です」

「いなくなったのはいつ?」

「えっと……ママが死んだ時……あれ? 今何年だっけ? すみません、今度調べて書いてきます」

「そう」


 ジーンは頷くとまたスマホを手に取った。私も真似して、ニュースなどを見ていた。


 ……そうか。信が生きていたら十八か。


 十八才の信って想像つかないな。多分背はおじさんくらい。そして体型は……普通? おじさんの顔は四角いけど、信は卵型だったから……。


 私は目の前にいる男性をじっと見た。

 固い真っ直ぐな黒髪、太い眉毛、黒目がちな瞳、長いまつげ、そして卵形の顔。名前も似ている。

 そんな目でみたら、目の前の人が大人になった信に思えてくる。

 ジーンは食事が終わったようで、スマホをテーブルに置いて皿を重ねた。


「コウ、君は十六才ですよ? 確かセカンダリースクールの最終学年だった筈」

「えっ?」


 驚く私を置いて、ジーンは皿を片付けにキッチンに行く。水の音、食器洗浄機を開け閉めする音が聞こえた。


 ……十六才? ほんと?


 私は一人、テーブルに肘をついて考える。西暦から私の生れた年を引くと十六だ。

 ママが死んで、信が消えたあの日から二年しか経っていないのが信じられない。ずっと前のことのように思える。

 そう言えば最近誕生日を祝って貰った記憶がない。逆はある気がするけど。自分の誕生日で覚えているのは二年前の十六才。塔の階段で誰かとキスを……。


「……」


 私は頭に血がのぼり、テーブルに伏せた勢いで額をぶつけた。


 ……ダメだ。もうこんなことしか覚えていない。もしかして記憶の欠けた部分はそーゆーことばかりしてたのかもしれない。だから妊娠したんだな。自業自得か。……ってか、二年前の誕生日なら、日本でママと信と三人の筈だ。塔ってどこにあるの?


 記憶に付随する景色。石造りの高い塔。肌を刺す寒さ。月明かりが雪に反射されて、夜なのに明るい……水筒のお茶があたたかかったこと。頭に触れる大きなあたたかな手。その手から描かれる、円形の赤い光……あれは何……?


「すごい音がしたけど、頭大丈夫?」


 食器を流しに置いた帰りに、ジーンは私の頭に手を置いた。


「……ひゃっ!」


 触れられた所から、ブワリと全身に熱のようなものが広がった。

 私はビックリして、机に額をくっつけたまま動けずにいた。


「顔を上げて、額を見せて」


 ジーンの両手が私の頭に触れると、私の胸がぎゅうっと締め付けられた。

 顔が熱い。今きっと、耳まで赤い。

 私は頑なに顔をあげまいと、手で頭の後ろをガードした。


「ジ、ジーンさん、今何才?」

「えっ? 二十一かな?」


 ……二十一か。大学生で車の運転も上手いんだからそれくらいだよね。私が十六なら信も十六か。私がこの人を好きになったのは、信に似ているからだな。そんなの行方不明の信に失礼な気がする。


「ジーンさん、私の頭は大丈夫ですから、ちょっとひとりにしておいてください」


 ……外傷はないだけで、心のほうはいっぱいいっぱいだけど!


 そう言ったら、ジーンは私の頭を軽く叩いて部屋を出ていった。

 私は一人になって落ち着こうと思うが、心は真逆で、視線はジーンの消えたドアを見ていた。

 側にいるとドキドキして落ち着かないし、側にいないと寂しくて胸が苦しい。

 何だこれ? と自分でも思う。


 ……追いかけたい。そして抱きつきたい。


「チカンか私はっ! しかも、自分で追い払っておいて、何を言ってるんだ」


 私はひとり頭を抱えた。




 昼に近所を散歩して家に帰ると、リビングに大量の本とテキストが積み上げられていた。

 勉強は苦手なので、ススッと避けて通る。

 するとすれ違ったおじさんが、私を捕まえて言った。


「この本はコウのものだから、一通り目を通しておきなさい」

「……えっ」


 私はテキストをパラリとめくってみて青ざめる。


「微分、積分?」


 次のをめくる。


「魔方陣のような化学式」


 私は冷や汗をかきつつ、おじさんを二度見した。


「融通聞くのは前にいた女学院だけどね、義務教育はすぐに終わるからここから近いほうがいいと思うんだ。バスですぐの所にあるよ」

「……はぁ」


 私はおじさんが何を言っているのか分からなかったので生返事を返した。


「今からなら転入になるから入るのは難しい。しかも夏に終了試験があるからなおのこと大変だ」

「あの……正直言って、無理だと思うんですけど……」


 勉強なんてここ数年していない。それなのにいきなり中学卒業試験を受けろと言われているようなものだ。

 おじさんは苦笑して肩を叩く。


「僕も見るし、ジーンも教えてくれるよ」

「えっ」

「ひとまず僕の渡すテキストを見て、分からない所は、彼が大学から帰ってきたら教わりなさい」

「……はい」


 叔父の言うように、とりあえず英語だけ埋めていたらジーンが帰って来た。彼はリビングでテキストを広げている私を見て「がんばれ」と言い残し、部屋に消えた。

 私はスマホでメッセージを送る。


「壊滅的です。英語以外はさっぱりです」


 ジーンは自室に行こうとしていたが、回れ右して、私の側まで戻ってきた。


「どこが分からない?」

「全部……」


 ジーンはため息をついて、背後から私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「ひゃぁぁ!」


 思わぬ接触に過剰反応をしてしまった。

 頭ポンとかは、なぜかいろんな人にやられた記憶があるけれど、今のは心臓に悪い、顔が熱い。


 私の反応を見て、ジーンはキョトンとして、「sorry」と詫びた。

 そのまま何事も無かったかのように、ジーンは私の向かいに座り、私に勉強を教えてくれた。




 叔父もジーンもいない日中は、それを見ながらテキストを埋めた。歴史や理科はそれでなんとかなるが、数学はどうにもならなかった。


「……中二レベルでこっちの学校入るの無理」


 数式を前にへばっていたら、外で車の音がした。


「隼人かな?」


 私は父親を呼び捨てにしながら窓を覗く。

 車から降りてきたのは、アッシュブロンドのセクシーな女性だ。


 ……もしかして、あの人は!


 私は玄関のドアを勢いよく開けた。


「ミレイ!」


 ジーンがつれてきたのは、女学院時代のルームメートだった。私はミレイに抱きついて言う。


「来てくれてありがとう! ミレイすごく大きくなったね、美人! 一体誰かと思ったよー」

「コウは髪がすげーのびたな。もうエディの夢の女にしか見えないや」

「それって、おばあさまのこと?」

「そうそれそれ」


 ミレイは緩くみつあみをした私の髪を振って、ケラケラ笑った。


「では授業に出てきますね、ミレイは帰るときにメッセージください」


 そう言ってジーンは車に乗って行ってしまった。私はそれを見送って、どこか寂しさを覚える。そんな私の肩に腕を回してミレイがからかった。


「なになに、一緒に暮らしてるのか? お前ら結婚したの?」

「シスターマグノリアだよ? 彼は叔父さんの子どもなんだって」


 ミレイはキョトンとした。


「……ジーンだよ?」

「ジーンさんがどうしたの?」


 ミレイは私をまじまじと見て言った。


「まじか」


 呆然とするミレイを連れて、私は家に入った。

 ミレイはリビングに散乱しているテキストを見てため息をついた。


「お前あれから全く勉強してなかったのな」

「最近お料理してた記憶しかないの」


 ミレイは毛虫を見るような目で私を見た。


「今から二年分詰め込むのは無理だから、要点だけチョイスしてやる、これと、これ……」


 ミレイはテキストをカラフルに染めていく。寄宿舎時代に、ミレイにはよく勉強を教えてもらっていたことを私は思い出した。


「ミレイ、お母さん元気になった?」

「うん、もう動けるんだ、昼間だけパン売ってるよ」

「よかったねー!」


 私が自分のことのように喜ぶと、ミレイは嬉しそうに笑った。


 テキストの大部分にマーカーを入れたので、二人は休憩することにした。ミレイは紅茶に砂糖を入れて飲む。


「……で、どうなん?」

「なあに?」

「こう、アイツとひとつ屋根の下で暮らしていて、なんもないのか?」


 私はビックリして背筋を伸ばした。


「何って? メアドは教えて貰ったよ」

「そんなんボクだって知ってるわ。えー、まじか、アイツかわいそうだな」


 ミレイは膝を組んで打つ手なしと肩をすくめた。ミレイは、私の忘れてしまったここ数年間の事を言っているのだろう。


「私ね、最近のこと余り覚えてないの。でも、彼とキスしたことあるような気がするの……ミレイは何か知ってる?」


 ミレイは、「ああー」と頷く。


「初っぱなの保健室で、あいつがシスター姿のヤツは知ってる。コウが寝られないから食事に睡眠薬をいれて飲ませていた」

「……初っぱな? 睡眠薬?」

「初対面……学園に来た当日」

「うわぁ」


 私は思い出して頭を抱えた。

 ミレイはうーんと唸った。


「今考えたら単なる変態だった。アイツヤバイな」


 私は赤くなった顔を手で覆って、指のすき間からミレイを見た。


「もうひとつは私室なの。沢山書類が積んである部屋でなの」

「なにそれ、初耳。オマエ、家に連れ込まれた事があるのか?」

「わからない……でもこの家じゃないの。もっと小さな二階建てのアパートよ?」

「あいつ研究所の側に住んでるからな。そこかも」


 ……じゃあ、そこで何かあったのかな?


 私は自分の唇を触って思い出そうとする。挨拶ではないジーンさんとのキスは、その二回だけじゃない。薄暗い書庫でも覚えがあって、当時の自分は、その感覚にカルチャーショックを受けていた。

 当時は「一生忘れない!」と思ったのに、カンタンに忘れた自分が憎い。


 しかしどう考えてみてもジーンさんは恋人だったとしか思えない。でも駐車場でふられた記憶もあって、私はさらに混乱する。

 私が顔を赤くして頭を悩ませていると、ミレイが言った。


「コウはずっと、異世界にいたんだろ? そこってどんなんだった? 楽しかった?」

「……え」


 私は呆然とした。そんなことはじめて聞いた。


「異世界って、なに?」


 ミレイは呆然と私を見ていたが、その件についてミレイはその後何も触れなかった。



 たまに来てくれるミレイとジーンは先生としてとても優秀だったので、私の壊滅的な学力も少しましになった。

 私がちょくちょく質問するために、ジーンが家にいるときは、ジーンは私のそばいにてくれた。

 その日もリビングの広い机に向かい合わせに座って、各々の課題をこなしていた。


「ねえ、ジーンさんちには、黒い猫がいる?」


 ジーンは、「ん?」と、顔を上げた。


「余り家には帰らないので、動物は飼えませんね」


 ……帰らないと言った。やはり彼の家はここじゃないんだ。


「私前に、白いヘビを飼っていたの。名前知ってる?」

「セレム」

「セレムね……そうね、そんな気がする……じゃあ、黒猫は?」

「アレク。アレクセイ・レーン」

「アレク」


 その名前を口にすると、私の目からはボタボタと涙が流れた。

 ジーンが素早く手を伸ばして、袖で私の涙を拭う。私はそれを見て無精髭の日本にいる信のパパを思い出して泣き笑う。


「君も袖で拭くの癖なのね」

「あっ、すみません。他にもこんなことをする人が?」


 私はエヘヘと泣き笑いをして、スマホを出す。信のパハのメッセージアプリから、貰った写真を開いた。四角い顔の中年男性が、華やかなパフェを背景に指をピースにしている写真だ。


「この人。優しい」


 ジーンは何も言わず、私のスマホを私に返した。

 ジーンはテーブルを離れ、リビングのソファに座るので、私はついて行き、隣に座った。


「ジーンさん、じつは私、最近の記憶が無いんです。ミレイと夏至を過ごした日からは全く思い出せないんだけど、もっと前からの記憶も所々穴が開いているの……」


 ジーンはこくりと頷いた。


「知ってたんだ、隼人に聞いた?」

「いや、見ていれば分かるよ」


 そう言って、ジーンは優しく笑って私を見た。


「はじめは記憶を巻き戻されているのかと思った。それだったら記憶を取り返しようがない。でも猫を知っているなら違うね、大丈夫、いつか思い出すよ」


 私は俯いてコクンと頷く。


 ……この人は私の何なんだろう。どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。そして、どうしてこの人が側にいるだけで、私はこんなにも嬉しくなるんだろう……。


「私、あなたに酷いことをしてる?」

「どうして?」

「空港で会った時に、隼人がざまあって言った。ミレイもあなたの事をかわいそうって言うのよ?」


 ジーンは肩をすくめた。


「よく人から苦労性と言われるから、その事だよ」


 ジーンは優しく笑う。その顔を見ていると、鼻がツンとする。涙が出そうになる。


「今までの事を思うと、今の状態はしあわせなほうだ。なにせ敵が隼人さんしかいないからね」

「そうね、隼人は早く退治しよう……」


 真顔で言う私に、ジーンは笑った。


「たった一人の家族なんだから、そんなこと言わないの」


 ジーンはそう言って私の頭を撫でる。手の大きさは違うけど、何度もこんなことがあった気がする。私は撫でられたので、赤くなった頬を隠すように伏せた。

 私の様子が変わった事にジーンは気が付いた。


「どうしたの?」


 私は横を見てしばらく黙っていたが、ジーンに向かって手を伸ばした。


「て」

「……ん?」

「手を握っていい?」

「どうぞ」


 ジーンが右手を私の前に出すので、私は左手を出し、指を交差させて彼の手を握った。


「……」


 私は眉をしかめてギュッと目を閉じる。

 ほんの十秒くらいだったが、私は脱力して、手を離し、へなへなと自分の膝に突っ伏した。


 ……ダメだ。手を握っただけなのに破壊力すごい。脳みそ沸騰する……手を握ってキスしたくなったら、それは好きって事だっけ?


「……コウ?」


 ジーンが自分の名前を呼ぶだけでドキッとする。私は慌てて立ち上がった。そのままドアに向かって走り、振り返った。


「ごめん、私、君の事好きかも知れない!」


 私は言うだけ言うと、ダッシュで自分の部屋に逃げた。

 ジーンはしばらく呆けていたが、私に捕まれた手を見て、フゥとため息をついた。


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