13-15、再構成(終)
新たに生まれ変わった世界を見下ろし、一同はお互いを見つめあった。
エディはユウを抱き上げて、何かを話している。レーンは双竜を捕まえて笑っていた。
フレイは俺の所に歩みより、俺の手を取った。
「ここから先の事は、私は知らないの。だってここで私達は消えてしまうから」
レーンが脇から口を挟む。
「お前はこれから、黒髪の女を救いに行くんだ。俺は未来のお前を見たから知っている。でも、救えるかどうかはお前次第だ、未来はいつも不確定で揺れているからな」
「黒髪って、幸ではなく佐久間菊子ですか?」
「そう、たぶんそれ、ククキコみたいな名前だった」
「ククキコ……」
……菊子の名前は覚えにくいのか?
フレイは俺を覗き見る。
「コウちゃんもこれから辛い目に遭うだろうけど、死ぬほどではないからその子優先にお願いしますね」
「……今さらっととんでもないこと言いましたね」
幸は菊子が生きていると言っていた。どうやら俺は辛い目に合っている幸を放置して、菊子を救わなくてはいけないらしい。
「俺は目の前に幸と菊子が死ぬ目に遭っていたら、先に幸を救いますよ?」
フレイに不満を告げたら、クスッと笑われた。
幸と体は違わないのに、フレイが笑うと美人に見える不思議。
「だって、貴方が守らなくてはならないコウはこの体ではないのだもの。貴方はまず、貴方のコウに出会わなくては」
「ここまできてまた意味不明な事を言わないでくださいよ……」
エディは苦笑してフレイの肩を抱いた。すると幸の体からフレイが抜けて、幸が崩れ落ちる。
エディは幸を抱き上げて、そっと地面に寝かせた。
「コウは今、夢の中だ。私達は彼女が覚醒しない間においとまするよ。後はこの世界に住む住人と、シンとコウの話だ。ハッピーエンドを楽しみにしているよ」
エディに抱き抱えられたユウが世界樹の杖を振るうと、辺りは少しずつ暗くなり、やがて真っ暗になった。
「……幸!?」
俺は幸を捕まえて無かった事を後悔したが、どうやらたどる道が違うようだと、幸を追うのを諦めた。
視界が塞がれ、上下左右も分からぬ空間に投げ出され、俺は闇雲に手を動かした。
時間がもとに戻り、俺の肩が切り裂かれ血が溢れ出す。
薄れる意識の下で、俺の体は緑の魔法に包まれた。
その光はとてもあたたかく、俺はエレンママの膝で寝ている夢を見た。
◇◇
「……コウ!」
俺が目を覚ましたとき、辺りは真っ暗だった。
……ここはどこだ?
耳を澄ますと、機械音が定期的に鳴っているのが聞こえた。俺は口についているマスクのようなものを取って辺りを見た。
そこは見知らぬ病院で、窓の外は暗く、時刻は夜のようだった。
手を動かすと違和感がある。
見ると、俺の腕には点滴が繋がれ、体にもいろんな計器がついていた。
しばらくすると、遠くから足音が聞こえ、部屋の電気が点灯した。
入ってきたのは、外人の看護師と医者だった。
医者は英語で俺に話しかけた。
「目を覚ましたようだね、君は名前は言えるか?」
「……」
俺は言おうと口を開いたが、口が乾いて声がでなかった。それに気がついた看護師が水を飲ませてくれる。
「ハザマシンです」
「そうだね、君の持っていた異国の学生証にはそう書いてあるね」
医者は俺に生徒手帳を開いて見せた。
「僕らも日本の大使館やその学校に問い合わせたんだ、でも、学校側は君のような生徒はいないと返答した」
「……えっ?」
学校に聞いたなら名簿でわかるだろうに、俺の存在自体が消えている可能性があるのか?
俺は頭をフル回転して、今欲しい情報を集める。今一番知りたいのは……。
「場所はプレイス、ツキヒは……えっと、ディズ、マンスだから、ここは何処で、今は何月何日ですか?」
「ここはロンドン郊外。今は二十XX年の三月だよ」
「……えっ?」
俺は聞き間違えたのかと耳を疑った。
「何年ですか? ゆっくりお願いします」
「二十XX年」
俺はショックを受け、ギュッと目を閉じた。
……五年前? なんでそんな昔に?
「僕らはもう一度大使館に聞いたんだ。この名前の少年はいないかとね。そしたらいたよ、君より五才年下で、ここに記載された住所に住んでいるらしい」
俺は目を閉じたまま何も言えずにいた。
「君は誰だい? パスポートも無いし、難民かな?」
俺は身震いした。そんなの俺が知りたい。
……日本に五才下の俺がいるなら、俺に帰る家はない。家どころか、名前や戸籍さえ全て失った。命は助かったようだが、これからどうすればいいのか皆目検討もつかない。ここの治療費とかどーすりゃいいんだ?
゛私達の旅はここで終わるが、君はまだ半分だ゛
゛ククキコを助けろ゛
最後に聞いた、エディとレーンの言葉を思い出した。あれはこういった事なのか……。俺に時間遡行をさせてまでも、菊子の命を救わせるつもりなんだ。そしてそれは事件の直前では無理だから、五年も前に……。
俺はため息をついて、カタコトの英語で言った。
「私は記憶がない。何故ここにいるのか、何故怪我をしたのか、思い出せない」
「実は君は、この病院ではなく、大学に併設しているラボで発見されたんだ」
「ラボ? ラボラトリー?(研究所?)」
「医療機器を開発している大手メーカーだよ」
「私は知りません」
医者は英語が拙い俺に分かるように、ゆっくりと一語一語話してくれた。
「君は運がいい。君はすぐに手当てをしないと命が危うかった。見つかったのがその研究所でなかったら死んでいたかもしれない」
……そこは病院のような所なのだろうか。なんにせよ助けてくれてありがたい。
「君を発見した人物が、困った事があれば連絡をしろと言ってくれた。治療費もその人が払っているんだ。退院したら頼るといい」
「……はあ」
不可解な話だ。五年前のイギリスに知り合いなんているはずもない。
でも、治療費を払ってくれると聞いて安心した。とりあえずは追い出されずにすみそうだ。
俺は検診を終えた医者に言った。
「何か、英会話の本とかありませんか? 出来たら日本語の……」
医者は笑って、「用意しておくよ」と言った。
退院して、最初に行った場所は会社だった。
俺の所持品は制服とハンカチ、少しの日本円と学生証とエレンママのピアスだけだ。ピアスは色を失い真っ白になっていた。
ビルの受け付けで、英語で書かれたメモを見せると、奥の休憩室に案内してくれた。
そこに現れたのは篠崎隼人だった。
外国に知り合いはいないと思っていたので、知ってる顔が出てきて少し安心したが、すぐに後悔した。
幸がハヤトと呼び捨てるから混乱するけど、隼人さんは幸の父親でエレンママの夫だ。
百六十センチ後半と身長は低いが顔は整っている。
親父と違って、引き締まった体つきをしていて、親父よりずっと若く見える。
着ている服も高そうで、見るからに金を持っていそうな感じだ。
彼は忙しそうに時計を見ながら、俺の向かいに座った。
彼は無言で俺の前に紙を出した。それには、異世界の言葉で文字が綴られていた。
「英語に訳せ。制限時間五分」
篠崎隼人は英語で簡潔に説明して、スマホのタイマーをつけた。
……この威圧感と、全く説明しないところ、この人は本当に苦手だ。
俺はペンを手に取り、目の前の翻訳に取り掛かる。
「あの、定義って英語でどう書きますか?」
「a definition」
「……え、スペルは?」
「ディーイーエフアイ、面倒だな、飛ばして次をやれ」
「日本語で書いたらいけませんか?」
「俺にそれを英語にしろと?」
「なんでもないです……」
俺は篠崎隼人の威圧感にひびって、ひたすら手を動かした。
タイマーがなる前に篠崎隼人は紙を見て言う。
「よし、合格。君をE財団に迎え入れよう」
「……は?」
言うだけ言って、篠崎隼人は席を立った。そのまま外に向かうので、俺はあわててついていった。
スラリと背筋が伸びた背中、幸と似た柔らかそうな黒髪を見て、俺はためらう。
……五年後の九月にエレンママが死にます
エレンママの夫であるこの人に、この事を伝えるかどうか悩む。
しかし言う暇もなくタクシーに乗せられた。
篠崎隼人は外から窓を覗いて、俺に日本語で話し掛けた。
「藤野邸の隣のくそ坊主と同じ名前、同じ塩基配列を持ったボクはちゃんと聞けよ」
「へっ?」
「君の知識は金になる。君の知っている異世界の言葉を知りたい金持ちがいるからだ。君はその人物に会い、ここでの暮らしを手に入れるといい。面倒だからもう俺には連絡するな」
そう言って篠崎隼人はタクシーの運転手に住所が記載されたメモと金を渡した。
俺は行き先も告げられぬまま、車に揺られてロンドンを離れた。
連れられた先は郊外の一軒家で、おなかの出た中年男性が俺を出迎えた。
その男性はエレンママと同じ巻き毛の金髪で、目の色も緑だった。
その人は篠崎隼人とは違って穏和で、エレンママのような優しい笑顔を見せていた。
「よく来たね、まっていたよ。話を聞く前に、君はこの人を知っているかい?」
その男性が案内した部屋に入ると、壁一面にフレイの写真が飾られていた。フレイの見かけは幸そっくりだが、服が違うので判別がつく。
「フレイ?」
男性は頷く。
その写真は幼少時から二十才くらいまでの様々な年齢のもので、結婚式の写真があることから生前のフレイだと思われた。
`二十才でエレンを出産して死んだ´
俺はフレイの言葉を思い出す。
「ここは、私の父親の倉庫だ。父は死ぬまで沢山のフレイの痕跡を集め続けた」
「でも、フレイは二十才で亡くなってますよね?」
男性は頷いて、部屋のタンスから赤ちゃん用の小さな靴を取り出した。
「……でも、フレイがまだ生きているとしたらどうする?」
俺ははっと気がついた。
サーの夢を守っている財団があること、そして、日本にいる幸の事……。
「フレイレリーンですか?」
男性は頷いて、小さな靴をタンスにしまった。
「まあ、もう父は死んだし、惰性で彼の夢を見ているだけなんだけどね、君にはそれを手伝ってほしいんだ」
「ヘルプ? 俺は貴方を手伝えますか?」
カタコトの英語で返したら、クスッと笑われた。
「必要なのは言葉に慣れる事だね。僕は君に戸籍と新しい名前をあげよう。学校も出てくれ。生きていくのに必要な資格も取ってもらう。僕は君の養父として君を受け入れるつもりだ」
「養子? どうしてそんな、見ず知らずの俺を助けてくれるんですか?」
その男性は優しく微笑んだ。
「僕は、魔法が存在することを知っているからね」
「魔法……」
……ユウとレーンはこの世界でも魔法が使えるように、魔方陣を作成していた。彼らの使った魔法の事だろうか?
「もちろん私は使えないよ? でも、僕は一人だけ魔法使いを知っているんだ。まあ、彼は歩けないけどね」
「エディですか? エドワードで、サーラジーン」
男性は頷いた。
「君がこの一件をどこまで知っているのかはこれからゆっくり聞かせてくれ、未来から来た少年」
「……え、未来からって信じます?」
「うん、信じるよ。君の持つコインにハヤトが酷く驚いていたからね」
「コイン?」
俺は驚いて、生徒手帳に忍ばせた緊急時用の百円玉を見る。
五年後の硬貨には、今とは違う年号が刻印されていた。
……そうか、未来の年号なんて発表されるまでは知らされないし、子どもに精巧な硬貨を造る事は出来ないからな。
俺は百円玉を拝んで、生徒手帳のカバーの隙間に挟んだ。
男性は倉庫から出て、部屋に鍵を掛けた。
俺は男性のすすめるままにリビングに行き、お手伝いさんのいれたお茶を飲む。
俺は紅茶を飲みながら、今得た情報を考える。
……えっと、フレイはエレンママの産みの親で、その夫を父と呼ぶなら、この男性は?
「あの、エレンという人を知ってますか? フレイの娘さんですが」
「エレン・ターナーなら妹だよ、今は日本に住んでいる。君をここに連れてきた男性、ハヤトシノザキと結婚しているよ」
……エレンママの兄だった。
成る程。エレンママ側の親戚でたまに聞く、お城のおじいさまと、その息子のサンタおじさんか。名前がニコラスだから、聖ニコラウスにかけてサンタクロース。
この男性の養子になったら、俺は幸のいとこになるのかな? 隼人さんは叔父さんか。隼人さんは怖いけど、また幸に会えそうだ。
さっき会った、仏頂面の篠崎隼人を思い出して、俺は身震いをした。
顔を上げると、男性は優しい顔で俺を見ている。
「エレンさんと貴方は雰囲気が似ていますね」
俺がそう言うと、男性は優しく笑った。背の高いニコラスは、長い手を伸ばして俺の頭を撫でる。
「君の境遇は興味深いね、気長に話してくれ。なるべく信じるようにするよ。よろしく」
「すみません、お世話になります」
俺は頭を下げてその人を頼ることにした。
日本に五年前の俺がいるなら、うかつに幸に接触するわけにはいかない。俺はここで、仲間を見つけてあの日の惨劇を最小限に押さえる必要があるんだ。
出来れば菊子とレアナが出会わないようにしたい。ママを日本から連れ出したい。
……先ずは俺が未来人だという事を俺じてくれる人を探そう
幸には会いたいが、九才の幸に会うことに意味はない。あの惨劇から体感的に八年……エディはあと半分あると言っていた。
ここから幸に再会するまでの長い道のりを思い、俺は深いため息をついた。
異世界の救済はこれにて終了いたしました。
信は一章からやり直し、幸はエディの消えた後の現代に戻ります
ラスト一章、信と幸がくっつくまでもう少しお付き合いください