表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十三章(西の塔から研究所へ)
164/185

13-10、ユウの願い


 ――僕に会いに来て。過去でも夢の世界でもない、本当の僕に。



 私はサーとの約束を思い出した。

 サーに直接会うには、イギリスに行かないといけない。そしてその方法は全く分からない。


 ……困ったときは生き字引。歩く魔道書カウズ!


 私は黒竜にお願いして、西の学舎の扉を開けて貰った。

 薄暗い地下の転移扉から西の塔に移動した私は、螺旋階段を上りながら考える。


 ……私がここに来ているから、帰る方法もあるだろう。問題は糧だ。


 私はレーンに貰ったケースに入っている、血の花を見る。

 転移の糧には守護竜ひとり分の結晶がいるらしい。

 信を戻そうと自分の血を集めていたが、それもエディの夢を見ている時に使ってしまったと聞く。


 ……いざとなったら、髪とか指とかを切るしかないかな?


「……上る時は考え事をするな」

「ごめんなさい」


 アレクに怒られました。

 私は頻繁に倒れるし転ぶから、しょうがないね。反抗したら抱っこされちゃうし。


 私は転ばないように、前を見据えて一歩一歩階段を上った。

 今日はおでかけなので、洋服もかわいいのを選んだ。

 四つ葉のクローバーのワンポイント刺繍の深緑のワンピースに、花編みのカーディガンを着ている。

 中学時代は拒否していた、裾がフワリと広がるスカートも、今の私なら難なく着られる。私も大人になったものだ。


 フフーンと鼻唄を歌いつつ歩いていると、廊下の先に人影が見えた。

 フワフワの茶髪にほっそりとした体つきの青年はレーンだ。

 私はレーンに駆け寄り、背中をトンと押した。


「レーン! おはよ!」

「コウ、どうした? 信から俺に乗り換える気になったか?」

「ならないよ! 信は今ファリナに行っているだけだからね! そーじゃなくて、レーンは向こうへの帰りかたって知ってる?」


 上機嫌で笑っていたレーンが、一瞬真顔になる。


「知っているぞ、帰りたくなったのか?」

「ううん、そうじゃなくて、サーが会いに来いって言ったの。引き継ぎが必要なんだって、夢でも過去でもなく、直接来いって」

「そうか」


 レーンは目を閉じて深い溜め息をついた。

 レーンは私から離れて窓辺に移動し、陽の光を背にして薄く笑う。


「お前らをこっちから帰すには、膨大な魔力がいる。その量にして竜一つ分程度だ」

「……それね、竜ひとり分の血ってどれくらいだろう? 400ccくらいは抜いても死なないと思うんだけど!」


 確か献血ってそれくらいの量だった筈だ。頑張ればいける。


「コウはここのところ寝っぱなしだったから、血を抜いても大丈夫とは思えない。最悪二度と目を覚まさないだろう」

「怖いこと言わないでよ! 一パック分くらい平気でしょ?」

「いや、ムリだね」


 ……却下された。なら次点で髪とか腕とか、言える雰囲気ではないな。


「以前は通行料を魔女の森から回収するつもりだったが、もう使ってしまったからな、何処から持ってくるか悩みものだな」


 考えはじめたレーンの横顔を見ながら、私は髪を引き抜いてみる。

 それを使えるかアレクに聞こうとしたら、アレクは私を押し退けて、レーンの前に立った。


「それなら、私を使えばいい、もう用済みだ」

「……なっ、ダメだよアレク、絶対にイヤ!」


 私がその腕にすがって言う。

 アレクは、私の腕を振り払った。


「コウ、契約解除だ。そうすれば忌憚なく帰れる」

「そ、そんな理由なら絶対に解除しない!」


 私はうろたえてレーンの腕を引いた。


「レーン、他に手段はないの?」

「力のある方から引っ張って貰えれば無償で行ける。たまにサー……じゃなくてアイツから結晶が送られて来ることがあるから、あれを貰えばいいかも」


 結晶が送られて来る?

 書庫の人がレーンに血を渡したって事かな?


「あっちのジーンさんは、レーンに結晶ををくれたの?」

「うん、何度か青い結晶をもらったよ。この体の血液だと思う。ずいぶんな量だった。当時はあれで命を繋ぐことができた」

「青い結晶……」


 私は学院の泉で、白衣のジーンさんが撒いていた血液を思いだした。そうか、あれは大人の信の血だったのか……。


 私は空を見上げる。

 修道院から入る、エディが寝ている地下施設にいるジーンに連絡を取るにはどうしたらいいのだろう。手紙? 地上に巨大絵でも書く? ああ、こんなときメールや電話が使えたらいいのに。


「……こっちの世界に異常があれば見てくれるかな?」

「コウ、どうした? 無い知能を使ったってろくなことにならんぞ?」


 考えている頭をガシッと掴まれて、左右に揺らされた。

 私はレーンの手を払って、レーンをにらみつけた。


「今考えていたのに!」

「何を?」

「今サーは寝ていて、コンタクトが取れないから、大きな信に連絡をとりたいの!」


 私は考えながら、廊下をうろうろする。


「彼が言う、マーキングされている人達が有り得ない時間に集まっていたら、異常だと思ってこっちを見ないかしら?」

「誰がその、マーキングをされているんだ?」

「守護竜と各王族」

「最近はいつも集まっている気がするがなぁ?」

「うっ」


 レーンは私の手を引いて、ギュッと抱きしめた。


「コウに危害が及べば気が付くかな?」

「……危害?」


 私は寒気を感じて、レーンの手を振り払い、アレクの後ろに隠れる。


「そんなんなら、セダンで君に襲われたときに連れ戻すでしょ」

「サー代行が本当に信ならば、信の体で襲った所で気にらないとか……既存事項だとスルーするとかありえないか?」

「ん? もっと簡単に言って?」


 レーンは笑って言う。


「今の俺と寝たら信は怒りそう」

「………!」


 私は開いた口が塞がらなかった。レーンは笑って両手を広げる。


「おいで、減るもんじゃないから問題無い」

「問題しかないよ! レーンのバカ!」


 アレクの目の前で、よくそんな事を言うもんだと呆れ返る。

 私はアレクの後ろから、レーンにべーっと舌を出した。


「聞いて損した、行こう、アレク!」


 私はアレクの手を引いて塔を登った。



 向こうに行く方法を真剣に考えているのに、レーンがそれを楽しむかのように、からかってくる事に私は腹をたてていた。

 怒りにまかせて、ドスドスと踏みしめるように階段を上ると、先を歩いていたアレクセイが、階段の上で立ち止まった。

 私は黒い背の高い人を見て、鼻の奥がツンと痛んだ。


「……契約を切ろう、アレク」


 アレクは黙って頷いた。

 私は、アレクが差しのべる手をつかんで塔の屋上に出る扉を開ける。外はおだやかな優しい風が吹いていた。

 春のあたたかな日差しが西の大地を照らし、眼下には整然と並ぶ西の学舎の街並みが広がっている。

 私はアレクセイの手をギュッと握った。


「アレク、異界でレーンから私を守ってくれてありがとう、アレクのお陰で私は元気に過ごせて、また信に会えた」


 見上げると、いつも無表情なアレクの顔が、少しだけ笑っているように見える。気のせいかもしれないけれど。


「私がサーの寝ている世界に戻ったら、二度とここに来られるか分からないし、引き継ぎとかで、どうなっちゃうのか分からないからね。そんなことに大切なアレクを巻き込んだらダメだ……」

「好きにしろ」


 そう言って、アレクは床に膝をついた。

 アレクが座ってくれたことで顔が近付く。


「ど、どうすれば契約を切れるの?」

「……さあ?」


 困り果てるふたりに、空から声が降ってきた。


『ボク分かるよ!』


 塔の外側からユウがふわりと浮かんでこっちに来た。そしてアレクの隣に立つ。


『今、黒竜の行動プログラムにコウの名前が入っているんだ。彼はコウの命令で行動するように定義されているってこと。この名前を消せばいいだけ』

「……は?」


 私は、こちらの言葉で流暢に説明をする子どもを見て呆然とした。この子は本当に雪の日に見つけたちいさなユウくんなんだろうか?


「消せばいいと言うが、サーが書き込んだものを書き換えられるのか?」


 ユウは頷く。


『より強い強制力を持つ者が書き換えればいい』

「サーより力のある者がいるか?」

「ユウ、そんなんだったら、レーンが書き換えられるでしょ」


 ユウは空に浮かんでうーんと考える。


『コウは所詮お客さんだからね、魔力が強くても、名義に(仮)がついてしまう。そこが狙い目』


 ユウは私の目の高さに浮いて、無邪気に笑って言った。


『ねえコウ、黒竜をボクに頂戴』

「えっ?」


 私は少し呆然としてから、驚いた。


「えええええ?」


 私は困惑しながら浮遊しているユウを見上げる。


「ユウは体がないから契約することは出来ない」

『体あるよー。出られないだけ』

「そ、そんなん、私がゲストであるというなら、ユウだってゲストじゃない?」


 ユウはぷーっと頬を膨らませる。その姿は私に良く似ていた。

 ユウは空に向かって真っ直ぐに手を伸ばした。


『エディ、ボクをこの世界の一員にして!』


 ユウがそうお願いすると、空が一瞬キラリと瞬いた気がした。

 この懐かしい感覚は……。


「サー!」


 私は空を見上げると、そこに一筋の光りが覗く。その光りは空に昇るエレベーターのように、まっすぐに塔の上におりてきた。

 西の塔の上に、ゆっくりと大きな青い魔方陣が描かれていく。その向こうに、信の気配を感じた。

 私はエディの言葉を思い出した。


『光に向かって歩いて。そして、僕を迎えに来て』


 空から伸びる光の中に手を入れてみると、上に引っ張られる感じがしてあわてて手を引っ込めた。

 多分全身をこの光の中にいれたら、上に行けそうだ。


 塔の屋上の扉から、レーンが私を見ていた。

 レーンは光に向かって歩こうとする私に走り寄り、私に向かって手を伸ばした。


「コウ!」

「レーン、来て! あなたが必要なの」


 私とユウはレーンに手を伸ばす。

 ユウの手はレーンの体を通り抜けて、レーンの魂ごと引き上げた。

 レーンはユウに引っ張られて、私の体の中に入った。

 私は自分の胸に手をあてて目を閉じる。


「……大丈夫? レーン、なんか一緒にいる気がしないけど」


 フレイと比較すると、レーンの存在が感じられなくて、私は不安になった。なのに私の中から、ちゃんとレーンの思いが届く。


 ……ちゃんといる。ユウに捕まえられているからコウと混じらないみたいだ。


「何それ……」


 ……ほら、早くしないと柱が消えるぞ。


「あっ、やばっ!」


 私が慌てて光の柱に踏みいると、そのまま空に引っ張られる感覚に襲われる。私は校庭や泉で見た永劫の闇を思い出して、不安に襲われた。


 ……No worries.Everything is going to be fine.


 私の脳裏に懐かしい顔が浮かぶ。

 ふわふわの金色の巻き毛を、うしろでひとつに縛っているのはエレンママだ。ママは優しい笑顔で私を見ていた。


 ……ここにくるのは大変だけど、隼人の所に行くなら迷わないわ。安心して。


 私が思い出すママの姿が、いかにもママらしくて笑ってしまう。


 ……ママは隼人命だからね。


 私は涙を流しながら、何度も頷いた。そして、ママに背中を押されるようにして、暗い長い道を渡った。



 ――その日、私と、二つの魂は、世界を越えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ