13-6、約束
太古の王たちが西の塔に集まり、世界のシステムを見直している。
私も信とユウと一緒に塔通いを続けていた。
その日はアマミクもいたので、私は女性宿舎でミクと一緒に寝た。
そして恒例、暗いうちに起き出し猫を連れて風の塔に向かう。
今日は滅多に無い、浄化をナマで見られるチャンス。
私はアレクとユウと三人で塔の外階段を上った。
階段を途中まで上ると、上から風竜の端末が飛んできて、私たちに朝の挨拶をする。
端末はユウも見えるようで、ユウは端末と一緒にひと足先に上に飛んで行った。
もうすぐ屋上かな? といった頃に、黒い猫の姿だったアレクが人型に変わる。
なんだろう? と、警戒して上がると、屋上には蒼い風竜とアマツチが立っていた。
……なんでアマツチがここに? これ、レーンに怒られるかな? でも、アレクもジルヴァもいるから、ふたりきりじゃないよね?
「早いね、おはようアマツチ」
「おはよ、コウちゃん、君は徹夜じゃないよね?」
「君は徹夜なんだね、私はちゃんと寝たよ」
「それはよかった」
私はアマツチの顔を見て、首を傾げる。
……なんだか彼が元気ない気がする。お疲れ?
「人間寝ないと倒れるよ、ちゃんと夜は寝てね」
私はうわべではそういいつつ、前に眠れなかった時があったことを思い出した。
……本当に辛いときは眠れないよね。アマツチは、何か辛いことがあるの?
私は人の形をしたアレクを見上げる。
顔はいつも通りの無表情だったが、視線は一の王に固定されていて、右手から黒いモヤが出ている。アレクは明らかに一の王を警戒していた。
……うん、無理だ。接触するのはやめよう。アレクが彼を殺めてしまう。この二人が戦ったら、世界が消滅するんだっけ?
私はブルッと震えて、自分の肩をさすった。
アレクの手をつかんで、アマツチから距離を取るよつに、そーっと下りの外階段に向かう。
そんな私を気にせず、アマツチはスタスタと近付いて来た。
「ひぃっ! アマツチ、君はいま、生命の危機に直面しているよ!」
アマツチは朗らかに笑う。
「だよね」
アマツチは立ち止まり、黒竜を見た。
「黒竜頼むよ、これで最後にするからコウちゃんをハグさせて」
「ひぇっ? 何故アレクに聞くの? 私は?」
「ダメなら諦めるけど」
「ダメだよ。私は信が好きだからね!」
私が胸を張って言うと、アマツチは苦笑した。
「良かった。君に、本当に好きな人が現れて」
「……?」
「君がこの世界に来てくれて、良かった」
アマツチはそう言って笑う。そんな彼の輪郭を、金色の光が縁取っていった。
「夜明け!」
私がそう言うと、風竜が大きくヒレを風にはためかせた。すると周りから銀の水が集まり、ヒレにあたって弾ける。
風竜は銀の水を体全体で吸い込み、一気に放出した。
辺り全体が金色の光で溢れかえる。
「綺麗……」
私が空に手を広げると、ユウも真似して手を広げて金色の空を泳いだ。
風竜の端末と共に空を舞うユウを見て、私はしあわせで胸がいっぱいになった。
金の光は聖地に向かってユラユラと飛んで行く。しばらく経って、辺りは朝の静けさを取り戻した。
「コウちゃん」
静寂のなか、アマツチが私の名前を呼んだ。
普段軽口しか言わない彼の声が深刻なので、私は息を飲んで彼の言葉を待った。
「実は一晩中ここで自分のことを考えていた」
「えっ、自分のこと?」
……一晩中自分の事を考えるのってナルシストかな? ウチの父親みたいだ。
久々に苦手な父を思い出し、私は苦笑した、
そんな私を、アマツチはじっと見ていた。
アマツチの金色の髪が朝日に透けて白く光る。
「君の為に、俺は何が出来るかなって」
「……ん?」
……今までアマツチには散々迷惑をかけたけど、さらに何かをしてくれようとしているの? なんで?
私は何のことだかさっぱり分からず、真意を探してアマツチを見た。
「前世では君を殺してしまったけど、今度はちゃんと守るよ」
「はあ……」
よくわからないので、適当に相づちを打つ私に、アマツチは苦笑する。
「……って言ってもなー……君の周りにはナイトが多いから、俺は君の守りたいものを守るだけしかできないけどね」
「あっ、なら」
私は自然と声が出た。
「この世界を守ってくれる?」
「はい」
アマツチは優しく笑った。
朝日に照らされたその笑顔が眩しくて、私も笑い返した。
「ありがと!」
私はアマツチに握手をしようと手を伸ばしたら、アマツチはその手をつかんでグイッと引いた。
私は体勢を崩してアマツチにもたれ掛かり、アマツチは私を抱きしめた。
「……ゴメン、どう謝っても俺の罪は消えないけれど、昔の俺が昔の君を好きだった事だけは本当だから、本当にすまない」
アマツチは言うだけ言うと、パッと手を離して一歩後ろに下がった。
突然解放されて、私はよろめく。その肩を後ろからアレクが支えた。
「ありがと、アレク……」
……分かった、アマツチはフレイに謝っているんだ。
自分の心の中を覗いても、フレイが出てくる気配は無かった。
私は気を落ち着けて、息を吸った。
「アマツチ……私ね、辛いこと、すぐ忘れるけど、楽しいことはずっと覚えてるよ。今日ここで、君とキレイなモノを見たこと、一生忘れない」
「コウ……」
私はもう一度手を差し出した。
「今度は引っ張らないでね。ちゃんと握手をしよう。そしてちゃんと友達になろう」
「ハイハイ」
アマツチは私と友達の握手を交わした。
「……」
アマツチがニコニコしながら、私の手をずっと握っている。
このパターンは何度かあった気がする。多分私はからかわれている。
「あの、手……」
「何?」
アマツチは笑顔でのまま、私の手を両手で包み込んだ。私は少し我慢をして、やはり耐えきれずに手を思いっきり振り払った。
「長いよ! 何でずっと離してくれないの?」
「いや、つい、ハハハ」
アマツチは笑って手を離した。そのまま階段に向かう。
「じゃあ俺寝るから、カウズに上手いこと言っておいて」
「わ、私嘘つけないよ? 本当のこと言うよ?」
「ヨロシクネー」
アマツチそう言って手を振り、塔を下りて行った。
『フレイ、二の王には私から告げますよ』
「……ひゃっ!」
後ろから風竜に話しかけられて、私はピョンと飛んで驚いた。
……ジルヴァがいたのを忘れてた。でもよく考えたらジルヴァの塔におじゃましてるのは私の方だった。
私はアハハと笑ってごまかす。
風竜が頭を揺すると、ユウが風に乗るように風竜のヒレから滑り落ちた。
私は青くなってユウを捕まえるが、私の手はユウを突き抜けた。
ユウは私の心配をよそに、笑って私のまわりを飛んでいた。
「ありがとう、ジルヴァ、アマツチがこれから寝ることだけを伝えてくれる? ここで夜明かししたことは伝えないであげて」
風竜は長いヒレを風になびかせて微笑んだ。
『フレイの事は触れないように致しますよ』
……アマツチが何のことを言っているのか、さっぱり分からなかったけど、ジルヴァもアレクも分かってるみたいだ。
「差し障りが無かったら、一の王とフレイの間に何があったのか教えてくれない?」
私は少し期待をして、大きな青い竜を見た。しかし、風が竜のヒレを揺らすだけで、風竜は何も言わなかった。
「……無駄だ」
「わっ」
アレクが背後から私を抱き上げる。
「サーラジーンは竜と王に対して、その件に関しての言及を一切禁じている。この状況で何故あの男が知り得たのか不明だが、思い出した以上はより距離を取ったほうがいい」
私はアレクの頭にしがみついて、その頭を撫でた。ユウも真似をしてアレクの頭に触れようとする。
「じょうぜつだねぇ……珍しい」
……アレクの言葉は難しいけど、今後アマツチに関わらないほうがいいらしいのは分かった。
「アレクの声好きよ。今度歌を歌ってほしいな、素敵な歌いっぱいあるよ」
アレクは普段通り何も答えなかった。アレクの発言スイッチが欲しい。
「ジルヴァ、お務めありがとう、邪魔してごめんね! 大好きだよ!」
私とユウはアレクの頭の上から、風竜に大きく手を振って、お別れを告げた。
宿舎に帰ると、もうみんな起きていて、研究所に行く準備をしていた。私はどうしたらいいか分からず、黒猫を抱いてオロオロしていると、篭を持ったアマミクが部屋から出てきた。
「あ、いたいた。探してた」
「ミク、おはよ。風竜のところにいたの」
ミクは籠の中を私にチラリと見せる。
「朝ご飯貰った。カウズの家で食べよう」
「わぁ、ありがとう」
二人と一匹は並んで、カウズの家に向かった。
◇◇
カウズの家の食卓で、ミクは朝ごはんにパンをかじりつつ言う。
「ふーん、今ここに迷子がいるんだ」
「そうそう、フレイもレーンもそうだったんだけどね、ここって異世界から魂が迷って来るみたいなの」
そう言って私はユウに手を伸ばす。ユウは私に気がついて手をすり抜けて遊んでいた。
「見えないのは寂しいなぁ。私にも見えたらいいのに」
「竜には見えるんだけどね」
「しかし、異世界の魂はこの世界に干渉出来ますから油断なりませんね」
台所からコップを二つ持ってカウズが入ってくる。後ろからシェン姫も来た。
カウズは椅子を引いて姫を座らせて、その前にコップを置いてまた台所に行く。世話焼きが以前見たときとは逆転している。
それを見て、アマミクは呆然とした。
「すごい大進歩ね。あのカウズが研究以外のことをしているわ」
「前は寝ぼけて座ってるだけだったのにね、姫を大事にしてるんだね」
ヒソヒソとカウズの話をする二人に、シェンが恐縮して言う。
「カウズ様には本当にお世話になってます」
「まだ様呼びなんだ」
私は苦笑した。
「だって、知れば知るほど途方もない偉いかたなんですもの、呼び捨てなんて……」
「カウズ」
「カウズ、はい、慣れよ?」
照れて言うシェンをからかって、二人でカウズ連呼。
「呼びました?」
「なんでもありませんよ」と、姫。
カウズは皿を置きつつシェンに軽くキスをした。
「わあ、新婚いいなー」
「以外と手が早いのね、アイツ」
「……って、見てる場合じゃなかった。運ぶの手伝うよ」
私はそう言って台所に行く。カウズはてきぱきと食事を皿に盛る。
「この二皿を運んだら終わりです」
仕事が出来る人って、動きに無駄がないなあ。と、私はボーッとカウズの動きを見ていたら、カウズに邪魔だとどかされた。
「シェレン、後で健診しますよ、昼前に一度戻りますので何かあれば風竜に教えてくださいね」
……風竜?
私は部屋を探したが見当たらない。すると、シェレンの前に置いてあった篭の中でちょこんと座っていた。
『デンゴン、伝えておきましたよ』
「ありがとう、風竜はホントいいこだね……」
……水竜セレムはあんなに俺様なのにねぇ、ホント守護竜って個性豊かだ。
「風竜は私と同じようにカウズ様大好きですからね」
姫がしあわせオーラ全開で微笑んだ。その笑顔を見ると、私も微笑んでしまう。
「なんか、お互い愛し愛されていていいなぁ。しあわせそう」
「コウさんだって、探し人と一緒に行動しているではないですか? 作業の邪魔をしなければ好きにしていいのですよ?」
カウズの言葉に、私は肩を落とした。
「だって、信の中にはレーンがいるんだもん……」
「何か問題が?」
「問題あるでしょう、他の人がいつも見てるようなものじゃない!」
「コウさんはいつもサーが見てるし、そこにレーンが加わったくらい、どう変わりがあるのです」
「……アレクもユウもいるし」
「私も常時風竜を連れていますよ」
私はふと考える。この状況で信とイチャついても、何の問題も無いんだろうか……。ユウとアレクとレーンの前で信にキスをする?
「うん、無理」
私はその辺の欲をポイッとゴミ箱に捨てた。
「ねえ賢帝」
「その名で呼ばれたのは久々ですね、むしろ他の呼び名が気になるくらいです」
私は無表情で言う。
「光帝、賢帝、焔妃、和妃」
「それは、伝説の王の冠名なのです? えっと……女性はキ、男性はテイとつくなら、この子は和帝なのですねぇ」
姫はお腹をさすって、フフッと笑う。そのしあわせそうな笑顔を見ると、以前に体を貸した姫の母親が泣いて鼻をすする光景が見えるようだ。
「あー、名前の話じゃなくて、二の王から見てユウの存在ってどう思う? って聞こうかと……」
カウズはお茶をすすった。
「神の采配でしょうね。足りないものを上手く補うように出来ています。ユウの存在にはとても助けられていますよ」
ユウが自分の名前が呼ばれたと、食卓を覗くので、カウズの言葉を通訳する。
「He said. He is being helped.Thankyou」
『Sure!』
ユウは笑顔でカウズを見る。カウズはユウの頭らしき所を推測して手を振った。
初めて聞いた言語と、夫の謎行動に姫は首を傾げた。
「そこにユウさんという霊体がいるのですか?」
「いますよ。いつも私に付きまとってます」
カウズは首を傾げる。
「それも不思議な話ですよね。姿が見えているかどうかを基準にするなら竜の側でも良いし、異国語が喋れるかならシンでもいいのに」
「あー……なんでだろ? 信はそんなに英語がしゃべれないからかも?」
私が説明しつつユウを見ると、ユウは食卓を囲む人を見て、キョロキョロと顔を動かしていた。
姫は頷いた。
「お話を聞いていると、コウさんはまるで雛鳥の親のようですね」
「親……そうだね、私より年下の姫がママになるのだから、私もいつか……」
私は途中まで言って黙った。自分にそんな未来は無いように思える。
「いいや、ユウを可愛がって補填しよう」
私はユウに手を伸ばしてその輪郭を撫でた。
◇◇
アマミクと幸は別れを告げて塔に戻った。シェレンはその後ろ姿を見て夫に言う。
「コウさん、なんだかとても寂しそうです」
自分も塔に行こうとしていたカウズは足を止めて妻を見た。
「彼女の運命は苛酷ですからね、不安になるのはしょうがないでしょう」
「過酷とは、コウさんの命を使ってこの世界を補填する話ですか? カウズ様はそれを回避させる為に基盤を修正しているのですよね?」
カウズはボタンを掛けていた手を止めて、目を閉じた。
「未だに、彼女を犠牲にする以外の保存方法が見つかっていません、しかもコウ本人が魔力を黄色に合成すれば、現在の世界のまま新しい魔力が補填されることを提示してしまった。この事実を無いものとして、先細りの現状維持を推し進めて良いものか、頭が痛いところです」
カウズは困り顔で妻を見る。
「……もし、お腹にいる子どもか、コウさんの命かどちらかを選べと言われたら、貴方だって困るでしょう、そんな話ですよ」
「そんな……」
姫の顔から血の気が引いた。
カウズは姫に駆け寄り、そっと抱きしめた。
「四の王は絶対に犠牲にはしません。シェンを泣かせるようなことは私が全力で排除します、安心していてください」
姫はカウズの手をそっと撫でた。
「私、毎日サーに祈ります。コウさんがしあわせでいられますようにと。貴方もです、皆で祈りましょう」
「はい」
二人が手を繋ぐと、姫の指輪から不思議な曲が流れた。その音楽はお腹の四の王にも届いて、音はさらに複雑になる。
「この子も応援してくれますのね。さすがカウズ様の子どもです」
親子三人でしばらくその音楽に耳を傾けて聞き入っていた。
その曲は風竜から塔に届き、朝の西の空を舞って消えた。