13-5、一の王、記憶
※直接描写はしませんが絡みアリマス
最初に彼女を見たのはどこでだっただろう。
アスラ軍が、三の姫と火竜を放棄したというので、アスラに三の姫を迎えに行った時か。
守護竜と一緒にいたのは、地面を引きずる程に長い黒髪の女だった。彼女は緑の瞳に涙を浮かべて、じっと滅び行くアスラを見ていた。
二度目はセダンだ。
彼女はアスラ崩壊を憂いて、聖地で泣き暮らしていると地竜が言うので、セダンに招き入れる事になった。
地竜の巣にある旅の扉から出てきた彼女は、泣いていたというのが嘘のように、目を輝かせていた。
暇をもて余している三の姫の良い遊び相手になると良いと思って、俺は城に部屋を与えた。
セダンに来た彼女は、竜が好きなようで、飼われている竜を見てはしゃいでいた。
彼女は各竜の特性や性能をこと細かに語り、竜がどれだけ素晴らしい生き物か、そして守護竜の偉大さを語った。
顔は人形のように整っていて、年は二十才前後くらい。真っ白な肌と華奢な手足がすらりと伸びている。
瞳の色は新緑の美しい緑で、引きずるほどに長い黒髪には、いつも苦労していると言っていた。
「少し切ってしまったらどうですか?」
「切ったらダメと言われています」
……誰に?
とは、聞けなかった。
彼女は竜相手なら守護竜でも物怖じしないのに、相手が人になったとたんに無口になり震えていた。
ある日尋ねる機会があったので聞いてみる。
「人はお嫌いですか?」
「いいえ、そんなことは微塵もありませんが、お話しするのは恐れ多いです、恥ずかしいです……」
そう言って顔を両手で覆う。
……竜より人間ほうが怖いらしい。
「あ、でも見ているのは好きです。皆さんお優しいし、楽しそうです。セダンは平和で良い国ですね!」
そう言って彼女は笑うので、俺は「ありがとう」と言って笑い返す。
「セダンはこの世界の最初の国ですからね、四国の一番上の長男といったところです。それがこんなに素敵なところで、頼もしいですね」
そう言って笑う、彼女の笑顔は、とても美しかった。
そんな彼女も次第にセダンの民に馴染んでいった。
俺が話すようになったきっかけはなんだったか……。
ある日庭木の隙間に挟まり、しゃがみこんで震えている彼女を発見した。
「そんな所に挟まっていると、白いドレスが汚れるよ?」
「キャアアア!」
声を掛けたら酷く驚かれた。
「一の王……」
その人は、いつも肩にかけている大きな布を頭から被り、顔を隠した。布の隙間から見える頬は赤く濡れていた。
……泣いていたのか。
「どうしました? また三の姫に怒られました?」
そう聞くと、彼女は顔を隠して深く落ち込んだ。
「お城の兵士さんと守護竜のお話をしていたら、三の姫に怒られました。何か気に障ったのでしょうか……」
「彼女は常にイラついているからね、木の実が転がっても怒鳴りあげるに違いないよ」
彼女は布の隙間から顔を出す。
「木の実に話されるので?」
「単なる例えだけどね」
彼女はクスクス笑った。
「強くて美しい三の姫が、小さな木の実に一生懸命話しかけている姿はかわいらしいですね」
「実際そんなことがあれば、瞬間的に焼きつくすだろうけどね」
「まあ」
その、木の実に話す三の姫が気に入ったのか、彼女はしばらく笑っていた。
「三の姫ともお話ししてみたいのですがね、いつも怒られてしまいます」
「アマミクは国を追われて気が立っているからね、それよりもメグミクのほうが優しいよ、今度国交で来るらしいし」
彼女はわっと喜ぶ。
「水竜も来るでしょうか?」
「メグミクよりも竜に会いたいんだ?」
「はい、水竜は昔からの親友なんですよ」
水竜は頻繁に聖地神殿に通うらしいので、嘘ではなさそうだ。
やはり、守護竜の話をすると花が咲いたように笑う。
「守護竜が国を跨ぐことは滅多にないからなー? また聞いてるよ」
「はい、楽しみにしておりますね」
セダンの雪が溶ける頃、春を迎える祝いの席が設けられた。
セダン城で行われる園遊会に、北から四の王メグミクがやって来た。
最初に産まれた四人の王のうち、末っ子のメグミクは小さくてかわいらしい。
綿毛のような白くて軽い巻き毛を、短めに切って、頭に乗せていた。
その姿は春の野草の綿毛のようで、明るく朗らかな人格もまた民から愛されていた。
ここまで宝具を持たずにいた彼女は、どんな力があれば、ファリナの役に立つのかを、ずっと悩んでいた。
「別に武器とかいらないでしょ、メグはいるだけで場が華やかになるし、交渉も長けてて誰も口では君に勝てない」
「それがですね、一の王。最近のファリナは寒波が強まっているのです。何か対策をしないと民が凍えます」
「ファリナは寒いからね、人々の役に立つものがいいかもね」
「炎剣は三の姫が持っているし、力よりも、寒さや飢えを助ける力が良いのですが、何かありませんかね?」
「……と、俺に言われてもなぁ」
メグミクが俺と談笑していると、彼女が会話に入ってきた
「大地の力、地熱を操ると温泉も出るし、冬もあたたかくすごせるかもしれません」
メグは黒髪の女性を見た。
「大地?」
「ええ、地中には熱く溶けたマグマがありますから、それと水竜の力を使えば城全体もあたためられますよ」
「へー、うちの守護竜も地の力だけど、寒くないから地熱を使ったことは無かったな」
メグミクは少し物怖じして聞く。
「えっと……?」
「ああ、紹介してなかったね、彼女は聖地からここに避難してる難民の方だよ」
俺がそう言うと、彼女はキョトンとした。
「……あら、私ってそのような立場なのですね、知りませんでした」
「地竜がそう言っていたけど、違うの?」
「いえ、迷子ですので合ってるやもしれません。まあだいたいそんな感じです」
「迷子なのか……帰る場所がないのかい?」
彼女は寂しく笑って言う。
「……この世界には、数名私のような境遇の方がおられます。帰り道が見つかるよう祈ってくださいね」
「別に帰らなくてもいいんじゃない? ここに定住してしまえばいい」
彼女は目を丸くして、首を横に振った。
「いいえ、そんなご迷惑はっ! それにもう……」
そこまで言った所で彼女の顔が曇った。
彼女の視線の先を追うと、三の姫の姿が見えた。三の姫は怒っているのか、髪を赤く光らせていた。
「……あなたね、メグが今日この日を、どれだけ待っていたかしらないの? どうして貴方が一の王と話をしているのよ? 横取りしているの?」
「す、すみません、四の姫とお話したくて……それに宝具の話でしたし……」
それを聞いて三の姫の顔がますます険しくなつた。
「アンタがメグに何の用があるのよ。関係ないくせに私達の事に首を突っ込まないで」
「……ごめんなさい、これで失礼致します」
そう言って彼女は広間を出ていった。
メグミクは広間に残された俺とアマミクを困って見ていたが、「失礼します」と言って、逃げた彼女を追いかけて行った。
俺は地竜の元に行くと伝え退室した。
残されたアマミクはばつが悪そうに一人髪をかきあげた。
俺はパーティーを抜け出て中庭に向かう。案の定彼女は植え込みの隙間に隠れて泣いていた。
「ここ、好きだねぇ、定位置なの?」
彼女は今度は悲鳴を上げなかった。
「……もういいです、一の王は私に構わないでください。元からこの世界に加わる筈もない異分子なのですから、皆様のジャマをするわけには参りません」
「異分子って、迷子のこと?」
「そうです。私は迷ってここに来ましたが、帰り道が見つかりそうなのです。その間に貴方達を直接見られて浮かれていましたが、もうやめます」
……直接?
その言葉にひっかかりを感じたが、聞けなかった。
「やめるって、家に帰るの?」
「元からずっと聖地にいますから、帰ります」
「人を怖れて、人のいないところに逃げるのか?」
泣いて「帰る」とただ繰り返す彼女に、俺は苛ついて、怒気を帯びた声になった。
俺の怒りを察してか、彼女ははっとして俺を見た。その顔は涙で濡れていた。
「わ、私は元から人ではありませんから」
そしてまた顔を隠して植え込みに埋もれる。
俺はその姿を見てひたすらに苛立ちを覚えた。
「隠れたって何も解決しないだろう、隠れるから三の姫に嫌がられるんだ、姫はコソコソ動き回るのを酷く嫌う、堂々としていればいい」
そう言って彼女の手をつかみ、植え込みから引きずり出す。彼女は抵抗して、身を屈めた。
「無理です! 私が、あなた方と同じ場所にいていい筈はありません」
「何故? 俺らが不死の化け物だから? 同じ人間だと思ってくれないのか?」
「違います、あなた方ではなく、私が異端なのです!」
そう言って泣く彼女を俺は抱き起こす。彼女は必死で顔を手で隠して、ずっと泣いていた。
「……同じ竜なのに、私は守護竜達と違って、何の役にも立たないただの人形だわ……。あの子を喜ばせようと思ったけど、逆に悲しませている。そして私はあの子を泣かせたまま帰らないといけない」
「何を言っている? 自分が竜だと言っているのか? 違うよ、君は人だろう? 竜はこの世界のシステムだ。竜は食べないし死なないし、こう言って、メソメソ泣いたり悩んだりはしないだろ」
彼女は顔を上げて寂しそうに笑った。
「竜だって泣きます。彼らに感情が無いように見えるのは、サーが常に守っているからです」
「じゃあ君もサーにそうしてもらえばいい、竜なんだろう? そうしたら涙も止まる」
「……はい、そうします」
親しげに神の名を呼ぶ彼女が、なんだか悔しくて意地悪を言った。
……悔しい? 何が?
彼女はサーに祈るように、その場に膝をついて、手を合わせて目を閉じた。
涙で濡れた長い睫毛、泣いていた為に上気した頬に、時おり嗚咽し肩を震わせる彼女を、俺はただ見ていた。
気が付くと俺は、その祈りを遮るように、彼女の両手をつかんでいた。
彼女は驚いて顔を上げた。
神ではなく、目の前にいる俺をその瞳に映して、ただひたすらに驚いていた。
涙に濡れた長い睫毛を見た時にはもう体は動いていた。俺はその細い腕を引き寄せて、その口を口で塞いだ。
彼女は必死で抵抗して、俺の腕を振り払った。逃げようとする彼女を追いかけて言う。
「竜には性別は無いよ。君は女性だ」
彼女は立ち止まり、激しく首を横に振る。
「本当です、本当に竜の体なのです! 私がかわいそうだから、レーンが……竜の体を……」
俺はその細い腕をつかんで引き寄せた。
地竜の爺さんだって、人の力では思うように出来ないのに、彼女はあっけなく捕らえることが出来る。
扱いを間違えると折れそうな体を、俺は慎重に扱った。
「何で現実を見ない? 君は竜ではない、人間の女性だろう? 証明して見せようか?」
「いいえ、いいえ、違います。本当に竜なのです。守護竜は嘘は言えません、信じてください……離して……」
彼女が俺のことを全く見ずに、全力で現実から目を背けている事にとても腹が立った。
でも、それ以上にひとつのことが頭を離れなかった。
……熱い、白い、その体が
気がついた時には自室でその体を貪っていた。
俺の話を聞かないから? 自分は竜だと言い張るから?
それは怒りでも憤りでもなく、俺を受け入れずに拒絶し首を振る姿にどうしようもなく哀しくなった。
こっちを見て、振り向いて欲しいと思った。
でも俺のしたことはそれとは真逆に、ただ欲望から彼女を襲い傷つけただけだった。
事が終わった後、彼女はずっと泣いていた。
俺の顔を見ずに泣く彼女に意地悪をいいたくなる。
「分かっただろ? 自分が女だと言うことが」
彼女は首を横に振り続けるだけだった。
それっきり、彼女は笑わなくなった。
いつも空を見ては、何かを呟いていた。
……彼女は常に、彼女の神と対話している。
彼女の注意を神から地上に引き戻そうとして、俺は何度もその体を抱いた。
しかし、彼女の笑顔を見ることは二度と無かった。
そして、彼女は一人聖地に戻っていった。
後で地竜に聞いたら、彼女は本当に竜で、この世界を作った女神が竜の体に入っていたと言う。
それを聞いた時には心底後悔して、謝罪をすべきだと思ったが、俺が聖地に入ることは禁止され、謝る方法は失われていた。
次に再会したとき、彼女は別人のように振るまった。
竜らしく顔に無表情を張り付けて、淡々と星の欠片を落とし、アスラ全土を焼き付くしていた。
空を埋め尽くさんばかりの大量の魔方陣がアスラの空に描かれ、その膨大な魔力に圧倒されて、同行の兵士達は動けずにいた。
「やめろ、フレイ」
そう言って止めると、彼女は妖艶に笑って言う。
「……お前がこの体に注ぎ込んだ魔力をこうしてこの世界に落としてやるよ、感謝しろよ」
そういって彼女はこちらに火球を投げつけてきた。
俺は光の球でそれを消失させ、魔方陣を展開させている彼女の右腕ごと光の槍で消し去った。
「……この、偽善者!」
そう悪態をついて、彼女は再び俺の所に戻って来た。
アスラ焼失の話は世界中に知れ渡り、それが竜の仕業だと知れると守護竜の信用は失墜する。
四人の王で集まり、彼女を竜ではなく魔女と呼ぶことに決めた。
彼女が太古から在る女神であり、守護竜の体であることはひたすらに隠された。
人々はその魔女の力に怯え、彼女の処刑を求める声が世界中に高まった。
彼女の尋問は地竜がした。
地竜が守る地下廊に隔離された彼女は、出会った時と同じように、自分を恥じ、日々泣き暮らしていた。
アスラで会った彼女と、今目の前にいる隻腕の彼女は同一人物なのだろうか?
それよりも、彼女が俺を見ないことが悲しかった。
処刑の日は地竜が決めた。
竜の体を消失させるには、俺がやるしかないらしい。
最後の日、彼女に会った時、彼女は笑っていた。
「……何でこんな時に笑っている?」
そう聞くと彼女は真っ直ぐに俺を見て言った。
「一の王、お世話になりました」
そう言って深々と頭をさげる。そして俺の顔を見て微笑んだ。
「私は今日生まれ変わります。ちゃんとヒトになれるのですよ。祝福してください、今日が私の誕生日です」
そして黙ったままの俺の手を取って優しく微笑む。
「一の王には本当に迷惑をお掛けしましたが、この事を全部忘れるようにサーにお願いしましたから安心してくださいね。もちろん私も忘れますよ!」
その、白い細い腕が一本しかないのが、とても悲しかった。
黙って泣いている俺に彼女は優しく笑う。
「私……また戻って来ると約束してしまいました。今度は隠れませんから、お友だちになってくださいね」
俺は返事をすることが出来ず、嗚咽を漏らす。その俺の手を彼女はそっと撫でた。
「小指を伸ばしてください」
「小指?」
彼女は俺の小指に彼女の小指をひっかけて振った。
「これで約束です。今度はちゃんとしたお友だちになりましょう……」
処刑の日。俺の槍は竜さえも消滅させる筈なのに、彼女の体は光の槍を飲み込むようにふくれて爆発した。
彼女の体は無惨にも飛散した。
その欠片はセダン王都に飛び散り、セダンを深い森に変えた。
大地を埋め尽くさんばかりに生い茂る木々を見て、俺はただひたすらに絶望した。
セダンの崩壊を俺は自分の罪と受け入れて、新都を建てた後に、王を他の人間に継承し、自ら結晶に戻った。
またいつか彼女が戻って来たときに再生すると、結晶化する直前に地竜が言っていた。
今度はちゃんと彼女に謝罪が出来るのだろうか?
そしてまた笑ってくれるのだろうか?
そんな日を夢見て俺は長い眠りについた。
なんでこのへん記憶がアマツチとコウから削除されたのかは、お子さまに開示できるものではないからです(フレイ視点で見るとかなりエグい)
それと、一の王とコウでフラグを立てない為でした