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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十三章(西の塔から研究所へ)
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13-4、聖地から塔へ

 

 その日信は、朝から聖地の厨房に籠って書類を広げていた。

 私はその書類を覗き込むが、魔方陣っぽい図形が隙間なく書いてあって、何が何だか理解できなかった。


「レーン達がずっとやっているこれって何なの?」

「魔方陣の構成理論」

「それはわかるよー、何に使う物なの?」

「世界の再構成」


 予想外の返答を聞いて、私はポカンと口を開けた。


「世界を作るのに、魔方陣が必要なの?」


 かなり膨大な量だ。しかもこれは宿題として持ち帰った一部で、塔にはこの数百倍の構成書物があるらしい。


「そんなの見たことなかった」


 信はペンを置いて私を見る。


「多分、サーが一人で構築してたんだと思う。世界樹も魔方陣で構成されているんだ。日本で言う、パソコンのプログラムみたいなものだよ。世界の案をフレイにやらせて、プログラムを組み構築したのがサーラジーンだね」


 私は書類を見て目を回した。


「サーって、もしかして、天才?」

「そうだね、しかも、人間離れした。がつくレベル」

「ひええ」


 神様が杖を振るだけで世界が出来ると思ってた。そんなひとつひとつ数値で構成されているなんてビックリだ。


「……ちょっと難しい所をやってるから、集中させて」

「あ、うん。邪魔してごめん」


 私はお茶を置いて退室しようと扉を開けた。

 すると、扉の隙間からユウがするりと部屋に入ってきた。

 浮かんでいるユウは、机の上から書類を覗いている。


「あ、ダメだよ邪魔になるよ」


 私がユウをどかそうとするが、手が通過してしまうので無理だった。

 その子はジッと書類を見て、一ヶ所を指した。


「えっ、何? what?」


 信が言うと、ユウは『You are mistaken』と言う。


「えっ、まちがってるの? どこ? where?」

『This is……and……here』


 そう言って、ユウは次々と指差していく。


「はやいよ、もっとゆっくり……。Once again more slowly」


 ユウに指差された箇所を、信はペンで囲う。

 私は退室するのをやめて、書類を覗いた。


「どうしたの?」

「ユウに間違っていると言われたけど、どこが違うのか分からん。レーン交代」


 信は数秒目を閉じてじっとして、すぐに目を開けた。

 信と入れ替わったレーンは、勢いよく書類を手に取った。


「おおお……そうか、そうすれば!」


 レーンは嬉々としながら書類に数字を書き込んでいき、ユウに見せた。ユウはそれを見ると笑顔になって『good jobs!』と、手を叩く。

 レーンは怪訝な顔をして、私に助けを求めた。


「何言っているか分からん」

「ユウくんは、レーンを誉めているのよ」

「そうか、助かる」


 レーンは嬉々として他の箇所も直していった。

 赤が入った書類を長机にズラリと並べてレーンは驚嘆する。


「……凄いなその子ども、天才だ」


 ユウがキョトンとするので私が訳す。


「He said. You are a genius.」

『Anytime!』


 ユウは弾けるように笑った。

 信が宿題として持ち帰った書類を全部直すと、ユウは疲れたのか寝てしまった。


「厨房の床で寝るとか寒そう、固そう」


 私はしゃがんで寝ている子どもの頬をつつく。

 私の指はユウの体を貫通し、ユウには触れることが出来なかった。


「私今夜はここで寝る」

「はっ? 何故?」

「だって、目を開けたとき誰もいなかったら悲しいわ。私だったら泣いちゃうもの……ここならあたたかいし凍えない。私、毛布とってくる!」



 私とアレクだけで厨房で寝るつもりだったが、信も付き合ってくれた。

 さすがに石の床は寒くて寝られないだろうと、信は椅子を四個組み合わせて私の寝場所を作った。

 信は机の上に寝ていた。


 私が暗闇のなか目を覚ますと、ユウが私を覗いていた。

 ユウは幽霊なので、うすーく発光しているのが面白い。


「おはよう、Good morning,Yu」

『オハヨ』


 その子が天才と言うのは確かで、この世界の言語に英語をつけて言うとすぐに覚えた。

 私は我が子を見る親のように涙を浮かべて感動する。


「ユウくん、天才……! スゴい!」

『テンサイ、スゴい』


 ユウはオウムのようにすぐ真似をする。私は神殿にあるあらゆるものの名前をユウに教えた。

 ユウはなんでもすぐに覚える。問題は物に触れない事だけだ。


 私は世界樹のあるドームで、各地の守護竜の朝のお勤めを見ながら、使い方を教えた。

 遠見の球は元から幽霊のフレイ用に作られていたので、ユウも問題なく操作できた。


 守護竜の朝の浄化風景は、光が出るのが綺麗だったようで、ユウもとても喜んで見てくれた。


 ……誰かと一緒に好きな光景を見るのっていいなぁ。私の好きなものをユウくんも喜んでくれるのはしあわせだよ。


 ユウという小さな存在は、私の隔離生活に彩りを与えた。



 日の出からたっぷり二時間、私はユウとかくれんぼをしていた。

 すると信が起きてきて、ユウを塔に連れていきたいと言う。

 塔の膨大な書物を動かすよりも、直接行ったほうが楽らしい。

 試しに信だけで連れていこうとしたら、ついてこなかったので、私も行く振りをしてみた。するとユウは慌てた顔をして付いてきた。


 ……もしかしてこれ、私も塔に行けるのでは?


 私は期待を込めた眼差しで執拗に信を見つめると、信じゃなくてレーンが出てきた。


「……絶対に、一の王とふたりきりになるなよ」

「お安いご用だよ!」


 ユウくんのお陰で、私も塔に行けることになった。




「コウちゃん、久しぶりー。大きくなったなぁ」


 私は西の塔の研究室への螺旋階段の途中で、懐かしい人に会った。

 お日様のような金髪に、着物っぽい長衣を羽織るのはアマツチだ。

 いつも明るく能天気なアマツチに、私は外出の嬉しさから「わーい」と喜んで両手を上げて、アマツチの手にパチンと合わせた。


「あ、中身変化ないや。お子さまのまま」

「なんだとぉ?」

「だって、別人格とあまりにも差があるからさ……、凄かったよ、フレイ。落ち着いているというか、ボケているというか……」

「……怒られるよ? あの人怒ると怖いよ?」

「前に怒られたことあるよ」


 そう言って、アマツチは歯を見せて笑う。

 そんな一の王を、ユウが空中からじーっと見ていた。

 私はユウにアマツチを紹介する。


「He is first king.of Amatsuti. 一の王、アマツチ」

『アマツチ』

「……えっ、何? いきなり、何語?」


 アマツチにはユウが見えてないし、声も聞こえないみたいだ。

 狼狽えるアマツチを無視して、私はユウと話を続けた。


「He wears a crown of light。光の王冠をかぶっている」

『Good point.(それはいいね)』


 私はユウの後ろに回って、ユウの頭の先から、肩、腰まで形をなぞった。アマツチはキョトンとして、私の顔を見る。


「この子、見えない?」

「そこに誰かいるの?」

「一の王には見えないのか」


 ……そういえばレーンはフレイと竜以外には認識されていなかった。この子もなのか。


「コウちゃん、それより猫怖い、猫。めっちゃにらんでる……」


 私が足元を見ると、黒猫が尻尾を立ててアマツチを威嚇していた。


「あっ、もう、アレク……ごめんね、アマツチ」


 私は猫を抱き上げ、アマツチに背中を向ける。すると後ろから来た白竜が、私の首根っこをつかんで塔に引きずって行った。


「レアナ、猫の子じゃないんだから持ち方……」

「はぁ? 学習しないアホなんて哺乳類かどうかも怪しいわねぇ、No.6」


 猫アレクは私の腕の中で沈黙した。


「ねえレアナ、ユウくん置いていかないで。彼がメインの招待客だからね」


 白竜は後ろを振り返り、冷たい目でユウを見た。

 真っ白い瞳に睨まれて、ユウがビクッと肩をすくめる。しかし白竜の氷のような表情はユウを見るとふわりと溶けて、エレンママのように優しく笑った。

 白竜はつかんでいた私を放り投げて、ユウの前にしゃがんだ。


「……かっわいいい。レーンもちっちゃいときこーだったのカシラ?」


 いつものツンツンした不機嫌そうな声では無く、高めの声ではしゃぐレアナを見て、私は苦笑いをした。


「オイデー、抱っこしてあげる」


 レアナはママのように屈託の無い笑顔を見せるので、ユウは恐る恐る側に寄る。しかしユウの手はレアナの体を通過して、レアナの手は空を切った。


「あー、ここもレーンだわ。似てるわー触れなーい」


 本心から残念がるレアナは、少し微笑ましかった。


 ……レーンが信にまじって丸くなったように、レアナもママや菊子さんに影響されて優しくなったんだな。


 私はユウに向かって手を伸ばす。


「Here we go!  行こう!」

『行こう!』



 階段の下のほうにアマツチの姿が見える。追い付いたアマツチからまた逃げるように、私はユウを誘導しながら塔の階段を上った。


 最上階の研究室に入ると、白いローブを着たカウズが出迎えた。


「異界の研究室ぶりだね、カウズ。今日はとっても有能な天才児を連れてきたよ!」

「へぇ、新しい来客ですか。うっすら見えますねぇ。空気が揺れている感じですが」


 カウズにユウの事を話すと、彼はユウを認識した。


「さすが二の王、竜に一番近い男」


 私は小さく拍手をする。


 研究室にはカウズとアマツチ、信以外にも、白いローブを着た研究者もいた。

 ユウは不思議そうに研究室を見回り、そこにいる人をひとりずつ見ていた。


 遠見の球で少しは知っていたけど、カウズは、私よりもかなり背が高くなっている。

 年齢もプラス十才くらい上に見えて、今ではアマツチよりも年上に思える。


「レーンに時間進めて貰ったの?」

「理論を聞いただけですけどね、必要に迫られて」

「必要……」


 それは多分、シェレン姫との結婚関係だろう。

 お姫様の結婚相手が子どもだと、色々噂されそうだし、四の王の出産関係でも理由がありそうだ。


 ……シェレンを守ってくれる腕は太い方がいいだろう。


 頭の中でシェレン姫のママの声が聞こえた気がした。

 私の記憶の中のエレノア妃も、娘の伴侶としてのカウズに満足しているようだ。


「後でシェンに会ってあげてくださいね、コウさんに会いたがっておりましたよ」

「なにそれ、今すぐ会いたい。シェンー」


 私が部屋を出ようとするとユウもついてくる。それをレーンが見咎めた。


「コウ、行くな。ユウが出ていくと意味がない」

「……ちぇ」


 私は扉の前で立ち止まり、ユウを部屋に置いていこうとするが、ユウは頑なに私から離れなかった。


「今すぐシェンに会いたいのに……」


 私がうなだれると、カウズが笑う。


「用事がすんだら案内しますね」

「急いでやりましょう」


 私は大量の書類をユウに見せて、端からミスを鉛筆で囲っていった。

 ユウはミスの指摘だけでなく、改善案も言うのでとにかくひたすらメモしていく。

 カウズはメモを見て驚いた。


「あ、ここはそうすると良いのですねぇ、これは目から鱗……」


 ユウが手を止めて、不思議そうに私を見る。これは通訳が必要だ。


「He is praising you、褒めている」

『ホメテル』


 ユウは嬉しそうに、にこーっと笑った。



 その後も私はひたすら書類に赤ペンを入れていった。

 シェン会いたさに必死で書類と格闘するが、量が多すぎて全然終わらなかった。


「目がしばしばするし、手が痛い……」

『コウ、疲労が限界だ、休め』


 人型に戻り、レーンのサポートをしていたアレクに私は疲労を指摘される。

 信は手を止めて私を見た。


「姫の所に行って来なよ、こっちも直す手が追い付いてないから」

「信、ありがとう」


 私はユウに手招きをして、フラフラと部屋を出る。アレクも書類を置いて、私について来た。


「シェレン、うちにいますから」

「はーい」


 カウズの声掛けに返事をしつつ、ふらつきながら研究室を出ていくと、見かねたアレクが私を抱き上げた。


「アレクー、過保護だよ、これじゃぁユウくんに笑われちゃう」

「平らな所に行くまで」


 私の目線が高いので、ユウもそれに合わせてアレクの頭の周りを飛ぶ。私はアレクの視点から見る景色を楽しんでいた。


「ちょっと背丈が変わるだけで、これだけ視界が遠くまで見えるのね」 

『こわい?』


 心配そうに私の顔を覗くユウに、私は笑いかけた。


「怖くないよ、世界が沢山見られて素敵」

『うん!』


 ユウがキャーっと弾けるように笑う。心なしか、アレクの表情も穏やかで、一の王を相手にしているときとは大違いだ。


 ……子どもの笑顔は氷をも溶かすね


 私はふたりが仲良しになりそうなので、うれしくてにやけた。



 私たちは人通りの少ない居住区に出た。

 今日は平日なので、みんなお仕事に出ているのだろう。


 いつ来ても、西の学舎は静かで平和でのんびりしている。

 私はアレクの手を引いて、整然と家が立ち並ぶ区画をのんびりと歩いた。


「ゆーくん行こう。美人のおねーさんに会いに行こう」


 声を掛けると、ユウは笑顔で飛んでくる。


「君とも手を繋げるといいねぇ」

『うん』


 ユウはこっちの世界の言葉で答えた。



 カウズの自宅は一応貴族街にあるが、家は普通の民家だ。

 これは、カウズが殆ど自宅に戻らず、塔でずっと働いているかららしい。

 敷地はそれなりに広く、壁と立派な門扉がついているが、家自体は3LDKくらいの平屋建てだ。


「カウズの国は、いつみてもキチンとしていてゴミも落ちてない。まるで二の王の性格を表しているみたい」

『にゃあ』


 アレクはまた猫になっていた。青年の外見のまま二の王の奥方に会うのはよろしくないらしい。


 ……二の王は竜達に頼りにされているし、愛されているなぁ。さすがカウズ。人類代表。


 カウズの家のドアをノックすると、中からシェレン姫が顔を出した。

 久々に会うシェレン姫は、なんだかキラキラして見えた。表情もにこやかだが、全身からしあわせオーラが漂っているようだ。


「お久しぶりです、コウさん」


 姫の満面の笑顔を見ると、なんだか涙腺が緩む。鼻がツーンとして、胸が熱くなる。


「綺麗になったねー、しあわせそう」


 私が鼻声でそう言うと、姫はお腹をさすって言った。


「結構大変なのですよ、お腹が重いと胃がつまってあまり食べられませんし」

「えっ、大丈夫なの?」

「ふふ、少しずつ何度も食べれば大丈夫ですよ」

「そっか、大変だ」

「コウさん触ってみませんか? 今、彼が起きているのよ」

「生まれて無いのに動くんだ……」

「生きていますもの。元気一杯ですよ」


 私は座っている姫の横に膝を付けて座り、目を閉じてお腹にそっと耳を当てる。すると、頬をぽこんと蹴られる。


「わっ! 蹴られた」

「……ね、元気」


 シェレン姫は穏やかに笑う。その笑顔は、どこか眩しく思えて、私は目を細めた。


「ここに小さい足があるのね、かわいいなー」


 私はシェレン姫のお腹を触り、ポコッと出ている小さな足を探す。

 フレイがママのお腹の中から夢を見ていたように、この子もどこか夢の旅をしているのだろうか?


「私、ママのお腹にいたとき覚えてるよ。ママはよく歌を歌ったり、お話をしてくれていたの。もう出てきなさい。って言われるまで、ずっとそれを聞いてた……」

「まあ、すごいですね、覚えているものなのですね」


 シェレンはお腹をさすって言う。


「では、沢山話しかけなくては」

「歌もね!」



 姫が眠そうだったので、私は研究室に戻ることにした。

 ずっとそばにいたのに姫に認識されていなかったユウがふわふわと空を飛ぶ。


『Rock-a-bye baby, thy cradle……』


 ユウは何処かで聞いたことのある、英語の歌を歌っていた。


「はー、あの子が生まれたら絶対可愛いね、絶対見に来なくちゃ!」


 私が猫アレクを撫でながらそう言うと、ユウが近付いて来て聞く。


『Are you like a baby?(赤ん坊は好き?)』

『Oh sure,I love baby. 大好きよ、赤ちゃん」


 すると、ユウはキャッキャと笑いながら塔の上に飛んでいった。


 夕焼けの色に溶けるように遠ざかるユウの姿を見て、私はユウをユウのお母さんのもとに帰さなければと思った。



 ◇◇


 信と私と双竜の塔通いは暫く続いた。

 二人が塔にいるという話が各地に伝わったみたいで、セレムや出不精の火竜さえも見に来た。


「コウー!」

「アマミクー!」


 二人でガシッと厚い抱擁を交わす。抱きついても誰からも文句言われない人は貴重だ! ミクさんぬくい。

 私は久々のミクさんのふかふかさを堪能する。何とはいわないけど。ああ、柔らかい。


 アマツチがミクも連れてきて、塔は騒がしくなった。

 静かに作業を続けたいカウズが舌打ちをする。


「その猿女連れてくるとかいい度胸してますね、アマツチ……」

「怖い怖い、だって、この人止められる人いないっしょ、人類最強だし!」


 私は笑ってカウズに言う。


「ミクさんと私は別室にいるから、男性陣は仲よくするといいよー」


 そう言って、大量の書類を力持ちのミクに持たせて移動する。ユウも猫と一緒に、私の後をちょこまかとついて来た。



◇◇


 アマツチは立ち去る幸の長い黒髪を見ていた。

 しばらく見ない間に、幸は背丈も髪も伸び、子どもっぽさが抜けていた。

 幼い時から顔立ちは整っていたので、美人の三の姫と仲良くしている姿は見ていて微笑ましい。


 頭脳労働よりも、体を動かしているほうが好きな俺は、ここに来ると見られる若い女の子を見るのが密かな楽しみだった。


「ぐぁ、女の子減った、悲しい」


 俺はやる気を失って、机に伏せる。


「お前はなんだってそんな女に弱い? 精神A+なのに嘆かわしい」


 レーンが害虫を見るような目で俺を見た。

 カウズは白竜から書類を貰い、それを見ながら言う。


「女性はいないほうが仕事がはかどりますよ」

「妻帯者に言われても空しいわ」


 ふてていたら、黒髪の少年と目があった。


「なんで一の王って結婚されないのですか?」


 丁寧な物言いなのは信だ。怖くないほう。

 俺はうーんと考えて言う。


「なんか、前世の因果がどーのこーので、女性と結ばれる縁が切れたと地竜にいわれた。意味不明……」

「お前は前世の行いが極悪だから……」


 俺はチラリと、作業をしながら呟く少年を見た。

 彼はムラの無い紺色の首のつまった服を着て、その上に塔の制服である白いローブをはおっている。

 彼の服や筆記具は、見たことのない精巧な作りの物が多い。

 今作業している紙は真っ白で薄くて丈夫なものだし、異世界の文明レベルはかなり高いのだろう。


 今表に出ているのは、おそらく邪神と呼ばれているほうだろう。温和なシンよりも、レーンのほうが魔方陣に詳しい。


 ……レーンは、俺の過去を知っているんだろうか?


「ボーッと見てないで手を動かせ」


 レーンは不機嫌顔で黙々と作業を続けている。

 信のおおらかな笑顔と違って、レーンは意地が悪そうな表情をするので分かりやすい。


「サーラレーンって、どれくらい前からこの世界にいたの?」

「あ?」


 ……しまった、思った事をそのまま口に出した。怒られるとまた強制的に働かされる。


 俺はパタンと手で口を塞ぐ。

 レーンの右手に魔方陣が展開されないか、息を止めて様子を見た。

 レーンは魔法を使う気配は無く、頬杖をついて何かを考えていた。


「正確な年数は知らんが、双竜の作成に関わったからそれくらいかな」

「創始にはいなかったのですか……」


 カウズが作業しながら呟いた。


「そのわりには、俺たちの事に詳しくない? 俺の知らないことも知ってるし……」


 俺はカウズに聞いたが、レーンが答えた。


「それは、No.8に憑依していたからな。彼女がセダンにいる間、ずっと側にいたから」

「……うわぁ」


 今まで途切れることなく作業していたカウズが手を止めた。


「それは……大変でしたね」

「まあね、まあフレイは他人の願いを拒絶しないからね。あの阿呆を人前に出すべきでは無かったと、今でも悔いているよ」


 レーンとカウズが向かい合ってため息をつくのを、俺は緊張して見ていた。


 ……誰とは言われて無いが、セダンで起きたことなら自分が関与してないはずもない。っていうか、この二人の様子をみていると、主犯が自分っぽい。


 俺は冷や汗をかいて呟いた。


「……何で、俺の記憶って消されたんでしょーね? 俺、自分が死んだ理由もわかんないんだけど」

「さあね? サーラジーンの考えが俺にわかる筈もなし」

「神自らが削除するに値する情報だったとしか言えませんね。それで罪をチャラにされたのですからサーにお礼を述べておくべきですよ」


 俺は席を立って、カウズの所に行く。


「知っているなら教えてくれない? 昔の俺が罪を犯したなら償うべきじゃん?」


 カウズはニッコリと笑った。


「償う相手がすでにおりませんから、安心してこの作業に集中してくださいね。アマツチは効率が悪いようですから、倍速を心掛けてください」


 カウズは俺に大量の書類を押し付けた。俺は肩を落として席に戻る。


「一の王、これ使ってください。幸の私物ですが」


 隣にいた信が、薄いカード状の板を出す。数字のかいてあるボタンを押すと、計算の答えが表示された。


「なにこれ、不思議なものがあるもんだ」

「異世界には、魔法のかわりに科学が発達しています。竜より早く飛ぶ乗り物や、遠方で会話できる小型の機械とかあるんですよ」

「へー……魔法は無いんだ」

「ありません」


 信は大きな黒い瞳で、にこやかに笑う。レーンと違って信は優しくて、人当たりがとても良い。

 信は大きな黒い目で俺を見る。


「幸は一の王と三の姫はセットだと言ってましたよ、四の姫もニの王を好きだったと聞いたことがありますし、最初からそう配置されているのでは?」


 信は手を動かしながら言う。その内容に俺とカウズは苦笑した。


「メグミクは人として生きる道をとりましたからね、縁がありませんでしたね……」


 カウズの言葉に俺は頷く。


「三の姫とか……あの怪獣を御する事が出来るのは神だけだ」

「お前の性能が低すぎるのが問題なんだよ」

「……うっ」


 さっきまで笑顔だった少年が、突然辛辣な事を言う。俺はやけくそになって机を叩いた。


「もう、レーンなのか信なのかどっちかに統一してよ、混乱する!」


 信は、はっと顔を上げて謝る。


「すみません、レーンがあなたを嫌っているので私が表に出てましたがレーンに統一しますね」

「……ちょっ、嫌っている方に表に出すなよ」

「私ではこの魔方陣を構成できないんですみません」

「えー……」


 レーンは邪神らしくふんぞり返って足を組んだ。


「さあ一の王、長兄らしくいさぎよく贖罪しろ、場合によっては恩赦もあるやもぞ?」

「うへぇ。働きますよー」


 レーンの尊大な物言いに気圧されて俺は手を動かした。


「そのくらいの労働で赦して貰えるならありがたいことですよ、一の王」


 親友が笑いながらそう言うのを、俺は笑いながら聞くが、内心は冷や汗をかいていた。


 ……俺の罪って、何だ?



 その夜、俺は塔の住宅地に部屋を借りて寝ていた。

 前はカウズの家の部屋を借りていたが、身重のシェレン姫がいるので、研究者の寝泊まりしている独身寮に移動した。


 その俺の部屋の窓辺に少年が立っていた。

 彼は月を背に悠然と立って、俺に話しかけた。


「一の王、全てを思い出したいか?」


 俺は頷いた。


 ……俺の罪から俺が逃げてどうする。


 レーンは笑って、右手で魔方陣を展開させる。そしてその手を俺の額に当てた。


「もう二度と、俺の腕をもがないよう願うよ」


 窓の外で、大きな白い月が笑っていた。

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