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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十三章(西の塔から研究所へ)
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13-2、聖地(幸)


 時間は少し巻き戻って、冬越しの祭の翌日。幸は朝も暗いうちからひとり唸っていた。



 日が昇らないうちから目覚めるのは私の癖で、真っ暗の中パチリと目が覚めた。

 横を向いたら隣に信が寝ていた。

 この光景は中学に通い始める前は当たり前だったので、私は普通に受け入れた。


 ただ気になるのは、肩に触れる信が妙にあたたかい事だ。

 熱でもあるのかと思い、手を動かしたら信の素肌に触れた。


 ……あれ? 何で信はパジャマを着てないんだろう?


 よく見たら自分も服を着ていなかった。

 よく考えたら、ここは日本じゃないし、自分の家でもなかった。ここは聖地神殿のフレイの部屋だ。

 だんだんクリアになっていく自分の記憶に心臓がバクバクと鳴る。頭に血が上って顔がほてる。


「ひぃ……」


 私の息を飲む声に、信が反応した。


「どうした……?」


 信は目を閉じたまま、寝返りを打って私のほうに向く。そして、その手で私を引き寄せた。


 信に腕枕をして貰っている状況で、目の前に信の鎖骨が見える。

 まだ眠そうな信が目を閉じているのをいいことに、顔を信の胸にくっつけて、ギュッと抱きついた。


 ……はぁ……すべすべしててあったかい。これはしあわせかもしれない。


 私は姿勢を変えて、信の頬をつつく。まだどこかあどけなさの残る顔立ちがかわいい。

 私は信の太い眉毛を指でなぞった。


「……幸……まだ暗いよ……ここじゃ日の出観賞無理だろ」


 信が眠たそうに目を開けて、またすぐに閉じた。

 私はしばらく息を潜めて、間近で信の寝息を聞いていた。すると、信は私の顔を引き寄せ、軽くキスをした。

 その接触で、私の頭に走馬灯のように昨夜したことが駆け巡った。


 ……わあああ!


 私は慌ててベッドから滑り落ち、信に布団を被せた。そのまま「寝なさいー」と心のなかで願い、信の頭を撫で続けた。

 夜更かし癖がついている信は、すぐに眠りについた。


 私は、信を起こさないようにそっと動き、懐中電灯を見つけ、部屋を物色した。

 裸体を隠すためにシーツを頭から被る。さらにベッドの上に散らかっている服を拾い、静かに部屋を出た。


 私は火竜が作ってくれた風呂まで行き、風呂をわかして入る。あたたかいお湯に頭まで潜って、しばらく悶々と考えていた。


「ヤバイ……」


 何がヤバイって、自分の頭ががおかしくなっていてヤバイ。

 昨日は手を握っただけでドキドキしていたが、今日に至っては寝ぼけ声を聞いただけで胸が苦しくなった。挨拶のキスで死ぬかと思った。


「このまま信といたら動悸で死ぬに違いない」


 私は湯船にブクブクと泡を吐きつつ呟いた。

 あんまり入っているとのぼせそうだったので、上がって詮を抜こうとする。ふと水に映る自分を見て、どこか変なところはないかと顔や体をチェックした。


 ……頬が妙に赤いだけで、いつもの自分だ。


 漫画とかで見たことのある、キスのあとがついているなんて事も無かった。

 私がホッと息をついていると、いきなり肩を叩かれた。


「キャアア!」

「幸、落ち着け、俺だ。なんで風呂を沸かしてるんだ?」

「……あ、信かぁ」


 私は信を見て、前にレーンとこんなことあったな……と、ぼーっとしていたら、信が「大丈夫」かと言って、おでこを触った。たったそれだけの事で、頭に一気に血が上る。


 ……あれ? 今何着ていたっけ?


 というか、服着たっけ? と思い自分の体を見たら、裸でシーツを被っている状況だったので血の気が引く。


「顔が真っ白だぞ、大丈夫か?」


 赤くなったり青くなったりする私を、信は本気で心配していた。

 私はシーツがはだけないように胸元で固く握りしめ、そっと信に石鹸を渡して逃げた。



 服を求めてフレイの部屋に走り込み、風呂場にワンピースを忘れて来た事に気付いた。

 下着は替えがあるけど、服は異界に置いてきている。

 私は焦って、フレイがいたころに使っていたタンスを漁った。

 とにかく服が、服が欲しい……。


 レーンはこの部屋の時間を止めていたようで、この部屋にあったものは当時のままそこにあったが、サイズが大人のフレイのものだった。

 フレイは踝まで隠れる長いドレスばかりだったので、私が着ると床を引きずってしまう。

 とりあえず、着物のように胸元を紐で結んで、ワンピースの長さを調節する。

 それでも肩や袖がダブついていた。


「あ、信は着替えあるかな?」


 と呟きふと気が付く。


「信は巻き戻すだけでよかったっけ?」


 いや信は時間魔法は使わないかもしれない。だから体が汚れていたし、巻き戻しをせずに風呂に入ったんだよね?


「信の服、いるかもしれない……」

「何してんの?」

「きゃああああっ!」


 また声を掛けられて、私は悲鳴を上げた。


「ふ、服を……」


 と言って、信を見たら昨夜見た制服ズボンと、誕生日にレーンにあげたセーターを着ていた。

 信が近寄ってきたので、思わず後ろに飛び退いた。避けられて傷ついた顔をする信を見て、私は慌てる。


「ご、ごめん……」

「体痛い? 俺、幸に嫌われた?」


 泣きそうな顔で信が言うので、私は「違うよー」と笑うが、頬がひくついた。


「じゃあ何でおかしい? いつもと全然違う」


 叱られた子犬みたいな顔をする。私の挙動不審な行動が、信を不安にさせている。


「えっと、信が、好きだから……」

「はい?」


 私はうるさく鳴り響く自分の胸に手を当てて、ギュッと目をつむった。そして大声で言う。


「信の事が好きで、苦しいんだよ!」


 精一杯の声を張り上げて言うと、どっと汗が吹き出し顔が火照った。緊張し過ぎて頭がぼーっとして、何を言っているのか分からなくなる。


「信がいると、胸がドキドキする……触ると頭がおかしくなるからヤダ……」

「……コウ」


 気持ちを露にすると、涙まで出てきた。


「前はキスとかしないとこんな気持ちにならなかったのに、今何もしてなくてもドキドキする……だから嫌なの……恥ずかしい……」


 信はそっと私に近付いた。

 ビクッと肩を震わせる私の髪を乾かして、その頬に口を付ける。


「……ん」


 震える私の手に指を滑らせ、軽くキスをした。そして信は、私をそっと抱きしめる。


「そんな事で泣くな。そんな事を言われると逆に嬉しくなる……」

「……?」


 私は何か違和感を感じた。

 ギュッとつむっていた目を開けると、目の前にいるのはやはり信で、とても優しい顔をして私を見ていた。

 胸の穴が無いのは、昨日寝たからかもしれない。大人になったらまた開いてしまうんだけどね。一時的にでも彼の寂しさが私で埋まったとしたら、それはうれしい。


 私は安心して再び目を閉じて、信とキスをする。私はその甘い感覚に襲われふと思った。


 ……髪の毛。


 さっき信は、ごく自然に私の髪の毛を乾かした。昨日の夜はやってなかったのに。レーンも白竜もさっとやっていたその魔法を、信は使えるんだろうか?

 そう考えると、気持ちが頭から冷えていく。私は、信の顔に手をあてて、少し顔を離して聞いた。


「……レーン?」

「おはよう、コウ」


 そう言ってレーンははにかむように笑う。その笑顔はかわいいけど、今まで信だと思って接していたのに、レーンだった?

 私は思いっきり抵抗して彼から体を引き剥がす。


「い、いつからレーンだった? もしかしてずっとレーンだった?」

「俺とシンを区別することに意味は無いと言っただろう? どっちも同じものだ。お前が俺の事をレーンと言うならそうなんだろうよ」

「えっ、ええ? どーゆーこと?」


 そうレーンはまた近寄ってくる。


「……うわ」


 レーンでも信の時と同じように、手が触れただけで胸がキュッと締め付けられた。私は混乱して手がカタカタと震える。


「どーゆーこと……?」

「別に何ということもない。竜の体は結晶化しているから、この体しか居場所はないし、俺が出ていくと体に損傷が出るので同居しているだけだ」

「……だけって」


 私は呆然としてレーンを見る。


「……昨夜の事、覚えてる?」

「うん」


 私の目から涙が膨れ上がる。

 私は恥ずかしさに耐えきれなくて、その場にしゃがみこんだ。


「大丈夫か、コウ」


 信は心配して、私に手を差し出すが、私は無視してしゃがんでいた。


「信はね、レーンは疲れて寝てるって言ってたの……」

「育成室でお前に起こされるまではそうだったよ。俺を起こしたのはお前だ」

「そ、そうだけど……」


 ……なら何で信は、レーンが寝ていることを私に告げたのか。


「その方が、コウが安心するからじゃないか?」

「心が読めるの? 今、私の心に返事した?」

「お前の考えは分かりやすいだけだろう」


 レーンは私の手を引いて、私を立ち上がらせた。


「コウ、シンの名前を呼んで」

「信?」

「……はい」


 信は頷いて、じっと私の顔を見た。

 さっき見た時と同様、信の胸には穴が無く、満ち足りているようで、私はどちらか判別出来なかった。


「幸が心配するから昨夜は嘘を言ったけど、もう俺とレーンを仕切る物は何も無いんだ、嘘をついてゴメン」

「私は、信だけを好きでいたいのに、信は、私がレーンも好きでもいいの?」

「いいよ、むしろ、レーンを嫌われると俺も辛いよ。今は区別しないでいいよ」

「今はって……」

「ああ、ずっとでもいいよ。別に」


 ……じゃあ、信に悪いなぁと思って、異界でレーンを避けたりしていたのは、無意味だったの? レーンの事も信と同じに扱っても良かったの?


「信の、バカーー!」


 私は信をフレイの部屋から押し出して、扉に鍵をかけてベットに潜って頭から布団を被った。

 そのまま意識が遠くなる、丁度いいので私は精神的にストライキをすることにした。

 そして、フレイと交替した。



◇◇


 幸と交替したフレイは聖地の自室を見て、懐かしくなりあれこれ物色する。


 ……これは体に入ってはじめて着た服、これはセダンで着ていた服。


 フレイはベッドの上に服を並べて遊んでいた。するとレーンが扉をノックして、「西の学舎に行ってくる」と言い、聖地の扉を風竜に開けて貰って出て行った。


 私はまだレーンに会うつもりは無かったので、胸を撫で下ろしまた服を選んでいた。

 昔着ていた服は幸の体には大きすぎたので、手を通してみて、簡単に裾と肩だけ大きさを詰めた。


 それだけでは寒かったので、幸が使っていた大きな毛織物を折って体に巻く。それで昔使っていた体に近付いた。

 私は辺りを見回して外に出て、朝御飯にスコーンをかじっていたら黒竜が現れた。


「おはようアレクセイ、朝からどうしたの?」

「どうしてフレイがここに?」


 交代する直前の、慌てふためくコウの心情を思うと、微笑ましくて笑ってしまう。


「コウちゃんね、彼が好きすぎて恥ずかしい! って言って、寝てしまったわ。だから借りているの。朝から寝ていると不健康ですしね」


 私が食事から銀の水を世界樹に送るのを、黒竜は黙って見ていた。

 私は隣の椅子の座面をポンと叩く。


「今日はお仕事は無いの? だったら座って?」

「今は、コウが私の主人です」

「では貴方は私の竜なのね?」


 そう言って私は口に付いたパンくずを指で拭う。そしてパクリと食べてうーんと悩んだ。


「何をしてもらおうかしら」

「おおせのままに……」


 私は昔考えていた、竜と会えたらしたいことを思い出す。

 水竜と泳いだり、風竜に乗って空を飛ぶとかを考えていたが、黒竜は人の形をしているからそれは無理だ。


「まずは竜に変わってくれないかしら、鱗の手入れをしてみたいの」

「嫌だ」

「……えっ?」


 私は自分の耳を疑った。


 ……守護竜の主従契約は強制力が強く、主の命令は絶対服従だった記憶があるのだけど、聞き間違えかしら?


「コウちゃんの世界で双竜の竜化した姿を見たわ。とても素敵だったから、もう一度見てみたいの、変わってくださる?」


 ……とても丁寧にお願いしてみました。さて、何と返答されるでしょう?


 黒竜は瞬きもせず停止していたが、口だけ動かして「断る」と言った。


「私はあなたの主人なのよね? 間違い無いわね?」

「応」

「では、お願いします」


 黒竜は黙ったまま、微かに首を左右に振った。どうしても変わりたく無いらしい。


「コウは拒否することを禁じない」

「……そうですか、残念です」


 思えば、双竜は白黒の竜だった。あれは、白竜と一緒でないと成り変われないのかもしれない。

 他の竜に会ってみたいけれど、コウちゃんの体を動かせる時間を思うと無理だろう。


「なら、アレクセイにはレアナと仲良くなっていただきたいわ」


 黒竜は微かに不機嫌そうな顔をした。そして聞き返す。


「具体的にはどうしろと?」


 そんなことを聞かれるとは思っていなかった。

 仲良しさんのする事とはなんだろう?

 お話する、手を繋ぐ、共に行動する……うーん、仲良しさん代表のシン君とコウちゃんがしそうなことと言えば……。


「レアナにキスをします」

「断る」


 口に出してからミスをしたと思った。これは仲良しではなく、恋人のすることだ。

 しかし立て続けに断り続けられると少し悔しいものがある。

 ここは双子同士仲良くの線をつらぬきましよう。


「いいじゃない、キス。きもちいいわ」

「守護竜にそういった感覚は無い」


 ……えっ、そうなの? 他の竜って触覚無いの?


 守護竜は嘘を口に出来ないので、本当の事なのだろうが、自分の時と比べると違和感がある。


「私はそうじゃなかったわ?」

「……私にそういった感覚は無い」

「言い直した」


 少し不機嫌そうに言う黒竜が可愛らしくて、私はフフッと笑う。


 私が使ったNo.8の体は人と殆ど違いが無かったけれど、不定形という特性を持った双竜は、肉体の損傷や痛みに強いのかもしれない。

 だからといって、全く感覚が無いとも思えないのだけど。


「でも知っているのでしょ? コウちゃんの感覚は伝わるものね」

「……何が言いたい?」


 黒竜は声をワントーン落として喋る。これは普段無表情な彼が怒っているということだ。

 異界と違ってこの場所は、樹木の強制力が最も強いはずなのに、黒竜の感情抑制は壊れてしまったのかも知れない。黒竜にはちゃんとサーの声は届いているのかしら?


 私は何も言わずに席を立ち、食器を流しに置いて、歌を歌いながら洗う。そして厨房を出て世界樹のあるドームに移動した。黒竜も不機嫌なまま付いてくる。

 久々に見た世界樹は、全盛期とは違い枝の所々が枯れたり折れたりしていた。


「だいぶ葉が減ったわね。やはりここは終わりつつあるのね……」


 私は世界樹に触れて見て溜め息をつく。

 私はくるりと振り向いて、背後にいる黒竜に話しかけた。


「ねえ、アレクセイは私の事をどう思っているの?」

「フレイですか? コウですか?」

「私よ、フレイレリーンのほう」

「敬愛している」

「即答」


 私は黒竜を見上げてフフッと笑った。


「アレクセイ、少しかがんで?」


 黒竜は言われるままに地面に膝をついた。私は黒竜の髪を撫でる。


「私、もうすぐ消えてしまうのよ」


 黒竜は頷いた。

 私は黒竜の頭をそっと抱きしめた。


「サーもよ、そしたら貴方はどうする? 私達と一緒に来る? それって消滅するって事だけど」


 黒竜は頷いた。


「おばかさんね、こんな事に素直に答えてはいけないわ。私は貴方を消したくはないもの。よく考えてね……」

「考えるまでもない、サーとフレイについていく」


 私はしばらく黒竜の柔らかい髪を撫でて、その感触を楽しんでいた。


「もう、ダメな子……貴方の判断はレアナも巻き込むのだから慎重にしないといけないわ」

「No.5に問う」

「んー……喧嘩しないのよ? 仲良くね?」


 黒竜はサッと立ち上がり、神殿入り口を見て動きを止めた。私は何事かと、緊張して黒竜を見る。


「一の王が裏門から入ってきた」

「あらあら、懐かしい方が……」


 私は落ちかけていたショールをきちっとかけ直し、襟元を正す。人に会うために衣服を正す主人に、黒竜は声を掛けた。


「会わないほうが良い」

「どうして? 彼の昔の記憶は消されているのよ? 彼が私に気を向ける事は無いでしょう?」


 黒竜は私の肩に手を当てて引き留めた。


「彼とコウはそれなりに仲が良い」

「それなりにとは? 具体的に言ってみて?」

「口から血を与える程度に」


 私はそれを聞いてアハっと笑った。


「シンに怒られるわね。これは一大事がもしれないわ」


 私は黒竜に向かって手の甲を向ける。


「では私の竜よ、しばしの間コウを守りなさい」


 黒竜は私の手を両手で取り、額を付けた。


「……おおせのままに」


 そして二人は一の王と対峙した。

 まあ、退治したと言ったほうが正しい。


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