13-1、一の王と塔
異世界編最終章になります(次の現代章で終わり)
信と幸の長い旅を見守ってくださりありがとうございます
セダンから聖地に行こうと竜を飛ばすと、間にある魔女の森に阻まれる。なのでアマツチは一旦南下しアスラ経由で自治区に入った。
空から見る聖地周辺の森はうっすらと白く、魔女の森と北側は雪が積もっていた。
俺は自治区に竜を預けると、徒歩で神殿に向かう。
前に自治区に来たときは空気が淀んでいて、行き交う人も口を布で覆っていた。なのに今は浄化されたので、顔を隠す人もかなり減っている。それどころか、警らする兵士の姿も見られるようになって、治安がマシになっているようだ。
……コウちゃん効果? いや、これはあの黒い竜の人の手腕なのかな?
俺は綺麗なご婦人から干果を買って、歩きながらつまんだ。
先日、年が明けた時に、幸が異界から出て神殿にいるらしいと地竜が言った。なので祝賀の隙を見て飛竜を飛ばしてきたのだ。
アマミクは寝坊していたので置いてきた。幸が本当にいるならまた連れてこようと思っている。
神殿の扉は今は守護竜にしか開けられないらしい。なので解錠を地竜に頼み、俺は神殿裏口の小さな扉から内部に入る。
神殿の内部は綺麗に掃き清められていて、前に来た時とはかなり変わっていた。
「コウさーん、いる?」
俺は以前に来たときの記憶から、幸がいそうなフロアを見て回る。
竜の像があるエントランスを抜け、厨房を覗いて、地竜が言っていたフレイの私室を見る。寝具が使われた痕跡があるので幸がいるのは本当だろう。邪神によってずっと閉鎖されていたらしい、この部屋を使える人はこの世界にはいないから。
「コーウ……」
俺は階段を下りて世界樹がある部屋に行く。
天井が見えないほど高いドームの下で、巨大な樹木が枝を広げてそびえ立っている。
ここはいつ見ても静かで落ち着いていて、太古の濃厚な空気で満たされていた。
俺は樹木の根本に立っている女性を見つけた。
その人は長い黒髪を背中に垂らし、目の前にいる男性と談笑している。服はくるぶしまで届く長く白いワンピースで、柔らかそうな毛織物を腕にかけている。
俺は、その姿を見て胸が痛んだ。
「……あら、人が来たわ」
そう言って、その女性は微笑みながらゆっくりと振り向く。
身長と容貌から幸本人だとは思うのだが、印象が百八十度違うので別人に見える。
俺は会釈をしてその女性に話し掛けた。
「フレイですか? こんにちは、コウはどこにいますか?」
フレイは目を細めて俺を見ていた。すると、女の背後にいた、背の高い黒い服の長髪の男が、その女の肩に腕を回した。
女はふわりと笑って俺を見ている。
「離れなさいアレクセイ、この方を警戒する必要はありません」
フレイは黒衣の男を一歩引かせる。そして笑顔で俺に話し掛けた。
「ごめんなさい、一の王、今コウちゃんはふてくされて寝ているの。明日には出てくると思うんだけど、何かご用かしら?」
俺は恐縮して答える。
「明日もここにいるんですか? コウは邪神につかまってた筈なんですけど」
「そうなの?」
フレイは黒い男に聞く。その男は微かに頷いた。
フレイは男に屈んでもらい、その耳に手を当てる。
「……邪神ってだあれ?」
男はフレイだけに見えるように、口を動かすだけで言葉を伝えた。フレイは驚いて目を丸くする。
フレイは俺の王の視線を感じたのか、俺に向き直って、笑顔を見せた。
「大丈夫です。コウちゃんは邪神に捕まっていたという事実はありませんから」
「いや、二年間隔離されていたのですが……」
俺は苦笑いをした。その顔を見て、フレイはまた男を見上げた。男はフレイに小声で話す。
「サーラレーンはコウの魔力消費を憂いて異界に隔離していましたが、今はここに移るようですね」
「まあ、そんなことがあったの……」
フレイは頬に手を当てて、フゥと息を吐く。
「あの子にそんな力があるなんて思っていなかったわ。素晴らしいわね……」
……なんで二年も捕まっていた話が素晴らしいって感想になるんだろう?
俺は苦笑いを浮かべつつフレイを見る。
黒い男がフレイを冷ややかに見下した。
「コウはシンと隔絶されて、毎日泣いておりました。親バカも大概にしたほうが」
「文句だけは長く話すんだから、もう」
フレイと男が呑気に会話しているのを、俺はじっと見ていた。
……表情を全く変えずにフレイをたしなめるこの男は何なのだろう? そう言えば名乗っていなかった気がするが、きちんと一の王だと認識されていた。
『女神が発案した世界の形を、サーが実現した』
俺の脳裏に、地竜の言葉が頭をよぎる。
伝説の王に親はいないけど、サーとフレイが親と見ても差し支えないのかもしれない。
フレイは笑顔で俺に向き合う。
「コウちゃんは、明日も明後日もここにいるそうです」
「ありがとうございます。なら明日にでもまた三の姫を連れて来ます」
「三の姫!」
その名前を聞くと、フレイは目を輝かせて黒い男を見た。
「ねえ、聞いた? 三の姫ですって! 今は一の王と仲が良いのね。素敵ね、お会いしたいわ」
「……三の姫は貴方を忌避しております、コウでお会いしてください」
「ええ……」
三の姫に嫌われていると聞いて、見るからにションボリするフレイは、やはり何処かで見たことがある気がした。
「貴方はいまここで何をしているのですか?」
フレイはキョトンとして目を瞬いた。そして、隣の男を見る。
「黒竜と話をしていますね」
……それは見れば分かるよ……というか、それ黒竜なんだ? 黒猫の姿しか見たことが無かったよ。
「……えーと」
何をどう聞けば幸の現状が分かるのか……。
「No.7と、邪神はどこに?」
「西の塔に。二の王と話しをしている。一の王も行け、さっさと」
黒い背の高い男から、とにかく追い出したいという圧力を受けて、俺は苦笑した。
フレイは黒竜の方を向いて叱責する、
「アレクセイの言い方は不躾だわ、相手は一の王なのよ?」
「分かっていないのは貴方です」
「もう」
ふてぶてしい態度を崩さない黒竜に、フレイは困惑した。そして、コホンと小さく咳払いして俺に話し掛ける。
「レーンは二の王と今後の話をしているの。出来れば貴方もそれに加わって欲しいわ」
「レーン?」
「あ、それはあなた方が呼ぶ邪神の事よ。別によこしまな事はないですから安心してくださいな。かわいい子どもです」
ニコニコと語る。
「神というのは合っているので?」
「……多分、そのうち?」
全く要領を得ない。
俺は苦笑するしかなかった、
……この人、頭に花が咲いているんじゃないかな。
黒竜がまたフレイに腕を回して俺をにらんだ。
「……分かっただろう、この女から情報を引き出すことは出来ない。頭がボケているからな」
「まー、ひどい」
フレイは頬を膨らませるが、黒竜に抱えあげられてしまう。フレイは黒竜の頭に手を回して落ちないようにした。
「貴方とお話すると怒られるみたいね。西の塔へは扉を使います? アレクセイが開けてくれるわよ」
「いえ、空から行きます。飛竜を自治区に置いていくわけには行かないので」
「……飛竜!」
キラキラと目を輝かせる女を見て、黒竜はダメだと首を横に振る。女はふて腐れて抱き上げている男に抱き付いた。
俺は一礼して世界樹の部屋を出る。
振り返ると、フレイは黒竜に抱えられながら微笑んで、俺に手を振っていた。
……何故だろう? その光景を見ていると胸が軋む。前に彼女を見ていた事がある気がする。
ザワザワする気持ちを振り払って、俺は前を向いた。
俺が空から西の塔に向かうと、竜が降りるための塔の上に風竜の姿が見えた。
俺は塔の上に着地し、青い大きな翼を持つ守護竜に話し掛けた。
「よく俺が来ることが分かりましたね」
風竜は『黒竜から通知がありました』と笑う。風竜はいつも穏やかなので、俺は好きだった。
『二の王は最上階の研究室ですよ』
「ありがとうございます」
俺は礼を言って、そのまま階段を下りた。塔は薄暗いので光球を先に行かせる。
光球が壁を通過して部屋に入ったからだろうか、扉は中から開いて、背の低い黒髪の少年が出てきた。
少年はペコリと頭を下げる、幸がするような独特なお辞儀をして、少年は俺を部屋に招き入れた。
「お久しぶりです、一の王、私は元はジーンゲイルです。第七の竜、今は信と呼んでください」
「あ、シンか。コウさんが探していた子どもですね。本体に戻れたのか、おめでとうございます」
俺が笑顔で言うと、少年は目をそらしてブツブツと呟いた。俺は分けが分からず苦笑してその様子を見ていた。
「すみません、なにかレーンがうるさくて……貴方前世でフレイとかかわりがありましたか?」
「それ爺さんにも言われたな。特に覚えていないんだ。あと、フレイならさっき神殿にいたね」
少年の体がピクリと動く。
「なんか、黒竜とイチャついてたよ。スゴいねあれ、恋人同士みたいで驚いた」
「幸と、黒竜がイチャついていたのですか?」
「いや、フレイと黒竜が」
俺がしれっと言うと、信が持っていた鉛筆が砕けて弾けとんだ。
俺は呆然として粉々になった鉛筆を見る。
カウズが部屋の奥から出てきて、魔法で砕けた鉛筆を元に戻す。
「レーンやめてください、くだらないことで部屋を汚すのは」
「くだらなくは無いだろう、お前の姫が黒竜とイチャついてたらお前だって怒るだろう?」
「私ならそんな契約はさせませんので」
「……くっ」
苛立っている様子の少年は、さっきまでの低姿勢な子どもとは全く違う印象を受ける。
「アマツチ、面倒だから先に言っておくが、今彼は異世界の住民の体にサーラレーンが同居している。だからフレイと女神の話はやめてくれ。部屋が汚れる」
「……は?」
俺は口を開けたまま信を見た。信は苦笑して「すみません」と詫びた。
静かな部屋に、カリカリと書き物の音だけが響く。
カウズは俺を席に招いた。
以前カウズはおかっぱの小さな少年だったのに、今では俺よりも歳上に見える。
どうやら、彼は不老を捨てて、妻と共に老いる道を選んだらしい。
……まあ、でかくなっても目がくりっとしているのはかわりないけどね。
俺は苦笑した。
二の王カウズの奥さんであるシェレン姫は、元はファリナの姫ぎみで、今は妊娠七ヶ月らしい。母体の年齢がおさない事もあって、カウズはかなりピリピリしている。
まあ、カウズは医者としても有能だから問題は無いと思うけど。
俺は一足先に大人になってしまった友人のしあわせをサーに祈った。
「さて皆さんご注目」
塔の主であるカウズがパチンと手を合わせる。
「話を始める前に、裁定者と言われているお二人に、一の王と話した結論から言いますね」
「二人?」
俺は後ろを振り返るが信しかいない。
「裁定の日、私達は現状維持を選びます。この世界は残されたサーの結晶をやりくりして行こうと思うのです」
「現状維持って無理では無いですか? レーンがアスラ復帰にかなり浪費したので、命の光が圧倒的に足りませんよ」
カウズと信のやり取りを聞いて、俺は手を挙げて発言する。
「それね、足りない分は俺らから補おうと思うんだ」
「俺らからというと?」
俺は親指を自分に向けた。
「俺から」
信は分からないと首を傾げる。
カウズが咳払いをして補足した。
「現在、結晶を大量に保持しているのは守護竜と私達、伝説の王です。守護竜は生活に密接しているから外せませんが、伝説の王はいなくても世界が運用出来るのはここ数百年で立証されています。なので私達は、この伝説の王達の結晶を世界の延命に補填しようと思っているのです」
信は黙って聞いていた。
「まあ、カウズは世界から欠けていた事が無いし、世界の要だから無理なんだけど、俺とミクさんはいなくてもいいと思うんだ。もちろん彼女にも聞いたけど、了承してくれたよ」
あっけらかんと自分の死について触れる俺に、信は聞いた。
「四の王は……? シェレン姫が納得しないでしょう」
俺は笑って言う。
「一度に消えるのではなく、足りなくなった時点でひとりずつでいいと思うんだ。だから当面は俺だけで、四の王にたどり着くまでは何十年か先でしょ、なんとかなるよ」
ヘラっと笑う俺を、信は深刻な顔で見ていた。
「それ、幸が一番嫌がるでしょう。幸を説得出来ないと意味がない」
俺は笑顔のまま言う。
「騙して二人とも帰した後で、俺らでなんとかすればバレないと思うよ」
カウズは能天気な俺を見て溜め息をついた。
「まああれですね、サー喪失という現状が予測できないから、現時点ではなんとも言えません。もしかしたら、サーの力がゼロになる可能性だってあります」
「強制的にゼロには出来るな。その方法は知っているぞ」
信がケロリとした顔で言う。これは邪神の方なのだろう。
「ゼロになるとどうなりますか?」
「この世界が消失して、何もない無の空間になる」
レーンの言葉に一同は唖然とした。
「ぶっちゃけ、それが一番安全にシンとコウを帰す方法だよ? ずーっとそうしようと思っていたからね」
「今はそうではないのですか?」
レーンは、カウズの問いに頷いた。
「今は、サーとフレイの意図を検討している。あの二人にはいろいろ返したいし……」
「レーンはフレイと話せました? 女神の意図を知りたいのですが……」
レーンは首を横に振った。
「俺に会う気は無いようだね。シンは会っているんだけど」
「俺は三回会ったことがあるよ、フレイ。さっきは神殿にいたしね」
何気なく言う俺を、レーンはギロリと睨んだ。
「なんで、よりにもよってコイツの前に出る? ホント、あの女は頭が足りてない」
レーンがブツブツ言うのを、信は申し訳ない気持ちで聞いていた。
カウズはしばらく窓から外を見て考えていたが、くるりと振り返り机に書類を広げた。
「考えてもしょうがないことは後回しにして、現状の粗探しと改善方法を模索して解決していきましょう。シンはレーンを表に出してくださいね、さあ労働」
「はいはい」
カウズと信は当たり前のように書類を手に取り読み始めた。俺も覗いてみたが意味不明だったので固まった。
「じゃあ俺、爺さんに聞きたいことあるから帰るね」
そう言って俺が帰ろうとしたら、足が勝手に動いて着席させられた。見ると、信の手に青い魔方陣が展開していた。
カウズはしれっと言う。
「サーラレーンの特化した魔法は命令系、強制力はかなりのものです。帰りたければレジストしなさい、アマツチ」
「……くっ……んん?」
俺はしばし苦闘して抵抗するのは諦めた。
俺が大人しくなったのを見越してレーンが俺に書類を投げる。
「簡単なのをやる。コウさえも対応してたくらいだ。電卓も貸してやろう。せいぜい励め、長兄よ」
「……くっ」
俺は苦渋を飲みつつ電卓を押し続けた。
「何がよこしまな所は無いだよ……よこしまの塊だろこいつ」
俺の不敬な愚痴はさらなる労働で支払わされた。




