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12-16、春を迎える為に

※絡みアリマス


 幸が世界樹のドームを出ると、通路に信が立っていた。信はずっと通路で待っていたらしい。


「幸ひとりなのか? 黒竜は?」

「双竜はどこかに転移したみたい、多分異界かなぁ?」

「水竜はセレモニーがあると言って帰ったし、火竜もアスラに戻ったよ」

「……えっ?」


 守護竜たちが残っていると思っていたら、なんかみんないなくなってる? なんで?


「……えっと、じゃあレーンは? レーンは無事?」

「レーンは、魔女の森がらNo.8の結晶を抽出したダメージで俺の中で寝ているよ、起こす?」

「起こさないで! 寝かせといて!」


 No.8って、魔女の森にいたエレノア妃だよね? 結晶になったということは、完全に消えたのか……。


「エレノア妃は地竜に浄化されたよ。その光はサーラジーンの元で速攻で再生する約束らしい。これはエレノア妃の言った事だけど」

「そうか、転生してセダン王に会いたがっていたものね、だから二十年待ってってしつこく言っていたんだ」

「そのようだね」


 ……サーラジーン、エレノア妃をお願いします。生まれ変わって、すぐにセダン王に会えるように取りはからってください。


 幸は一瞬でも心を重ねた女性のしあわせな未来を願って、そっとサーに祈った。



◇◇


 薄暗い部屋で、私は熱した石をお湯に落とした。

 信はご飯より先にお風呂に入りたいと言うので、火竜が作ったお風呂を沸かした。

 お風呂のある部屋に信を押し込んで言う。


「お湯落とさないでね、後で私も入るから」


 そう告げて厨房に戻ろうとすると、信が手を引いたので、ヒッ、と息を飲んだ。


「何その反応? 俺結構汚れてるから、幸が先に入れば? って思っただけだけど」

「……うわぁ」


 ……ヤバい、信に手を握られている。只でさえふたりっきりなのに、なんか照れる。ここがお風呂だからかもしれないけど、頭が熱い、なんか茹で上がりそう。


「コウ、聞いてる?」

「あっ、うん、じゃあさっさと上がってくるね……」


 部屋に入って、信に出ていって貰おうと背中を押す。すると、信に両頬を手で挟まれた。


「寒いから、ちゃんとあたたまりなさい」

「はひぃ……」


 私はお風呂の扉を閉めて、信の足音が遠ざかるのを確認した。そしてお湯を汚さないように、ささっと風呂に入って、ダッシュで厨房に逃げた。



◇◇


 風呂に入ったはずの幸が、髪にタオルを巻き付けて、厨房に逃げ込む姿を見た。

 幸の行動は常に予想の斜め上を行くが、今日はさらに予測不能だ。


「幸、変じゃないですか? 異界ではいつもあんな感じだった?」


 レーンとふたりで体を共有してから、恒例になった自問自答。これに答えるのはレーンだ。


 ……この体ではコウの考えは分からないよ。異界のコウとは違うと思うな。異界では、小鬼達の母親みたいに過ごしていたから。


「なるほどね……」


 俺は幸に貰ったらしいセーターを脱いで、あたため直した湯船に浸かった。


 幸にはレーンは寝ていると言ったが、レーンは俺の中でフツーに起きている。

 今はふたりで体を共存している次第だ。

 どっちが表に出るかは、その時の気分による。


 俺はお湯を手でかき混ぜた。

 守護竜の体は風呂に入る必要はないので、ゆうに八年ぶりの入浴だ。


「すごい、シャンプーとかボディソープとか揃ってる」


 ……シンの家のモノだ。気兼ねなく使え。


「たまに買い置きのシャンプーが消えていたの、レーンのせいなのか」


 ……使ったのは殆どコウだ。役に立ててよかっただろう?


「よかった……のか?」


 全く悪びれないレーンを思い、俺はフフッと笑った。


◇◇


 俺はあたたかい世界樹の部屋に座り込んで、幸と二人で異界から持ってきた食料を食べた。

 ナンのような膨らんでないパンと野菜のスープ、ゆで卵といった簡単なものだが、久々に食べるとトマトさえも美味しく感じる。


「幸さん以外の物を食べたのはひさしぶり……」

「私を食べ物にいれるのはやめて……」


 俺の隣に座る幸は、体育座りをして膝に額をつけた。


「今日はイヤに顔を隠すんだな、それ、何か意味あるの?」

「ヒッ、い、いや、信といられるのが嬉しくて、なんかニヤケちゃうから」

「……別に幸がニヤケてるくらいで何とも思わないけど」

「そうか! その体だと心を読むとか出来ないね! うん、人間ってホントいいね!」


 ……なんだこれ、かわいい。


 パァッと、輝くように笑う幸の頭を存分に撫でた。それだけでも幸はその名のとおり、しあわせそうに目を細める。

 幸は俺に寄りかかってくつろいだ。


「ねぇ? No.7の体は修理中なのね? だったら、信は今後ずっと信のままでいるの? レーンはどうなるの?」

「No.7とNo.8の残りを合体させて、レーンの体を作る事になったんだ、体が出来次第レーンはそっちにはいるんじゃないかな?」

「へー、二つ合わせるんだねぇ」

「No.8は四の王にも分けられているから余りの再利用だね」

「……なるほどね」


 幸は少し考えて、ぱっと顔を上げた。


「じゃあ、ずっと信はその体にいるのね? もう信は信のままなのね?」

「そうそう。無力で非力な人間に戻りました」

「よかった」


 幸は喜んで、俺の腕に巻き付いた。

 俺は久々に自分の体で幸の体温を感じ、しみじみと感動した。



 二人は食後に神殿を見て回った。

 神殿エントランスは広い空間で、中央に噴水が設置してあった。

 日本で見るような、水がジャバシャバと噴き出ているわけではなく、中央の竜の像から少しずつ水が流れ出ている。

 光のスクロールが、その水を照らして、ゆらゆらと光が揺れる。二人は噴水のへりに座って寄り添った。


 エントランスは上層にあるので、遠くから祭の音が聞こえてくる。

 遠すぎて何の曲か分からないが、歓声と共に太鼓の振動がかすかに空気を震わせた。


「冬越しの祭今日なのか。検索出来ないと日付さえも分からないな」

「冬越しの祭りはあっちの大晦日みたいなものよね、球から見たわ。礼拝はないけど屋外でダンスしてた。盆踊りみたいに輪になるのよ」


 幸は日本での年末年始を思いだして「あっ!」と声を上げた。


「十二月といえば信の誕生日だけど、正確な日にち分かる?」

「じゃあ今日でいいよ」


 自分の誕生日とかどうでもいいので、雑に返答すると、幸は笑った。


「誕生日おめでとう、何才なのか分からないけど」

「俺にもわかりません。精神的にははたち越え」

「成人おめでとう」


 幸は俺の頬にキスをして、肩に寄り掛かった。

 遠くから軽快な曲が聞こえてくる。

 ダンスと聞くとファリナの祝賀会を思い出す。着飾った幸と、ファリナ王が踊っていたヤツ。


「幸さん、踊って見ます? と言っても俺全然やったことないからテキトーになるけど」

「うん!」


 幸は弾けるような笑顔で笑う。


「簡単にこれだけ覚えて……」


 幸は俺の右手を幸の背中にあてる。そして俺の左手をぎゅっとつかんだ。


「うわ、予想外の密着……」

「ダ、ダンスだよ? 何でそんなこと言うの?」

「いや、腹……いや、腰くっついて、ええ?」


 ただでさえ、幸の動揺が伝わって来るのに、体の胴体部分がほぼくっついている。


 ……なにこれ、ダンスの人いつもこんなにくっついてんの? この状況でどーやったら無心でいられんの? 賢者なの?


 幸は体を引き剥がして、一歩後ろに下がった。


「信が変なこと言うから踊るの無理だし!」

「いや、ハグとかダンスとか、欧米人くっつきすぎだろう、ニホンジンついていけない」

「くっ、くっつきたい人とくっつけていいじゃない!」


 幸が混乱して意味不明なことを言うので、俺は肩から力が脱けて吹き出した。


「幸が俺とくっつきたいのはよくわかった」


 顔を上げて両手を広げると、幸が飛び込んで来てわんわん泣いた。


「……泣くんだ」


 幸は嗚咽しながら言う。


「だって、このところずっとずっと寂しかった。魔物のみんなも、どんどん死んじゃって、レーンまでいなくなった……」

「いるいる。ちゃんとここにいる」

「知ってる、知ってるよ。ずっと見てたもん」


 ……見てた? 俺とレーンの話を聞いていたのか?


 幸は俺にしがみついて鼻をすすった。

 俺はよしよしと幸の頭を撫でる。


「どこまで知ってる?」

「どこって、場所の話? 魔女の森?」


 ……何も知らなそうだ。


 俺は肩透かしをくらって、そっと息を吐いた。


 幸が泣いている間に、いつの間にか地上の音楽も止んで、聖域に静寂が訪れる。俺は泣いている幸をそっと引き寄せた。


「ねぇ幸……」


 幸は目をこすり、涙を拭いて顔を上げる。俺は幸の赤くなった瞼をそっと指で撫でた。


「俺はね、幸の事が好きだよ」


 ただでさえ大きい幸の目が、驚いて真ん丸になった。

 その顔があまりにもかわいくて、吹き出したら怒られた。


「……もうほんと、どうしようもないほど好きで、自分の気持ちに翻弄されて毎日悩んでた」

「信はママが好きなのかと思ってた」


 ……幸のその説、聞くの十年ぶりくらいな気がする。


「いくら素敵な人でも、既婚者を好きにはならないよ、それに篠崎家で最初に会ったの幸だし、初対面で一発ノックアウトだったな……」


 出会い頭のキス、あれで落ちた。

 むしろ、何でママを好きだと思ったのか、幸の思考回路は謎すぎる。


「レーンが幸を襲ったり、頻繁にキスするのは、俺のせいです。この体の時代の俺が日々思っていた事を、アイツはさらっとやらかしました」

「中学生のとき、信はそんなこと思っていたの?」

「まあね、思春期で身近に触れる女の子がいたら、ふつーは思うよ。吉田じゃないけど男は色々夢に見るものなのですよ……」

「言ってくれれば良かったのに」


 幸の言葉を聞いて、俺はナイナイと手を横に振る。

 俺の妄想が暴かれたら、社会的に死ねる。


「とても口に出せるような事じゃないんで、勘弁して」

「あはは」


 幸は笑いながら、俺にしがみついた。

 季節は冬なのでお互いモコモコと着込んでいるが、それでも幸の体の柔らかさは伝わってくる。

 俺は感動しつつ、幸の髪の毛に触れた。


「ずっと封じてきた煩悩が、時を越えてまた戻ってくるとか……なにこの因果応報」

「ぼんのう?」


 幸がそのまま繰り返して、意味を察して赤くなった。

 俺は幸から少し体を離して、幸の顔をじっと見つめた。


「俺最近ここで寝泊まりしてるけど、幸はどうする? 異界に帰る?」

「異界に行く方法わかんない」

「じゃあここで泊まる?」


 幸は素直に頷いた。

 俺は幸の肩を引き寄せて、小声で話す。


「幸、よく聞いて。今ここには俺ら二人しかいない。そして、俺は幸が好きだ」


 幸は信の胸に顔をうずめてこくんと頷く。その振動が俺の腕に伝わってくる。


「このままここに幸がいたら、キスだけじゃすまないよ」

「いいよ、信の好きにしていい」

「即答……」


 ……これは何を同意されたんだ? レーンやエレノア妃が、幸は望めば何でもくれると言っていたとおりなの? 何でもしていいの?


「幸、状況分かってる?」


 俺は体から幸を引き剥がしてその顔を見る。

 幸の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。


「わ、分かってるよ? レーンが言ったもの、信が欲しいのは私の体だって! だからいっぱい考えたの、私もう大人なので大丈夫です! もう中学生じゃないので!」

「……レーンはそんなことを言ったのか……後で文句言っとく」


 レーンの暴露は置いておいて、必死で大人アピールする幸は、やはりどこか子どもっぽい。

 幸の気を落ち着かせようと、頭を撫でると、幸の肩がピクリと跳ねた。

 その反応に驚いて幸の顔を見る。幸は下を向いて、ひたすらに顔を隠した。


「私ね……ずっとずっと、信が信の体に戻るのを待っていたの。ずっと信に会いたかったの。それがすごく嬉しくて、何だかもう信が隣にいるだけで嬉しい。すっごくドキドキする……」


 ……ヤバいこれ、くっそかわいい。


 胸に込み上げる愛しさにまかせて、俺は幸を抱きしめた。

 風呂あがりのいい匂いのする髪に触れると、指の間を幸の長い髪が滑る。

 中学校の校庭で別れた時は短かった髪が、既に腰を越えるまでに伸びている。

 今の自分の体や、竜や伝説の王たちはなんら変化がなかったので、目の前の幸の成長には驚く。


「……んっ!?」


 ヒヤリと、背中に冷たいものが触れた。

 幸は何故か、俺の腰からシャツの中に手を入れて、背中を触っていた。


「何、何してるの?」

「今が冬じゃなければ良かったなーって。そのセーターもごもごしてるから……」


 ……なんなの?


 幸は抱きついたまま、俺の背中をペタペタ触る。


「幸、全然意味が分からないんだけど……」

「……んー説明しにくい」


 幸は体を離して、俺の頬に手のひらをくっつけた。


「布越しじゃないほうが、あったかいし、すべすべしてて楽しいかな」


 ……真顔でエロい事を言う。


 俺の頬に触れる幸の手に俺の手を重ねると、幸はそっと目を閉じる。

 俺は幸にキスをしてその体を抱きしめた。


「コウ……世界樹のドームに戻る?」

「明るいから無理」


 ……明るくなきゃ幸が見えないんだけど?


「フレイの部屋なら暗いし、スクロールで室内をあたたかく出来るの。私、部屋をあたためて来る!」


 そのまま立ち去る幸の背中を見送って、俺は熱を逃すように、ハーッと息を吐いた。



 誰もいないエントランスにポチャポチャと水の落ちる音が響く。幸が走り去った後も、俺は噴水のへりに座ってひとり佇んでいた。

 自分の心の中から、他の意識が問いかける。


 ……シンは色事に長けてないな。この期に及んで何をためらっている?


「ご指摘の通り、気持ちにブレーキがかかっていますね」


 ……どうして? コウは乗り気に見えるが。


「幸は何も知らないから。いっそのこと、全部話してしまおうかと悩んでいる」


 ……話せばコウが死ぬ未来が確定する。


 俺は息を飲んでその言葉の意味を反芻した。そして、自分の心の中から発する別の意思に心を傾ける。


 ……何故コウに、フレイの計画が全く伝わっていないのかを考えろ。お前が生かしたいのは誰だ?


「……コウ」


 エントランスに俺の声が響いた。俺は大きくため息をつく。


「レーンの体は本当に無いの? レーンが体を取り戻して、サーラジーンと交代出来ればいいのに」


 ……俺が生じたのはコウが生まれる前だからな。本体があったとしてもとっくに朽ちているだろうさ。


「かといって、羽間信の体は使い物にならない」


 ……なら進むしか無いな。代わってやろうか?


「バレるよ。幸さんは真面目に俺とレーンの些細な違いを見分けるから」


 ……何処が違うんだろうな? 自分ではわからないよ。


「俺だって分からない。むしろ、幸が信と呼べばそいつが羽間信になるんじゃ……」


 ……いいな。俺はそっちになりたい。


「もうなってるよ、レーンも俺も変わりない」


 ……お前が俺だと言うなら、進め。


「背中を押してくれてありがとう。頼りにしている、レーン……」


 俺は重い腰を上げて一人階段を下りた。



◇◇


 誰もいない神殿を歩き、フレイの部屋の扉をノックする。幸はここにいると思うが、返事は無かった。


「コウ……? いないの?」


 俺は部屋のドアを開ける。すると中は真っ暗で、扉を閉めると完全に闇になった。


「えっと、光のスクロールは何処だ?」


 俺はここにいる間は神官の宿舎で寝泊まりをしていたので、フレイの部屋の間取りはよく分からない。


 ……入り口の壁の、右隣を触れると明るくなる。


 俺は心のなかでレーンにお礼を言う。

 光のスクロールに触れようとすると、その手を捕まれた。


「……ひっ!」

「明かりはつけないで!」


 俺は闇の中、捕まれた手をたどって幸を見つける。


「真っ暗なんだけど」


 幸の頭部を触って髪を撫でると、幸が抱きついて来た。

 俺は幸の背中に手を回す。長い幸の髪の奥に、すべすべした柔らかい肌が触れた。


「コウ、服……」


 続きを言う前に、言葉を幸の口で塞がれる。

 突然のキスに頭の中をかき回されるようで、触れた口の中も、体も熱くなり、俺は目眩を感じた。

 しばらくして、幸は口を離すと、俺の胸をギュッと抱きしめた。


「私ね、知っているの……」


 幸の言葉に俺の鼓動が跳ねた。


 ……幸はフレイや、サーの意図を知ってこれをやっているのか?


 俺の心臓がドクドクと鳴るのを、幸は耳を当てて聞いていた。


「信の胸の穴ね……私が信を見分けているのがそれなんだけど、キスすると埋まるの」

「……なにそれ」


 予測と全然違うことを幸が言うので、俺は心底困惑する。

 竜の体で始終幸の感覚を覗き見てはいたが、その思考回路は未だに理解不能だ。


「竜の体の時は開いてないの。中身がレーンの時もそう。でも信の体で中身も信だとやっぱり穴が開いているの。そこから君が泣く声が聞こえる……」


 幸は俺の胸に顔を押し付けて、しばらく肩を震わせて泣いていた。


「信の中の寂しい気持ちが、私が触れる事で薄まるの……。もしかして相手は誰でもいいのかも知れないけれど、埋ると風が凪ぐのが嬉しい……」

「何言ってるのか良く分からないけど、誰でもいいなんて事は無いよ。俺はずっと幸しか見てない」


 俺はそう言って幸にキスをした。

 幸とキスをすると、どうしても初対面の時を思い出す。

 母が死んで、一人庭で泣いていた俺を、幸が抱きしめてキスをする。

 俺の動力源なんてこれに限る。

 羽間信は、幸とキスするために生きているんだ。


「もし幸がいなくなったら、俺は一生穴の開いたままなんだな……」

「そ、その辺は他で補填しようよ。皆信が大好きだし、信が帰ってくるのを待ってるのよ」

「自分で選んで救っておいて、野に捨てるのはひどいよ、コウ……」


 俺は幸の耳に口を寄せて撫でる。幸はキュッと身をすくめた。

 闇に目が慣れてくると、薄ぼんやりと物の形が見える。手で幸の体を辿ると、やはり何も着ていないようだった。


「……こんな幸さんは滅多にないから、ちゃんと見たかったなぁ」

「それはだめ。私フレイみたいに綺麗じゃないから、お見せ出来るものではないので……」


 幸の言葉に、『そんなことはないだろう』とレーンが思うのを感じて、俺は少しムッとする。

 俺の脳裏に突然、熱を出して倒れている幸が浮かんだ。幸は頬が赤くて、汗びっしょりで息が荒い。

 俺はその幸を起こして服を剥ぎ、布で体を拭いていた。


 ……レーン、異界で何してんの?

 ……濡れた衣服を替えただけだ。看病だろう? 今とは違うさ。


 かといって、幸の体の熱さや汗の臭いまで覚えているのはどうなんだと、俺は苦笑する。


 俺は幸を抱え上げて、レーンの記憶に頼って間取りを聞き、幸をベッドに座らせる。

 すると幸はせっせと俺のセーターをはぎ取って畳んだ。


「別に、着たままでも出来るんだけど……」

「そ、それ着てるとレーンみたいだから。それ、レーンのお誕生日にあげたからダメ」

「真っ暗だし、見えないだろうに」

「手触りで分かるから!」


 相変わらず幸の頭はどうなっているんだろうと思うことを言われる。幸は感覚にかなり依存して生きている。

 竜の体と違って、理解できない所が逆に愛しい。

 幸は俺のシャツを脱がせると、満足げに笑って俺に抱きついた。


「……やっぱり、服着てるよりも着てないほうが、ギュッてするのが気持ちいいの。この方が好き」

「だろうね……」


 自分に密着している、明らかに自分とは違う柔らかい肌とその熱に、俺の頭は上気する。


「信、お誕生日おめでとう。去年も、その前もずっと言えなかったね。レーンにはセーターをあげたけど、今私何も持っていないの。だからファリナの塔の時と同じで、私を貰って貰おうと思ったのよ……」


 ……コウさんがクソエロイことを言う。


「じゃあ明かりを。ちゃんと見せてよ」


 幸の体を倒して首にキスをすると、幸はやはりダメだと言う。


「……何でもする。の何でもとは何かと問う」

「ダメなものはダメ」

「レーンは幸の裸を見てるのに、何で俺はダメなの?」

「……何それ、レーンが言ったの? いつ?」

「風邪を引いたときらしいよ。まあ記憶として残っているから参照出来るけど」


 俺が笑うと、幸は慌てて俺の頭を抱きしめた。


「消して。その記憶消して! 私あんまり胸無いの。だから忘れて!」


 ……忘れてと言いながら、顔にそれを押し付けられると、どうしたものか困るよ。


 俺は笑って幸の腕から抜ける。


「見せない理由ってそこなの? 別に普通だと思うよ」

「だって、ミクさんもフレイもちゃんとあるもの。ミクさんとかすごいから……」

「その、造られた体の人たちと幸を比べないでいいよ、幸が幸であることが大事だし」


 そう言って俺は寝ている幸の体を手でなぞった。


「ひゃっ!」


 幸がひどく気にしている胸も、中学の頃よりはずっと成長していた。


 ……っていうか、なんだこれ。


 胸だけでなく、腕もお腹も背中もどこに触れても柔らかい。

 風呂に入って少し経つので、石鹸や香油の臭いが薄れていて、さっきレーンが回想したのと同じ幸の匂いがする。


 ……頭がおかしくなりそうだ。


 竜の体で触れるのとは違う、樹木に制限されない直の感覚に襲われ、俺は陶然とする。


「あ、明りつけたほうがいい?」

「真っ暗のほうが幸が安心するなら、それでいいよ」

「……お誕生日にダメダメ言うのはどうかと思うのよ」

「いいよ、欲しいものはそれじゃないから」


 俺が笑うと、幸はキャッと悲鳴をあげて飛び起きた。


「違った? 私間違ってた? だとしたらもの凄く恥ずかしいんだけど!」


 俺は幸の髪を撫でて、その頬にキスをした。


「幸は間違って無いよ。それだけが欲しいわけじゃないってこと」

「信は何が欲しいの?」

「……全部」


 俺は幸に顔を近付ける。

 二人はお互いの額を合わせた。


「幸の気持ちも、体も、楽しいことも、悲しいことも、辛いことも、これからの未来も全部欲しい」


 幸は瞬きした。そして、俺の胸に顔を当てた。


「未来も」

「それは最重要項目ですから」

「欲張りだなあ……」


 俺は自分の胸から幸を引き剥がして、頬に触れる。


「全部俺のものだからな? もう血の一滴さえほかの人にやったら怒るよ? 浮気扱いするよ?」


 幸は俺の手に顔を擦り付けて、ポロポロと涙を流した。


「うん……」


 俺は幸にキスをした。



◇◇


 地上では祭りの熱も冷め、冬を堪え忍ぶ人々は親しい人に愛こめた枝を贈りあっていた。


 雪がとけ、春がくる頃には約束の日がやって来る。その時私がどうなるかは、ここの人達が決めることになっている。

 だから、信との約束に意味はない。

 私に決定権はない。

 それでも、皆の未来を守りたいから、今をしっかり生きようと思う。


 私は信の手をギュッと握って、信の吐息をじっと聞いていた。

 春はすぐそこまで来ている。


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