表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/185

12-14、No.8の回収


 レーンがNo.7の体を動かす練習は苦戦していた。


 あれからレーンは聖地神殿で守護竜の体を動かす練習をしているが、ひとりで立ち上がる事は出来なかった。


「元からサーを想定して作られているから、俺では無理なのかもしれん」


 弱音を吐くレーンに、俺は言う。


「前に魔女の体に入っていたと聞きましたよ、幸と貴方に共通点あるんですか?」

「無いな。お前とは近い気がするんだが……」

「まあ、竜の体に入って喋れるようになっただけで大進歩ではないですか、もう少し頑張りましょう」


 俺はNo.7の体に入ったレーンの手を支えて、歩くように促した。

 レーンの体を支えながら、右、左と足を出してもらい、とにかく動きに慣れさせる。

 守護竜の体は人間の体と違って、動かしていなくても筋力が衰える事はない。なので、本来なら難なく動かせる筈なのだ。


「俺も動かせるようになるまで苦労したんだよな、ずっと床に寝たきりで、目も開かなくて」


 ……どうやって動かせるようになったんだっけ?


 俺は守護竜の会話ログを検索して、自分の初期のログをたどる。

 膨大なログを見ている間に、レーンが何かを思い付いたらしい。


「シン、こっちの体に入って見てくれ」


 レーンが言うので、俺は躊躇なくNo.7の体に入る。


「歩いて」


 俺は手足を動かし、ゆっくりと神殿を歩く。


 ……人間は脳から電気信号が送られるんだっけ? なら、守護竜の体は何で動くんだ?


「ああー、それか!」


 レーンが何かを思い付いたようなので、俺はレーンに体の主導権を渡した。

 レーンは右手を前に出し、目を閉じる。

 額がほんのりとあたたかくなり、その熱が手に、腹に、足にと広がった。


「電気の代わりは、魔力だ」


 レーンはそう呟くと、右手を赤く光らせた。

 No.7の足下には、サーラジーンの魔力である赤い魔力の光が線になって走る。レーンは赤い魔方陣を展開させて上方向に跳躍した。

 レーンの跳躍は三十メートル以上の高さを出し、聖地の世界樹の枝につかまり、鉄棒のようにくるっと回転して枝に腰掛けた。


「……ああ、理解した。動かすのにいちいち魔力を流さないといけないんだな。お前の体とは違うな」


 ……動かすというレベルじゃないよ、もう人間の跳躍力じゃないだろ、これ。


 世界樹のあるドームは無限と思われる程に高いので、三十メートル跳んだくらいでは天井には届かないが、地面を見るとやはり高い。


「変化」


 レーンはそのまま空中に魔方陣を展開して、大きな鳥の姿になる。そして、世界樹の枝から飛んで地面に下り立ち、変化を解いた。


 ……うわぁ、俺は何度試しても変身出来なかったのに、鳥になってる。


「俺が設計したから、俺のほうがスゴイのは当然だ」


 レーンはエヘンと胸を張る。

 みかけ中二の体でやるなら分かるが、成人男性の仕草では無い。

 その呆れた気持ちを伝える気は無かったが、体に同居していると、レーンと俺の境目が無いので隠せない。

 レーンは明らかにショックを受けていた。


「ガキっぽいとコウに嫌われるかな」


 ……幸にそーゆー感情は無いだろ。アイツは俺みたいに常識にとらわれたりはしない。


「そう、ならよかった」


 レーンの気持ちが上向きになるのを感じた。

 これはアレだ、守護竜の負の感情を持たせないためのセーフティネットみたいなのが無いな。

 外部からの情報でなく、中から直で伝わる情報は防ぐ術が無いのか、はたまた今動かしているのがレーンだからなのか、謎だ。


「あ、ダメだ戻るわ」


 ちょっとの間中身を空にしただけなのに、羽間信の体の肌の色が悪くなっている。

 まあ元からほぼ死体なのでしかたがないか。


「まあ、これでいいのでは無いのでしょうか。またエレノア妃の所に行きましょうか」


 レーンが抜けて、一人操作になったNo.7の体を動かして俺になじませる。

 レーンは俺の体に戻った後、暫く考えていた。


「魔女の森の結晶を使えば、お前の体を向こうに送れるかもしれない。まあ、サーが起きているとき限定だが……」

「……それって、幸はどうなるのですか? 俺一人戻っても意味ないですよ」

「コウは元気だから、サーさえ起きていればいつでも帰れるだろう? シンの体はすぐに治療出来る場所に送らないと死んでしまう」

「なら病院か……」


 俺は幸の話を思い出した。

 サーが寝ている研究所みたいな所。

 五年経過した俺。

 そして、意識のないまま病院で寝ている菊子。

 なんとなくだが、幸の言っていた話に繋がり始めている。

 フレイは、俺と、幸の生還を保障してくれた。この流れでいいのだと思う。

 しかし……。


「幸に魔力を使わせないために隔離するのは分かるのですか、何故私は異界に連れていってくれないのですか?」


 レーンは横目で俺を見る。


「目の前でイチャつかれるとムカつくから」

「……そんな理由で」

「いいだろ、どうせお前ら帰れば好きなだけイチャつけるんだし、ここにいる間はコウを俺に貸せよ」

「貸せって……まあ、危害を加える様子は無く、幸も元気そうだし問題はありませんが……」


 俺は同化した時に見れる、レーンの記憶を覗いて顔を歪めた。


「なんか、新婚みたいで凄くムカつきますね、レーンの日常……。こっちは一人聖地泊りなのに……」

「悔しければ自分で奪取しに行け? その体の魔力なら十分異界に行けるだろ」

「異界が何なのか分からないのに、無理ですよ」


 レーンはフフーンと鼻唄を歌いながら、そっぽを向いた。


「それなー。コウだって、自分の魔力を使えば簡単にこっちに戻って来られると思うんだがな、転移するという概念さえ無いみたいなので出口がないと思い込んどるな」


 クスクス笑うレーンを見て、俺はため息をつく。


「……幸は他人を疑わないから」

「そんなにお前に会いたくないのかもなー」


 レーンはそう言ってケタケタ笑う。

 事実揶揄されているのだが、レーンの心を覗き見た後なので、レーンの気持ちが手に取るように分かる。

 幸がレーンを俺だと認識しないこと、幸が俺に会いたがっていること、その幸の願いを踏みにじり閉じ込めている罪悪感。

 そんな後ろ暗い気持ちと、それでも幸を側に置いて起きたい独占欲ようなものがせめぎ合っていた。



◇◇


 二人が泉に着いたら、呼ばすともエレノア妃が現れた。エレノアは下を向いて拳を震わせる。


『……遅いわ! たかが身体の移動くらいで何日かかってるんだまったく』


 二人は到着そうそう怒られた。

 レーンが手をポケットにつっこんだまま薄く笑う。


「まあそう怒るな、美人が台無しだ。次を言え」

『そこの竜は火竜を連れて聖地で待機。神はここで結晶の回収を行え』


 その言葉を聞いて、レーンはエレノア妃をじっと見た。


「回収する結晶には、エレノア妃も含まれるぞ? ここで石に戻ってもいいのか?」

『ここで情をかけられるとは思わなんだ。大丈夫だ、もうずいぶん前に死んだから、未練は無いよ。急いで転生してアイツと会わないといけないしな。まあ魂送りはしてくれよ』

「エレノア妃……」


 エレノア妃は俺に向き直り言う。


『ほい、さっさと動け! 火竜だぞ火竜』


 俺はせっつかれて来た道を戻った。

 振り向くと、泉の前でレーンとエレノアが話をしている姿が見えた。



◇◇


 俺は聖地に戻ると火竜に声をかけ、アスラへの扉を開けて貰う。火竜は『しばし待て』と言って、小さな子どもの姿で聖地に現れた。


『何だ、またコウ絡みか? それともサーの呼び出しか?』


 火竜は幼児のように目を輝かせて、小さな体をユラユラ揺らして聞く。よっぽど暇をしているようだ。

 見かけは幼児なのに、火竜は魔物のように心話を使う。火竜はおそらく口から発声したことが無いのだろう。


「後者ですね。サーと言ってもレーンのほうですが、しばらくお待ち願いますか?」


 火竜にそう言うと、火竜は承諾した。そして、そのまま聖地のメンテナンスをはじめた。

 俺は火竜の助手をしながら聞く。


「火竜は、アスラの北に密林が出来ていることを知っていますか? そして、そこが切り取られた事も」

『知ってるぞ? サーがそうすると言っていたからな。魔物を大量に作って砂漠を消したらしい。あいつの考える事は突拍子もなくて面白いな』


 アスラ北の密林も、その土地を切り取って転移したことも、レーンが勝手にやっていると思っていた。

 レーンと火竜がコンタクトをとっているようなので、俺は安心した。彼らは仲が良さそうだ。


 そのまま二人で待っていたら、旧セダンの扉が叩かれたので、地竜の許可を貰い扉を開けた。

 扉が開くと、レーンは真っ青な顔色で現れ、扉の前で倒れた。

 聖地に入るなりに倒れたレーンに、火竜が跳び跳ねるように近付いて行く。


『おうおう、どした? 神の癖に弱っちいな』

「……お前か……単なる魔力切れだ。寝れば直る……。それよりこれを受け取れ」


 火竜は大きな赤いサーの結晶を受け取った。


『ほう。No.8の結晶だな? また女神でも作るか?』


 俺はぐったりしているレーンを抱き上げて、育成室に連れて行く。あそこにはベッドがある。

 レーンはベッドに寝かされると、瞳を閉じて言った。


「……シンはこの体に戻れ。しばし同居させてくれ……」

「分かりました。タイミングは指示してください」


 レーンは黙って頷く。火竜はレーンの寝ているベッドに飛び乗って、小さな手でレーンの頭を撫でた。


『いつものように、時間を戻せばいいんじゃないのか? 弱ってると出来んのか?』

「No.3、レーンはもう体の時間を巻き戻さないようです」

『……そうか。なら、食い物や飲み物がいるなぁ』


 俺は前に幸用に集めた日用品をあさり、枕と掛布を持ってきて、レーンの体にかけた。

 レーンは目を閉じたまま、火竜に命じた。


「No.7と、No.8を合成する。そして、今度こそ神の入れ物を作る……」


 火竜は細く赤い耳をピンと立て、嬉しそうにピョンと跳ねた。



◇◇


 窓の外には黒々とした不気味な空色がどこまでも広がっていた。異界の窓の外は何も見えないのに、風が吹きすさぶのが分かる。

 室内でも息は白くなり、本格的な冬の到来を感じざるを得なかった。


 今日はレーンが帰って来なかった。

 なので私は双竜と三人で一日を過ごした。

 白竜といるときは頑なに猫にならない黒竜が言う。


「コウ、もう寝た方がいい、体力が落ちる」

「ううん、待ってる。帰って来たとき怪我をしてたらタイヘンだから……」


 私はボーッと、スープを煮ているかまどの火を見ていた。こんなとき、電話やケータイのある日本は楽だった。


「あっ……遠見の球があった」


 最近はジーンとレーンに気を遣って、朝ちょこっと浄化を覗くだけなので忘れていた。

 私が樹木エリアに走っていくので、双竜はそれを追いかけた。

 樹木の部屋につくやいなや、私は球にお願いする。


「レーンを映してください!」


 すると、球は聖地の育成室を映した。レーンは信の体に入っているようで、蒼白な顔色をして横たわっている。


 ……怪我? 病気? 見てくれる人はいるの?


 私はレーンの周囲に視点をうごかす。

 すると、赤い子どもが育生ポットにNo.7を入れていた。


「火竜……? ジーンのメンテナンス?」


 火竜は部屋にあるポットの端末をいじっていた。すると、ジーンの入っていたポットが光り、火竜がそれを開けたとき、No.7は結晶に戻っていた。

 それを見たとき、私は何が起きたのか理解出来なかった。竜が結晶に戻るのは、死を意味するが、今の場合はどうなんだろう? そして、信の魂はどこにいったのだろう……?


「……信を、ジーンゲイルを映して!」


 この願いに球は応じなかった。球はさっきと同じ育成室を表示したまま映像は動かなかった。


「……どういうこと? 信はいないの?」


 私は一方通行の映像を見て、訳もわからずただ涙を流した。


 次の日もレーンは育成室のベッドに横たわり、動けずにいた。

 私は家事を最小限にすることにして、一日中球を見て過ごした。私の食欲は減って、夜も眠れずにフラフラしていたら、白竜がキレて怒り出した。


「……コウ、アンタはねー、なんで私達に命令しないの? あそこに連れていけと言えばいいじゃない? なんでアンタをここに閉じ込めた男の言うことを黙って聞いてるの? なんで外に行けないと思い込んでるの? 馬鹿なの? あ、馬鹿だったわ」


 白竜はそこまで一気にまくしたてて、私の隣に座った。


「竜の主なら竜をのりこなしなさいよ、言ってみな?」


 私は黒竜に向き合う。その真っ黒な瞳を見て、口を開きかけて、閉じた。

 私はかまどに灰をかけて火を消す。

 唖然とする双竜を尻目に、バタバタと厨房を駆け回った。


「……コウ? とうとう頭がおかしくなったの?」


 白竜はわけが分からず、私を目で追っていた。私は白竜の前に大きな布を広げて、鍋やおたま、タオルや石鹸を積んでゆく。


「なにこれ?」

「生活用品! 持ってて! レーンの部屋からも取ってくる!」


 私は厨房の扉に向かって走る。扉の前で二人に告げた。


「あそこに行けるなら、ここの食べ物とか薬とかいっぱい持っていかなきゃ!」


 ……レーンを治して、信の行方を聞かなくては!


 私は気力を取り戻し、懐中電灯を手に冷えた石の廊下を駆けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ