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12-12、レーンの記憶


 日本で年末というと、クリスマスや大晦日があるが、異世界でも年末には冬越しの祭りをする習慣がある。

 その日は、長い冬を越えた喜びと、新年を、親しい人と共に祝う。

 セダンでは冬季に入ると、多くの人が年越し用に終年樹の枝を買い求めた。この樹は世界樹に葉が似ていて、実が体をあたためるので、冬には重宝されている。それゆえに、親しい人に枝を贈り、年越しまで家に飾る習慣があった。



◇◇


 冬季元日、アマツチも王や地竜、そしてアマミクに枝を買い求めた。

 アマミクは最近、セダン王の公務を見ている事が多い。

 セダン王の政策は民にも地竜にも好評なので、アマミクとしても学ぶ所があるんだろう。多分。


 執務室に集う面々に俺は枝を渡し、最後に王の後ろに立つアマミクにも枝を渡した。

 アスラには枝を贈る習慣が無いので、アマミクは即座に枝を返した。


「食べられないものはいらないわ」


 俺は苦笑してバックを探る。そして、小さな丸い木の実がついている枝を渡した。


「ミクさんはそう言うと思って、実がついてるのも買ってきた」

「なにそれ、おいしい?」

「粉にしてお茶に浮かべると、風味がまして保温効果があるかな」

「ふーん、じゃあ貰ってあげる」


 なんの躊躇なく枝を手に取り、振ってシャンシャンと実をならすアマミクを見て、俺は苦笑した。


 ……姫は常時二の腕と背中むき出しスタイルだから、防寒対策なんていらないかな? いやまあ、食べ物を渡すだけの習慣では無いんだけど。


 枝や実にはそれぞれ送る意味が変わる。それをセダン王に見咎められた。


「駄目だよ三の姫、なんの説明も無いのにそんなものを貰っては」


 ミクは王の方に寄って、枝を見せる。


「何か意味があるの? これ、毒?」

「毒ではないよ。枝は親しい人に贈るけど、実がついているのは求婚するときに渡すものだ。あたたかな家庭を作ろうとか、実は子宝を願うものだよ」

「ふーん……」


 ミクは振り返り、何の気なしに俺を見る。

 俺はいつも通りの笑顔で答えた。


「そんな意図はないよー? 姫が腹ペコだから食用品として渡しただけ」


 王はニヤリと笑う。


「今まで実がついているものを買ったことはなかっただろ? 一枝だけ実のついたものを購入している時点でもう言い逃れは出来ないよ、アマツチ」

「うっ……」


 アマミクはスタスタと歩いて来て、俺に顔を寄せた。


「あんた、私のことが好きなの?」

「姫の顔が近い……」


 前世の俺は様々な女性に恋をして、死別したり、フラれたりをして生きていた。

 一応マイルールというものがあり、複数の女性と同時に関係を持つことは無かった。

 そのルールにも穴があり、三の姫との関係だけは特別で、姫が求めて来たらその都度相手をしていた。


 俺にとって三の姫アマミクは、好きかと聞かれたらずっと好きなのだが、決して俺のものにはなってくれない、手の届かない人ではある。


「姫の事を嫌ったことは生まれてこのかた一度もないよ」

「……うわ、逃げた。男らしくないわねぇ」

「姫はどうせ俺の言うことなんて聞かないだろ、姫の好きにしたらいいし、俺が生きている限りはずっと姫の面倒を見るよ」

「…………」


 アマミクは嫌悪を顕に顔を歪める。

 セダン王が肩を竦めて苦笑するのを見て、アマミクは俺の前髪を蹴りあげた。


「曖昧な返答は不誠実だわ、私を落としたければ、私を負かしなさい。そうしたら少しは考えてあげる」

「いや、んなの永遠に無理じゃん、ミクさん人類最強じゃん!」


 アマミクは広い謁見室で、舞うように武道の型を舞った。


「頑張るのよ! 何事も求めるものに与えられるの! 闘いの先にある勝利をつかむの!」


 俺は、ふと思い立ちミクに手を差しのべる。


「じゃあ、アマミク姫、新年の日に酒を飲もう、姫が好きそうな酒を沢山買ってくるよ」

「えっ……」

「セダンには穀物の酒も芋の酒もあるし、蒸留酒や爺さんが地下で長年保存しているのとかあるよ、口当たりが軽いものから、うっかり火がつきそうなものまで色々あるんだ」

「お酒……」

「肉も買う、沢山」

「乗った!」


 さっきまでの闘志に燃えるアマミクは瞬時にいなくなり、満面の笑みを浮かべる。アマミクは上機嫌で実を鈴のように鳴らした。



◇◇


 ――異界、厨房。


 レーンは毎日せっせと何かを書いている。

 コッソリと書面を覗くと、図形の中に細かく元素や数値が書き込まれていた。

 この図形はカウズが作成していた書類に似ている。おそらくこれは魔方陣だ。


「何で魔方陣を作っているの?」


 私が聞くと、銀の盆の振り分けを自動で行うためのシステムや、祈りが届かずほぼ消滅寸前の銀の水を発見して樹木に誘導する方法など、世界の基盤に関する事を一から洗い出して修正しているようだ。


 異界の城から魔物がいなくなってから、レーンは魔女の森に通うようになった。

 レーンは元から魔女の森を気にかけていたようで、アスラの次はあの森を改善しようと思っていたらしい。


 アマツチの光の槍で霧散したNo.8の結晶を回収出来れば、魔物の巣くう森も、普通の森に戻るとか。


 私も現地に行きたいと言ったら危ないから駄目だと断られた。

 レーンは毎回私を異界に置いて行った。


 私は遠見の球からその姿を追うが、レーンとジーンが二人でぼそぼそ話をしているだけだった。

 ほぼ本人同士の会話を聞くのはさすがに気まずくて、私は遠見の球で二人を追うのをやめた。



 私は、夕食後にお茶を飲んでいるレーンに聞いた。


「どうしてフレイは一の王に処刑されたの?」


 レーンはあたたかいかまどの側で長椅子に寝そべり、目を閉じた。


「当時の俺を覚えているか?」

「少しだけなら」


 ……フレイの夢に出てくる、顔の見えない子どもがレーンよね。何度か夢に見た。


「ふわふわの茶色い髪の幽霊で、よく笑う子だったね。私ずっと、あなたの髪に触りたかったの」

「顔が無いと竜達には言われていたからな。髪しか特徴が無かったのだろう?」


 レーンは目を閉じて、息をそっと吐き出す。


「……そう、俺は子どもだったんだ。生まれたばかりの意識で、善も悪もわからなかった。俺にとっては、サーとフレイが善であり、その二人に反対するものは全て悪と見なしたんだ。その俺の罪を、フレイが独りで全部持っていったって、話……」


 かまどの火がレーンの横顔を赤く照らした。

 どこか寂しそうなレーンを、私は黙って見ていた。



◇◇


 コウに尋ねられ、俺ははるか昔に想いを馳せた。


 体がなかった頃、俺にとってこの世界は夢同然だった。

 飢えも痛みも苦しみも知らない精神体の俺にとって、同じ精神体のフレイと、世界全体を覆い尽くすような存在、サーラジーンだけが世界の全てだった。


 ふたりが常時気に掛けている、この世界の住人も、俺にとっては自分とは無関係な、テレビの向こう側にいるようなものとして認識していた。

 


 この世界の住人の中で、話が通じるのは守護竜だけだった。

 その守護竜の中でもとりわけ火竜と俺は意気投合した。

 火竜はモノを作るのがとても上手くて、聖地から各主要都市に扉をつなげたり、人に有用な動植物を考え品種改良し、各国に根付かせたりしていた。


『人型の竜がいてもいいのでは?』


 火竜が言うので、No.5とNo.6を作って、国の分け隔てなく人や動植物を守るために聖地に置いた。


 双竜の運用がうまくいったので、俺はサーとフレイの体を作ることを思い付いた。

 火竜と相談し、幽霊のフレイそっくりの竜を作って、フレイに動かして貰った。

 ずっと精神体だったフレイは体を得た。しかし、サーの入れ物はサーラジーンには使えなかった。


 サーは精神体としてではなく、世界の根幹に深く浸透しているために、精神だけを分離することはできないようだ。

 サーは、『ならレーンが使えばよい』と言うが、俺にもその体は動かせなかった。



 俺は火竜の能力を高く買っていて、聖地で色々な用事をいいつけていた。すると火竜はアスラの守護がおろそかになり、三の姫を困らせた。


 昔からアスラは魔物が多かったので、三の姫は日々魔物との戦闘に頭を悩ませていた。


 魔物の襲撃の合間を縫い、三の姫は一の王に助力を求め交渉をした。その間に、アスラの一つの都市が魔物に滅ぼされた。

 その件を、アスラの民は姫と守護竜のせいだと責め立て、アスラは三の姫と守護竜を国から追放した。

 それ以降、火竜は巣に引きこもり、三の姫はセダンで庇護することになった。


「姫様、首になっちゃった」


 国を追放されたのに、あっけらかんと三の姫は笑う。

 フレイも俺も、三の姫を応援していたので、アスラの追放劇は本当にショックだった。


『アスラは三の姫が住む所じゃ無かったんだね、食べ物もお酒も足りなくていつも腹ペコだったから。姫がセダンに行ったらきっとしあわせになるよね?』

「そうね、そうなるといいわね」


 俺とフレイはワクワクしながら、セダンに行った三の姫を神殿から見守っていた。


 三の姫がアスラからいなくなると、魔物の進攻は勢いを増した。

 名実ともに力の象徴である王を失って、ボロボロになっていくアスラの様子をフレイは悲しそうに見ていた。

 アスラの民は自分達で姫を追い出したのに、魔物を退治する術がない事を嘆いて、セダンでのうのうと暮らす姫を恨んでいた。


『アスラの民は勝手だよ、自分達で守り手を追い出して、謝りもせずに姫を恨んでる』


 俺は竜達を連れて、アスラの王である三の姫の復権を求めて民を説得しに行った。

 しかし守護竜を竜の襲撃だと勘違いをしたアスラ軍が風竜を攻撃したので、俺は怒ってアスラの首都を灰にした。


 この一件に、フレイはとても悲しんで、竜の体に入って毎日泣き暮らしていた。

 その姿を不憫に思った地竜が、セダンにフレイを招いた。


「一緒に行きましょう、レーン。私ひとりじゃどうしていいかわからないし、なによりも寂しいわ」

『うん、行こう。フレイは外に出たことが無いからね、ボクが色々教えてあげるよ!』


 俺も幽体のままフレイと共にセダンに入城する。

 フレイはとても美しく、また優しかったのでセダンの人にとても愛された。遠見の球越しではなく間近で見られる光景を、フレイはとても喜んでいた。

 そして、フレイは招いてくれた一の王に感謝をした。


 フレイは分け隔てなく全ての人を愛したが、一の王はそれを勘違いし、三の姫を差し置いて、フレイに求婚した。

 フレイは、一の王に自分は人間ではなく竜の体を使っている事を打ち明けたが、一の王は信じなかった。


 当時セダンにいた四の王は、それを悲嘆して国に帰った。

 三の姫もセダン城を飛び出し、セダンのアスラ国境に拠点を置き、アスラから入ってくる魔物退治に明け暮れた。

 フレイは四人の王の仲を自分が裂く形になってしまった事を、酷く憂いて聖地に戻った。


 後で分かった事だが、セダンにいた時にはすでに、フレイは自分が異世界に帰る事を知っていたらしい。

 だが、当時の俺はそれを知らなかった。

 聖地に戻ってきたフレイは俺に、異世界へ帰ることを打ち明けた。


「一の王が嫌いでセダンを出たわけではないの。私が、ここを去らなければならないから、一足先にお別れをしたのよ」


 ずっと側でフレイを見ていた俺に、その言葉は信用出来なかった。


『嘘だ! 一の王にひどいことをされたから出てきたんだ』

「違うわ、彼はそんな人ではない。それに、今度からはあなたがフレイになるのよ」


 俺は、フレイが何を言っているのかが理解出来なかった。


『……どーゆーこと?』

「あなたはNo.7の体に貴方は入れなかったけど、このNo.8の体になら入れるでしょう? そしたらこの世界の人は貴方を認識できるようになる。貴方は、ここで人として生きることが出来る」

『いらないよ、フレイがいないこの世界なんてイヤだよ、フレイはどこにも行かないで……』


 俺はフレイの提案を拒み、フレイに泣いてすがりついた。

 フレイは俺を抱こうと手を伸ばすが、その手は何もつかめなかった。

 フレイはその後もずっと、体に入るように俺を説得をし続けた。


「わかって、レーン……私はここからいなくなってしまうの、それは避けられないのよ……私がいないと、レーンはひとりになってしまうわ」

『じゃあボクもフレイと一緒に異世界へ行く、ついていくよ!』


 そう言うと、フレイは哀しげに涙を流した。


「私についてきたらいけないわ、もしレーンがこの世界を越える事が出来るなら、その時はきっと分かる、でも今じゃないわ」

『……フレイが何を言っているのかが分からないよ、もっと分かりやすく言って』


 俺がそう言うと、フレイは困った顔をした。


「私の本当の体があるの、それは今から帰る世界にあるのよ」

『本当の、からだ?』

『そう、まだ生まれてはいないの、私はママのお腹の中から、この世界の夢を見ていただけなの……」

『えっ?』


 そう告げるフレイの目から、ポロポロと涙が落ちる。

 フレイの涙は白霧に変わって消えた。


「私はもう生まれないといけないの。呼ばれてしまったのよ……これを無視したら、私は死ぬわ。魂も消えてしまうし、ママが悲しむわ……だからここでレーンとはお別れをしないといけない」

『……なんで? ボクたちが夢を見ているなら、サーだって、ボクだっていつか目覚めるの? ここから出ていくの?』


 フレイは首を横に振った。その緑の目から涙があふれてこぼれる。


「ごめんね……私は、私の事しか分からないの。サーもそうなのか、貴方の本当の体がどうなっているのか、私には全く分からない……」


 フレイはそう言って、ポロポロ泣いた。

 竜は感情制御されているのか泣かないのに、フレイだけは非力で実権を伴わないからか、制御されておらず、よく泣いた。


 俺はフレイが泣くのを見るのが嫌いだったので、言われるままにフレイの体に入った。

 本当のフレイが生まれるギリギリまで、フレイは俺と一緒にいてくれた。



 フレイと同じ体の中に入っていたときはとても楽しかった。

 彼女は聖地をすみからすみまで俺に案内して、お気に入りの場所とか、好きなモノを教えてくれた。

 遠見の球の使い方も教わり、聖地から二人で各地を見てまわった。フレイの視点から見るこの世界は、とても美しくて優しかった。


 しかし、別れが近付くに連れて、体の中からフレイの存在は薄れていった。それに伴って、No.8の竜体にも世界樹による制御に侵食される。

 自由で穏和で、非力なフレイの特性は、彼女の魂の特性であって、この竜の体のものでは無かった。


 フレイが薄まると共に生まれる、感情の欠如と無力感、そして感じる膨大な魔力。俺は樹木からの感情の抑制に苛立ちを感じて、No.8の体に感情制御を遮断する魔方をかけた。それにより、俺は自由に動けるようになった。

 フレイは弱いから、外を歩くことを禁じられていたが、俺は自由だったので、真っ先にアスラを見に行った。


 三の姫を放棄した南の都は、魔物に蹂躙され、見るすべも無かった。俺は生き残った人を見に行くが、誰もが現状を三の姫のせいにして、自分たちの罪と過ちには気がついていなかった。


 俺がNo.8を動かすようになり、最初にしたことは、アスラの一掃だった。

 今度は王都だけではなく、目につく魔物や、サーの恩恵を無視して糧を貪る人も容赦なく魔法で凪ぎ払った。


 もう、なにもかもが憎かった。

 庇護されていたのに、その三の姫と火竜を放棄した国。自分たちは弱い魔物さえも倒せないのに、なぜ守ってくれないかと自分勝手な事を言う民、彼らの家、建物、土地。俺は目にうつるもの全てを灰にした。

 北の森と三つの町を灰にした所で、俺は一の王に捕まった。一の王の光の槍が右腕にあたり、右手は根本から消え去り、俺は魔法を使えなくなった。



 アスラを壊滅させた叱責は俺でなく、フレイが受けた。

 フレイは体から俺を追い出し、消えそうな精神を繋いでフレイの体を動かした。そして、一の王やセダンの民の詰問と憎悪を彼女は全て受け入れた。

 その時から世界はフレイを魔女と呼び、この世界から追放した。


 彼女は民の前で処刑されることになった。

 フレイは最後まで、俺を隠し、俺を守ることだけを考えていた。


 処刑される前日にフレイは俺と地竜、水竜に告げる。


「私は、またここに戻ってきます。今度はちゃんとした世界をレーンに見せてあげる。私の体に貴方を入れたのは私の過ち、それは私の責任だから、罰は私が独りで受けます」


 フレイの遺言を聞いて、優しい水竜はポロポロ泣いた。水竜はフレイの近くにいたから、一番仲が良いし、感情面に綻びがあった。

 フレイは水竜を抱きしめて、半透明な長い青い髪を撫でた。


「セシル、大丈夫よ。この体は消えても私はちゃんと生まれ変わります。王とのお話はまた聞かせてね……」


 フレイは水竜の肩口から霊体の俺を見た。


「また綺麗な所を見に行きましょうね……今度は仮の体ではないわ、ちゃんとした私の体でよ。私が戻ってくるまではみんな、レーンを守ってね……」


 そして、No.8の体は衆目の前で処刑され、霧散した。

 アマツチの槍で本来なら消失するはずのNo.8の結晶を、俺が攻撃を受ける前に霧散させた。


 ――俺はその欠片を集め、祈った。


 アスラを灰にしたのは俺なのに、愛を誓ったフレイと俺の違いに気がつかない一の王を、セダンの民を呪った。


 俺の祈りは呪いとなり、No.8の欠片を触媒にして拡がり、セダンを深い森に変えた。

 森にはフレイが好きだった草や花、そして歌う魔物も、思い付く限り生み落とした。


 ――そして、一の王にも俺は死の呪いをかけた。



 俺の記憶はそこで途切れている。

 フレイがいなくなった世界は、色が無くなり、記憶も時間も曖昧になった。

 仲良しだった火竜とも疎遠になり、ただあてもなく世界を漂っていた。


 ……そう、彼が来るまでは。



 俺はある日突然人間になった。

 フレイの体とは違う、非力で小さい男の体だ。

 酷いことに、その体は損傷していて、死にかけていた。なのに俺はその体から抜け出る事が出来なかった。

 このままでいればあと数刻で死ぬと予想出来たが、俺は死ぬのが怖かった。またここに来ると約束をしたフレイに再会出来ずに死ぬ、それだけはなんとしても回避したかった。

 俺はその血を触媒にして、体の時間を巻き戻す事を思い付いた。


 俺は魔法が得意だったので、ひ弱な人間の体でも何とか生きて行けるようになった。

 死にそうな目に会うたびに時間を巻き戻して生き延びた。

 そうしているうちに長い黒髪の細い剣を持った白竜に拾われた。

 俺は人として生きる手段とアスラの浄化を火竜から学び、最終的には白竜とアスラ北部に住み着いた。

 アスラがキレイになれば、旧セダンが浄化されれば、またフレイに会えると信じていた。




 パチパチと薪がはぜる音がする。

 伏せていた目蓋を開けると、心配そうに俺の顔を見る幸が見えた。

 どうやら幸は、俺が昔の事を思い出していた間、ずっと俺の言葉を待っていたようだ。


「どうしたの?」

「いや、フレイは君に生まれる為にこの世界から移動しただけだよ、体は俺が使っていたんだ。俺がアスラに隕石を落としたから処刑された、それだけだ」

「じゃあ一の王に怒られたのはレーンだったのね、それなら納得。フレイが街を焼くはずないもんね」

「……そうだね」


 俺はこの話を、どこまで彼女に言っていいのか分からなかったので、詳細は控える事にした。

 俺はまだ温もりの残っている甘いお茶を一口のんだ。


「この贖罪が終わったら、君と旅をしたいな。よく考えたらファリナもセダンも城を歩いただけで、全く他を見ていなかった。水竜が閉じ込められていた山とか行ってみたい」


 幸は目を輝かせて話に乗ってきた。


「それね! 前にそれを言ってみたら、人間が行けるような所じゃ無いって怒られたの。でも絶対に綺麗だよね、そこ。セシルの結晶がとれるみたいよ」


 幸は興奮して席を立った。

 踊るようにくるくると回り、目を閉じて言う。


「あとね、東の海に幻の都が見えるようにサーが設定したのよ。それ、全然噂になってないから誰も見つけてないよね、そーゆー七不思議とか追うのも楽しそう」

「いつかいこう、約束だ」


 俺は幸に向けて小指を伸ばす。

 異世界の約束事の時にする仕種らしい。


「うん!」


 幸は喜んで指切りをした。

 かまどの前では、黒猫がのんきにあくびをしていた。

一季…52日(年末まであと52日)



幸は自分の体で異世界に来たので気が付いていませんが、信も菊子も守護竜の体で異世界転生しています

世界樹へのアクセスは、世界のデータベースを参照できること(他人のステータス見放題)

体は(物を食べられないけど)不老不死

菊子は剣スキルマックスでアスラ無双ですね

白竜の体に入った夢見る菊子さんと、レーンはアスラで出会ってますが、レーンの反応を見る限りあまり記憶に残ってない模様

ファリナ王とレーンが剣で打ち合えたのも菊子(白竜)に剣を習ったからでした

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