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12-10、冬の朝


「寒っ」


 レーンの城の早朝は静かだ。

 黒猫をカイロのかわりに抱きしめ、石造りの通路を進む。

 最近は寒いので、火のある厨房で過ごすことが多くなった。

 私は毎朝日の出に合わせて起床し、遠見の球で各地の竜の浄化を見届けると、厨房に行きお湯を沸かす。そうしていると鬼たちも起きて来るので、皆で朝御飯を食べてから日々の雑用をしていた。


 その日も私が釜戸に薪をくべてお湯を沸かしていると、鬼達が起きてきた。本来鬼は夜型らしいが、なぜか四人とも毎朝私を見に来る。

 私は沸いたお湯で、皆にお茶をいれようと数を数えた。机にコップを並べながら聞く。


「いちさんは寝坊?」


 鬼達は顔を見合わせて笑ったので、私は「しょうがないわねー」とつられて笑った。

 しかし、その日いちろーと呼んでいた子は現れなかった。それどころか、建物中の魔物もあまり見かけなかった。


「また強さ大会で死んじゃったのかな……何でそんなに喧嘩するんだろう? いちさん巻き込まれて怪我したとかは無いよね?」


 私は大急ぎで樹木の部屋に行き、球を覗き込む。


「大鬼のいちさんを見せてください」


 球は沈黙した。遠見の球が言う事を聞かなかったのははじめてだ。

 私は言い知れない不安を感じて樹木の部屋を出た。


 ひと気のない暗い石の居城を、私は懐中電灯を手に、ショールを羽織って歩く。

 レーンは本棚のある部屋で書類を大量に広げている事が多いが、冬は寒いので自室にいるようだ。

 私は猫を抱きしめてレーンの部屋に行くが、ノックしても返事は無かった。


「……寝てるのね。信は夜更かしさんだったからかな」


 鍵はかかっていなかった。この城でレーンに反抗するものはいないから、鍵の必要性は無いのだろう。

 レーンを起こさないように、静かにドアを開けて中を覗く。

 私が異界に来たとき、レーンの部屋には一面に紙が散乱していた。しかし今では片付けるようになったようで、部屋の隅に書類が積み上げられている。


 懐中電灯を壁に向けると、壁にもびっしりと魔方陣のような図と計算式が書いた紙が貼ってあった。レーンは一日中魔法の研究をしているようだ。


 私は直接光をあてないように気を付けて、そっと寝ているレーンの顔を覗く。すやすやと寝ている姿は信にしか見えなかった。


「……う」


 レーンの呼吸が荒くなり、体が小刻みに揺れていた。


「……な、……行くな!」


 レーンは苦しそうにうなされて、顔を振って手を伸ばした。

 私は驚いて、ライトをベッドに置いてその手をつかむ。そして左手でレーンの胸元を揺すった。


「大丈夫……レーン、それ夢だよ」


 レーンは目を開けて私を確認すると、その手を引き寄せて私を抱きしめた。


「夢……、夢か、ああ……」


 レーンがポロポロ泣くので、私はレーンの背中に手を回してあやすようにトントンと叩いた。


「大丈夫、大丈夫」


 歌うようなフレーズで言う私の口に、レーンは口を付けた。


「……んっ」


 黒猫がレーンの頭を引っ掻き、ひるんだすきに、私はレーンから体を引き剥がす。そのまま私はドアまでじりじりと後退した。

 レーンは不思議そうに辺りを見回して、部屋を明るくする。そして扉の前に立つ私を見て、困ったように笑った。


「すまん、夢だと思った……」


 レーンの笑顔に貼り付いた、涙の跡が痛々しい。

 私はどうしようか悩んで、ここに来た理由を話した。


「レーン、いちさんがいないの」

「そうか……」


 レーンはのそりと起き上がって、ベッドの端に座って下を向いた。


「彼は昨夜召されたよ、寿命だ」

「寿命……?」

「亡骸は白竜が弔った。彼はしあわせだったよ」


 そう言って、レーンはまた寝てしまった。



◇◇


 じろうさんは作業中に倒れた。

 運んでいた荷物を落とし、突然胸を押さえて息絶えた。

 私が何も出来ずにいると、白竜が不機嫌そうにやって来て、髪を伸ばして大きな鬼を運んでいった。


「レアナ、何処に行くの?」

「仕事」


 私は思い立って樹木の部屋に走る。部屋の中央に置いてある遠見の球にすがりついた。


「レアナを見せて。白竜。No.5」


 レアナはどういった経路を使ったのかはわからなかったが、アスラの砂漠に立っていた。背後には密林が見える。

 白竜は鬼の体を砂の上に横たえると、魔法を唱えた。白竜の足元に青い魔方陣が描かれ、青い光が鬼の亡骸を包む。

 しばらくすると鬼の体から芽が勢いよく生えて、一瞬で大木に育った。同時に周囲にもまばゆい光が広がり、砂は黒い土に変わり、辺り一面が草原に変わった。


 レアナの手から魔法の光が消えると、レアナは大木を愛しそうに撫でる。その樹から大量の銀の水が染み出て、アスラの空に昇って行った。

 レアナは再び魔方陣を足元に展開して、そこで映像が切れた。


「……」


 私は球から顔を引き剥がしてしばらく呆然としていた。


゛重要な仕事゛゛死んだときに発動゛


 前にレーンが言っていた言葉だ。

 アスラの魔物は、アスラを浄化し、密林を産み出すために作られていたのだ。


 私は虚無感に襲われ、遠見の球からずり落ち、草の上に横たわった。

 レーンは重要な任務と言っていた。それに、鬼たちは仲間が死ぬことはおろか、自分の死にも無頓着だった。

 アスラの浄化は彼らの命題だったから、仲間の死をいとわなかった?


 伏せる私の目から涙が流れて地面を濡らした。黒猫が私の顔を覗いていたので、私は起きあがり涙をふいた。


 ……ああもう、レーンはいつもこうだ。レーンはここぞと言うときに酷いことをする。鬼たちは笑っていた。ここで私がメソメソするのは彼らに失礼だ。


 私は頬をピシャリと叩いて気合いを入れた。そして足元にいる黒猫を胸に抱く。


 ……余命間近というのなら、せめて楽しい時間にしよう。


 私は畑に行って冬の野菜を収穫する。

 それと塩漬けの豚肉を包丁で叩いて細かくしたものを炒めて卵を落とし、キッシュのようなものを焼いた。

 明日は鳥を焼こう。彼らはお肉好きだからね。もう家畜の世話をする魔物もいなくなってしまったけど、鳥ならなんとかさばけるし。



 その夜、さぶさんも逝ってしまった。

 私は人気の無くなった牛舎に行って、牛に水と餌をあげた。アレクも人の形態になって、黙々と牛舎の掃除を手伝ってくれる。


「……もう私一人だから、牛さんは一頭いればミルク貰えるし、あとは卵を生む鳥さんがいればいいよね」


 他は火竜に何とかして貰おう。私一人ならお肉はいらない。

 私はため息をついて、鶏を一羽抱き上げた。


「鳥さんごめんなさいっ!」


 水場で私は祈りつつ鳥の首を落とす。

 怖い怖い怖いお肉にするの怖い。何度やっても慣れないけど、心を鬼にして頑張る。普段牛やぶたをお肉にしてくれる人に感謝。

 羽をむしって内臓を抜き、軽く茹でた丸ごとの鳥に、みじん切りの玉ねぎ、人参、ニンニク、ハーブを詰める。

 そしてまわりにもニンニクと塩をすり込み、あたためた釜にせいやっと入れた。一時間くらい焼けばいいかな?


 その間にざっと片付けて、リンゴを砂糖とバターで炒めて薄く切ったパンに乗せる。

 初日にレーンに渡したコンソメをレーンが複製してくれたもので、簡単葉野菜のコンソメスープ。

 丸鳥の焼き物は卓に並べるとけっこう壮観だ。


「なんか、昼からはりきったな」


 レーンが眠そうな目をして食卓につく。

 たろさんを誕生日席に座らせて、昼から宴会をした。


 ……三人でごはん食べるだけだけどね!


 丸鳥を大きく切り分けたろさんに上げると、喜んで一杯食べた。お肉大好き大鬼さんめ。

 食後に菩提樹の花のお茶をすすってひと息つく。

 大きな体のたろさんは、満足そうにお腹をさすった。


「今日は豪勢でしたね、お腹一杯です」

「いつもお肉少なくてごめんね」

「いえ、こっちで勝手に食べてたので」

「……えっ?」


 ……ああ、成る程、自分たちで牛さんや豚さんを食べていたのね。まあそうだ、私一人の料理で四人の鬼の子のお腹を膨らますのは無理だ。


 食後に鬼と並んで後片付けをした。私がたろさんに拭いた食器を渡すと、たろさんはそれを棚にしまった。


「終わったわ。ありがとう」


 私がお礼を言うと、たろさんは屈んで私の頭を撫でた。


「こちらこそ、ご馳走さまでした」

「どういたしまして」


 ……喜んで貰えたようで良かった。


 鬼は私に顔を寄せて、クンクンと鼻を鳴らした。


「コウは旨そうで困る。いいにおい」

「アハハ……」


 私は苦笑した。

 冗談では無いと思う。多分この子は人間も食べるんだ……。主導権がこっちにあって良かった。でないと食べられてた。


「食後にヒトかじりしていく?」


 私はたろさんに向かって腕を見せるように手を伸ばす。アレクとレーンが形相を変えて私を見た。


「ハハハ……」


 たろさんは困ったように笑う。屈託のないその笑顔は本当にかわいい。

 鬼は、私の手を取って、自分の頬にあてて目を閉じた。


「最初は大きかったのに、ちいさいなぁ……」


 そういって、巨体をぐらりと崩す。

 私が慌ててたろさんを支えようとしたら、人の形をしたアレクが私を抱えて後ろに下がった。

 大鬼は床に膝をついて、崩れるように床に臥せた。


「たろさん……?」


 私はアレクの手から抜け出て、たろさんに近寄った。私は何度もたろさんの名前を呼ぶが、彼の目が開くことは二度と無かった。

 レーンは黙って席を立ち、魔法で鬼を浮き上がらせて厨房を出ていく。


「何処に行くの?」

「これで最後だ。俺が作った砂漠がコイツの命で緑に甦る。アイツらには本当に助けられたよ……」


 そういって、レーンは振り向かずに出ていった。

 私はレーンを追いかけずに、アレクと二人、レーンの背中を見ていた。


 ……もう、誰もいなくなった。


 たくさんの魔物でひしめいていた石の城には、もう私とレーンしかいなくなった。

 私は背の高いアレクに寄りかかり、静かに泣いた。



◇◇


 誰もいない暗い厨房に、私は猫を膝に乗せてじっと炎を見ていた。

 パチパチと、薪のはぜる音だけが辺りに響く。


 気が付くと部屋が明るくなっていた。私は不思議に思い辺りを見ると、レーンが呆れた顔をして入り口に立っていた。

 私は鍋からお湯を掬って、レーンにお茶をいれる。レーンは何も言わずに席に座り、茶をすすった。

 

「ねえ、レーンは、アスラを灰にしたことをずっと後悔してたの?」


 レーンは黙って頷いた。


「……頑張ったのね、偉いわ」


 そう言うと、レーンは横を向いて机に顔を伏せた。


「誉められる事は何もしてないさ。人用の命を大地に注ぎ込んだのだからな。人に割ける命の水が減ったのは俺のせいだ」


 私はレーンの向かい側に座る。するとアレクがすかさず私の膝に飛び乗った。


「命の光はまた循環するから大丈夫……白竜がとても惜しんで送ってくれたもの。銀の水は火竜が救い上げて、サーが守ってくれるわ」


 私はそう言ってお茶を飲む。

 レーンは意外な顔をして私を見た。


「……もっと怒られると思ってた。命を何だと思ってるのかと罵倒されたりね」


 私はカップを持つ手をじっと見て、下を向いた。


「だって、あの子達しあわせそうだった……誇らしげだった……。彼らが悲しくないのに私が泣くのはなんか違う……」

 

 私の目から涙が落ちるので、黒猫が私の腕を前足で押した。私は膝の上のアレクを撫でる。


「レーン。あのね……」


 レーンは黙って私を見つめた。


「今私が感じている、哀しみや、やるせない気持ちは、私が後で皆に味あわせることになるよね……」

「…………」

「だから、私が泣いたらだめ」


 レーンは下を向いて話す。


「俺は悲しい……」


 そのまま黙るので、私はアレクを机の上に置いて席を立ち、レーンの頭を撫でた。

 髪がかかって目は見えないが、頬が濡れているので泣いているのだろう。


「今まですっと、俺は俺のためだけに泣いていた。はじめてだよ、あいつらの事を思って泣くのは」

「君は頑張ったよ、誉められていい」


 座っているレーンを私は抱きしめて、頭をポンポンしていると、レーンはフッと自嘲するように笑った。


「コウは弱っているとくっついてくるな……」

「人間だもん。悲しいときはくっつこう」


 レーンはされるままに撫でられていたが、顔を動かして私の首にキスをする。


「ひゃっ」


 私が飛び退くのを見て、レーンは笑う。


「もう人間は俺ら二人だけだからな、あんま近寄るなよ、襲うぞ」

「むう……」


 私はジリジリと後ろに下がり、追いかけてきたアレクを抱きあげる。

 レーンは立ち上がり、お茶とパンを取って部屋を出て行った。


「そうそう、朝に私室に来るのもやめてくれ」

「なんで?」


 私が首を傾げるのを、レーンは肩を震わせて笑う。


「黒竜に殺されるから」

「……?」


 私はアレクの顔を見た。アレクはそっぽを向いて、大きくあくびをした。

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