12-8、二年目の春
アスラの冬はすぐに終わった。
最近は気温が緩んできたとおもったら、また寒くなるを繰り返している。
外に春一番が吹くのを見て、私は確信した。
「この気候は日本だ。温暖湿潤気候……もしかして、うっとーしい梅雨とかあるのだろうかああ……」
私は、乾かない洗濯物としつこいカビを思い出して、プルプル震えた。
魔物の声を背景に聞きながら、私はほうきとチリトリとバケツを持って歩く。
最近習慣になっている、お昼前の通路の掃き掃除をしつつ、城を散策した。
前はゴミというか糞をトイレまで運んでいたけど、これはゼロリーを配置するだけでキレイになることを教えて貰った。
私は汚いエリアをみつけてはゼロリーを置いて、満腹で転がっている子を見つけたら畑まで運ぶ。
ゼロリーは無機物は消化しないので、石やホコリは箒で掃き清める。
そんな行動を毎日繰り返していたら、かなり体力がついた。
私が掃き進むと、どこからか鬼も集まって来て、私の仕事を手伝う。
小さな頃は腰巻きしか身に付けていなかった彼らも、私やレーンが服を着ているのを見て、服を自作するようになっていた。
彼らはレアナに裁縫を習って、ズボンやベストのような簡単に作れる衣服を着ている。それに皮のベルトや道具を引っかけるホルダーのようなものも作り、家畜の世話や居城のメンテナンスも楽しそうにやっていた。
「ありがとう。みんなのおかげでここもずいぶん綺麗になったよー」
私が鬼のタローさんにお礼を言うと、大きな姿で「いえいえ、自分の棲みかなので」と、はにかんで笑った。
……ちっちゃい頃はもちろんかわいかったけど、見上げるほど大きな大人になっても、どこか純朴で笑顔がかわいいんだよなぁ、鬼っ子たち。
私は掃除を手伝ってくれる鬼たちの姿を見て、みんないい子だなーと、微笑ましく思った。
◇◇
気温がかなりあたたかくなったので、私は竈のある厨房から離れ、畑に行く。すると地面には春の草が芽吹いていた。
「カタバミとクローバーだ。沢山あれば花輪がつくれるのにねぇ……」
空の高いところを見ると、黒と紫のマーブル模様しかみえないのに、地面は擬似太陽に照らされてポカポカとあたたかい。
なんとなく空気に花の匂いがまじっている気がする。
私が草の上にゴロリと寝転ぶと、猫アレクも鬼のイチさんも寝転んだ。
どこか遠くで羊がメエメエ鳴いている声が聞こえてくる。レーンは火竜から羊本体も貰ってきたようだ。
「こんなあたたかな日には、お花見したいねぇ……ここには桜が無いけど」
「サクラ?」
「桃色の花よ。イチさんの肌の色のお花が、木に沢山咲き誇るの。そのお花の木の下で、食べ物を食べ飲み物を飲むのよ」
「それはいいですねー。今度リンゴの花でやりましょう」
「そうね、お城の皆も呼べるくらい沢山ご飯作らなきゃね」
ご飯と聞いて、鬼がじゅるりと口を拭う。それを見て私はアハハと笑った。
私は遠い日に、ママと信と三人で庭でお花見をしたのを思い出して、すこし涙ぐんだ。
◇◇
私は着のみ着のままで異界に隔離されたので、手持ちの服はイギリスからここに来たときの一枚と下着数枚しか無かった。しかし白竜がどこからか衣類を引っ張り出してくる。
私は毎日なんの疑問もなくそれを着ていた。
白竜の持ってくる服は、異世界の服と言うよりも日本風だった。
今日は肩が紐状の、身頃に沢山ギャザーがよった裾の長めのワンピースだった。スカートも布地たっぷりでひだがたくさん寄せられている。
「……ねぇアレク、レアナはどこからこれを持ってきているの?」
アレクは何も答えなかった。多分知らないのだろう。それかレアナの行動に興味が無いとかもありえる。
「もしかして、レアナは日本から服を持ってきている? レアナは日本に行けるの?」
「知らん」
……相変わらずアレクセイは、必要最小限の事しか答えないんだな。
私はアハハ……と、苦笑した。
◇◇
ある日夜中に目が覚めて、トイレ帰りに歩いていたら、空き部屋から光が漏れていた。
扉の隙間から覗いたら、中でレアナが鼻唄を歌いながら縫い物をしていた。
私は驚いてもう一度覗くと、白竜の姿は消えていた。
「あれ? 見間違えた?」
私がもう一度覗くと、ドアが勢いよく開いたので私は部屋に転がり入った。起き上がると、白竜が仁王立ちして私を見下ろしていた。
「みーたーなー」
「ひっ……!」
暗い廊下に、室内の灯りのせいで逆光になっていて、すごく怖い。まるで嫁の機織りを見た鶴の恩返しのワンシーンのようだ。
私が慌てて逃げようとすると、首根っこをつかまれて逃げられなかった。
「丁度よいところにカモがキタわ」
そう言ってレアナがニヤリと笑うので、私の腕に鳥肌が立った。
私は殺されるかと身構えたが、何の事はない、白竜が作る服の採寸と試着をされられただけだった。
「どうしてレアナが私の服を作っているんだろう……」
レアナはふんっとそっぽを向く。
「レーンの服は勝手に出てくるから作る意味ないの。アンタは丁度よい暇潰しよ」
「……暇なのか」
私は針を刺されるんじゃないかとビクつきながら採寸された。
「型紙無いのによく作れるなぁ……レアナすごい」
私は手際よいレアナの作業をじっと見ていた。レアナは自分の髪に糸を通して、髪を操りミシン並みの早さで布に糸を通している。
……器用にも程があるでしょーこれ、達人れべるぅ。
レアナは戦闘には不向きな性質らしいけど、頭と口が回るのと、髪の毛使いで予想以上の働きをしていた。
「いや、感心してないで戦闘にも能力分けなさいよ。No.5だけ一の王とタメはれる強さなのおかしい。ずるい、私は三の姫よりも強くなりたい」
「それって世界一強くなりたいってことじゃない? そんなこと、私に言われてもなぁ……」
……フレイは一の王に世界を消す力を与えたけど、同様の力を黒竜にも与えたんだっけ?
「あの二人が戦ったら世界滅ぶかもねー」
いつものんきに女の人を見てるアマツチを思い出して、それはないと私は苦笑した。
「しっかしレアナが洋服作るとか思っていなかった……」
部屋を見たら、私の服だけでなく魔物たちの服もあった。
「皆がベスト着てたり、腰巻きとかつけてるのはレアナの作ったものだったのね……」
「はあ? 腰巻きとか作らないわよ、あーゆーのは彼らが自作しているの。器用な子もいるのよ。皮をなめしてくれるし、布も織ってくれる」
「……はぁーすごい」
私が間抜けな声で感心すると、レアナはどやーっとニヤついた。
「私の自慢の子どもたちですもの。すごいだけでは称賛が足りないわ」
「へっ?」
レアナは口を尖らせて上を向く。
……これはあれか。フィローやセレムがよくやる誉めて誉めて病だ。
「レアナはすごいね。魔物も産み出すし、お裁縫も得意なのね」
……扉の出入り口の植物の魔物はとてもクレイジーだったけど。
「カウズの助手もしてたのだから、頭が良いのね。有能なのね」
……性格がとてもホラーだけど。
「誉めるのに、いちいちいらんこと挟むなぁ。それいらないから、誉め言葉だけね。さんはい」
「はいはい、レアナは美人でグラマーで、雪みたいに冷たくて美しいですよ」
「はいつぎ」
「えーっと、髪の毛がとても綺麗で……つよくてとても……えーっと……こわい」
「最後のは不要」
レアナは頷きながらもせっせと手を動かした。こんな些細な事でもうれしいらしい。
……出会った時は「コロス」と言われたのに、すごい変わったなぁ。かなり人間味が増した。
私が苦笑いをすると、レアナと目があってあせった。レアナはふんっと横を向いて言う。
「何か着たい服があれば作るけど?」
「えっ、あ、あの……農作業するときのスボンがあると助かるかなーって……」
「作るの楽しくないから嫌」
……ですよねー。
レアナの服装趣味がまんまエレンママなのが、二重の意味で泣ける。
レアナはレーンと同じだ。
レーンの中に信がいるように、レアナの中にはエレンママがいる。やや菊子さんも混じっているけど。
「……あーあ、そんなに洋服着せるの好きだったなら、ママの服をちゃんと着れば良かった。長いフリフリのスカート動きにくいとか言っている場合じゃなかった」
……後悔先に立たずだな。ママが喜ぶなら何でも着てあげれば良かった。
私がメソメソしていたら、レアナもうつったようで、ポロリと涙が白い頬を流れ落ちた。
「あーもー泣くから布に染みがつく! 罰としてこれ着なさいよね!」
「いや、守護竜の涙って霧になるじゃん」
レアナが白い薄地のワンピースを渡すので、私はありがたく受け取った。
「ありがとう、レアナ、なんか迷惑かけてゴメンね……」
私がお礼を言って部屋に帰ると、レアナはふんっと、顔を背けて作業を再開した。
◇◇
「あっつー……」
春はあっというまに過ぎ去って、うだるほど暑い夏が来る。
こんなに暑かったら畑も枯れそうだ。
私は水辺でバケツに水を汲んで、朝一に畑に撒くを往復していたら、わらわらと鬼以外の魔物が集まってくる。
「何だろう? お水欲しいのかな?」
私は頭の上に黒猫を乗せて、ひしゃくを牛頭の魔物に差し出すが、水はいらないようで無視された。
「コウサン、あまり他のものに近寄らないほうが……」
イチさんがそう言って、私をかつぎあげて食堂に運ぶ。私は鬼の角に気を付けながら、頭の上からイチの顔のぞきこんだ。
「のどが乾いているのかなって思ったのよ」
「あー、なるほどー。でも他のものが欲しいのは水じゃないからやめましょー……」
……何故か困った顔で説教された。魔物に水をやったらいけないらしい?
食堂に下ろされた私が、果実をしぼったジュースを飲んでいたら、レーンが入ってきた。
寝ぼけているのか、はたまた徹夜明けで眠いのか、レーンはふらふらしていたので、私がはいと水を渡した。
「……ん」
レーンは水を受けとると、ボーッと床を見ていた顔を上げて、私をじっと見ている。
「……お前」
「えっ? お水じゃないほうがいい? ジュースにする?」
何故か逆鱗に触れた感触があり、私は焦る。
「そうじゃない、今日一日その姿でふらついていたか?」
「へっ?」
姿と言われて私は自分の格好を見る。
最近暑いとレアナに愚痴を言ったら、私が昔に着ていたようなキャミソールと短パンを作ってくれたので、暑い日はよく着ていた。
足は素足で簡易サンダルをはいている。
「……何か問題が?」
「あるだろう、肌の露出が多すぎる。おまえは前に聖地で、俺に肌を見せる気は無いと言っていたが、今はほぼ、はだかだ」
「へっ?」
肌の露出の多さを指摘されて、私はあとずさる。
「裸じゃないよ? これ、ズボンだよ?」
「腰しか隠れていないのは、下着の部類だろう」
「下着じゃないよ?」
昔良く着ていた服だが、指摘されるととんでもなく非常識な気がしてくる。
私がへなりとしゃがんで足を隠すので、レーンは自分の着ていた半袖のパーカーを私に投げて寄越した。
「まあ、向こうの世界なら普通だろうが、ここではあまり足は出さん。あと、お前は魔物にとって極上のエサだから、露出が多いと食われるぞ」
「……! くっ、食われるのっ!?」
私はサーっと青くなって、そばにいたイチを見た。イチはさっと目線をそらした。
……もしかして、さっきの牛頭の人は私を食べたかったのではないだろうか。
私は貰ったパーカーの中に足をたたんでいれて、フードも被り、頭を膝に伏せて、羞恥にうーうー唸っていたら、レーンや鬼達は気を遣って部屋を出ていった。
猫アレクが私の頭を足でふみふみして話す。
『……コウを食べようとするものがいるなら、即座に消すから安心しろ』
「んー、ここの人を消したらダメ。私が厚着をすればいいだけ」
……そういえば日本でもエレンママに服の事を言われていた。パッドの写真で客観的に自分の姿を見たけど、筋張っていてひどい姿だったね。
私は悶々と反省していると、アレクがぷにぷにの肉球で私の頬を押す。
『美醜の問題ではない、旨そうだから指摘された』
「どーせ、歩く魔法結晶ですよ……」
『違う。魔力の問題ではない。魔物にとっては血肉が目的』
「あー……ライオンの檻で、水着で歩いているようなものなのね」
『ライオン?』
「大きな猫で肉を食べる動物」
私は猫の肉球に癒されつつも、つぎからはちゃんとした服を着ようと決心した。