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12-7、風邪と誕生日


 季節は秋から冬に変わったようで、石造りのレーンの城は防寒具無しでは過ごせなかった。


 前にレーンに羊の毛を頼んだが、レーンはカラフルな紡いである毛糸をくれた。

 私は火竜の巣にいたときに刈ったような羊の毛を想像していたので、聞くと、暇をしている白竜が染めて紡ぐまでの工程をひとりでこなしたらしい。


 白竜はここに住んでいる筈なのに、見たのは最初にお風呂に入った時だけだ。多分守護竜のサーチシステムを使って私を避けているんだろう。


 ……日本でも西の塔でもレアナは恐怖の化身だったから、今でも怖いことには変わり無いが、服のお礼くらいは伝えたい。


 私は伝播制御ピアスを外して黒猫の額にくっつける。そして『レアナ、いつも洋服をありがとう』と強く念じてピアスを耳につけた。



 感謝がレアナに伝わったのかは分からないが、貰った毛糸で私はマフラーやセーターを編む事にした。

 私は鬼のサブさんに毛糸の巻きなおしを手伝って貰いながら、昔を思い出す。


「ママの教会バザーの手伝いがこんなところで役に立つとか。なんでもやっておくべきだなぁ……」


 余った羊毛を針でつついて、セシルの人形を作っていたらレーンに笑われた。



 日本では、季節の変わり目に体調を崩していた私だが、ここの寒波にもやられてしまった。

 朝にお湯を沸かそうと厨房に行き、そのまま倒れた。

 鬼達がざわめく中、アレクが私を部屋に運んだ。そこにレーンが古い型の灯油ストーブを持ってきて、私の部屋に設置する。ご丁寧にヤカンまで置いて、湿度も上げてくれた。


「ごめんね、今日ごはん作れないね」

「俺はいらないけど、お前は何か食えるのか?」

「熱出てる間は食べられない……レーンはうつるから離れたほうがいいよ……」

「うつったら巻き戻せばいい」

「……いいなぁ、私も時間を巻き戻したい」


 レーンは「無茶を言うな」と笑って出ていった。

 レーンの後ろ姿が信に見えて、手を伸ばしたらベッドから落ちた。人の形をしたアレクが私を抱き上げベッドに戻す。


「……ゴメンね、弱くて、情けなくて」

「落ちるな、布に入っていろ」

「うう……」

「エレンの姿が良い?」

「ううん、アレクはアレクのままでいて」


 ……幼子のように母親が必要かと心配された。十六歳なのに、恥ずかしい。


 私はアレクにお礼を言いながら、毛布にくるまって顔を隠した。



 熱は夜になるとさらに上がり、呼吸が荒くなる。黒猫が心配して私の顔を覗いていた。

 夜中に誰かが水を飲ませて、着替えさせてくれる。よく覚えて無いけど、まあアレクだろう。

 朝方ようやく熱が引いてきて、幾分楽になった。私は鬼に絞って貰ったリンゴジュースを一口飲んだ。


「……つめたくておいしい」


 ふぅ。と息を吐く。

 昨日まで震えるくらい寒かったのに、それが嘘みたいな程にスッキリしている。

 人の形をしたアレクが部屋の隅に立ち、私を見ていたので、私はお礼を言った。


「ごめんね、ビックリしたでしょ、たまに熱出るけどすぐに治るから安心してね。あと、着替えさせてくれてありがとう」


 アレクは私から目をそらした。


「……?」

「レーンがやった」

「ひゃえっ」


 息を吸って発音したので変な声が出た。

 レーンにこの貧相な体を見られてしまったというのか……!

 慌てたのでジュースをベッドにぶちまけてしまった。


「あわわ」


 その辺に散乱しているタオルでぬぐっていたらガシャリと扉が開いた。


「おや、起きてる」

「ひっ」


 レーンは平然と部屋に入ってきて、ストーブの火力を調整し、ヤカンに水を足した。

 レーンはその足でペチりと私のおでこを触る。


「……っ!」

「顔は赤いのに熱は無さそうだな、昨夜は燃えるように熱かったのに」


 壁に背をもたれていたアレクが警戒して動く。


「こんなの看病の一環だろ、No.6。病人相手に危害は加えんって」


 アレクはベッドの隅に座って様子を見ていた。


「レーンが看病してくれたの?」

「まあな」

「……見た?」

「何を?」

「むね……」


 レーン吹き出して、はじけるように笑った。


「大丈夫、ちゃんと成長している」

「……バカ!」


 私は頭に血が上って、思わず手元の枕を投げた。レーンはパッと枕を受け取り、私に投げ返した。


「怒らずに寝ていろよ、お前がこんなに弱いとは想定外だった。羊の話を聞いたときに、ちゃんと寒さ対策をすべきだったな、すまん」

「ううん、レーンが謝ることは無いよ、熱を出したのは私のせいだから」

「食欲出たら言えよ? 鬼が何か作ってたから持ってきてやる」


 私は布団に潜ったまま返事をした。


「ありがと、レーン……」

「貸しにしておくさ」


 そう言って、レーンは部屋を出ていった。



◇◇


 異界の冬は寒いので、私は一日の殆どを調理場で過ごした。

 朝に各国の日の出を見た後に、畑と牧場を一回りする。最初は全てを自分でやらないといけないのかと思ったが、蓋を開けてみると、家畜の世話や畑も魔物が管理していた。


「……皆元からここに住んでいたのだものね、私が飛び入りなのね」


 私は魔物にお願いして、野菜や卵を分けてもらった。

 ある日何気なく遠見の球を覗くと、町には沢山の光のスクロールが飾られていて、日本の祭りのように夜店が出ていた。


「アレク、今日は何かのお祝いなの? なんか全国どこもお祝いムードなの……」


 猫は球を見て、ポツリとつぶやいた。


『冬越しの祭りだ。サーの聖誕祭もかねる』

「クリスマスみたいなものがここにもあるのね。サーは何日生まれなのかしら?」

『冬の月の四十六日』

「よんじゅーろく?』


 ……一体どんなカレンダーを使っているのだろう?


 私はフレイの記憶を漁ってみたが、月単位ではなく、節季で数える事しか分からなかった。

 クリスマスと聞いて、私はひとつだけ思い当たることがある。


「十二月二十三日は信の誕生日」


 そう思って、遠見の球を覗くと、ジーンは自治区を独りうろついていた。

 ジーンは祭りに参加することも無く、毎朝の自治区の浄化後には聖地周辺の見回りをしているようだ。


「おめでとうさえも言えない。第一、今日が日本では何日なのかも不明……」


 私は泣きそうな気持ちになったが、鬼達がみんな揃って私を見ていたので、泣くのは止めて料理に勤しんだ。


 揚げ物が好きだった信の好みに合わせて、牛の油でポテトと蒸したチキンを揚げて、自分用に温野菜サラダを作る。

 サラダはレーンにも鬼たちにも不評だった。魔物は肉食だからかもしれない。

 あとは秋に収穫した林檎でタルトタタンを作った。カエデ糖でキャラメリゼしたりんごがゴロッとしていて甘酸っぱいお菓子だ。


 そんなこんなで夢中で料理をしていたら、レーンに呆れられた。


「何で一日中料理をしてるんだ、お前は……」


 私はチラリとレーンを見て赤面し、またオーブンに向き直った。


「その言い方、すっごく信みたい……」


 レーンはハハッと笑って、ポテトを一つつまみ食いする。

 私はレーンをじっと見つめた。


「何? つまみ食いしたから怒ってるのか?」

「怒ってないよ、レーンの誕生日っていつかな? って思って」

「知らない、生まれているかどうかさえ定かではないからな」


 ……そうか、ママのお腹の中で夢を見ていたフレイみたいに、レーンは生まれていない可能性もあるのか。


 私はお玉を手に、うーんと悩む。


「レーンは半分、信なのよね?」


 そう聞くと、レーンは頷いた。

 私は突然しゃがんで、椅子の上に置いてあった赤い袋をレーンに押し付けた。


「何これ? 布?」


 レーンはいぶかしんで、巾着状態になっている袋を開ける。袋の中には、簡単なデザインの青いセーターとマフラーが入っていた。


「防寒具?」

「信の誕生日は多分今日です。本体は一人でうろついているので、半身のレーンは身代わりにお祝いされなさい……」


 私は息をすーっと吸い込んだ。


「信とレーン、お誕生日おめでとう。あなたが生まれてきて、私はとてもうれしい」


 レーンはしばらくボカンとしていたが、目からポロリと涙をこぼした。


「えっ、何で泣くの? セーター駄目だった?」


 私が慌てて涙をハンカチで拭くと、レーンはハハッと笑う。


「いや、驚いただけだ。一ミリも悲しくない」


 それでもレーンの涙が止まらないので、私はハンカチでせっせと涙を押さえた。


「悲しくないなら泣かないで、食べ物も沢山あるから皆でたべようよ」


 私がレーンの手を引いて、席に座らせようとすると、逆にレーンが私の手を引いた。私はバランスを崩してレーンの肩につかまる。そのままレーンは私を抱きしめた。

 黒猫が机から飛んで、トトッとレーンの頭の上によじ登る。


 ……ああ、レーンは泣いているだけなのに、アレクが警戒モードになってる。


 私は『レーンを傷付けたらダメだよ』と、アレクに向けて強く思って、アレクの警戒を止めさせる。


 ……悲しい気持ちの時にギューってするのは、心の特効薬だよねぇ。ママにもよくやってもらったな。


 私はママがしてくれたように、泣いているレーンの背中をよしよしと撫でてなだめた。


「レーン……アレクが怒るからねー、ご飯食べよう?」


 するとアレクも猫の手でレーンの頭をトントンしたので、その姿がかわいくて、私は笑った。


 私はアレクを胸に抱き、レーンの手を引いて椅子に座らせる。

 鬼たちもめいめいのお皿にたくさんの食べ物を盛って、大きな机の好きな所に座って皆でご飯を食べた。

 レーンはしばらくふて腐れていたが、一口チキンをかじると、後は熱心に食べていた。


 やはり信とレーンの好物はおんなじだ。体と、食べ物を食べていた記憶が信のものなのだから当たり前なのだけど、

 皆が喜んで料理を食べてくれるので、私は嬉しくてレーンみたいに涙ぐんだ。


 ……ここに、信がいたら最高の夜になったのに。


 眠らない町を彷徨うジーンを思い出して、私はふぅとため息をついた。


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