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12-4、異界での生活


 魔物が住む異界に隔離されたショックから立ち直ると、私は樹木の部屋から外に出て、これから住むことになるらしい場所を見て回った。


 真っ先に目に入ったのは、石の居城の不潔さだった。アレクと魔物の手を借りてざっと掃除をし、レーンに風呂の場所を教えて貰う。

 ひと風呂浴びてさっぱりすると、今度は空腹に苛まれた。


「何かを食べないと死んでしまう……」


 私は先日片付けた厨房で、水を飲みながら何が出来るかを考えた。


「小鬼達は何処から食料を持ってきたのだろう……」


 独り言のつもりだったが、猫の姿をしたアレクが反応した。アレクは部屋の端の木製のドアに手をくっつけた。

 ドアに鍵はかかってなかった。厨房の隣の小部屋に入ると、穀物や長期保存可能な野菜が箱に入って置いてある。見たところ痛んでいる気配はない。


「玉ねぎ、にんじん、じゃがいもかー。形がとってもきれい。日本のお野菜みたい……」


 ……そういえば先日小鬼がくれたじゃがいもも男爵芋みたいだった。あれはレーンが信の体を通して調達しているのかもしれない。ド、ドロボウ的な手段で……。いや、レーンの巻き戻しは校庭での別離より前だから、既にもう確定しているのか。


「信が食材を持っていたら、それはウチで買ったお野菜だよね、うん、これはきっと篠崎の冷蔵庫のお野菜……」


 でも夕飯で使おうとしていた野菜が突然消えたら困るよなぁ。ここは早いところ自家栽培に切り替えねばならない。


 私はひとまずニンジンのヘタと半分に切ったジャガイモを水につけて、芽が出るように祈った。


「根菜と小麦……あとは油があればいいんだけど」


 それは贅沢か。と思うが、物色してみると、小部屋の隅には冷気を放つ箱があった。

 ドキドキしながら箱を開けると、冷凍されたバターや氷、あとお肉が見えた。


「……バター!」


 ほんのり黄色い四角い塊をみると胸が踊る。隅っこをナイフで削って口に入れてみると、ミルクの味が舌に広がった。ほんのり塩味のちゃんとしたバターだ。

 あとお肉もあったが、お肉は得体がしれないので見なかった事にした。


「おいでませ小麦粉!」


 私は小麦粉を油紙の上に出して考えた。


「過熱器具はかまどだけ? ならナンとかしか作れないかな?」


 ……でもやっぱアレ食べたい。スコーンが食べたい!


 私は小麦粉に鍋をかぶせて廊下に出た。


「ねぇアレク、レーンはどこにいるの?」


 黒猫はたたっと走り私を案内をする。私は猫を追いかけて階段をのぼり、私が貰った部屋よりも低い階の通路に入った。

 そこは上の階とよく似た感じだが、通路にはクモの巣が見え、ホコリも積もっていた。おそらく普段は使っていない部屋なのだろう。


 通路の奥、開かれた扉の部屋のなかで、レーンは片付けをしていた。

 レーンは普段制服を着ているが、今はTシャツと青いパーカーという、信が気に入ってよく着ていた姿だ。


 ……あそこにいるのが、本当に信ならいいのに。


 私は鼻の奥がツンと痛くなったので、首を振って信にしがみつきたい気持ちを振り払った。

 スゥと深呼吸して覚悟を決める。


「……あのっ!」

「ん?」


 レーンは手を止めて私の所に来た。


「何?」

「かっ、過熱温度を一定に保てる調理器具がほしいのっ!」

「ん?」


 レーンは怪訝そうに眉を寄せた。


「異世界では赤外線だったけど、ファリナ城では石窯で薪を炊いて、その余熱で過熱できたの。そーゆーのない?」

「……想像がつかない。一先ず魔法でなんとかするか」

「あっ、なら焼ける状態にしてからまた来る」

「いいよ、見ている」

「あ、ありがと」


 二人と一匹で厨房に戻った。

 レーンと黒猫の見守る中、私は腕を捲って塩と砂糖と小麦粉と小さく切ったバターを混ぜる。その様子をレーンが横で見ていた。


「これに、干した葡萄とかいれても美味しい」


 私はコップを使いスコーンを丸く抜いていく。厚手の鍋にバターを薄く伸ばして、スコーンの生地を並べた。


「これを、百八十度で十五分くらい過熱したい」

「……十五分、以外と長いな。持続させるにはどうするか……」

「保温効果の高い石や、四角い鉄の箱で、煙突とかついてるのでもなんとかなるみたい」


 私はママが見ていたアーリーアメリカンのドラマを思い出す。


「鉄か……この世界は金属を加工する文化が無いからな……」

「えっ? アマミクの大剣って鉄じゃないの?」

「あれは姫の体の一部だろ」

「し、知らなかった……だから背中に仕舞えるのか」


 もしかしたら石の壁も石窯も、魔法でパーッと作っちゃうのかもしれない。地竜なら石の造形は得意そうだし。


「製鉄は禁止されてんだよなぁ……」

「なんで? お金とかないんですか?」

「金属の加工は西の学舎の専売特許なんだよ。禁止されている理由は二の王の趣味を奪うなとかいうわけの分からんものだ」

「あー、カウズは長生きだから研究の余地を残したいとか、答えを先に教えるのはいくないみたいな?」

「はぁ? いや、無いことも無いか……」


 思い付いた事を適当に言ったら、レーンにじっと見つめられた。信とは長く一緒にいたけど、目を合わせたあとは大抵お説教がくるので怖い。


「……まあいい、窯の素材は白の造った木の魔物の樹皮でいけるだろう。姫に根こそぎ燃やされたから、燃えない木を造るとか言って、無駄に耐熱性だけあげたら、樹皮が固いだけで何の役にもたたなかった、あれに保温の魔方陣を書いて、加熱する時は火のスクロールをぶちこめばいける」


 ……うん、何言ってるのかわからないな。


 私はわけもわからず、うんうんと相づちを打った。

 今の話でレーンの窯製作の構想は出来たらしく、レーンは紙に設計図のようなものを書き始めた。

 私はそれを覗いて、手伝える事はなさそうだと自分の仕事を探す。


「あの、レーン……牛乳欲しい、牛の乳……」

「そこにいる小鬼に持ってきてもらえ」


 スコーンが焼ける匂いがしていたためか、小鬼だけでなく大人の魔物も厨房を覗いていた。

 小鬼は牛乳を持ってきてくれるので、私は竈で牛乳を煮沸した。


「……このくらいか」


 レーンが鍋の蓋を開けたら、バターの焼けるいい臭いがした。加熱が上手かったのか、ふくらし粉はなくてもふんわりと膨れて、綺麗な焼き色がついていた。


 私は二本の棒を使い、木のお皿の上に取り出してあら熱を取る。ためしにひとつ手に取ってみて、息をかけながら二つに割った。

 片方をレーンに向けると、レーンはパクっとかぶりついた。


「……ふまい」


 レーンは食べている最中にしゃべったので、「う」が「ふ」になっていて笑ってしまった。


「……何がおかしい?」


 レーンがにらむので、私は慌てて口を手で隠す。

 私は逃げるようにそっとレーンから離れて、ホットミルクの鍋の前に行く。

 私も残りの半分をかじりながら、残りのスコーンも割って、ミルクと共にそこにいた魔物達に振る舞った。魔物達は珍しそうにスコーンを食べていた。


「……半分しか食えなかった」


 レーンが恨みがましい口調で言う。そういえば自分も半分しか食べられなかった。


「何でフレイは全部やってしまうんだ。自分の分は残すものだ」

「ごめんなさい、皆欲しがるからつい」

「毎度の事だな、本当に君は……」

「また作る?」


 お菓子を作るのは楽しいし、ここには食べてくれる子も沢山いるから、無駄にはならないよね。


「魔法は面倒だ、先に竈を工夫しよう。誰か来い」


 レーンは魔物と話して、石窯を作っていた。

 まあ、今すぐには出来ないだろう。と、私は別の食材を探した。


「ねえ、レーン、この凍ったお肉は何のお肉?」


 私はカチコチの肉を布で包み持ってレーンに聞く。


「多分、牛の肩肉」

「食べ物? あの、牛頭の人とかじゃない?」

「牛は別にいる。あいつらではない」


 多分ってのが気になるが、私は使うことにする。オノを持っている人にお肉を割ってもらい、残りはもとに戻した。


 ブロックのお肉を鍋の上に置いて解凍し炒め、玉ねぎ、人参、ジャガイモを入れて火にかける。炒まったらひたひたにお水を入れて煮る。その間、隣の鍋でバターと小麦粉を炒めて牛乳で伸ばし、ぐるぐるかき混ぜ塩で味をつけた。

 匂いにつられて小鬼達が寄ってくるが、火が危ないので離れてもらった。

 スープを気長に煮込んで、仕上げにホワイトソースを 混ぜて味を調整する


「出来た!」


 今度は大鍋一杯作った。気分は給食のおばさんだ。長く混ぜていたので腕と肩が痛いが、達成感はある。皆にシチューが行き渡るといいなぁ。

 鍋に残ったホワイトソースを小鬼にあげると、指ですくってなめていた。

 私は信とママと三人で、グラタンやシチューを食べていた事を思い出した。


 小鬼にも、竈班にも、門番さんにもシチューを振る舞う。

 今度は文句を言われないように、レーンの分は別の鍋に残しておいた。


 厨房に集まって、皆でシチューを食べた。異界に住む魔物全員が厨房に入るのは無理だったので、廊下や広場で食べている魔物もいた。


「皆で食べるとおいしいねぇ」


 和気あいあいと楽しくご飯を食べるなんて本当に久しぶりだ。

 私はレーンにそう話し掛けると、レーンはシチューを食べながら苦笑した。


「さっきまであんなに怒っていたのに、げんきんだな」


 私はずっとレーンを警戒していたことを思い出す。そして、私は脱力して笑った。


「もういいや、うん。美味しいもの食べるときは、ケンカしないよ」

「……フレイ」


 レーンは真っ直ぐに私を見て、私に手を伸ばした。

 しかし猫のアレクが私の膝に飛び乗ったので、レーンは手を引いた。

 レーンとアレクはしばらくにらみ合い、レーンは席を立って部屋を出て行った。


「アレク、私の顔に何かついてる? レーンはそれを取ろうとしたとかかな?」

「ニャ」

「……えっと、人に分かる言葉で教えて?」

『知らん』


 答える気は無い様子のアレクの額を、私は気が済むまで指でうりうりとつついた。

 


◇◇


 私がレーンの石のお城に来て五日程経過した。

 ひとまずは身の回りから生活環境を整えた。

 ここは水も食料も着るものもあるので、四の王が生まれるまでは普通に生きていけそうだ。


 自分の生活が整うと、今度はここに棲む魔物やレーンに注意を向けた。


 ここにいる魔物はレーンに絶対服従だ。

 アスラの砂漠やセダンの森で見た魔物は獣寄りだったが、レーンのお城にいる魔物はとても賢い。

 魔物の間の上下関係は強さが基準らしい。そして強さと言っても腕力だけではなく、魔法の強さでものしあがれる。

 魔物は暇があれば広場で力比べをして遊んでいた。


 そんな魔物の生活に、レーンは一切関与してないようだ。

 レーンはカウズが魔方陣を書いていた研究室にいることが多い。

 アレクが言うには、研究室には沢山の魔法関係の本があるらしいが、レーンがいるので私は近寄れなかった。


 レーンは私にはあまり興味が無いようで、廊下や水飲み場ですれ違っても、私を見さえもしなかった。


 ……関わらないでいてくれるのなら、こっちはこっちでレーンを観察し放題だ。


 私はレーンが部屋から出てくると、コッソリと様子を伺った。

 すると、レーンの不思議な所が少しずつ分かってくる。


 聖地神殿でレーンに会った時、レーンは風呂に入った事はなく、ボタンの外し方さえも知らなかった。これは、レーンは五年以上ずっと着替えをしたことがないと言う事だ。

 

 レーンは十四才の九月を越えられないようで、頻繁に過去の信に時間を巻き戻すのだ。

 そうすれば、毎日入浴し、一日三度の食事をとっていた体に戻る。空腹を感じたらまた巻き戻せばいいらしい。


 私の時間は未来にしか行けないが、信の体は何度も過去を繰り返す、いびつで細かな時間操作を繰り返していた。


「じゃあ、レーンがご飯いるかどうかは読めないなー」


 私は大鍋を洗いながら呟く。

 あれから牛がいる区域を教えて貰った。牧場区域には牛とブタと鶏がいた。玉子ゲットー!

 牧場には面倒を見る魔物がいて、奥には解体するための水場と小屋があったる。しかしその小屋は大きな魔物が集まっていたので、踏みいる勇気は無かった。



 レーンの体巻き戻しには副産物もあった。

なんと、その時間に信が持っていた物も現れるのだ。

 ある日、レーンは偶然朝の時間に巻き戻り、その手にはママが作っていたヨーグルトを持っていた。


「ヨーグルト!」


 レーンをコッソリと観察をしていたが、見慣れた白いビンを見つけて、思わず飛び出してガシッとつかんだ。

 私があまりにも必死な顔をしていたからか、レーンは笑いながらビンを私に渡した。


「何それ、そんなに大事なのか? 見たところ、腐っていそうだが」

「腐敗と発酵は違います! 信もヨーグルト好きだったし、レーンも嫌いじゃないと思うよ?」


 私は白いビンを抱きしめて喜びを噛みしめた。だって、ヨーグルトは増やせるから。

 種用に器にヨーグルトをコップ一杯分ついで、コップについだ分をレーンに固定してもらう。これで中身は減るけど瓶は消えずに、体の巻き戻りと一緒に日本に戻る筈。


 たまにレーンが信の血を使って魔法を起動するけれど、流した血を固定することで、体を巻き戻しても糧が消えないとか。

 なにそれズルイと思うけど、極度に浪費すると、その時間帯に巻き戻しが出来なくなるという。

 一度試してみたらしいが、レーンが消費した量の血を失っていて、貧血で倒れたらしい。

 固定した時間に巻き戻しても、巻き戻しで信の血が無限に増えるわけではないようだ。


「ふふふ、ヨーグルト……」


 私は煮沸済のミルクとヨーグルトを混ぜて湯煎する。これで明日には増えている筈。

 欲望に抗えず、少しだけ食べた。私はプレーンのままでも食べられるが、信は酸味が苦手なのでハチミツを混ぜる。一匙しかないけど、レーンに食べさせたら不思議そうな顔をした。


「牛の乳を放置してたらこんな感じのになるが、食べてみたら全然違っていた。これは酸っぱいな」

「発酵食品は体にいいよー。目に見えない小さな菌が、良いお仕事をしてくれるの。本当はイーストや種麹が欲しいー。でも信がパンを作っていた事はないし、藤野さんの味噌作り会にもいなかったから無理だよねー」


 私は、ママと教会の藤野さんを思い出す。

 藤野さんは前に私の住んでいた洋館の、前の住人だ。

 藤野さんは味噌も糠漬けも甘酒も麦芽の水飴もピクルスもジャムも何でも作れるすごい人だった。ヨーグルトも藤野さんのお裾分けで、ママが毎日増やしていた。


 ヨーグルトのおかげでパンも膨らむようになった。安定はしないけど、パンモドキ感は否めないけど! 藤野さんとママに感謝だ!


 食材が充実して、私は毎日調理に明け暮れた。作る端から魔物が食べちゃうからね。



◇◇


 ここに来て半月程経過した。私はセダンやファリナで頻繁に感じていた眠気は消え、貧血にもならなくなった。

 ファリナでは胃の許容量を越える食べ物を食べさせられたけど、毎日フラフラしていたのに、変なの。と思う。


 私は日本でよく見る小さなホーロー鍋を手に考えた。

 ここにあるものは、基本的に日本のものなのかもしれない。と。

 食べ物はもちろん、畑の土もアスラの土とは違うと思う。

 それは多分、私の魔力不足対策だ。


 携帯保存用のクッキーをカウズに食べさせた時に、カウズは魔力がどーのこーの言ってたし、たぶんそれ系。

 ここは私が住みやすいように配慮されているのだ。


 私の周りをうろちょろして、常に腹ペコな小鬼達にも畑の収穫を手伝って貰い、私は毎日平穏に暮らしていた。



 私はパンを焼いた後は、洗濯した衣服を持って聖地風の樹木エリアに行く。衣服とタオルを木にかけて地面に座った。

 ここは本当に聖地みたいだ。

 世界樹こそないが、擬似太陽に濃厚な空気と温暖な気温。難を言えばサーがいない。

 レーンは私の事をフレイと呼ぶが、今の私はほぼ篠崎幸だ。

 今までなんとなく感じていたフレイの気配がここではとても薄い。サーはもっと存在を感じられない。


 書庫のジーンさんは、エディが長期の眠りにつくと言っていたけど、サーや世界樹から切り離されて、双竜は大丈夫なんだろうか? 日本にいた時みたいに、存在が薄くなったりしないだろうか?

 私は足元にいる黒猫を見るが、薄くなっている所は見当たらない。取りあえずは大丈夫そうだ。



 私は疑似太陽の日向ぼっこをしながら、林檎の林の中を歩いていた。すると遠くで何かがキラッと光った。


「遠見の球がある……」


 それは直径一メートル以上ある大きな透明の球で、転がらないように台座に設置してあった。

 私はそっと、遠見の球の側に座った。


「……小鬼を見せて」


 アレクも球を覗き込む。

 球は広間で鬼ごっこをする小鬼たちを映した。

 私は深く息を吐くと、目を開けて球を凝視した。


「……ジーン・ゲイルを映して」


 球は第七の守護竜、ジーンを映した。

 異界から見ているからか、逆探知は出来ないようだ。

 ジーンは黒服を着るのをやめたようで、この世界でよく見るベージュのチェニックに茶色のマントを羽織っていた。

 ジーンはアマツチと、アマミクと一緒にいた。場所はセダンのようだ。私は目を閉じて球に寄りかかり、球の見せる世界に入り込んだ。



◇◇


 ジーンは幸と別れた後は、聖地を拠点に自治区の浄化をしていた。

 毎日幸とレーンの痕跡を探して、暇を見ては各地を回る。


 レーンの居城から帰還し、ファリナにシェレン姫を迎えに来た二の王は、レーンと約束をしたらしく、異界の座標を開示してはくれなかった。

『自分でたどり着いたら入れてやる』と、レーンは書き残していたが、正にそのつもりなのだろう。

 ジーンは途方に暮れながらも、各地を旅しては、浄化されずにとどまっている銀の水を各地の守護竜に送って行った。



 今日ジーンはセダン城にいた。セダンには一の王のアマツチと、セダンに居着いたアマミクがいる。その二人とジーンは地竜の巣で話をしていた。

 地竜はジーンの相手をせずに、岩のように静かに伏せていた。


「じゃあ、もうあの子を連れ戻す手段はないのね?」


 アマミクが珍しく顔を曇らせてため息をつくので、アマツチはその肩を叩いた。するとアマミクはアマツチにもたれかかる。アマツチはいつものことだと、ミクには気を止めずに話を続けた。


「前に行ったときはジャングルだったんだけどね、まさか土地ごと異界に浮かせて逃げるとか思って無かった。レーンすげーな」

「魔物もみんな連れていったらしいわね。火竜が言っていたわ。あの子、魔物に食べられてないかしら?」


 アマツチはミクの頭をポンと叩いた。


「コウちゃんには黒竜がついているから大丈夫でしょ。ここにいたときも黒竜はずっとコウにひっついていたしね」

「……もー、アスラの土地を使うなら私も連れていってくれたら良かったのに。暇してるのにー」

「いや、ミクさんもアスラの浄化しなよ、今は少しでも多く命の光が必要だし」


 ミクは不思議そうな顔をしてアマツチを見る。


「何で? アスラで迷ってる魂とかはいないよ? 火竜が端末と魔物を駆使して全域の浄化をしてるからね」

「……うわ、うちの国の浄化率魔物以下なのかよ、火竜すごいな」

「凄いでしょ! 私は何もしてないけどね」


 火竜を誉められて、アマミクは歯を見せて笑う。そんなアマミクに、ジーンはお土産を渡した。


「なにこれ?」


 ミクは袋を開けて、匂いをかぐと中身をひとつ口にいれた。


「あっ、コラ、話も聞かずに……」


 アマツチはミクから袋を取り上げる。ミクは気にせず貰ったものを食べていた。アマツチは袋からひとつつまんでしげしげと見る。


「……干し肉?」

「自治区でよく出回っているものですね。黒くて丸いのは干した果実です。こっちでは珍しいかと思いまして」

「うんうん。ここの料理ってちまっとして食べごたえがないのよ。こーゆーほうが好きだわ」


 全く遠慮のない姫の様子に、ジーンはクスリと笑う。


「人の顔見て笑うなんて失礼ね」

「すみません、レーンにとって三の姫は憧れの方だったので、実物を間近で見られて、うれしくて……」


 アマミクは食べる手を止めて、キョトンとジーンを見た。


「レーンって、邪神のレーン? 私の事を知ってるの?」

「ええ、レーンはサーラジーン同様、体をもたないまま聖地とアスラにいましたから」


 アマツチはミクに袋を押し付けて、ジーンの顔を見る。


「なにそれ? じゃあレーンって、どこでも覗き放題なの? 今ここを見ていたりもするん?」

「サーラジーンは全世界の殆ど全てを見られるようですが、レーンはレーンの霊体がいる場所限定ですね」

「あら、じゃあ前の私の側にレーンがいたのね。知らなかった」

「レーンは三の姫と二の王を信頼しておりますから、姫が声を掛ければ異界に入れそうですが」

「あら、なら火竜を問いただそうかしら? アスラの大地を浮かせたなら、火竜も何か知っているかもしれないわ」

「私には教えてくれませんでしたが、主人なら答えるかもしれませんね。何か分かったらお知らせください」


 ジーンはそこまで言うと席を立った。ジーンは寝ている地竜に伺いを立てて、聖地への扉の使用許可を取る。そのままジーンは聖地に戻って行った。



 ジーンから貰った干し肉を食べつつ、アマミクはジーンが消えた転移の扉を見ていた。


「メグが生まれたら、あの子は戻ってくるのかしら?」


 アマツチは水差しから水をコップに注いでアマミクに差し出す。


「これから生まれるメグミクは赤子だよ? 歩けない赤子に何が出来るっーの」

「んなこと言ったら、私たちこそ何が出来るのよ? 世界の再生に必要なのは、王や竜じゃなくて、結晶そのものなんじゃないの?」

「……えっ」


 王と竜を集めて会議するのかと思っていたアマツチは、ミクのその言葉を聞いて青ざめた。


「だって、白竜は結晶そのものを集めようとしていたわ。もしかして必要なのは王の結晶でもなくて、ある程度の量のある結晶なのかもしれない」


 アマツチは寒気がして自分の肩をさすった。


「何も考えて無いように見えるのに、ミクさんが言うと本当の事に思えてくるから怖いよ。そうか……その発想は無かった。むしろそれであの子が無事に元いた世界に帰れるならアリか……」


 アマミクは拳でアマツチの頭を小突く。アマツチは衝撃で机に突っ伏した。


「ダメよ。今度結晶に戻るなら、骨まで焼き尽くす」

「痛いし、結晶化より酷い結末ですよね、それ……」


 アマツチは殴られたあとを手で押さえて、しばらく呻いていた。


「三の姫は反対なの?」

「アンタがまた石になるのを見るのが嫌なだけよ。もし私たちの結晶でなんとかするなら、アンタは最後まで残ること! それだけ!」

「殴る前に言ってよそれ……殴られる意味がマジでわからんし」

「恨みが溜まってるのよ、殴らせなさい」

「……うへぇ」


 アマツチは天を仰いで、諦めるようにため息をついた。



◇◇


 私は景色が次第に遠くなっていくのを感じた。フレイの夢から醒めるように、自分の感覚が戻ってくる。


 私はため息をつき、遠見の球からそっと体を離した。こうして信の事を見ていると、自分はなんて恵まれているのだろうと思う。

 今まで出会った人が、私の事を考えて行動してくれている。

 三人の王は世界の存続方法を探し、信は私が帰還する方法を探そうとしてくれている。


 フレイの意図は今はまだわからないけど、多分、私をサーのようにこの世界の礎にしたいんだと思う。

 私一人の命と、この世界の全てを天秤にかけて、私が勝てる筈はない。むしろ安いものだ。とっとと糧にしてしまえばいいと思う。


 でも、もし私の立場に信を置き換えたら、私は必死に抵抗するだろう。まさに今の信同様に抜け道を探すだろう。

 むしろ、信の体と魂を元の世界に返せるならば何を支払っても惜しくはない。

 レーンはその方法を知っていると言っていた。なのにやらないのは全部私のせいだ。


 最初は私の首を締めたレーンが、終局になって私を隔離するための世界を構築した。


 レーンには一体何が見えているんだろう。何を目的に私をあの世界から切り離したんだろう。そして、向こうの世界から過去であるこちらを見ている大人の信は、何処に向かおうとしているのだろう。


 私は髪の長い信の姿を思い出した。彼の胸の穴は中学の信の時よりも大きかった。あれは彼の寂しさだと思う。

 小さな信の心に最初に穴を開けたのは、多分信のママだろう。それを私が一時的にふさいだのに、勝手に別れたからより大きくなったんだ。

 あの穴は、菊子さんで埋めることが出来るんだろうか? いや、出来ないと困る。信は菊子さんに返すべきなんだ。


 私は頬を流れた涙を拭いて、水場で顔を洗った。


「ここで元気になろう。その方がみんなに渡せる結晶も多くなりそうだし、信を帰すにも結晶があったほうがいいよね……」


 私は樹木の部屋を出て、ここでの生活環境を整えようと決意した。

 私は猫のアレクを胸に抱えて、魔物の城に踏み出した。

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