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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十一章(ファリナ3)
138/185

11-6、ファリナ(終)

 

 白竜の髪を封じ込める為に張った氷を、王が注意深く解除する。自由になった白竜の髪が戒めを解かれてうねった。

 その髪をアマツチの光が凪ぎ払っうと、白竜の髪は灰塵に帰した。

 危機か去って、魔術師は防御魔方陣を解除する。


「ありがとうございます一の王、貴方がいなかったら広間がズタズタになってました」

「いえ、お役に立てて良かった」


 水竜は広間をうねって、溶けた水を掃除する。ファリナ王もその後をついて歩いた。


『これ、会場で炸裂してたら阿鼻叫喚だったな、白竜は人殺しに長けてるなー……』

「うちの金ばかりかかる諸侯を一掃するチャンスだったかな?」


 ザヴィアが王をギロリと睨む。


「姫君も巻き込まれていましたよ」

「……あっ」

「……アホ言うのも大概にしてくださいね」

「お前は本当、偉そうだな」

「王に言われたくはないですね」


 普段モードで喧嘩し始める王と魔術師をよそに、ジーンは外で退避していた人達を広間に入れた。

 兵士に警護されていたシェレン姫が、ジーンに向かって駆け寄る。


「……ジーンさま、あの、これ」


 姫が紙片を差し出すので、ジーンは広げてみる。その紙は日本のノートを綺麗に切り取ったもので、文字も日本語で書かれていた。

 兵士も横から覗くが、読めないようで首を傾げて持ち場に戻って行った。


「カウズさまと白竜がいた場所に落ちておりました。すごく薄い紙なので、コウさんの持ち物かと思います。紙には文字が書かれていますが、私には読めなくて……ジーンさまは読めますか?」

「読めます。これは私の故郷の文字なので、この世界で読めるのはコウと私とレーンだけです。しかし筆跡がコウのものではありません」


 ……幸の私物にノートは無かった。だからこれを書いたのはレーン本人だ。


 ジーンは、羽間信の筆跡で書かれた手紙を黙って読んだ。


 ゛もう一人の俺へ

 ずっとこの世界を消そうと思っていたが、気が変わった。サーや竜どもの言う通り、メグミクの誕生を待とうと思う。

 それについて不安に思う事は、幸の安否だ。


 この世界の食料も空気も薄すぎる。幸はこの世界にいるだけで日に日に衰弱していくだろう。

 最近幸はどうだった? 元気だったか?

 慢性的に寝るようになっていたら、それが理由だ。そこにいることは、幸の命を縮める。


 そこで俺は、幸を隔離する為のシェルターを発案した。二の王に協力を仰ぎ、待機期間に幸を隔離する。


 場所は教えない。自分でたどり着いたら入れてやる。それよりも、今この世界にはびこるヒトどもに、自活する術を探して貰うほうがありがたいがな。

 二の王はすぐに返す゛



 ジーンは日本語で書かれたレーンからの手紙を見て、フゥとため息をついた。

 レーンは捕獲対象の二の王が塔から出てくるのを待っていたのだ。それがたまたま祝賀会の日で、たまたまサーラジーンが目を覚ました。


 ……どう考えても予定調和……レーンはサーラジーンの手のひらの上だ。


 ジーンは樹木に検索をかける。

 さっきは察知出来なかった双竜のマーキングが点灯している。

 二の王と幸、双竜はアスラ北部に移動していた。

 レーンと白竜、二の王のいる場所と、幸と黒竜のいる場所は少しずれているが、すぐに合流するだろう。


「……あの、何と書かれておりましたか?」


 ジーンはシェレン姫の声に気が付いて、樹木から心を切り離し姫を見た。姫は心配そうな顔をしていた。


「カウズ様はご無事でしょうか?」

「はい、大丈夫です。レーンは二の王に用事があって、助力を申し出たようです。レーン本体も、二の王がこの世界にどれだけ重要な存在か理解しております。すぐに戻すそうですよ」

「……よかった」


 姫は胸に手を当てて、はーっと息を吐いた。


「二の王が帰還されるまでは、姫君はファリナ王の所にお戻りください。幸の事もご心配なく」

「はい、ありがとうございます!」


 姫はドレスをつまんで礼をして、ファリナ王のもとに移動した。



 ジーンが広間に戻ると、レアナの爪痕は片付けられ、隅の長いテーブルに主要人物が集まっていた。

 ファリナの王と守護竜、その子どものアーヴィンとシェレン、魔術師のザヴィア。セダン側はセダン王、アマツチ、アマミクがいた。

 卓の中央に座っていたファリナ王が、部屋の隅に立っているジーンを手招きして、王の隣に座らせる。


「何か分かった事があるなら言え。お前が手紙を持っているのをシェンに聞いたぞ」


 ジーンは懐から手紙を二枚机に出した。王は一瞥してザヴィアに渡す。ザヴィアは手紙を凝視するが、読めないと王に戻した。


「お前は読めるのだろう? 内容を述べよ」

「……翻訳出来ない言語なので、要約になりますが」


 困るジーンにザヴィアが不信な目を向ける。


「樹木で翻訳出来ると思いますが……」

「サーの知らない言語です。樹木には記載されていません。だいたいでいいなら話します」


 ジーンは、レーンが幸を保護するための施設を作ったらしいこと、それに二の王の承認を受け、助力を仰いだこと、そして幸は二の王を助けに追いかけた事を説明した。


「……それは」


 話を聞いたザヴィアは言うべきかどうかうーんと唸る。ファリナ王は気にせず口にした。


「あの娘は自ら檻に入ったわけだ」

「……そう、なりますね」


 ジーンは目を閉じて、フゥと息を吐いた。


「二の王はすぐに帰れそうですが、竜の娘のほうは戻って来ないという事ですか?」


 ザヴィアのなにげない質問に、ジーンは無表情のまま答えた。


「……自力では戻れないでしょうね」

「そんなの嫌よ! 二人が行ったのはアスラでしょ? 私すぐに追いかけて捕まえてくるわ」


 アマミクは机を壊しそうな勢いで立ち上がった。アマツチがミクの腕を引いて座らせる。


「この国に翼竜はいない。この寒波の中飛べるのは風竜だけだ。扉でここから聖地に行き、アスラに転移してもそこは南の廃都だ。そこから北部に行くのにどれだけかかる?」

「……飛べば三日くらい」

「それはすぐではないよ。向こうは転移出来るのだし、いかようにも逃げられる」

「転移とか、ずるい」


 姫はふくれるアマミクと、ジーンを交互に見ていたが、そっと手をあげた。


「シェン、何だ?」


 王が発言を促すので、姫は話を切り出した。


「転移はヒトには難しいですが、座標を固定すればスクロールでも可能です。カウズ様は塔への帰還魔法をよく用いておりました。ですので、カウズ様がお戻りになれば、向こうにも行けるはずですわ、コウさんを連れ戻せます」


 カウズを心から信じている姫に、アマミクが言う。


「カウズの帰還を待てってこと? それって邪神を信用するって言ってるのよ?」

「邪神はわかりませんが、カウズ様は信じられます! 絶対に戻られます!」


 恋する乙女には逆らえないと、アマミクは肩をすくめた。

 卓の隅で様子を見ていたセダン王が手を上げた。全員が黒髪の王を見る。


「サーラレーンは信用しても良いと思います、彼は前に一度新セダンを襲撃しております。その時彼の率いる魔物の軍勢は、城下の民を襲いませんでした」

「……と、言うと?」


 遠くの席にいるファリナ王の相づちに、若い王が説明を続ける。


「サーラレーンの目的は黒竜の奪還でした。竜の娘に聞くと、双竜はサーラレーンが契約していたと言う。彼は、セダンに手をかける気ははじめから無かったようです」

「どーりで、ボーッとしてるヤツが多いと思ったわ。あれだったら鬼のほうが強かった」


 セダン戦で多くの魔物を焼き払ったミクが、頬杖をついて苦笑した。


「……ですね。こちらに三の姫という最強の矛があったために気が付くのが遅れましたが、邪神は元から平和的でありました」

「それじゃあ、私が一人で暴れていたみたいだしー」

「いえ、三の姫には助けられましたよ。ありがとうございます」


 セダン王が優しげに笑うので、ミクは気を良くして飲み物をあおった。


「なら、今現在の邪神の目的は何だと思う?」


 ファリナ王の視線を受けて、セダン王が首を横に振った。


「分かりません。過去にはセダンとアスラは邪神によって壊滅しております。地竜は、それにたいした理由は無いと樹木に記載されていると申しておりましたよ」


 ウーンと唸る二国の王に、ジーンは手を上げて割りいった。


「レーンの目的は、サーラジーンとフレイの願いを叶える事です。過去も今も、一貫して彼は二人を崇拝しています。アスラの崩壊は、民に三の姫の追放を撤回させるために竜を連れて説得に入り失敗、そしてセダンではフレイの入っていた竜の体の消滅を回避するための行動だったようです」

「……えっ?」


 はじめて聞くレーン側の視点に、一同は驚いてジーンを見た。


「……生来の私の体には、現在レーンが入っております。私たちは入れかわる度にお互いの記憶がまじります。今語った事はそれで知り得た彼の主観で、樹木には記載されておりません」

「竜の体の消滅とは、一の王の能力からの回避ですね?」


 セダン王がジーンに念を押す。自分の名前が出てきて、アマツチがキョトンとした。


「えっ、俺?」

「そう、前のアマツチが魔女を処刑したんだ。そのへんの記憶は今の一の王や竜の娘から削除されてると地竜が言っておりました。旧セダンは一の王が魔女を消滅させた時に、魔女の体が飛散した結果と聞いております。飛散させたのが、サーラレーンだと言うことですか?」


 ジーンはセダン王に頷く。


「はい、一の王の槍に触れると結晶そのものが消え去ります、なのでレーンは膨張させて槍を避け、そして結晶を霧散させたようです」

「……俺が、魔女を殺した?」


 呆然とするアマツチを尻目に、ジーンは話を続ける。


「No.7とNo.8を作ったのはサーラレーンです。女神の為に作った竜の体を消すことは、レーンにとってはサーとフレイに反逆する事と理解したようです」

「創世主への反逆。それで、都市消滅ですか……成る程、邪神と呼ばれるわけだ」


 セダン王は過去に起こった被害を思い、大きくため息をついた。

 コホン、と咳払いをしてファリナ王が語る。


「今の話を聞くと、邪神を信じる事は出来ないな。むしろ何するかわからん存在だと言うことだ」


 ウンウンとザヴィアが頷いた。実際ファリナからメグミクの結晶を奪いに来たレーンは、邪神そのものだったらしい。


「確かに彼は短絡的で、容易に怒り、世界に甚大な被害を与えます」


 ジーンの言葉に、レーンを見たことのある全員が頷いた。


「しかし、彼は変わりました」

「……えっ?」


 どう説明したものかと考えるジーンの言葉を全員が待った。


「彼は私と魂が混ざったのです。その結果、彼はコウを第一に考えるようになりました」

「ん? 要領を得ないわね、どう変わったの?」


 コウの名前に反応したアマミクに、ジーンが言う。


「コウの望みはこの世界の存続です。レーンはコウと知り合って、コウを尊重するようになりました」


 ファリナ王が、隣にいるジーンの顔を不躾に見る。


「それはこの前の襲撃より前か、後か?」

「その襲撃の時です。というか、それ以降はレーンと混じってないので、その時までしか彼の事は分かりません」

「成る程ね……続けろ」


 かつての主人に答えるように、ジーンは話し出した。


「コウの望みは、レーンが使っている私の体の帰還と、この世界の存続です。サーラジーンとフレイが現れない今、レーンは自分の存在目的をコウの望みを叶える為にと書き換えた」

「ちょい前は世界を消そうとしてたんだよね、サーラレーンは」

「はい」


 アマツチの問いに、ジーンは頷いた。


「レーンの目的が自身の消滅または、世界の消滅だったのは、私がこの世界に来るまでの話です。彼は私の体に入った後はずっとアスラの浄化をしていました」

「アスラの浄化?」


 自分の国の名前が出てきて、アマミクがジーンに聞く。


「そうです。アスラはレーンによって草木が枯れるよう呪われていました。彼はそれを後悔して、今ではアスラを浄化しています。それゆえに、植物を司る白竜と、生き物の数を管理する能力のある黒竜が必要でした」

「ん、ん? レーンはアスラに密林をはやして魔物の国を作ったのよね? それと浄化と結び付かないんだけど?」


 率直なアマミクの質問に、ジーンはクスリと笑う。


「彼の産み出した魔物は、アスラを浄化させる能力があるようです。命の光の乱用も、浄化までの一時的なものだと判断したようで……」


 そこでセダン王がジーンに聞いた。


「あなたがここに来たのは何年前でしょうか?」

「六年前ですね。コウの来る五年前」

「世界に子どもが生まれなくなってもう十年ほどになります。それと邪神は無関係なのか……」


 セダン王のひとり言に、ザヴィアが言う。


「おそらく、聖地神殿が長期に渡り放置されていたからかと……。中枢にいた神官が消えて数百年経過しております。中枢を管理していた火竜も引きこもってますし、やむを得ない事かと」

「へぇ……昔は神殿に神官がいたのか、知らなかった」


 呑気な口調のファリナ王に、ザヴィアはチッと舌打ちをした。


「……爺さんが生れた頃にはいたはずです」

「その頃は氷山攻略に必死だったからなー。そんな神官の話など知るはずもなく」

「くっそ、その山に水竜がいたとか不運すぎる……」

「偶然みたいに言うな。水竜がいることを知って山を登ったんだよ」

「誰だこいつにそれを教えたのは……」


 ますます不機嫌になる宮廷魔術師の頭を、ファリナ王はよしよしと撫でた。

 王と魔術師のやり取りを、気まずそうに見ていたジーンは、コホンと咳払いをして話を戻した。


「レーンがファリナ城に来たのは、アスラの浄化に目処がついたからでした。彼は次の行動に、No.8と四の王の結晶を集める事に切り替えた」

「何で?」


 アマミクの問いに、ジーンはウーンと唸る。


「白竜の助言があったからですね。世界の消滅にも再生にも、全ての結晶が必要なそうです」

「全ての結晶って、向こうには双竜と火竜しかいないじゃん、そんな中途半端でいいの?」


 そう言うアマツチに、ジーンも首を傾げた。


「全員が集まって何をどうするのかは明かされておりません。ここにいる皆様が世界の存続を望んだとき、破壊と再生の天秤がどう傾くのかは分からないのです……でも一つ懸念があって」

「なに?」


 アマツチの青空を写したような瞳を、ジーンはじっと見た。


「この世界の保有する結晶の量よりも、コウの保有する結晶量の方が勝っています。コウを手に入れた今、レーンはコウを殺せばいつでも世界を消滅出来るのです」

「なにそれ! ダメよそんなん!」


 アマミクが席を立って、机を軽く叩いた。彼女にとっては軽く叩いたつもりだったが、机は激しい音を立てた。


「三の姫、お、落ち着いてください、机が壊れます!」


 シェレン姫が必死で、ミクを座らせた。


「何故か私が裁定者と呼ばれておりますが、実質裁定するのはレーンです。私はフレイから協力者と呼ばれていました。その事から、私に出来る事は協力という事なのでしょう」


 ファリナ王はじっとジーンを見て聞いた。


「レーンの目的が、サーやフレイ、コウの望みを叶える事なら、ジーンの目的は何だ?」

「篠崎幸の帰還です」


 断言するジーンを、部屋にいる全員が凝視した。


「おそらくフレイは、コウをサーラジーンの身代わりに、世界の礎に置き換えるつもりでここに連れてきているでしょう。しかし私はコウを元の世界に帰します。それを前提になら、何でも協力する覚悟はあります」

「それは、レーンもあなたも、コウを生け贄には差し出さないという事ですね」


 念を押すように言うアマツチに、ジーンは頷いた。


「元から幸は私のものではありませんがね、差し出すつもりは毛頭ありません。逆に、死体だとレーンが言っていた私の体なら好きにしてくれてもかまいませんよ」

「好きにって……レーンはどーするのよ、レーンが体を差し出すわけないでしょ?」


 頬を膨らませるミクに、ジーンは笑う。


「コウの体にフレイが現れて、命じればレーンは大人しく従うと思いますよ」


 ミクはフレイの名前を聞いただけで肌を粟立て腕をさする。


「それってぜーんぶ二人にかかってるじゃない。ここにいる全員何もできないし!」

「……そうなりますね」


 妙案無く視線を落とすジーンに、ミクはチッと舌打ちをした。


「……ファリナ王」


 ジーンは王に向き直って、深く頭を下げた。


「この世界に落ちて、竜の体に入った私に様々な事を教えてくださってありがとうございます」

「うむ」


 王は一度だけ頷いた。その仕草があまりにもぶっきらぼうで、ジーンは少し笑った。


「私はレーンとコウを追いかけます。聖地を拠点に、火竜とエレノア妃にコンタクトを取るつもりです」

「えっ? 火竜の巣にいくなら私も行くけど」


 アスラの名が出たので、ミクが答えた。


「ならその時に声を掛けますね、ありがとうございます」

「……エレノアには何の為に?」


 ジーンはセダン王に言う。


「No.8の結晶の回収に。エレノア妃に協力を申し出ます」

「……そうか」


 セダン王は深く目を閉じて、微かに頷いた。


「エレノア妃が幸の体に入った時に、二十年セダン王が王でいることを繰り返し告げていました。おそらくあれは、セダン王に不老不死のままでいてくれ、との事だと想定します」

「……何故二十年?」

「エレノア妃が浄化の輪に入り、人として生まれ、成人するまでの年だと推測します、平たく言えば、生まれ変わるから私が大人になるまで待て、だと」

「……は?」


 セダン王は口を開けたまま停止していた、その脇でファリナ王が苦しそうに笑いを堪えていた。


「いや、王にはアマツチが……」

「地竜には散々セダン王と比較してダメ出しされてるから、ずっとセダン王の家が国を仕切ってくれると俺は楽だよ? 好きなだけ王やってて?」

「……アマツチ、他所の国にウチの国の情けない事情を開示するのはよしなさい」


 セダン王は手を顔にあててため息をついた。ジーンは卓を見回して話を続ける。


「私は異世界人として、出来る限りの協力をしますので、この世界の方々も、もう一度サーの結晶の循環と神殿の運用について再考してください。このままでは、メグミクの誕生を待たずに世界が自滅するかもしれませんので」

「教会の復権は難しいですよ……言うのは簡単ですけどね、やるのは……」


 ぶつくさ文句を言うザヴィアを、ジーンは冷ややかな目で見た。


「……ここにきて、家の復興とか保身に走っている状況では無いと申しております。魔術師殿は、今ある結晶をメグミクの宝具で延命、出来れば増やす勢いで研究してください」


 目の前で個人攻撃をするジーンに、ファリナ王は吹き出しそうになって口を隠す。


「王も!」

「……何だ?」

「現在人は産まれていないのですから、多少意見の相違があるくらいで民を殺さないでください」

「……ぶはっ!」


 ジーンはファリナ王に向かって言ったが、王の隣にいたザヴィアが大いに吹き出した。


「何件も王の命を受けて行動しましたけど、本当に些細な罪でした。何度見逃そうと思ったか……」

「いや、見逃してたよな。実際。知ってるぞ」

「……うっ」


 刃が自分に戻って来て、ジーンは項垂れた。そのやり取りを見てシェレン姫が笑う。


「ジーン様がいなくなられると、お父様も寂しいのではありませんか?」

「お前がいないほうが大きい……うちの城に華が無くて、毎日ザヴィアの説教ばかりで気が滅入る」

「まあ……なら、足しげく通うようにいたしますね。お父様の気が紛れるように」


 シェレン姫は、優しい眼差して老いた王を見た。

 そんな親子の様子を、いあわせた面々がほほえましく見ていた。


「私は関係ないとソッポ向いてるアーヴィンは、性根いれて国政に勤しめ。ついでにザヴィアを追い出そう」

「はっ?」


 伝説の王や現王には関係ないと、一歩引いて場を見ていたアーヴィンが、虚を突かれて父親親を見た。


「メグミクが産まれたとして、赤子に何が出来る? 王として立てるまでお前が国政を担うんだよ」

「今のまま王がやればいいではないですか、私は今のうちにやっておきたいことが……」

「何をしたいんだ? 今なら各国要人が手伝ってくれるかもしれんぞ?」


 アーヴィンは自分に視線が集まっているのを感じて、気まずそうに横を向いた。


「……シェンと同じだ。本当の、親を探しに」

「………」


 一堂静まり返る中、ファリナ王がボソッと言った。


「お前の母親は前王妃、父親はザヴィアだよ」

「……は?」


 呆然と口を開ける王子に、ファリナ王は同じことを二度言った。

 アーヴィンは水竜とジーンを見る。竜は樹木から家系図をたどれると言う。小さなヘビのようなファリナの守護竜は、主の発言を誠だと裏打ちした。


「お前の両親は常にお前の側にいただろ。前の王妃は存命でザヴィアの家で幸せに暮らしていると聞く。アーヴィンはワシとは違って魔力も強いし魔術にも長けている。ザヴィアが言うには最良の血すじだという。何か不満があるか?」


 何の問題も無いといい放つファリナ王に苛立って、アーヴィンは乱暴に席を立った。


「親父はホンット、ヒトに心があることを理解したほうがいい! そんな大事な事を、こんな人前で、何で……!」


 アーヴィン殿下の言葉は段々弱くなり、項垂れて退出した。


「……礼儀をしらないヤツだ」


 跡取りが怒って去ったのに、ファリナ王はいつもの事だと気にも止めずに座り直した。幸がいたら追いかけていただろうに、アーヴィンの後には従者しかついていかなかった。

 周りの客が全員呆れた顔で王を見ていたので、ファリナ王はフッと笑った。


「この通り、王家の事情は込み入ってる」


 シェレン姫が顔を伏せて、大きくため息をついた。


「私も、兄さまも、お父様を好きだから、血が繋がって無かった事を悲しいと思うし怒るのですよ……」

「すまんな、シェン。お前には迷惑をかけている」


 血は繋がって無くても最愛の娘に困惑されて、ファリナ王はうろたえた。


「その気持ちを、言葉を、何故殿下に向けないのか……」


 王の隣でボソッと呟くザヴィアを、王は小突いた。


「お前の役目だろうに。アーヴィンの溺愛ぶりですぐに父親が違うとバレると思っていたけど、誰も追及しなかったな」

「よりにもよって、こんな場所で言うこともあるまいに。本当に考えなしなんだから……」


 ファリナ王はセダン王に向けてニヤッと笑う。


「そちらも公言はされないだろう。シェンの事情もあるしな」

「……お父様、それは脅迫です」


 シェレン姫は育ての親が恥ずかしくて顔を隠した。実の父親であるセダン王は、その父娘の様子を笑いを堪えて見守っていた。


「シェレン姫の出生の話は、寝耳に水でしたので困惑致しましたが、従来通りに妹の娘としてセダンは出来る限りの事は致しますよ。妹の部屋はそのまま残っているので、いつか見にいらしてくださいね」


 セダン王が温和な笑顔を向けると、姫の顔はますます赤くなった。


「シェンは婚礼前の身。そちらには行かせん」


 あくまで高圧的な姿勢を貫くファリナ王に、セダン王は両手を合わせて礼をした。


「ご婚礼の暁にはセダンからもお祝いを届けたいと思います。それすらも許されませんか?」

「……ダ」「ご招待します!」


 ファリナ王が拒否する前に、シェレン姫が受け入れた。姫は立ちあがり、ファリナ王に向かって言う。


「こ、婚礼は西の塔で行いますので、お父様はお客様です! 誰が来るかを決めるのはカウズ様ですので、喧嘩してはなりません。もちろん、セダン王も伝説の王の方々もいらしてくださるとありがたいです!」


 肩で息を切る姫に、アマミクが呑気に拍手で労った。続けてアマツチやセダン王も手を叩く。


「シェレン姫の勝ち!」


 アマミクはシェレン姫の手を引いて、身を引き寄せ頭を撫でた。


「じゃー、ちゃんとカウズを取り戻して、結婚式をしなきゃね!」

「はい、ありがとうございます!」


 結婚式はおろか、結婚という意味さえもよく分かってないアマミクが、満面の笑みで姫の頭をなで回す。それを横で見ているアマツチが、呆れて鼻で笑った。

 ミクは笑うアマツチの手を取り、立ち上がらせた。


「じゃあ私らがあの黒いのの手伝いするから、出来ることあれば何でも言って!」

「ちょ、まっ……爺さんに相談なく決めるなよ」


 アマツチは困って、ミクに捕まれた手を振り払う。


「問題無いよ、姫の好きに使ってやっておくれ」


 セダン王がにこやかに笑って、アマミクに手を振った。アマミクは「ほらね!」と、鼻息を荒くしてアマツチを見る。


「好き勝手に動けるのなんて今のうちよ! 私はレーンに会ってみたいの、アンタ、付き合いなさいよ」

「……俺が何の役に立つっていうんだ。夜道の灯りならミクさんの炎で十分だろうに」


 ミクはジーンを指差した。


「あれは喋らないじゃない。私つまらないわ!」

「……そんな理由かよ」


 頭を抱えるアマツチに、ジーンは言う。


「お二人とも、セダンを拠点に活動されてください。私は自治区を拠点にして一人で動きます。何か用事があるときは、神殿の扉からうかがいますので」

「あら、そ……」


 アマミクはつかんでいたアマツチをポイと放り投げた。そのままジーンの所まで歩いていく。ジーンは立ち上がり、椅子の後ろに立った。アマミクはじっとジーンを見据えた。


「……コウのいる場所が分かったらすぐに教えて」

「はい」

「火竜は外に出たがらないの。無理をさせないで。人間キライなの」

「はい」


 アマミクは表情の変わらない男から、感情を探そうとじっとその目を見つめた。


「コウは元気で元に住んでいた世界に返すのね、そのために貴方は旅をするのね」


 コウの名前を出すと、感情の無かった目が少しだけ細められた。


「はい」

「ならよし、励みなさい」


 アマミクは満面の笑みで無表情の男の頭を撫でた。ジーンはされるがままに撫でられていたが、フフッと笑った。


「おお、笑った」


 アマミクの背後から、アマツチがジーンの顔を覗いて、珍しいものを見たと目を丸くする。


「元は人間なんで、普通に笑いますし怒りますよ。樹木の規制が強いと表情消えますが」

「うんうん、最初見たときはマジで人形かと思ったからな。人に戻れて良かったね」


 アマツチが無邪気に笑うので、ジーンも微笑んだ。

 ジーンはファリナ王に向かい、深々と頭を下げた。


「アイロス・サラン王、今までありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 王は忘れていた名前を呼ばれてキョトンとしたが、破顔一笑した。


「恩義は言葉でなくモノで返せよ」

「はい、ファリナを、世界を保守する方法を模索して、それにてお返します」

「それはまあ、ここにいる全員の命題だな」


 ファリナ王がアハハと笑うので、場にいる者も頬を緩めた。

 ジーンが一礼して退出するので、アマツチとアマミクも一緒に出て行った。


「手伝うよ」


 アマツチがジーンの肩に手をまわす。そのアマツチの耳をミクがつまんだ。


「いてて……耳がちぎれる」

「バカね、こいつはお客様。アンタがやるのよ、長兄でしょ?」

「やめて重い。石に戻りたくなるそれ……」


 仲が良いのか悪いのか分からない二人のやり取りを見て、ジーンは苦笑した。


「私は聖地経由で一度セダンに伺います。お二人はセダン王と共にいてください」

「そーいえば、なんで聖地なの?」


 アマツチの問いに、ジーンは言う。


「最初に落ちた場所ですので。拠点作りと、後は毎日発生する銀の水の浄化をしていこうかと。それには聖地の長を決めないとなりません」

「なにそれ? 神官の末裔でも探すの?」

「いえ、自治区の長をあてにしていますよ」

「あ、もうあてがあるんだ」

「聖地に落ちましたからね、それなりにツテはありますよ」


 アマツチはジーンの背中をポンポンと叩いて、アマミクを捕まえた。


「じゃあここでお別れだな。セダンに来たときは城に来てよ」

「竜の門を使うので、城は通りますよ」


 アマミクはよいしょと、アマツチにおぶさる。


「お土産持ってきてね、お酒か食べ物ね!」

「……善所致します」


 ジーンが軽く手を上げて通路を進むと、アマツチの背中に乗ったアマミクがブンブンと両手を振っていた。


「またねー!」


 アマミクの子どものような天真爛漫な振る舞いに、ジーンはクスクス笑う。

 ジーンは長く滞在していたファリナ城を惜しむように見渡し、深々と礼をした。


 ジーンが地下にたどり着くと、先回りした水竜が中から門を開けてくれる。ジーンは番兵に会釈して、大きな姿の水竜の脇を通り抜けた。ジーンはそのまま長く続く通路を歩く。


『もしあいつがさ……』


 水竜の言葉に足を止めて、ジーンは振り返る。水竜は水中から顔を出し、大きな瞳で真っ直ぐにジーンを見ていた。


『もし、コウが。フレイの意思ではなく、コウがお前と二人で向こうに帰りたいというなら、俺の結晶を使えば帰せるから言ってくれ』


 ジーンは青く揺れる水竜の瞳をじっと見た。

 結晶を使う事は、水竜が消滅する事だ。そして幸と信の体、どちらとも使わない場合は、この世界の保存は果たされない。

 ジーンは水竜の濡れた鼻先にそっと触れた。


「ありがとうございます。でもそれは幸には言いません。あなたの結晶を使うのは幸が一番嫌がるでしょう。あなたは前任者以上にこの国を良くしていくように努めてください」


 水竜は顔を動かしてジーンをそっと小突いた。


『んなこと言うなら銀の盆を見つけて人口を増やしてくれよー』

「……あ」

『何? 既に見つけてんのか?』


 ジーンはグイグイと鼻先を押し付けてくる水竜から逃げて、扉に手をかけた。


「銀の盆はレーンの居城にあります。幸が見つけ次第動かすと思いますよ。今や幸が黒竜の主なわけですし」

『……あの頭の悪い子どもが、命の光を管理するのか?』

「二の王に相談して聖地に戻して貰いましょうか?」

『……会えたら頼んでおいてくれ』


 水竜は納得したのか、通路から離れ長い体を後退する。そのままドボンと水に入った。

 ジーンは水竜に手を振って、聖地への扉をくぐった。


ファリナ編はここで終了です

幸はまたしばらくジーンと別行動に

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