11-2、祝賀会
華々しく飾られた大広間には、多くの人が集まっていた。
ファリナの貴族や将軍や兵士、そしてセダンと学舎からも多くの人が集まった。
来客者は広間に集い、紹介と共に登場する者に惜しみない拍手を送る。ファリナの貴族が奥方と共に入場した。
セダン王はアマミクをエスコートして現れた。世界一の美姫と言われるアマミクの登場は会場を沸かせた。
私は拍手する側かと思いきや、アマツチに手を引かれて入場した。私の事をシェレン姫かと思う人もいたが、名前が違うので来客はとまどう。
私が異世界人であることと、フレイの生まれ変わりなどの情報は伏せられて、セダンからの客人として紹介された。だからアマツチと組まされたらしい。
私は小さい頃におじいさまのお家でホームパーティーを覗いた事はあるが、社交界デビューなんてしたことはない。しかもこの状況で思い出すのは奴隷市場だ。
私はすごく緊張し、アマツチの腕を握るが、それでも震えは止まらなかった。
入場者は一組ずつ挨拶をするようで、私は衆目の前に立つ。プルプルと震える私の背中を支え、アマツチは朗らかに笑った。
「コウちゃん緊張しすぎ。手足揃ってるよ」
「こんな大勢の人の前に立つとか無理……倒れそう……」
「お客さんに挨拶するのではなく、神や守護竜にすると思えばいいんじゃない?」
「サーに挨拶?」
うんうんとアマツチは頷いた。
私はいつも近くにいてくれるサーに語りかけるつもりで目を閉じた。
……いつも、遠くから私たちを見守っていてくれて、ありがとうございます
私の心の奥底にいるサーが、私の挨拶を聞いて、頷くように優しくまたたいた。
私は目をそっと開けて、会場に向かってファリナ風のお辞儀をした。
挨拶を終えた私に、アマツチは手を引いて誘導する。その先にはミクさんがいて、二人で手を取り合って「緊張したね」、と笑いあった。
アーヴィン殿下や魔術師も入場し、その後に姫と二の王が挨拶をした。
シェレン姫は満面の笑顔でカウズの手を取り、しあわせそうに微笑んでいた。
舞台にファリナ王が普通の蛇サイズの水竜を腕に巻きつけて現れた。ファリナ王は語る。
「皆のもの、本日は我が国への来訪感謝する」
ファリナ王は舞台に姫を招き、その肩を抱いて続ける。
「水竜がまた我が国に再生し、サーラジーンの御心により、根雪が消えたこの最中に、わが娘シェレンの婚約が決まった事を皆に知らせたくて集まって貰った」
姫は優雅に挨拶をし、二の王を招いた。姫と二の王はしっかりと腕を組んで、来客に礼をする。会場には拍手が鳴り響き、祝福と歓声に包まれた。
王は次にセダン王を呼び、その肩に手を置く。
「また、水竜の再生や、姫の婚姻で今回は東の国、セダンに多く助けられた。その事を感謝して、我が国はまたセダンとの国交再会を申し込みたい」
ファリナ王はセダン王に向き直ると、セダン風に手を合わせて目を閉じる。
「今まで不義理をして申し訳なく思う。また、我が国と友好を結んでもらえるか?」
ファリナ王はセダン王に向かって、手を差し出した。セダン王は差し出された王の手を握って笑う。
「若輩者ですが、こちらこそよろしくお願いします」
ファリナ王は深く頷いた。
会場はふたりの王に惜しみ無い拍手を送った。
私も一緒に拍手をしていると、頬をふわりと風が撫でた。
……この感じは、魔女の森だ。
エレノア妃の気配を感じてそれを追うと、妃はセダン王の隣に立って娘を見守っていた。
「よかったね、シェレン姫、そしてセダン王……」
私はその親子を見て、胸が熱くなり涙ぐんだ。その涙をアマツチが指で拭う。
「平和が一番だねぇ……」
「……ありがと」
「嬉し涙は嫌いじゃないけどねー、君の彼氏怖いからねー」
アマツチは苦笑して私から一歩離れた。
アマツチが怖がるような事をジーンはしたのだろうか? なんだか想像がつかないけど。
私は王の後ろにいる筈のジーンを探すと、ザヴィアさんの少し後ろに立っていた。私は目立たないようにジーンに手を振った。
「あともうひとつ、皆さまにお知らせしたいことがあります」
会場にファリナ王の声が響き渡る。
王は兵士とその奥方を壇上に呼んで笑顔を見せる。
「ここ数年、ファリナには子どもが授からないと言う重い悩みがあったのは周知の事だろう。しかし先日ファリナの雪が止み、メグミク王の宝具が見つかった。その影響があったのか、また我が国の子を宿す力が復帰したようた」
兵士と奥方は会場に向かって頭を下げる。
「軍はこの事を重んじて、二人を支えてやってくれ。休暇と給料あげてくれよ」
王が将軍に笑いかけると、会場は笑いにつつまれる。
「さあ、この祝福を皆で喜ぼうではないか」
ファリナ王の音頭で全員で乾杯をした。
皆はお酒を飲んでいたが、私はリンゴジュースを貰ってなめていた。するとシェレン姫がやってきて、私の手を引く。
「……余興にご協力くださいましね」
姫がそういうので、私は杯を置いて壇上に上った。
「コウさんは魔力をつかわないでください、またジーンさまに怒られてしまいますからね」
私は隣にいるだけで良いらしい。姫の言葉に私は頷いた。
舞台に最年少の子どもであるシェレンと、シェレンより背の低い私が並び立つと、会場はざわめいた。
「皆さまお久し振りです、シェレンです。しばらく城を空けていましたが、この度西の塔に嫁ぐことが決まりました。またお別れになりますが、西の地からファリナの安泰と繁栄を祈ります」
姫は私に手を伸ばした。
「この方、コウさんは異世界から来られた少女です。彼女の祈りの力はファリナに大きな変化をもたらしました。その私たちで、ここに集まった皆さまに、そしてこの世界に祝福を贈ります」
私と姫は向かい合い、お互いの手を取って目を閉じた。静まり返る会場に、遠くから水竜の鱗が鳴り合うような音が聞こえてくる。音は次第に大きくなり旋律を奏でた。
「……おおお」
「これが、メグミクの宝具の力?」
空から溢れ落ちるような不思議な曲を聞いて、会場はざわめく。
ファリナ王は水竜を宙に放った。水竜は高い天井を優雅に泳ぐ。
「皆も祈れ、祈りの力が増せばそれだけ音が変わる。その祈りは守護竜を強くする。それは大地が蘇るということだ。これは我が国だけが持つ恵の力だ」
水竜を目で追っていたアマツチはニヤリと笑って右手を上にあげた。そして彼の宝具である光の玉を天井に送った。
アマツチは慣れた手つきで複雑に手を動かして光を割ってゆく。姫君の旋律に沿うように光を動かし、会場に沢山の光の玉を泳がせた。
「……わああ」「綺麗」
光に気がついた女性たちがため息をつく。
水竜もそれに便乗して、天井に氷の柱を立てた。アマツチの光が氷柱に反射、屈折し、会場は七色のプリズムが踊る。
歌と光が共に踊って、ファリナ城はつかの間の夢のような光景につつまれた。
指輪の歌が終わり、会場は静まりかえった。
「私達は、ファリナに、いえ、この世界に再生ととこしえなる平和をお祈りします。サーよ、天におられますサーラジーンよ、どうか私達をお導きください」
姫がそ言うって、優雅に挨拶をした。
私は一歩さがり、光に彩られた会場を
さを見る。
歌と光、そして皆の楽しい気持ちが会場を包んでいた。その光景に私は胸が熱くなって、涙ぐむ。
……サー、まだみんな元気です。まだ、終わりは来ませんよね。
私がサーに語りかけると、木漏れ日のようなサーの視線を感じた。
「……サー?」
私は会場を見渡してサーの意識を探す。
ものすごく微弱だが、彼が起きている感触があった。
私は上を向いてキョロキョロしていたので、体が後ろに下がっていることに気が付かなかった。
舞台の端まで移動してしまったようで、肩を強く捕まれる。
「……転びますよ、というか、壁にぶつかる寸前です」
苦笑して私を支えるジーンに、ニッと笑顔を向ける。
「今ね、サーが起きてるの」
「……えっ」
ジーンは私と違い真剣な顔をして天井を見る。ジーンにはサーの気配を追えなかった。
「ねえ、私ちゃんとしてる? こんな格好で笑われないかしら」
私はスカートを少し持ち上げて、くるりと回る。
「普段よりはまともに見える」
「……雑な感想」
……それって、褒め言葉ではないよね?
なにかもっとマシな事を言ってくれないだろうかと、じぃーっとジーンの顔を見る。
ジーンはふいと私から視線を外した。
「……仕事中なので話しかけないでください」
「ひどい!」
私はふくれて舞台裏にしゃがみこんだ。
「そこにいられると真面目に邪魔です」
「私、単なる舞台セットなので話しかけないでくださいねっ」
私がふててストライキを始めている中、会場では音楽が流れて踊りが始まった。
「お前ら、喧嘩してないで踊ってきたらどうだ?」
前に座っていたファリナ王が、呆れて声をかける。
「いえ、社交ダンスなんてしたことはないので」
「そうなの? 君にも出来ない事があるんだねぇ」
「そんな授業も部活もなかったよな……」
「私踊れるよ、おじーさまのお誕生日て踊ったことあるもの」
「マジで? 何才の時?」
「四才? いやもっと前かも……。ママも家ではよく踊ってたよ。うちの地下に踊るとこあるの」
「地下って、隼人さんの部屋か……」
「そうそう。あの部屋大きな鏡あるの、ママはよく一人で踊ってたよ」
私はママとのダンスを思い出してふふっと笑う。気が付くと、ファリナ王が私の前に立っていた。
「……お嬢さん、お手をどうぞ」
驚くザヴィアさんとジーンを尻目に、私は王の手を取って舞台を下りる。ファリナ王が踊るのはかなり珍しい事のようで、広間の人々は驚いて道を開けた。
ファリナ王も結構身長が高いので、組むというより手を繋いでいるだけだったけど、昔祖父と踊った時もこんな身長差だった。私は久々に躍りを楽しんだ。
「百年ぶりくらいに踊ったぞ、なんとか覚えてるものだなぁ……」
「王は踊り、とてもお上手です。セシルと踊っていたのでしょう?」
「たまにな」
「わあ」
一曲終わるとファリナ王は王座に戻っていく。私はセシルの恋の話を思い出して、胸がいっぱいになった。
壁際に寄り会場を見回すと、誰もが穏やかに笑っていて、終末に怯えていたのが嘘のように思える。
長年子どもが生まれなかったらしいのに、ファリナに妊娠された女性がいることは世界全ての救いになった。
ファリナ王はそれが私が落とした血のせいだろうと思っているようだけど、命の光不足は自治区の浄化で解消されているので、おそらく違うだろう。
……レーンが、銀の盆を動かしたのかな?
聖地で会った時に、サーラレーンは「世界は消えるから、子どもを増やす必要は無い」と言っていた。
レーンは完全な悪人ではないから、あえて子どもを泣かす事はしたくはないのだろう。そのために人の出生を止めていた。
そのレーンが人を増やす事を認めたというのなら、レーンに何らかの心変わりがあったと言うことだ。
……レーンは何を考えているんだろう?
私はキラキラと輝く広間の天井を見上げ、フゥとため息をついた。
ファリナ王とのダンスも終わり、一人壁際に立ってる私に、脇から赤いものが寄り掛かって来た。
「コーウ!」
「ミクさん、重い……そして、お酒臭い……」
「いつか持ち上げられるようになれるわ、人は成長するもの、コウ、頑張れ!」
「無理だよ!」
私は背中にミクを背負い、よろよろと引きずって、セダン王と共にいるアマツチのところに行く。アマツチは嫌悪を露に眉を寄せた。
「アマツチ、これあげる……」
「酔っぱらいとかいらんわ、砂漠に返してきなさい」
「……砂漠に? いやムリでしょ!」
アマツチはシッシッと私を手で追い払って、セダン王と来客との話に戻る。
私はミクの処遇に困って、隅の椅子に座らせた。家族にお酒を飲む人はいなかったので、酔っぱらいの対処など知る筈もない。私は困ってまわりを見回した。
会場は見知らぬ貴族で溢れかえっていて、ハノイさんや厨房で見るメイドたちも見当たらなかった。
「……水のみたーい」
アマミクがうめきながら椅子に顔を伏せる。私は「水だね、待ってて」とアマミクに告げて、給仕の人に聞くが、丁度切らしているらしい。
忙しそうな給仕の人に頼むのは申し訳ないので、私は水を求めて厨房に向かった。
勝手知ったるファリナ城の厨房。今日はここも忙しそうだ。
私は飲料用の水桶から水を汲んで、人の邪魔ないように素早く退室した。
そのままこぼれないように注意しながら廊下を歩いていると、ベランダに人影が見えた。
すれ違いつつチラリと窓の外を覗く。外にいるのはアーヴィン殿下だった。
いつもぴったり張り付いている四人の従者も見当たらない、殿下は一人きりで空を見上げていた。
彼のその顔が、あまりに哀しそうだったので、私は立ち止まりその姿を見ていた。