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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
十章(ファリナ2)
132/185

10-8、宝物(終)

 

 シェレン姫の部屋は東塔の上にあり、塔の入口には兵士が立っていて、男性は入れなかった。


「お父様と兄のお部屋は西塔にあります。魔術師様も」

「東は女性専用なのね? そういえばメイドさんたちも東のほうに寝泊まりしているって聞いたかな?」


 ……むしろ、エレノア妃の部屋の位置がおかしいのかも?


 今私が使っている部屋は食堂の真上にあり、客間が並ぶ廊下の中の一部屋を改造したようだ。その妃の部屋は警備のけのじも無かった。


「母上は強かったようですよ、魔術も弓も剣も」


 ……そういえばエレノア妃はこの体でザヴィアさんを蹴り倒したり、解除魔法使っていたなぁ。強いから、女性塔で匿わなくても良かったってことかな?


「姫も魔法得意なの?」

「いえ、私はあまり上手ではないので、スクロールに頼ってしまいますね。魔力はそれなりにあるらしいのですが、難しいです、魔法……」


 私はうんうんと頷いた。まほーはむつかしー。


 心の底から同意していると、姫は通路最奥の部屋の扉を開けた。


「わあああ、すごい……」


 姫の部屋に入るなり、私は声を上げた。

 目に入るのは、ヒラヒラのレースで縁取られたカーテンと、天蓋付きのベッド。家具は磨かれてピカピカ光り、その上には宝石箱や造花などが置かれている。

 そこはまさに童話の世界のお姫様の部屋だった。


 姫は宝石箱からネックレスを取り出す。


「父が遠征にいかれる度に買ってきてくださったのですが、これなどはコウさんにお似合いですね」


 姫は緑の宝石がついたネックレスを私の首にあてる。

 私はプルプルと首を振った。


「……わ、私こーゆーのつけたことなくて」

「あら、ピアスはつけておりますのに?」

「これは、必要にかられてつけてるだけで、装飾品はつけたことないですねー」


 ……違う、私はずっと男の子に、信になりたかった。だから、そーゆーのを見ないことにしてたんだ。ママはいっぱい持っていたのに。


 ママの事を思い出すと泣けてくるので、私は紙探しに集中することにした。私は腕をまくり、棚の隙間を見たり、椅子の裏を覗いたりする。案の定、紙は見つからなかった。


「ありませんね」


 ……長年掃除をしない場所、容易に動かさないもの、それか盲点……どこだ?


「紙だからなぁ、どこにでもかくせるよなぁ……」

「まあ、簡単な場所なら部屋を使っている私がみつけますよね」

「うーん」


 私はぬいぐるみが沢山並べてあるベットを調べる。


「ぬいぐるみかわいいね。セシルのもあるのね」


 姫はベッドに乗って、白いヘビのようなおおきなぬいぐるみをひっぱりだして抱きしめる。


「これは、おかーさま特製なのですよ。この機会に持って行こうかしら?」

「セシル、かわいい……」


 私は白いヘビのような、長いぬいぐるみを頭からしっぽまで撫でた。すると、途中に何か硬い感触があった。


「姫……これ、何か入れてる?」

「中身は綿だとおもいますよ?」


 姫は私が言ったところを触ると、驚いてしきりに触って確かめていた。


「石か、金属かしら? 硬いですね」


 私は頷く。

 二人はぬいぐるみを開いてみる事にした。

 縫い目を少しほどいて中を探る。綿の中からは紙片と紐が巻き付いた指輪が出てきた。


 紙片を開いてみると、今までのと同じ筆跡だったが、場所指定ではなく十行くらいの手紙だった。


 ゛シェレンへ

 よく探し出したな、おめでとう

 もしくは、偶然発見したのなら運がいい


 母は遠くへ行かなければならないことになった。だから君にこれを預けて行くよ


 悲しいときはこの指輪をつけてしあわせを祈れ

 辛いときは石のように心を固く結べ

 人と人の繋ぎ目から綴る模様に目を凝らせ

 君の織り成す模様に華が咲くよう祈っているよ

 君が平和を繋ぐ糸であるように゛



 二人はそれを読んで、お互いを見つめた。


「これって、お母様の手紙なのかしら?」

「多分……」


 シェレン姫は木とも金属とも言えない、不思議な材質で編まれた指輪を見る。姫が私の手にそれを置くので、私はその指輪をシェレン姫の指にはめた。

 すると、茶色かった指輪を編む糸が光り、水竜の鱗のような虹色がかった白に変わった。

 私はその手を取り、耳を近付ける。


「歌が聞こえる……」


 人の声とも違う、軽い鱗がシャランとぶつかるような音がして、部屋は不思議な音楽に包まれた。

 二人は顔を見合せ、手を握ったまま部屋の外に出る。

 東塔の入口で待っていたセダン王とジーンにその指輪を見せた。不思議な音は姫と私が手を握っているときのみ鳴るようだ。


「なんでしょうこれ、お母様の物だとは思うのですが……」


 指輪の奏でる不思議な曲を聴きながら、四人がエントランスまで行くと、上の階からザヴィアが飛び出してきた。

 ザヴィアは重い体を弾ませて、姫の手を取る。


「祈りの、メグミクの、指輪……」


 魔術師は息をきらせてそう言った。

 姫は私から手を離し、ザヴィアの手を握る。しかし指輪はザヴィアとは鳴らなかった。姫はもう一度私と手を握った。するとまた不思議な音がする。

 姫は不思議そうな顔をして、セダン王に反対側の手を伸ばした。セダン王はためらいながらも姫の手を握る。今度は音は消えず、別の音と旋律を奏でた。


「どうなっているのでしょう、不思議です……」


 姫は目を閉じて指輪が奏でる曲を聞いていた。

 私は姫の手を握って言う。


「この音、魔女の森で聞きました。魚達の歌声ですよ」

「……本当だ、空魚の歌声ですね」


 セダン王のつぶやく声を聞いて、私の脳裏に森が広がる。それはアマミクと踏み込んだ魔の森ではなく、キラキラと木漏れ日の射し込む清浄な森だった。

 そこには銀色の細い魚のような魔物が宙を泳ぎ、角の生えた長耳の魔物が私の膝の上で寝ている。

 私の隣には魔物の調査をしている子どもがいて、私はその子に魔物を紹介した。


 この世界はゆっくりと終息してゆくが、わたしたちの間には永遠にも思える平穏だけがあった。


「どうして私は、彼女から手を離してしまったのだろうか……」


 セダン王が目を閉じて呟くので、姫はセダン王の手をそっと握った。


「……また、手を繋げば良いのですよ。お母様は姿はありませんが、いつも私達を見守ってくれておりますようですし」


 そう言って真っ直ぐに王を見る姫に、セダン王は優しく笑った。


「ありがとうございます。エレノアはきっと、シェレン姫を産むために生きていたのでしょう。姫がしあわせに、笑顔で暮らせるように助力しますね」

「はい、よろしくお願いします!」


 シェレン姫がセダン王と握った手を振ると、姫の手から紐が床に落ちた。セダン王が気がついて紐を拾う。


「……これは」


 王は紐を手のひらに乗せて、じっと見ていた。


「これはあの指輪にまきついていたものです、おそらく母の私物です」


 セダン王は袖をまくり、腕に巻いていた紐をほどいて、手のひらに乗せた。姫と私が覗く。


「これ、コインを落とした時に使っていた伸びるヒモですね? 二つは同じもののように見えます」

「これは地竜の髭ですよ。彼らの体は本体から離れると結晶になり本体に還りますが、そうならないよう魔法がかかってます」

「何故オージンさんのお髭を持ち歩いているんですか?」


 セダン王は紐を指に巻いて、紐を小さくまるめた。それを指でつつくと、髭は小さな岩のようにかわり、岩の割れ目から目が覗いた。


『……何だ? トラブルか?』


 岩から地竜の心話が伝わってくる。


「もしかして、守護竜の端末なの? ほら、カウズが持ち歩いているチビ風竜みたいな!」


 私か姫に言うと、姫はコクコク頷いて、セダン王の手のひらにある岩を見た。

 セダン王は岩に話し掛ける。


「オージン、これはエレノアのものです。エレノアの遺品からあなたの髭が出てきました。これはどうしますか?」


 岩の合間から覗く眼球がキョロキョロ動いて、セダン王の持つ地竜の髭を視認した。眼球はまた動いて手を覗いているシェレン姫を見る。


『……エレの娘よ』

「は、はい!」


 岩に話し掛けられて、姫が少し緊張する。


『おヌシはこの後西に戻るか? それとも北におるのか?』

「西に、塔に戻ります!」


 岩は目を閉じて沈黙した。目が無いと、本当にそのへんに落ちている岩にしか見えない。

 岩は目を開けてシェレン姫を見る。


『二の王が良しとするなら、ワシの髭はエレの娘が持っていてくれ。おヌシは元からセダンの民だ。困った時はワシの髭を使って相談してくれてかまわない』

「えっと……」


 姫は困って辺りを見回した。

 オージンさんが姫を守ってくれるなんて素敵な事だ。


「すごいね! 地竜が姫を守ってくれるって! 地竜は守護竜の中で一番お兄さんなの。とても頼りになるよ」

「えっ、しかし……お会いしたことがない守護竜に守って貰えると聞いても、実感は持てません」


 私は目を輝かせて姫の手をつかむ。


「なら地竜に会いに、セダンに遊びに行けばいいよ! ご飯おいしいよ!」

「ええ、いつでもいらしてくださってかまいませんよ。エレノアの私物は沢山残っているので、持っていってくれると助かりますし」

「……お母様の生まれた国、ですか……」


 シェレン姫が岩を不思議そうに見つめていると、ザヴィアがセダン王と姫の間に割り入った。


「姫に地竜の守りをつけるかどうかは、うちの王にも聞いていただきたい。セダン来訪もしかり」

「どうしてですか? 姫をオージンさんが守るのって、何か悪いことあるの?」


 姫の隣にいた私はじーっとザヴィアを見つめる。ザヴィアはフイと視線をそらした。


「姫はファリナの民ではなくとも、ここまで育て上げたのはファリナ王の功績だ。それを無下にすることは許されませんよ」


 ザヴィアは重い体を動かして、謁見室に戻って行く。その後ろ姿を見て、姫は頷いた。


「お父様に話してから決めてもよろしいでしょうか?」

「はい、姫に任せますよ」

「すぐに聞いて参ります!」 



 一行は魔術師を追いかけて謁見室に戻った。

 中でファリナ王と談義していたカウズが、一行に気がついて席を立つ。カウズはシェレン姫を迎えに行くと、シェレン姫は岩をカウズに見せた。


「……地竜の端末ですか? どうしてシェレン姫が?」

「あの……これは母の私物です。セダン王に渡そうかと思いましたが、地竜が私にくださると」


 カウズは岩に語りかける。


「No.1、これをシェレンが持つことに、問題はありませんか?」

『……エレの子どもに大地の加護がつくだけだ。まあ、外の事も知りたいっつーのは多少はあるがな。起動させないと只の髭じゃ。その辺は二の王がうまくやれぃ』

「承りました」


 二の王が岩をつつくと、岩は元の紐に戻った。二の王はそれを姫の腕に巻く。


「……塔に戻ったら、もう少し携帯しやすい形に変えましょう。今はそのままで」

「はい」


 母の形見を、実の父親に貰い、それを愛する人が腕に巻いてくれた。そのしあわせを感じて、姫は腕を大事そうに撫でた。


「……コホン」


 話に入れなかったファリナ王が咳払いをして注意を引く。シェレンは王座に向かい、育ての親に腕を見せた。


「お父様、これは母の形見です。私はこれを頂いてもよろしいでしょうか?」


 ファリナ王はうむと頷いて、シェレンに向かって笑った。シェレンは振り返り、カウズに向かって手を伸ばす。カウズはシェレンの手を繋いで、隣に立った。

 二人はファリナ王に向かって言う。


「私達は、結婚を前提に交際して行こうと話をしに参りました、ファリナ王は許可をしてくださるでしょうか」

「……私達、他国からになりますがファリナの役に立つように努めます。お父様、お願いします」


 ファリナ王は眉を寄せて二人を見ていたが、ふと息を吐いて苦笑する。


「一番末の娘が一番先に伴侶をつかまえるとか、お前は本当にできた娘だ。良い、許可する。二の王はこの世界では一番信用が出来る人だ。二の王、これからもシェレンを助けてやってくれ。こちらとしても出来る限りの援助はするからな」

「ありがとうございます! お父様!」


 シェレン姫は喜んで、空いた手をファリナ王に伸ばす。ファリナ王は二人と手を重ねた。

 三人が硬い握手を交わすと、広い部屋に不思議な曲が流れ出した。


「……あら」


 シェレン姫は二人から手を離して指輪を見つめる。ファリナ王は娘に笑いかけた。


「また、懐かしいものを見つけてきたな。それはエレノアと共に失っていたと思っていたよ」

「姫、それは宝具ですね。メグミクの持っていた指輪です」


 カウズが的確にそのものを当てる。


「宝具は物として存在するわけではなく、王たるものの結晶から分けて生まれるものと聞いております。アマミクが体から大きな鉄の剣を出すように、王にゆかりのあるもののそばに自然形成されるようです」


 それを聞いて、ファリナ王がうむと頷く。


「だから腕輪は氷の山に、指輪はエレノアが所持していたのか、元からエレノアは四の王に選ばれていたんだな」


 カウズは姫の手を取ると、その上に自分の手を重ねた。指輪は優しい音色に変わるので、姫は微笑んだ。


「四の王の力は協調と和平です。和を尊ぶものにその恩恵があると言います。私達にある、その心に共鳴したのですね」

「……っ!」


 姫は高揚して部屋にいる人々を見る。そして、セダン王に、私にとその手を伸ばした。

 セダン王が先に娘の手を取った。

 私はジーンの背中を押して姫の手を取らせる。そして、一旦回れ右をして、部屋の隅にいる魔術師を引っ張ってきた。太った魔術師は申し訳無さそうにモゴモゴ言う。


「……私は、その……多分鳴りませんよ」

「ザヴィアは平和ではなく、家の復興が目的だからな」


 ファリナ王はニヤついて、太った魔術師に手招きをする。


「家の復興なんて、国あってのものだろ? ここは我慢して平和を祈れよ、ザヴィア卿」


 私は嫌がる魔術師を力いっぱい押して、ファリナ王と手を握らせる。私はザヴィアの空いた手を握って、もう片方でジーンの手を取った。

 ザヴィアの不安通りに、音は止んで部屋に静けさが漂った。私はザヴィアのふくよかな手をギュッと握って目を閉じた。


「天におはしますサーラジーンよ……私達の行く先にいつもあなたの光が灯りますように、そして人々が心安らかに暮らせますように……」


 私の祈りが終わると、城内に美しい楽曲が鳴り響いた、私の足元が光り、緑の魔法が展開する。それをメグミクの力が補佐し、祈りは空に虹色のカーテンを作り、国中に行き渡った。

 皆は曲が終わるまで目を閉じ耳を傾けていたが、私が膝を崩したので急に曲が終わった。


 ……あれ? 床が近い。


 最後に見えたのは、ジーンの手のひらだった。私の意識はまたしても根をあげて、闇に吸い込まれるように眠気に引き込まれた。



◇◇


 幸の頭が床に激突する前に、ジーンが幸を抱き止める。カウズが素早く動いて、脈と呼吸を確かめた。


「これは……魔力切れかな? 今のは魔法だったのでしょうか? 魔方陣はありませんでしたが」


 二の王と目が合った魔術師が、額に汗を流して分からないと首を横に振った。

 ジーンが幸を抱えあげる。


「この少女は、願いがそのままサーによって実現されます。聖地の浄化は夢見ただけで叶いました。そのかわりに本人はこうして倒れます」

「……まあ、コウさんは大丈夫なのですか? お倒れになるの、今日は二回目になりますが」


 姫は心配そうに幸の顔を覗いて、顔にかかる長い髪の毛を耳に掛けた。その時、耳のピアスがキラリと光った。

 ジーンはずりおちそうになる幸を抱え直す。


「先程とは違って、完全に意識を失っています。既に本日二回目になるので、二、三日は目を覚まさないと予測します」


 部屋を出ていくジーンに、謁見室の皆は道を開ける。

 遠巻きに見ていたザヴィアが呆れて言う。


「あの、具体性にかけた魔法はどんな効果があるのですか?」

「ファリナに春をもたらした娘だ、何がおこるかは後の楽しみにするとしよう」


 ファリナ王は高らかに笑った。



◇◇


 あれからどれくらい経ったんだろう?

 私が目を開けたとき、ベットの脇にはシェレン姫が座ったまま眠っていた。どうやら謁見室で倒れて、またエレノア妃の部屋に運ばれたようだ。


 ……最近倒れてばかりだ。ご飯食べないと。


 私は自分のお腹に手をあてる。聖地からファリナに連れてこられてからは、毎日ハノイさんに大量の食べ物を食べさせられていた。なのに肉も付かないし、日に日に体力が無くなっている気がする。


 ……お腹のお肉はいらないけど、胸はついてほしいのに


 私は真横にいるシェレン姫と自分の貧相な体を比べてため息をついた。


「……起きたか」


 私が声がした方に向くと、アーヴィン殿下が壁にもたれかかりこちらを見ていた。


「スミマセン、姫の他に誰かいるとか気がつかなくて」


 私は上体を起こし、シェレン姫に上着をかける。アーヴィンは壁に背をつけたままこちらを見ていた。


「あの、一体何があったのですか? 何故姫が私の部屋に?」


 まっすぐに目を合わせる私に、アーヴィンはふいと視線を外す。


「お前が魔力切れだと言うのて、妹が祈りの指輪を使って、魔力を補填していただけだ。俺もいたほうがいいと、シェンに引っ張り込まれたがな、それだけだ」


 私はキョロキョロと周りを見渡すが、セレムもジーンもいなかった。聞きたいことを目の前にいるアーヴィンに聞く。


「すみません、私、倒れたのですね? あれから何日経ちましたか? セダン王は? カウズは?」


 矢継ぎ早に質問する私に、アーヴィンは「落ち着け」と言う。


「二の王は仕事があると言ってすぐに帰った。セダン王はまだいる。指輪がみつかったのは昨日の話だ。さほど時は経ってないさ」

「ありがとうございます」


 私はごそごそと起き出して、シェレン姫にかける毛布を取ろうとタンスを漁る。しかし毛布の重さと貧血でよろめいた。


「……あっ」


 アーヴィンがとっさに動いて私を抱えた。そして私をベットに座らせる。アーヴィンは私が貧血から回復するまで黙って様子を見ていた。


「あの……殿下」

「何だ?」


 私の声が小さいので、アーヴィンは耳を近付ける。私はベッドの掛布をめくって言った。


「ごめんなさいついでに、姫をここに寝かせてください」

「ずうずうしい奴……」


 アーヴィンは文句を言うが、シェレン姫を抱き上げてベットに寝かせた。私はせっせと姫に布団をかけた。

 アーヴィンは立ったまま、寝ている妹をじっと見ていた。


「……生まれて初めて妹に触れた」

「えっ?」


 アーヴィンは苦笑して、驚く私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「妹は俺になつかなかったし、いつもあの人が抱えていたから接触する隙は無かったんだ」


 ……あの人って、エレノア妃かな?


「まあ、避けられる理由もなんとなく分かっていたし、住む塔も違うし気にはしてなかったな」


 うーん? 殿下はエレノア妃が嫌うようなタイプじゃないよね? ザヴィアさんならともかく。だとしたら、避ける理由は上からの指示とかかなぁ?

 殿下とシェレン姫をくっつけないように、サーラジーンが指示するとか、ありそう。


『預言者の言う未来に向けて、舞台を整えた』って妃が言ってたもんね、おそらくそれ関係だろう。


 私は座ったままアーヴィンに両手を伸ばす。


「移動したいのか?」


 アーヴィンが私を抱えあげようと屈んだ時、私は殿下のイガグリ頭を撫でた。


「……?」


 私は黙ったまま殿下の頭をなで続ける。

 突然の不可解な行動のせいか、殿下の眉間の皺は深まるばかりだ。


「大丈夫です、エレノア妃は殿下の事キライじゃないですよ、みんなに黙って死んだ時のような、別の理由があったんです」

「……なんだそりゃ、憶測で見てきたような事を言うなよ」


 ……うわぁ、やはりエレノア妃本人が言わないとダメなやつだこれ。


 助けてエレノアさん、と思っても、殿下に対してはあまり執着が無いのか、エレノア妃の記憶からは何も出てこなかった。

 せめてこの人の眉間の皺がとれますように、と、眉間に触れて皺を伸ばしてみる。


「殿下だって、沢山いいことしてます、剣も歴史の勉強も頑張ってます。私はこのお城でそれを見てきましたよ。サーは頑張る人をちゃんと見ているし、いつも応援してくれます、だから、大丈夫」


 エレノア妃の記憶を頼りに殿下を励まそうと思ったら、百パーセント自分の言葉になった。

 お力になれず申し訳ありません。と、反省したが、殿下の眉間の縦皺は消えていた。


「それは、慰めているのか?」

「励ましですよ、激励……」

「あまり違いはないだろ」


 アーヴィンはじっと私の目を見て、フッと笑う。いつも仏頂面の殿下が笑ったので、私は驚いた。


「お前みたいなチビでも、しちゃいけないことがある……」

「……スミマセン、なにかヘマしましたかね?」

「寝室で無邪気に男に触れるのはいけない……」


 アーヴィン殿下は私の手をつかんだ。

 顔が至近距離にあるので怒られるのも大迫力だ。殿下の顔の怖さにのけぞると、背中から声を掛けられた。


「人の善意につけこむお兄様に問題がありますわ……」

「うわっ!」


 アーヴィンは驚いて立ち上がる。

 私が後ろを振り向くと、シェン姫が身体を起こしてこっちを見ていた。

 姫は私を背後から引き寄せて、耳に顔を寄せる。


「コウさま? あれに近づいてはいけませんよ。食べられてしまいますわ。これは亡くなった母のいいつけですから!」

「えっ?」

「私達は非力です。そして殿方というのは、優しくしたらすーぐにつけあがります。だから、あーいった輩に優しくする必要は無いのです。むしろ、近付かないでくださいまし!」

「ええ?」


 あー、なんかテジャブ……あれか、セダン王都に降りた時のアマミクも一の王に近寄るな、食べられる、とか言っていた。

 あの時の私とは違い、成長したので、今なら理解出来る。


 ……今の流れだと、私がアーヴィン殿下をベッドに誘った事になるんだ。同じことをレーン相手にやって、ジーンに呆れられたばかりだというのに。


「ごめんなさい、私が考え無しでした」


 姫に抱きつかれ、動けないでいる私に、アーヴィンが手を振った。


「はいはい、了承した。もう用済みらしいし、退散するよ」


 アーヴィンは肩を竦めて部屋を出ていった。

 姫は私に抱きついて、フゥと息を吐く。


「……もう、ご自身の身はご自身で守って頂かないと、ジーン様もお困りになられますしね」

「ありがとう、でも、今、姫が重い……」


 シェレン姫とくっついていると、姫かわいさに抱きしめてほっぺたすりすりしたくなって困る。

 文句を言うと、姫はぱっと手を離した。


「まあすみません、なんだか触りまくってしまいましたわ。きっと昼間のお母様だと思ったのね」


 そう言われると、私の脳裏にエレノア妃の記憶が浮かぶ。苦労して産んだ、愛する人の子どもが結婚してしまうんだ。

 私は込み上げた涙を堪えて、目一杯の笑顔で言った。


「シェレン姫、婚約おめでとう……世界一、しあわせになってね!」

「……!」


 姫は「ありがとう」といって、また私に抱きついた。

10章はエレノア姫の話でした

次の章でファリナ編は終わりです

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