10-4、妃の寝室
ミクと私、セダン王と王の護衛は、エレノア妃が書いたと思われる紙片を持って長い廊下を並んで歩いた。セダン王は紙片を見て首を傾げる。
「この紙片と、宝探しのような謎かけは、誰に対して仕組まれたものなんだろう?」
「少なくとも、ファリナ王宛では無いでしょうねー。馬鹿にしているのかと怒られそう」
「本当だ」
私の分析を聞いて、セダン王はクスクス笑った。
ひとまず寝室とは妃の部屋だろう、と見当をつけるが、護衛の人に部屋を見られるのはなんとなく恥ずかしい。私は扉を開けっぱなしにして、護衛の人には外で待って貰った。
妃の部屋はハノイが毎日綺麗にしてくれているが、セダン王が入ると思うと私は緊張した。
「セダンの部屋と大差ないな……アイツはこの飾りけのない部屋がよっぽど気に入ってるんだな」
「多分ですが……無頓着なんだと思います。ここ、私物無いですもん、エレノア妃はモノに執着されない方なのでは?」
「……ああ、確かに。アイツはどんなボロ弓でも的中させるからな」
ここで思い出すのが弓というのに、私は苦笑する。家具の話じゃないのね。
三人はひとまず捜索を始めた。
食堂では棚の裏側にあったためか、ミクは手当たり次第家具を動かしていく。棚をずらし、カーペットをめくり、果てには巨大なベットまで持ち上げた。
「ミクさん、怪力……」
私はパチパチと手を叩いて称賛する。すると私のお腹がキュルルと鳴ったので、私は真っ赤になってお腹を押さえた。
セダン王は笑って、着物の懐に手を入れる。中から油紙にくるまれた飴を出して、私の手に握らせた。
「これしか無かったよ」
「ありがとうございます」
セダン王が気の抜けた顔で笑うので、私もつられて笑顔になった。
「……あ、そうだ」
私はふと思い立ち、棚から飲み物と焼き菓子を取り出した。
「よかったら、どうぞ」
テーブルにそれらを並べて、私が椅子を引く。
セダン王がお礼を言って腰かけると、私が器に白濁色の飲み物をついだ。私が持つ瓶のラベルには林檎の絵が書かれている。
「えっと、これは北でとれる赤い果実で、生でも食べますが、焼き菓子にしても、ジャムにしても美味しいです。ファリナの名産物です」
私はたどたどしい口調で説明して、チラリと扉を見る。
「……護衛の人はお腹空きませんか?」
「朝早くから連れ出しているからね、空いていると思うよ、ここは追い払って来ようか」
「えっ?」
セダン王はフフと笑って、護衛と話す。ここはセダンの妃の部屋と同じ、安全な隔離部屋であること、そして紙片が見つかるまで動かない事を告げて、護衛に一刻の間、休憩を指示していた。
セダン王はスッキリした顔でテーブルに戻って来る。
「護衛さん、ついてなくて良いのですか?」
「敵の国に行くのだから、護衛くらいつけろと兄が言うので了承したけど、どこでも付いてこられると肩が凝るからね、その点ではセダンが恋しいよ」
セダン王は笑ってリンゴジュースを飲んだ。
食べ物を出したとたんにミクが近寄ってくる。
「コウー! 私も食べる。お腹すいたー!」
「はーい、ジュースでいい?」
「何でもいい! 他所の国の食べ物なんでも美味しいもん!」
「……そりゃ、魔物を焼いた物と比べるとねー」
立ったまま焼き菓子をつまむ南の姫のマナーに、私は苦笑した。
「どうぞ」
セダン王が立ち上がり、椅子を引いて三の姫を座らせる。私はミクにジュースを注いだ。
ミクは両手でコップをつかんで、ジュースをイッキ飲みする。ぷはー、と、器をテーブルにおいて笑うミクはどこかあどけなくて可愛い。
「……ミクさん、王様の前なのに」
「妹もこんなんでしたよ、口調などは姫よりも乱暴で、上の兄……将軍よりも男性っぽかったです」
「えっ? あんなに綺麗な人が乱暴な口調なんですか?」
私が驚いて言うと、セダン王は椅子を引いてミクのように足を高く組んだ。
「お前ら、いい面構えをしているな、気に入ったぞ」
「………?」
いきなり豹変したセダン王に、女二人は首をかしげた。王は席を立ち、腰に手を当てて部屋を歩く。
「なんで氷の城と言われているのに、城のなかはあたたかいのだ、お前、説明してみろ?」
王はそう言って私を指差す。
指名された私は笑って説明した。
「火竜が地下に温泉が出るようにしたので、そのお湯であたたかいと聞きました。もしかしてそれは、エレノア妃の真似なのでしょうか?」
「はい、そうです、妹は誰よりもずっと偉そうな人でした」
私はその豹変っぷりがおかしくてクスクス笑う。
「ファリナ王の口調はどこか妹に似ております、懐かしいとさえ思いましたよ」
「そんなに似ているのですか? 水竜が、ファリナ王は世界で一番横柄な王様と言ってましたよ」
ミクにジュースのおかわりを注ぐと、ミクはまたしても一気に飲み干した。
「でも、ファリナ王はすっごく優しいらしいです。前任の水竜が口癖のようにのろけていました」
「ファリナ王は怖い話しか知りませんので、優しいと言われてもピンときませんね……」
「前の水竜の人の姿は青い髪の女性なのですが、二人であの水竜の巣で踊ったりしていたようです。戦地にも絶対に連れていってくれないとぼやいていました」
セダン王はリンゴジュースを一口飲んで笑う。
「まあ、守護竜を戦地には送りませんね。過去でそれをやったのは邪神だけだと言われています」
「そうですよね! 二の王もとても風竜を大切にしていました。どこの王も守護竜と仲良しです!」
「世界の秩序を守る機構としての守護竜を、伴侶のように扱うのは歴代でも今のファリナ王だけでしょう。彼らは人では無いよ。世界における重要な浄化システムで、神の代弁者だ……」
ずっと笑っていたセダン王が真顔になるので、私はその顔をじっと見つめた。
……確かにそうなのだけど、システムと言い切ってしまうには、守護竜たちは個性的すぎる。これは、私が子どもだから、魂の入ってない人形を可愛がるように、守護竜を見ているのかな?
物思いにふけるセダン王は、私の視線に気が付いて、フッと笑った。
「……君の探していた男の子は、あの黒い服の守護竜でいいのかな? もう見つかった?」
「あっ、はい! お陰様で会えました!」
「それは良かった」
「ありがとうございます」
セダン王がニッコリと笑うので、私はつられて笑う。
「でもね、彼は竜だろう? 伝説の王と同じで年を取らないし死なないよ? そんな人を、いや、竜を好きでいていいのかい?」
セダン王にとっての、システムである守護竜を好きだと言うのは、日本で言ったらロボットと結婚すると言うような感じなんだろう。
「あああ……いえ、あの体は仮に入れられているだけなので! 本体はちゃんとした人間です。私、守護竜は人ではないって分かってますから大丈夫ですよ!」
「その本体というのは、先日セダンを襲った邪神が使っているんだね? では、アマツチ達で邪神を倒せば君たちは元の世界にもどれるのかい?」
私は驚いて立ち上がった。
「た、倒しちゃダメです! あの体はとても大事なんです!」
「……バカコウ、うるさい……ムニャ」
私が我に返り隣を見ると、お腹がふくれたミクがスウスウと寝息を立てて寝入っていた。
「静かだと思ったら、寝ていますねぇ」
「ミクさん、食べた後にお話長くしてたから……」
王は席を立ち、姫を持ち上げた。細い体つきたが、ミクを抱える力はあるらしい。
「寝室に寝かせて大丈夫ですか?」
「あ、はい、こちらに置いてください」
私は布団をはいでミクをベットに移動して貰った。
セダン王はミクを寝かせてから言った。
「邪神は倒さないとして、あなたは……いえ、サーラジーンや森の魔女はどこを終着点として動いているのでしょうか?」
「竜たちは、私か、サーラレーンが神様になるかを選べと言うのです。でも私はサーラジーンの代わりは出来ません」
王は私の顔を見て、困ったように笑う。
「……まあ、そうでしょうね」
「サーは、いや、フレイはレーンを何とかしたいんだと思います。レーンは新しい魔法理論を構成するくらい優秀な人なので。それに、サーは私に、レーンを守れと言いました」
「あなたのような子どもに、邪神を守れと?」
私は真剣な眼差しで王を見つめて、コクリと頷いた。
「力が強いとか、魔力が多いとかじゃなくて、もっとこころの問題だと思うんです……」
……セダンで会ったとき、レーンは寂しいと泣いていた。強いから守れない、守る必要はないなんてそんなことはない。
「例えば、なんでも出来て、力も心も強いからって、生きていく支えがいらないわけじゃないと思うんです」
「……支え?」
首を傾げるセダン王に、私は力強く頷いた。
「私の話なんですが、私は料理を作るのがすごく好きだったんです!」
神の話をしていたのに、突然身近な話題に引き戻されて、セダン王は笑った。
「知らなかったな」
「でもね、食べてくれる人がいなくなったとたん、料理どころか、食べることさえもどうでもよくなっちゃったんです……好きな事を続けるには、心の奥底に動力源がいるんです」
「……動力源」
「大切な人、大切なものです」
そう言ったら、セダン王は遠くを見るような表情をして黙った。
セダン王はずっとエレノア妃の事を知りたがっているので、きっとエレノア妃の事を思い出しているんだろう。
「君が、邪神の支えになるのかな?」
私はハッ! と我に返って、首をブンブンと横に振った。
「いえ、サーラレーンは森の魔女が好きなので! あと私には竜の人もいますしね!」
「……魔女か。妹も魔女の生まれかわりと言われていたな。もしかしたらあいつは邪神に対応するよう作られていたのかもな」
私は、その作られて。という言い方が気になった。
「エレノア妃って、竜や伝説の王のように結晶から作られているのですか? 王の妹さんでは無かったの?」
「そうだよ。アレはうちの血縁ではないんだ。地竜が魔女の森で見つけてきた、高い魔力を持ったみなしごだった」
……誰もがセダン王の妹と言うので、エレノア妃がみなしごだったとは思っても見なかった。
「守護竜は、その人の家系図を参照できますよ? エレノア妃に親はいなかったのですか?」
「私たち、家のものがセダン城に呼ばれる前から、エレノアは地竜と共に城にいた。妹に見えるから兄から妹と呼ばれていただけで、彼女の年齢は秘匿されている」
「それは……フレイの生まれかわりだと思われて当然ですね。妹さんはNo.8の結晶から出来ていたのかも……」
「おそらく、そうだろうね」
旧セダンを滅ぼしたNo.8の結晶であるエレノアさんを地竜が保護していたという事なのかな? エレノアさんという前例があったから、私が緑の魔女の生まれ変わりって明かしても、あまり驚かれなかったのかもしれない?
「君は、気持ちを竜に伝える力があるらしいけど、逆に他人の気持ちを読み取るとかは出来ないのかい?」
「えっ?」
「私はここに来ることがあれば、妹の死んだ理由を突き止めようと思っていたんだ、でも上手くいかなくてね……」
王はミクが寝ているベットの足元のほうに座った。そして天蓋の天幕を見上げる。
「妹は、この部屋でずっと悩んで、泣いていたらしい。その理由を知りたいんだ」
そう言って、セダン王は目を閉じて耳を澄ます。
私も王と少し間を開けてベッドに座って、サーを呼ぶときのように目を閉じた。
「すみません、聞こえません……」
……というか、サーの能力も断ちきるというこの部屋で、私が心霊的なものを探すのは無理かもしれない。サーの力が一切使えない。
私はそっと目を開けると、セダン王がすがるような目でこちらを見ていたので、なにか手がかりはないかと記憶を漁った。
……そうだ、思い出した。聖地神殿の地下だ
「……二代目の妃は王を全く愛していなかった。そして、他の男の子どもを宿していた」
「それは?」
「セシル、いえ、前任の水竜が亡くなる前に言っていた言葉です。二代目なので、エレノア妃の話だと思うのですが……続きは、えっと……」
私は目を閉じて、記憶を探る。
「四の王の再生に、今のファリナ王の子どもである必用はないことと、他国の民でもかまわなかったと言ってました」
私はセシルが死んだあの日……水竜の見せた想い、哀しみ、そして後悔……。
「……竜の彼が、シェレン姫はセダンの民だと言っていたので、多分シェレン姫の事だと思います」
セダン王は呆然とした。
「シェレン姫が、セダンの民?」
「はい、姫は水竜にファリナ王の子でないことを告げられ、今のファリナ殿下との結婚の話を回避するために、西の学舎に水竜が逃がしています。そして、今は二の王と仲が良いです。とても仲良しです」
その話を聞いて、セダン王の顔から笑顔が消えた。
「ファリナ殿下と結婚……?」
「あ、結婚じゃないかもです。四の王を再生させるために子どもを宿すだけかも……?」
「なんだそれは……」
セダン王は呆然として虚空を見つめた。その顔が深刻だったので、私は焦ってなだめるように言う。
「だ、大丈夫ですよ……、それは回避されて、今姫はとてもしあわせですから、姫は二の王とラブラフですよ!」
私はフォローするが、セダン王は上の空だった。
私はセダン王の袖をそっと引っ張った。
「ファリナの伝説の王は結晶から再生するのではなく、人から人へ繋いでいったもののようです。それゆえの事だと思います。セダンから見たらあり得ないことでも、ここはファリナですから……」
セダン王は私の手をそっと振り払い、黙って部屋の外に出て行った。
いつも笑顔を浮かべている王なのに、出ていく彼の顔は蒼白で今にも倒れそうだった。