10-2、隔離部屋での話
私、アマツチ、ジーンは、アマミクに連れられて、私が寝泊まりしているエレノア妃の部屋に来た。
アマミクは肩からジーンを下ろし、手が空くなり上着を脱いでベットにぶんなげる。
「ミクさん、それ借り物だから丁寧に扱って?」
私は上着を拾ってハンガーにかけた。それを壁にかけようと手を伸ばすと、ジーンが受け取り掛けてくれる。
ジーンはいつも着ている黒いマントを脱いで、アマミクの上着のとなりに掛けた。
樹木の制御が届かない部屋のせいだろか、ジーンの顔は信のように穏やかだ。ミクの髪も燃えては無いので、臨戦態勢とかではないみたい。
私は何の話をするのだろうと、首を傾げつつ様子を見ていた。そんな私の頭を、ジーンはポンと叩く。
「三の姫は、私を育ててくれた女性に似ています。久しぶりに女性に抱えられました……」
「うん、ミクはママに似てるよねー。まあミクさんのほうが若くてきれいだけど。色ちがいって感じ」
私は皆を椅子に座らせて、戸棚から茶器とお菓子を出して机に並べる。私はミクにお湯を沸かしてもらうと、ジーン以外にお茶を出した。
アマツチは茶をすすりながら苦笑いをする。
「すみませんコノヒト、自由奔放に育ったせいか、手がつけられない怪力暴君なんです。誰も止められない」
「あんたの言うことを聞かないだけで断定しないで」
ミクが少し不機嫌そうに菓子を貪った。
……これはあれだ。今のは、自分や身内を謙遜するやつだ。アマツチにとって、ミクの存在は身内同然なんだねぇ。
ウフフと、世話焼きおばちゃんのように笑って私は席を立つ。何の話をするのか分からないけど、遠巻きに三人を眺めようと、私はベッドに腰かけた。
「三の姫とはセダンの襲撃以来ですね、お久しぶりです。私に何のご用でしょうか?」
顔に微笑を張り付かせてジーンは聞いた。
ミクは足を高々と組んで、視線は壁に向けていた。
「まあ、色々あるわ……」
「コノヒト絶体ノープランだ。何も考えずに拉致してきたんだ……」
考え込んでいるアマミクの顔を見て、アマツチがからかうように笑う。ミクは足を組み替えるついでにアマツチを蹴った。
アマツチはミクの足をひらりと避けて、何事も無かったかのような朗らかな笑顔を見せた。
「俺とアマミクは、コウの人探しに付き合ってあちこち行ったんだけど、見つかった後はどーなんですか? その竜の体のまま、コウさんとくっつくんですか?」
「そうそれ!」
ノープランのミクがアマツチの意見に乗っかってきた。
「どうなの? 返答いかんではコウは連れて帰るけど」
ミクはアマツチと反対側に席に座り直してジーンを挟んだ。ジーンは私に助けを求めるが、私は少し離れたベッドの上から動かなかった。
「コウ、助けて欲しいんだけど、何故ニヤケ顔?」
「あー、なんかいいなぁーって思って」
「……どこが?」
私は犬が尻尾を振るように、座った足を揺らす。
「だってここには私が好きで、気の置けない人しかいないわ。それがどんなにしあわせな事なのか、私はよーく知っているから」
「……幸、もう少し状況を見ようか」
私は目をパチクリして、ジーンの言葉を指を折りながら考える。
「ファリナは凍ってたけど、セレムが王を選んだから解決するでしょ、シェレン姫はカウズと仲良し、そしてセダンとファリナは仲良くなれそう。自治区は浄化した、レーンはアスラを浄化してるみたいだから放置でよし、他になにかある?」
真面目に答えたのに、ジーンにはため息を返される。何か見落としがあったのかと、私はさらに考えた。
「前はね、ジーンさんの体を取り戻して、あっちに返さなきゃいけないなー、信とお別れしなきゃいけないなーって思ってたんだけど、無理っぽいからもういいの。私この世界で信と暮らす事にする!」
私の返答に、テーブルについた三人はお互いの顔を見合わせた。
ミクは席を立ち、ベットに座っている私の隣に座って、私にしなだれかかる。
「なんであれがいいの? 暗くない? どこがいいの?」
「ミクさん、重い……お酒くさい……」
「葡萄のお酒軽くておいしー……ふふっ」
「酔っているのか……」
ミクは上機嫌でクスクス笑う。ミクは私を抱き枕代わりにして、動かず目を閉じていた。しばらくするとスヤスヤと寝息が聞こえてくる。
「姫は緊張した状態で飲んでたから、酔いが回ったんだね」
アマツチは幸を救出しようと席を立つが、ジーンがその裾をそっと引いた。
「このまま放置で」
「……ん?」
私は上に乗ったミクから逃げ出そうともがく。しかしミクの腕が頑丈に絡んでいて抜け出せない。
私の意識はここまでで、アマミクと一緒に眠りに落ちた。
◇◇
男らが何もせずに二人を放置していたら、幸も寝たようで、静かな部屋に二人の寝息が響いた。
ジーンはそこで席を立ち、二人をベットに寝かせて布団をかけた。そして椅子に座り、アマツチに向き直った。
「実は私、かねてから一の王と話をしてみたかったのですよ」
「……あ、俺?」
アマツチは話を聞こうと姿勢を正した。
ジーンは部屋を見渡す。
「一の王はこの部屋の持ち主、エレノア姫の能力ってご存じですよね?」
「うん、話だけなら」
「エレノア姫と緑の魔女、あと幸は、サーラジーンが常時監視しています」
「えっ、監視? 伝播の能力って聞いてたけど?」
ジーンは微笑んで言う。
「メインは監視ですね。元から守護竜と各王族は、樹木から居場所が探知できるようにマーキングされていますが、幸は特に見張られています」
「え、俺らも?」
「もちろん、竜はあなた方の位置を検索するでしょう? それがそうです。緑の魔女と、エレノア妃、そして幸の気持ちが竜に伝播するのは、サーが監視しやすいためだと思います、まあ、私の憶測ですがね……」
良く分からないと首を傾げる一の王に、ジーンは何と説明したらいいのか悩む。
サーの監視は、幸をこの世界における、サーのアバターにして、その感覚をサーが共感しているのだと思うが、ゲームをしたことのないこの世界の人にそれを説明することは出来なかった。
「この部屋はその監視から逃れることが出来ます。幸のピアスがある程度まで能力を封じたように、世界樹の枝で出来たこの部屋は、サーの監視と殆どの魔法を遮断します。ほぼ密室と思ってください」
「意外とすごい部屋なんですね、ここ……」
アマツチはのほほんとした声で部屋を見渡した。
「王宮魔術師の探知魔法もしゃだんしたり……」
「……へ?」
「いえ、こっちの話で」
ジーンは姿勢を正した。
「一の王の人柄を見込んで、包み隠さずお話ししますね」
「……はい」
アマツチはごくりと唾を飲んだ。
「まず先程の質問ですが、今の私の体は邪神が利用しています。そして、邪神でないと私の体は使えないことが判明したので、私はこの竜の体でこの世界に滞在しようと思っております」
「それ、さっき、コウちゃんが言っていたやつか。ふーん……おめでとうというべきかな?」
「……ありがとうございます」
愛想笑いするジーンを見て、アマツチは机をぽんと叩いた。
「そうそう、邪神って何なんですか? 俺が不在時に襲撃に来たから分からなくて」
「邪神は、緑の魔女と同じ、古くからこの世界にいる思念体ですね。この世界よりひとつ上の次元から来ている人の魂です」
「上の次元?」
天井を見るアマツチに、ジーンは頷いた。
「実は幸と私の世界に双竜がいたことがあるのですが、その存在がとても希薄で不安定でした。この世界で最強の生命体である竜さえも、私達の世界では薄くしか存在出来なかった、ゆえに、世界は上下関係にあると推測します」
「えっ……じゃあ、俺が異世界に行ったら、消える可能性もあるのか」
ジーンは重々しく頷いた。
異世界とは、海の向こうの見知らぬ国のように存在しているのだと思っていたアマツチは、信じられないと、呆然とする。
「同様にサーの体も、私達の世界に存在するようです。私は知らないのですが、サーの体は研究されているようだと幸がいっていました」
「研究? この世界の魔力結晶や俺らは、サーラジーンの体が分けられて造られたと竜が言うんだけど……」
「樹木にはそう記載されていますね、でも幸やレーンの結晶の運用を見ると、それは体ではなく、血液をはじめとした体液とうい可能性もありますが、これも憶測でしかないので脇に置いて置きましょう」
「……アハハ」
アマツチは話についていけずに苦笑いした。
「まあその辺はこの世界から確認することは出来ないので、今は横に置いて置きましょう。現状における問題は、魔力不足と邪神の存在です」
「銀の盆も行方不明だね、それと世界に子どもがいないことも深刻だ」
ジーンは頷いて、前に置いてあるカップに手を伸ばすが、この体に水分補給は必要が無いことを思い出して、カップを遠ざけた。
「邪神の目的は、この世界の消去です」
「それはとても、邪神らしい目的ですね……」
「そして、この世界で邪神と対する存在なのが、緑の魔女こと幸で、幸は世界の保存を目指しています」
アマツチは頷いた。幸なら世界を守ると言うだろう。
「消去か保存かはメグミクを含めた全ての竜と王が選択します。簡単に言うと、邪神と幸のどちらを神に据えるかという話です。具体的に言うと、サーの赤い力の後、青か緑かを選びます。選ぶのは私を含める貴殿方となると、樹木には記載されています」
アマツチの顔が蒼白になった。
「……えっ?」
ジーンは両手を組み合わせて、机に身を乗り出す。
「世界の保存、いや再生には幸の全てをささげないと成し得ないでしょう。この世界に体を捧げたと言われているサーラジーンは精神体すらありません。幸はフレイ同様、幽体になるだろうと推測していますが、それさえも不確定です。世界の保存後にはおそらく幸の存在は消え去るでしょう。ここで一の王はどうされますか? 幸を犠牲にしてこの世界を守りますか? それとも世界を消しますか?」
アマツチはあまりの話に中腰になる。
「いや、いや、ちょっとまって、答えるの無理だそれ……」
そして、うなだれて椅子に座った。
「前に俺、コウちゃんに血を貰ったことがあるんだ……。コウは黒竜にも大量に血を与えていたし、貴方にも……それを見てずっと思っていたことがあって」
アマツチはジーンを真っ直ぐに見て言う。
「竜達がコウになつくのは、コウが竜のエサなんじゃないかと思ってた。この魔力不足の今、コウちゃんの魔力はとても有用だからね。でも実際は根こそぎ奪うような話だったんだな……」
二人の女子の寝息が静まり返った部屋に響いた。
アマツチは席を立ってベットの脇に腰かける。そこにはミクに絡みつかれた幸が、しあわせそうに眠っていた。
アマツチは幸の頭をそっと撫でる。
「そりゃ、この世界と一人の女の子を天秤に乗せたら、世界のほうが重いさ……。きっとこの子はそれを望んでくれると思う。そーゆー子だよね……」
「……はい」
ジーンは静かに答える。
「でもそんなの俺が嫌だ」
アマツチの蒼い目に大粒の涙が浮かんだ。
「俺が犠牲になるなら全然いいよ? でもこの子は駄目だ。他所の世界から来た子どもを犠牲にして延命した世界に、何の意味があるっていうんだ……」
アマツチはコウ達が寝ているベットに伏せて、しばらく泣いていた。
「……よかった」
アマツチが顔を上げると、ジーンは微笑んでいた。
「この世界を代表する人が、優しい方で良かった」
アマツチは鼻をすすりながら、ジーンに向き直る。
「裁定はメグミクの結晶が集まり次第になりますが、もう数年もないでしょう。その時にもう一度これをお尋ねします。保存か消去か。貴方は三人の王で話し合ってください。守護竜は基本的に主人の意思に従います」
ジーンは深刻な顔で言うと、一度目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。
「……もし、皆さんが幸の死を選ぶようでしたら、その時点で幸を元の世界に叩き帰そうと思っております」
アマツチは袖で涙を拭う。
「あは、そんなことが出来るのか」
「幸さんのしあわせと生命を何よりも尊重しますよ、私は」
「守護竜が世界が消滅しかねない事をするなんて、サーにバレたら困るから、この部屋で打ち明けたんですか?」
「いえ、流石にサーラジーンに伏せる事は出来ないと思います。隔離部屋で話したのは、会話を樹木に記載されて守護竜やレーンに見られることを配慮しました」
「アハハ、抜け目無い」
アマツチは立ち上がって自分の頬を叩いた。
「どっちにしろ俺らは俺らでやれってことだね。いいよ、分かった、今あるサーの結晶で世界が生き残る道を探すよ」
「ありがとうございます、ではそれでよろしくお願いします」
ジーンは立ち上がりアマツチに手を伸ばす。ジーンはアマツチと握手をした。
アマツチはジーンの手を握ってふと思い出した。
「……そういえば女子が噂してたんですが、貴方って竜というより随分人間寄りですよね、性別ってあるんですか?」
「ご想像にお任せします」
「えっ? その返答解せないんだけど……」
ジーンは手で口を隠して笑う。
「本体は男ですね。なので邪神も男の体です」
「……ん? どーゆーこと?」
「この体、本来の髪の色は金髪なのですよ。でも私が入ったら黒髪になりました」
「いや、そんなこと聞いてるわけでは……」
そこまで言うと、ジーンは素早く席を立ち、扉を開ける。
「ではごきげんよう、一の王と話が出来て良かったです。お休みなさい」
ジーンは振り返らずに部屋を出ていった。
残されたアマツチは首をかしげていた。
「……えっ?」
アマツチは思わず寝ている幸を見る。しかし、疑問は晴れなかった。