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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-15、回収


 レーンは妃の部屋の扉を開けた。

 室内は静かだったが、外は喧騒にあふれ返っている。


「レーン、何処にいくの?」


 レーンは抗う私の手を乱暴に引っ張って廊下を進んだ。

 いつも歪んだ微笑を浮かべているレーンの顔が真剣で、私は息を飲む。

 私の抵抗などレーンには何の問題も無いようで、レーンは構わず私を引っ張った。その容赦のない力は、セダンで会ったときの無慈悲なレーンを思い出す。


 レーンに引かれるまま廊下の角を曲がると、赤い髪の幼稚園児くらいの背丈の子どもが柱の影から姿を現した。


『やあフレイ、君たちが中々でてこないから退屈していたぞ』

「フィローは何でファリナにいるの?」

『ヤツに頼まれたのさ』


 火竜は誇らしげにそう言って、レーンを指す。

 火竜は自分の国であるアスラを焼くのに躊躇が無かったと言う。今ここでレーンと火竜に暴れられたら、何が起きるか予測がつかない。


「フィロー、レーンは世界を壊すと言うの。レーンの言うことは聞かないで」

『なんで? 彼はサーだぞ? サーがその身を壊したいのならば従うだけさ』

「そんな……」


 火竜はこの人がサーラジーンとは別人だと分からないんだろうか? それとも、レーンだと分かって従っているの?


「フィロー、レーンはサーラジーンじゃ無いわ。この世界はサーラジーンの体で出来ているけど、レーンは私と同じ客人なの、だからレーンにサーラジーンの世界を壊させないで」

『おヌシは何を言っとるのか?』

「あーもう、うるさい! こんなことなら声が出せないままにしとけばよかった!」


 レーンは舌打ちして、右手に青い魔方陣を出した。そこから取り出した銀色のものを私の手首にはめ、片方を自分にはめた。私の手首に冷たい銀色の金属の輪が食い込む。


「手錠?」


 私は困惑して聞くが、レーンは躊躇せず歩き出した。


『サー、それ痛いよー、ひっぱらないで』

「フレイが逃げるからしょうがない」


 私の痛みが伝わった火竜が文句を言う。

 私はなるべく火竜に負荷がかからないように注意して、レーンについて行った。


 途中で兵士と一緒にいるアーヴィン殿下とすれ違った。目の細い剣の従者がいぶかしんで言う。


「なんですか? この子ども達は」

「コウ、何処へ行く?」


 殿下が私に聞くが、レーンが間に立ち塞がり、殿下を見下すように鼻で笑う。


「ふん、血統はいい。メグミクの因子はあるが、舞台に立つには力不足だな」


 レーンの手に青く光る魔方陣が浮かぶのを見て、私はその光る手にしがみついた。


「殿下、逃げて!」


 私が大声で叫ぶと、レーンの手から青い光が出て、アーヴィン殿下の横の柱を焦がした。


「……はずした」


 レーンは邪魔をされて、チッと舌を打つ。

 レーンを見て呆然とする殿下を守るように従者が立ち塞がる。


「……コウ、お前……声が」

「逃げてください、早く!」


 私が叫ぶと、従者が殿下を連れて後退した。

 レーンは舌打ちし、手の光を消して先を急いだ。

 私は動く方の手でレーンの腕にしがみつく。


「レーン、人を殺してはダメです! 誰も傷つけないで!」

「……ああもう、うるさい、君は黙れ」


 私の足元が青く光り、魔法の輪が私を取り囲んだ。レーンは私の額に手を当てて薄く笑う。


「我が命に従え、フレイ・レ・リーン」

「……!」


 私の足が、手が動かなくなった。

 霧がかかったように思考はぼんやりとして、考えが定まらない。


「黙ってついてこい」


 レーンがそう言うと、私の足はレーンの言うように動いた。

 レーンは手で鼻をこする。そこには微かだが血が付いていた。それを見た火竜が言う。


『おぬし、魔女本人に命令魔法を使うのは負荷かかかりすぎる、命取りになるぞ』

「五月蝿い、黙れ……」


 サーににらまれた子どもは青ざめ、パタンと口を手で塞ぐ。レーンは私を連れて道を急いだ。



◇◇


 ファリナ城の大広間に、ファリナ王を中心にして、王宮魔術師のザヴィアと魔術師が譲位の儀式の打ち合わせをしていた。

 広間には鎧を着た兵士がずらっと並んでいる。

 その広間に、キーンと、耳鳴りのような高い音が鳴り響いた。


「王、魔導検知です。これは……?」


 ザヴィアが杖を立てて、探知に集中する。他の魔術師達も騒ぎ出した。


「なんだこの魔力は」「ありえない」


 王は愛用の剣を手元に寄せた。


「何が来たか? ザヴィア」

「わかりません、今までにない力です」

「どこから入って来たんだ……」


 ザヴィアはわからないと首を振った。

 その時、突然広間のドアが開き、三人の子どもが大広間に入ってくる。

  青い異国の服を着た少年と、最近城にいる少女、そして赤い髪の小さな幼児だ。

 その取り合わせは子どものいないこの世界にはありえないもので、異様さを物語っていた。

 竜の娘は虚ろで、先頭の少年によって、腕を何かで繋がれている。


  三人は王座に向かって真っ直ぐに歩いて来た。

 魔術師団は王座に防御魔法陣を展開するが、広間にいる兵士は硬直していた。

 どうやら、魔術師団の作った防御壁の外側は、皆魔法で動きを止められているようだ。


 王は中央の少年に声を掛けた。


「我が城に、我が国に用があるか? 少年」


 少年は右手をポケットに突っ込んだまま喋る。

 

「我が名はサー・ラ・レーン。今日は預けた物を返して貰いに来た」


 魔術師達が騒ぐ。

 

「サー?」「サーラレーン?」「邪神か? あの子どもが?」


 王は剣を杖にして立ち上がり、相手を威圧するように壇上から見下ろした。

 

「神に何かを借りたことは無い、ここは我が城だ、お引き取り願いたい」


 レーンを目の前にしても、物怖じしない王を見て、レーンは舌打ちする。


「だから、結晶を持たない王を選ぶべきでは無いと言ったのに……」

「我が竜を愚弄するのはやめて頂きたい」


 ファリナ王はレーンを前にしても一歩も引かなかったが、魔術師一団は警戒を露にして怯えていた。


 その時入口の扉からアーヴィン殿下の姿が見えた。殿下は広間の異様な空気を感じて、入り口で足を止めた。


「どうゆう状況なんだこれ……」


 兵士は全員固まっているし、先ほどアーヴィンに向かって逃げろと叫んだ少女が、何かに繋がれたまま動かないのも気になる。


「なにか、あの少年がサーらしくて、王と対立しているようです」


 命令魔法は広間の中だけのようで、通路から見ていた兵が怯えてアーヴィンに告げた。

 王に立ちはだかるのは、コウに似た身長の子どもだが、アーヴィンの目にはそれが異様に写った。


「なんだあの魔力量……青い炎で燃えているみたいだ……」


 部屋の兵士も魔術師も、彼に臆して動けずにいた。その中でファリナ王だけがにやけ顔を浮かべてレーンに対峙している。


 ……神にあの態度とか、人生すててんだろ親父。


 父親の不遜な態度を見てアーヴィンは思うが、同時に王の寿命が短い事も思い出した。


「心中するつもりかよ……」


 アーヴィンはふと気付く。


「あの子どもにいつもくっついてる水竜はどこだ?」

「今日は倒れた守護竜を見に聖地に行ってますよ」

「黒のほうもいないし、つかえねーな、ホント……」


 アーヴィンはポケットに入った腕輪を触った。



 王は広間を一瞥し、レーンの背後にいるコウを見た。いつもキョロキョロしている大きな目が、虚ろで視点が定まっていない。


「その娘はうちの水竜の客人だが、何故繋がれている?」

『コウはうるさいから黙らされたよ』


 赤い髪の子どもが答える。


「君は?」

『アスラの守護竜、No.3』

「成る程、火竜にはうちの水竜が世話になった。一度挨拶に行くつもりだったが、時間がなくての、非礼をお詫びする」


 王の挨拶に、火竜も普通に答えた

 

『No.4はザンネンだったなぁ……でもアヤツはしあわせそうだったから本望だろう。いつもお前の事しか話さんからな、しかも楽しそうに』


 魔術師の防護壁の前で、空気が読めない火竜が王とのんきに話をしていた。


「無駄口は止めろNo.3」


 レーンの冷たい声がその空気を引き裂いた。

 火竜は驚いて肩を揺らし、口を押さえて押し黙った。


「アイロス王、約束の日は過ぎた。世界に七匹の竜と三人の王が揃ったのに、ファリナだけ王が欠けている。これは重罪だ……」

「全てはサーの御心によるものだ。こちらとて最善は尽くしたのだが、生まれなかったのはいかんともせんだろう。ちゃんと、いたんだぞ? その計画のせいで最愛の竜を失って、こっちだって神には文句しか無いわ」

「お前……誰の上に乗り悪態をつくか。なぜサーはこいつを見逃すのか」


 レーンは唇を噛んでファリナ王をにらむ。レーンを包む青い炎が勢いを増したが、ファリナ王には見えていなかった。


「親父……すげーな、アレ……」


 入り口から中を見たアーヴィンは、神をも恐れぬ親の姿を見て頭を抱えた。

 まったく悪びれない王の様子に、レーンは嫌悪の表情を見せた。

 

「王、お前が何をしたというんだ? 水竜の寵愛を笠に着て、お前は子を成さなかった。その結果が、四の王の不在を招いている」

「邪神のくせに知らんのか? ワシはサーの結晶を殆ど有していないんだ。その僅かな結晶を子に渡したところでどうにもならんだろう?」


 レーンは大きくため息をつく。


「それでも、僅かにだが望みはあった……。でもいい、過ぎた事を悔やんでもしかたがない。お前は俺が処刑する。そして、四の王は結晶で回収する。No.3!」

「あいよー……」


 赤い髪の小さな子どもが、やる気が無さそうに両手を上にあげる。

 

「ぽーい……」


 彼の両手の上に火の玉が浮かび上がり、それを王に向かって放った。


「ザヴィア!」


 王の声と共に、魔術師団が炎に対する防御壁を展開する。火球は壁にぶつかり消滅した。


「どんどんいくよー……」


 火竜はやる気のない表情で次々と火の玉を投げる。対する魔法の壁にぶつかり、消滅する度に爆音が響き、細かい火が広間に飛び散った。

 火は幸やレーンにも容赦なく降りそそぐが、炎は二人の前でかききえる。


「これでは城が燃えてしまう」


 アーヴィンは通路にいる兵に指示して、水や雪を持ってこさせた。

 王は防御壁の内側で魔術師に声を掛けた。


「ザヴィア、あと何回持つ?」


 魔術師は詠唱の切れ目に答える


「あと四度で壁が崩れます」

「なら、三度目にお前らは逃げろ、あいつの目的はワシだろう? お前は通路にいるアーヴィンを守れ」

「王……」


 ザヴィアは少し考え、「分かりました」と言う。王は壁の内側で剣を抜いた。


◇◇


 夢うつつでその様子を感じていた私は、意を決して自分の唇を思いきり噛んだ。痛みと共に、口の中に血の味が広がる。

 痛みに同調した火竜が驚いて私を見た。火竜が頭上に掲げていた炎の玉が消え、火の勢いが弱まった。

 その隙を見て、私は祈った。


『サー、私を自由にして……!』


 唇の血が緑の光に変わり、私の体を包み込んだ。

  手の拘束具が接合部から砕けて、床に落ち、ゴトリと金属音が室内に響く。

 私はレーンから離れ、炎を避けながら広間の入り口に向かって走った。


「お前……!」

「アーヴィン殿下、剣を貸してください! あと、メグミクの腕輪も出して!」


 私は答えを聞く前に、殿下の腰に差してある剣を引き抜いた。

 レーンが私を追いかけて来たので、私は刃を首筋にあてて、大声で言う。


「来ないで、レーン! 動いたら私、今ここで死にます!」


 私の持つ剣を見て、無敵だったレーンは足を止めた。

 レーンとにらみ合いながら、刃の部分に触れようとした時に、背後から手が伸び、万歳するように私の両手は上げられた。

 私の手から剣が落ちる。

 私の手をつかんでいるのは、アーヴィン殿下だった。


「……殿下、何故?」

「分からん、体が勝手に!」


 見ると、私と殿下の足下に青い魔方陣が光っていた。

 広間全体に掛けていたものはいまだ発動しているようで、広間にいる殆どの人が動けないでいる。

 どうやらレーンは複数魔方陣を展開出来るようだ。


「……ううっ」


 アーヴィンは何かに抵抗するように、顔を歪めていた。

 レーンがよそ見をしているうちにと、魔術師の一人が防御壁から飛び出した。

 魔術師は呪文を唱え、杖をレーンに向ける。しかし壁から外に出た途端に、その場に伏せて動けなくなった。

 見ると、レーンがコートのポケットに隠している右手が、絶えず青く光っている。


「……ザヴィア、あの魔法は何だ?」


 壁の内側で王が宮廷魔術師に尋ねる。


「多分、他者を従える魔法です。彼はこの広間全体にそれをかけているようです」

「そんな魔法があるのか、ちなみにお前は使えんのか? 世界で二番目の魔術師なんだろ?」

「無理です。学舎でも聞いたことがありませんよ」

「ふーん」


 呑気に敵に感心する王に、ザヴィアは眉間に皺を寄せてジロリとにらんだ。


 レーンは歪んだ笑顔を顔に張り付けて、ゆっくりと私の方に歩いてくる。


「レーン、ここで酷いことをしないで……」


 アーヴィンに手を捕まれて、何も出来ない私の目の前で、火は燃え広がり、命令魔法により逃げられない兵士が焼けていく。

 広間に悲鳴や絶叫が響いた。


「その女を捉えたまま口に手を入れておけ、舌を噛ませるなよ」


 アーヴィンはレーンの言うままに、私の手を後ろに回し固定し、口に手を入れた。

 レーンは私が動けない事を確認して、また王座に向き直った。


「……邪魔が入った。仕切り直そう。お前らの大事なものは俺のすぐ後ろにある」


 レーンは真っ直ぐにザヴィアを見て話す。


「障壁を解き、簒奪王を明け渡せ。そうすれば大切な次期後継者は見逃してやろう……」


 ザヴィアは王とレーンを交互に見た。


「従え、ザヴィア。兼ねてからそうしたかったのだろ? 何を迷う事がある」


 ザヴィアは愛用の杖を握りしめて目を閉じていたが、杖を手から離した。

 他の魔術師が顔を見合わせる中、王座にかけられていた防御壁が砕け、破片を散らして飛び散った。

 魔法による防御を失って、宮廷魔術師は全員その場に縫い止められ動けなくなった。


 そうしている間にも、火は燃え広がり、辺りに悲鳴が響き、部屋は煙が充満する。


 ファリナ王は悠然と立ち、この国の守護竜から貰った剣を斜めに構えて、青い服を着た少年を見ていた。


「サーよ、ワシを処刑するのだろ? やってみろ」


 レーンの右手はずっと光っているのに、ファリナ王に命令魔法は効かないようだった。


「……ファリナの王が、サーの結晶を持たないというのは誠だったか」


 レーンもうっすらと笑った顔のまま、ファリナ王と対峙していた。



「……馬鹿、お前何やって……」


 その時突然、広間の入り口付近でアーヴィンが声を上げた。

 視線が集まるのを肌で感じながら、私はレーンの敷いた拘束魔方陣から抜ける。


「何で魔法が解けた?」


 レーンは驚きつつも、私を捕まえようとするが、私は必死にレーンを避け、王座に向かった。

 途中焼けた柱が崩れ、私とレーンの間を分断した。


 私はファリナ王の前に立ち、レーンから守るように手を広げる。

 地竜のピアスをつけているほうの耳が燃えるように熱い。耳から流れる血が頬をつたい、ポタポタと床に落ちた。


「血が出ているぞ、大丈夫なのか?」

「大丈夫です、動けなかったので、殿下に噛んで貰いました」

「何故そのような事を?」

「後で説明します! 今はレーンをなんとかしないと!」


 私は王の前に立ち、血が溢れる耳から血を取って、手を天に掲げた。


「フレイ・レ・リーンの名において命ずる、第四の竜、セレム来ませよ!」


 辺り一面に緑の光が溢れて、その中央から水の玉が空中に浮かぶ。

 その玉は割れて、中から透き通った小さなヘビのような竜が現れた。


『……ってええ! バカコーウー!』


 小さなヘビは転移したとたん空中を飛び回り痛みに呻いた。

 水竜が出した水は部屋一面に飛び散り、雨になって降り注ぎ火を消した。大広間にサウナのようなムアッとした熱気が立ち込める。


「セレム、受け取って……」


 私は血がついた手を水竜に伸ばす。


『バカ、お前の血じゃどうにもならねぇって言っただろう?』


 文句を言いつつ、セレムは私の手にからまる。

 私はセレムに口と、耳の傷を治して貰いながら懸命に状況を話した。


「レーンの命令の魔法のせいで、広間の皆は動けないの。どうすればいい?」

『サーが起きてんなら頼め、どーせ見てるんだし……』

「そっか!」


 私は祈るように両手を握って、心の中の光を探す。


 ……サー、サー・ラ・ジーン

 今目の前でレーンにより、多くの人が傷ついています。彼にこれ以上人を殺さないように、この部屋の人々を、彼の魔法から解放してください。


 ……フレイ、目を開けて彼を見なさい。


 私はサーラジーンの言うように、真っ直ぐにレーンを見た。私の耳から落ちた血が緑色の結晶に変わり、私の周りを光りながら漂っている。


「フレイレリーンの名において命ず、サーラレーンの命令から、ファリナの民を解き放て」


 ……フレイ、彼を守りなさい


 私の心の中で、サーが笑った気がした。


 遥か遠いイギリスから、古い礼拝堂の研究所から、サーはずっとフレイと私を見守ってくれている。そしてそれは多分、私だけでなくレーンと信も守っているんだ。

 レーンはいつも怒っているけど、後でそれをすごく後悔するの。取り返しのつかない過ちを犯すまえに、彼にこれ以上罪を重ねさせないように、彼を守って……。


 私はサーに向けて祈った。

 私を中心に、広場に緑の光が波紋のように広がる。その光は、レーンによって動けない人を解放して、広間にいた人の怪我や火傷を治した。


 呆然とするレーンを尻目に、私はアーヴィンに手を伸ばした。


「殿下、私と一緒に水竜の成長を願ってください。ここにいる皆さんも一緒にお願いします!」


 私は腕輪を持つ殿下の手を握る。


「殿下、一緒に詠唱して!」

「えっ」

「メグミクの力よ、天のお恵みよ。この凍てついた大地に恵みを与えたまへ。守護竜をすこやかに伸びるよう見守りたまへ。その優しい力で我らを救いたまへ……」


 戸惑う殿下と詠唱し、腕輪を天に差し出す。

 殿下の持つ腕輪から、緑の光が溢れて水竜を包み込んだ。


 ……まだダメ。足りない。


「皆さん、願ってください、水竜の成長を! そして、ファリナの平和を!」


 ザヴィアを含め、そこにいた全員が、少女のいうように目も閉じて願った。

 すると腕輪から不思議な音楽が流れ、水竜を包んでいた光の玉に吸い込まれた。


 光は緑から黄色に変わる。それはまるで昼間の太陽のように輝き、広間一面を照らした。

 そして光がはじけ、中から巨大な竜が現れた。


 その鱗は白く半透明で、表面は七色に光りが遊びながら踊る。瞳は深い海をたたえ、背中に一文字にキラキラと光るヒレが走る。

 子竜は民の祈りを受けて、太古からずっとこの地を守ってきた水の守護竜に成長した。


 セレムはファリナ王の所にはい寄る。


『メグミクが生まれて、王になるまでの数年間限定でお前を選んでやる。さっさと命を差し出せ』


 そのぶっきらぼうないいように、王は笑った。


「……了承した、ならばもう少しだけお前らに付き合ってやろう」


 セレムは王に額付く。

 王がセレムの角に触れると、黄色い光が水竜を包んだ。光が消え、契約が終わるなり王は命ずる。


「では水竜、あいつらを追い返せ」

『いきなり無理難題言いやがる。もっと細かい指示をしないと働かんぞ』


 王はフムと言い、アゴヒゲを撫でる。


「では火竜をアスラに連れていけ」

『御意』


 セレムはチビ火竜を探す。

 火竜の姿は小さいので、瓦礫にまじると見つけにくかった。

 探知を展開して探すと、火竜は部屋の隅で気を失っていた。


『お前が近距離で自傷するからショックで昏倒……』

「私のせいなの!?」


 コウの口と耳は既に治しているが、側で二度も痛い目を見た火竜は災難だっだろう。

 水竜は火竜を労るように、服をそっとくわえた。


「黄色の魔法……そんなものがあるのか…ハハッ……」


 この様子を呆然と見ていたレーンが失笑した。


「この期に及んでまだこいつを選ぶのか。何度再生しても狂ってるな、水竜……」


 広間から出て行こうとするセレムはムッとして振り返る。


『ちゃんとあちこち捜しまわったさ。お前が巣くってるアスラにも行ったんだぞ? その中でこいつがいくぶんましだっただけだ。メグミクが生まれ次第乗り換えるからな!』


 レーンは下を向いて、肩を震わせていた。


「……生まれ次第? そんな日は来ないよ!」


 上着の中から透明な玉を取りだし、その胸に抱いた。そして、その玉を天に掲げる。


「サーラレーンの名において命じる、この国の全ての民からメグミクの結晶を集めよ」


 レーンの足元に何重もの 魔方陣が生まれ、拡散し、そこにいた人々の足元に取りついた。

 取りついた魔方陣は下から上にせりあがり、その人の前に赤い結晶を浮かび上がらせた。


 結晶の抽出に苦痛を伴うようで、広間にいる人々の大半が苦痛にうめいた。私のそばにいたアーヴィン殿下も、冷や汗をかいて頭を抱える。

 この広間の結晶は、殿下のものが一番大きかった。

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