表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/185

10、(幸 )三日月夜


 幸が目を開けると、そこは自宅のソファの上だった。


 ……何時だろう?


 すでに部屋の灯りは消えていて、スモールランプが室内をぼんやりと照らしていた。


「うっ……」


 頭が重くて、目が熱ぼったく腫れている。私は顔を触ろうと右手を動かすと、何故か動かなかった。


 ……そうだ、右手は無かったっけ。


 確か肩から下を失っていた、そんな記憶を思い出していたが、それはフレイの夢だったことに気が付いた。


 ……いや、腕あるよ、消えてないよ!


 右手の指を動かしてみると、ちゃんと動いた。どうやら右手に何かが乗っていて、重いだけのようだ。左手でその黒いモノを触ってみると、モサッとしていて、ゴワゴワした手触りを感じた。これは……。


「信の剛毛……」


 右手が動かなかったのは、信がその手を握りしめ、手の上に頭ものせており、床に座ったまま寝ていたからだった。


 私は左手で、寝ている信の頭をワシャワシャと撫でた。

 信の髪の毛は私に比べてとても太く、いつもツンツンと跳ねている。そんな跳ねる髪をなだめるように、信の頭を撫で付けていたら、強張っていた気持ちがだんだん落ち着いて来た。


「……キミは、私が怖い夢を見て泣いていたから、ソバにいてくれたの?」


 信はいつもそうだ。私が夢に怖がる度に、ずっと側にいてくれた。家族でも親戚でも無いのに、ただ親切心からか、ずーっと……。


 私はしばらく信の固い髪を撫でていたが、信が床の上に崩した正座で座っていることが気になった。


「これ、足が痛そうだな……ソファーにうつせないかな?」


 私は右手をそっとはずして、寝ている信の脇に腕を通して持ち上げようとするが、私の力ではソファーの上に移動させる事は出来なかった。


「そうだ、布団をここに持ってこよう!」


 私は二階に行って敷き布団とタオルケットを持ってくる。そしてソファーの前に置いてあるテーブルをどかして布団を広げた。


 布団を寝ている信の側にしいて、上半身を動かすと、うまいこと敷き布団の上に転がってくれた。

 私はホッとして、信の頭の下に信が使う枕を置いて、お腹にタオルケットをかけた。


 私はそのまま飽きるまで信の寝顔を見ていた。しかし自分が制服のまま着替えていない事に気がついて、あわてて自室に戻った。


 物音でママが目をさましたようで、ドアを開ける音がした。私は着替えを手に、部屋から出たところでママにつかまった。


「Sorry,mam. I fell asleep again.(また寝ちゃった)」


 そういって私が元気なく笑うと、ママは何も言わずに私を抱きしめた。

 また心配を掛けたんだなと、情けない気分でママにされるがままにいたが、私のお腹の音がグゥーと鳴ったので、ママは吹き出してキッチンを指す。


「Let's go kittin.メシジャ」

「ママ……フードはゴハンだよ、メシ違う」


 ママは首を傾げて「レアリー?」と聞く。私はママの手を取り「飯じゃよ!」と笑った。


 今日は夕飯の残りが無かったので、ママは藤野さん直伝の冷凍スープストックにパンを入れてパン粥を作ってくれた。スープは味がついているので、味音痴のママでも問題ない。


 私はその間に手早くシャワーを浴びて、いつもの部屋着姿のキャミソールと短パン姿に着替えた。


 信の寝ているリビングを忍び足で抜けて、明かりに吸い寄せられるようにキッチンに行く。するとカシャリとシャッター音がした。キッチンにいたママが手にしていたのは、朝に見たタブレットだった。


「写真? Take a picture?」


 私が聞くと、ママは画面を向けて、部屋着の私の写真を見せてくれた。


「ギャー……なんだこれ」


 薄着なので、やせた体に平坦な胸がよくわかる。


 ……鎖骨やばい! 鎖骨浮いてて気持ち悪い!


 私が自分の姿を見て青くなっていると、ママはタブレットを触って誰かにその写真を送っていた。


「何で? Whose send a picture? Why?(誰に送ったの? 何故?)」

「ハヤト」

「ギャー! 消して、取り消してママ! デリートだよ!」


 大嫌いな父親に写真を送られて、私は慌てて消そうとするが、送ったものを取り消す機能は無いようだ。私は絶望してプルプルと震えた。


「ママ、なんてことを……」

「(リビングは公共の場所です、下着はダメ、いつ写真をとられても良い服を着ましょう)」


 ……そういえば先日もこの部屋着について言われたんだった。忘れてた。


 私は回れ右して部屋に行き、その上にTシャツを着た。



 夜食も寝る準備も終えた私は、また飽きずに信の寝顔を見ていた。するとママも信の寝ている側のソファーに座る。


「(コウちゃんは彼を見ているのが好きね)」


 ママが英語で言うので、私は頷いた。


「(シンが好きなの?)」


 ……この好きはアレだ。クラスメイトに聞かれたやつ、愛だの恋だのの、好き、だよなぁ?


「(分からない。いつも何故か彼を見てしまう、これは好きってことなの?)」

「(愛かな?)」

「(そうなの?)」


 ライクかラブかと聞かれると、どちらともなんか違う気がする。信の存在を言葉で表すならエアーだ。空気、酸素とかそーゆーかんじ。無いと死んでしまうもの。これは本当に愛なのか?


 昔から私には何故か信の側にいたい気持ちがある。信と離れると胸がモヤモヤする。こう、心配でたまらない感じ。


 ……信がいるとなんか分かるんだよなー、これは何なんだろう? 超能力とかいうものなのか?


 私は床に寝転がって信の頬を指でつつく。


「(ねえママ、信はよその子なんだよ)」


 そう言うと、ママは頷いて優しく笑った。

 空に綺麗な三日月が見え、その銀色の光が寝ている信を優しく照らしていた。私は信の長いまつげを見て思う。


 ……いつまでも、信に私の世話をさせたらダメだよなぁ。


 信はしっかりしていて、なんでもできる人だし、学校でも友達や先生から愛されている。まわりから必要とされている。その点私の存在は、信にとっては重荷でしか無い。


 二年の学年末から成績が受験に関係するし、そろそろ高校受験を考えないといけない筈だ。いつまでも私が信を独り占めしていては、信の進路に影響する。


  ――お気に入りの毛布を卒業するなら今!


 私は固く心に誓うが、「まだいいよね、明日……明後日から」と、今はこころゆくまで信の寝顔を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ