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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-12、混濁

 

 レーンが信に似てきたように、信もレーンに影響を受けていた。

 それでも、人格を全く必要としない、守護竜としての仕事は支障なく進められた。ジーンは善悪の判断を樹木任せにして、何も考えず、淡々と王の助手を勤める。


 以前ならそれで問題なくやっていけた。でも今は幸という例外が存在する。

 幸は声を出せないのに、よく会議室や謁見室をうろちょろしている。しかもなにかとアーヴィン殿下に絡まれていた。


 ……話をするふたりを見かけると、頻繁に思考に空白が起きるのはアレだ。俺は世界樹に検閲されるような事を考えているんだ。例えば殺意とか。


 常々自分は忍耐強いほうだと思っていた。なのに、殿下の顔を見る度にそんな考えを持つのは異常だ。これはおそらく、レーンの思考なのであろう。


 ……ヘタをすると樹木から強制停止をくらいそうだ。この体には王の命を背負っているのだから、幸は不用意に殿下に接触しないで欲しい。


 ジーンは王座の背後で、王にバレないようにそっとため息をついた。



◇◇


 ある日、会議室で幸が書箱を持って城内うろうろすると殿下がそれをとりあげ、周囲の兵に配りはじめた。

 幸が箱を取り返そうと手を伸ばすが届かない。幸は箱を返してもらえるまで、アーヴィンの後ろをついて回った。

 母鳥を追うヒヨコのような姿を見て兵が笑う。


「殿下、人の仕事を奪ってはかわいそうですよ? 後ろを見てください」

「は?」


 殿下が後ろを向くと、幸は箱に手を伸ばしていた。幸は箱を受けとると、ペコリと頭を下げて一目散に逃げていった。

 兵はくすくす笑う。


「普段手伝いも親切もされないんですから、やりなれないことはなさらないほうが」

「……五月蝿い」


 殿下が舌打ちして視線を反らすと、黒の守護竜と目が合う。アーヴィンは仏頂面で部屋から出ていった。



◇◇


 ジーンは廊下に佇んで、遠くから殿下と幸を見ていた。すると背後から水竜に声を掛けられた。


『あいつら仲いいな。気になるか?』

「殿下に近寄るのはやめて欲しいですね」

『何か問題があるのか?』

「四の王再生計画に目をつけられそうなので」

『は? アーヴィンとシェレンをつがわせようとしてたやつか?』


 ジーンは頷く。


「血が繋がってなくても、兄妹同士では問題ありましたが、幸だと問題ないですからね」


 水竜は考えながら、ふよふよと空中を漂う。


『四の王はファリナの民でなくとも気にしないようだが、異世界人から生まれる事は絶対に無いぞ? 第一孕まないだろう』

「それが魔術師に伝わればいいのですがね」


 そう言って、ジーンは苦笑する。


「四の王がいつ再生されるか分かります?」

『シェレン・ラ・ファリナが母親で、ここ三年以内には決着がつく』

「もっと早くなりませんかね、この体が持ちそうもないのですが」


 セレムは『ん?』と、顔を上げる


『なんかあったのか?』

「前にセダンでレーンと同じ体に入りました。その時から、私はレーンに影響されています」


 セレムは不安げにジーンの頭の上を飛び回った。


『たった一度でそれかよ、メンタル弱ぇーな。それってば、世界を破壊したくなったりするのか?』


 ジーンは無言でゆっくりと頷く。

 セレムは真顔になり、『まじかよ……』と驚いた。

 ジーンは片目を手で覆い、自分の心を覗くように話す。

 

「サーラレーンは悪人ではありません。これは断言出来ます。でも、彼には常識と社会性が欠如しています。生まれたばかりの赤子に危険な兵器を持たせているようなものなのです」

『……兵器?』

「この世界を消し去る力を彼は持っています」

『ぐぁ……』


 セレムは大袈裟に体をよじった。


「彼の目的は、サーラジーンとフレイの願いを叶える事です。しかしそれは彼が望まぬ結末を招く為に、彼が今後どんな行動を取るかは私には分かりません。一切の予測がつかないのです」


 ジーンは顔から手をどかして水竜を見た。


「王の再選を早めて下さい、あと四の王の話も王と魔術師長にしてください、早急にお願いします」

『わかった』


 セレムは飛ぶ高度を上げて、そこから立ち去った。



◇◇


 ……何故こんなことになったんだろう?


 幸は自分の目の前にあるティーカップを見る。

 部屋は格調高い感じで、家具は艶が出るほど磨かれている。窓にはビロードのような厚い生地のカーテンが二重にかかっていて、いかにもお城の部屋って感じだ。

 しかし執務机の上には書類と木札が乱雑に重ねてあり、所々崩れていた。


 ……いかにも王様の仕事部屋っぽいのに、利用者が雑に使ってる感じが見るだけで分かる。


 雑に使っているだけではない。この部屋の主人は、出来るだけ書類仕事はやりたくない様子で、少し書類を見ると逃げ出そうとする。

 その度に扉を守る兵士の人に押し戻されていた。


 ……嫌いな父親は仕事人間だったけど、嫌がらずに仕事をするだけ、まだましなのかもしれない。


 私は林檎風味のお茶を一口のんだ。




 そもそも私が執務室に来たのは、ハノイさんが「王に手紙を持っていけ」と言ったからだ。

 その執務室に手紙を配達をしたら、ファリナ王に中に招かれた。

 王が「返事を書くまで茶でも飲め」と言うので、言われた通りに座って、王の前でお茶をすすっている。


 ファリナ王はなかなか返事をかかないので、私は困って辺りを見回した。


 ……ジーンかセレムがいないかな? 私ひとりじゃヘマをしそうで怖いよ。


 ザヴィアさんの真偽が判る魔法みたいなものを使われたら、私がこの世界の文字を知らないフリをしているのがバレちゃう。


 私はお茶を凝視しつつ、ひとり冷や汗を流していたら、扉が開いてセレムが飛び込んできた。


 ……セレム! 待ってたよ!


 渡りに船、と、内心涙を流して歓迎したら、セレムはあきれ顔で私を見た。


『お前、なにやってんの?』


 セレムはふよふよと飛び、詰んである書類の上から室内を見た。

 説明しようとピアスを外すと、セレムは方向感覚を失ったようで、急に墜落した。


 ……危ない!


 間一髪、私はセレムをキャッチして、心の中でセレムに話し掛けた。


(お茶を持って来たら、ここで飲んでゆけとすすめられたの)

『ふーん』


 セレムは私の頭の上に飛び乗って、室内を見回した。

 

『お前の頭の上ならこの視点も問題ねーな』

(それね、ジーンさんが全部の感覚を乗っ取るといっていたけど、そーゆーものなの?)

『……視覚、聴覚、痛覚以外は鈍い。茶の味わからん』

(竜にも個人差があるのね)


 二人でこそこそ会話をしていたら、ファリナ王がじっと私たちを見ていた。


「やはり、水竜とは話せるのか……」


 そうなんですよ、と頷くと、セレムが私の頭をつついた。痛くは無いが、怒られたようだ。

 王はカップを置くと、セレムに向かって微笑んだ。


「なら水竜、通訳をしておくれよ」

『イヤだね』


 ホラね、懐かない。と、王は私に向かって苦笑した。

 王は茶を一口飲んで聞く。


「先日君は聖地にいたね」

 

 はい、と素直に頷いて、言ってはいけない事だったと気が付いて青くなる。

 

『バカコウ!』


 水竜がしっぽで私の額をはたくのを見て、ファリナ王はお茶を吹き出した。王は腹を押さえて苦しそうに笑う。


「そのことを、どうして家の竜達は私に言わないのだろうね?」


 言えない理由は聞いてないので、分からないと首を左右に振った。


「水竜は聖地で新な王を見つけられたのかな?」


 ……見つけてないよね?


  いいえと首を振ると、頭の上にいるセレムが落胆して、私の顔の前にだらしなく尾を垂らした。

 

『……お前、筒抜けにも程があるだろ』

(何が言ったらいけないのか、理由が分からないから無理だよ?)


 私は心の中で文句を言いつつ、セレムを捕まえ胸に抱いた。セレムは手の隙間から顔を出して項垂れる。


『隠すのには色々理由があるんだよ、原因はお前じゃない、あの魔術師のほうだ』


 セレムは私の手から抜け出して、ふらつきながら王の前に這って行く。


『なあ、二人目の妃は何で自殺したんだ?』

「里が恋しくなって、森を渡る最中に死んだとザヴィアから聞いている」

『腹にメグミクがいるのに森を渡るのはおかしいだろ? 前任は何と言っていた?』

「身重のエレノアはセダンの森にひとりで赴き、魚の魔物に食われて死んだと聞いた。死体は欠片も残っていない」


 セレムは世界樹を参照し、ウンウンと頷く。


『……その情報は世界樹の記載そのままだ、記載者はNo.1。……ということは、動機や理由は前任も知らんのだな』

「六年前の話だからな……ワシもセシルもここにいたし、それどころじゃなかった」


 それを聞いて私は森の魚の唄を思い出す。


 ……誰も来ないで、ここに来て、連れてきて


『誰も来るな、来い、連れてこい。と、あの森に残る妃の怨念が歌っているらしいぞ』

「また不可解な事を、リドルか? 今度ザヴィアに問うてみるか」


 王は頬杖をついて、空中を睨み付けた。


『王、次のメグミクは、シェレン姫と二の王の子に現れる予兆がでているが、これは問題あるか?』

「うわぁ……国外に再生するとは……むしろその場合、我が国に来てくれるのかどうかの問題だな」


 王は水竜の頭のヒレを指の裏でそっと撫でた。水竜は痒いところでもあるかのように、王の指に頭を擦り付ける。


「なあ、水竜、これはザヴィアに言ってもいいのか?」

『あいつはダメー。自分の血統にこだわりすぎている。あの家からじゃないとメグミクの顕現を許さんだろう』

「……成る程。エレノアに宿ったメグミクは正当な前王の血を引いているとザヴィアが言っていた。なら、ザヴィアがエレノアを殺めたわけでは無いのだな」


 水竜は呆れて、目の前にいる王を見上げた。


『らしいって……、その父親が誰かさえも確認していないのか』

「興味が無いからなぁ」


 王が何事も無い事のように言い切るのを見て、私は苦笑いをした。

 

(ファリナ王は、セシルを好きで妃を娶らないと言うのは本当の事だったんだね。だからシェレン姫の父親はこの人では無いし、もしかしたらこの王はアーヴィン殿下の父親でさえも無いのかもしれない)

『……あ、そこ気付いちゃった?』

(だってこの城では誰も第一王妃の話をしないから、流石に怪しいと思うよ)


 セレムはじーっとファリナ王の顔を見る。


『こんな短期間で王子の父親がお前じゃ無いって疑われてんぞ?』

「その辺は別に秘匿して無いからなぁ。ザヴァアたちにとっては、アーヴィンに俺の血が入っていないほうが好都合なんだろう、ほら、真のメグミク? 正統な血統? とか、そーゆー事情で」


 あっけらかんと実情を話す王に、私は目を丸くして、誰かに聞かれてないかな、と不安にかられた。


「あ、でもまあ他言されると対処しないといけないので、他言しないように」


 対処と聞いて、南西の村の一件を思い出した私は、青くなって何度も首を縦に振った。


 ……シェレン姫の黒髪は母親譲りだけど、茶色っぽい瞳はエレノア妃とは違うよね、だとしたら、父親が茶色の瞳なのかな?


 この国にも日本にも茶色い瞳は多い。なので誰がシェレン姫の父親なのかは、皆目見当もつかなかった。


 私はそこでチラリとセレムを見た。


 ……守護竜はその人のルーツを検索できるらしいけど。それは、まだ生まれていない人の親も分かるのかな?

 

 セレムは私の方を見て、『家系図に乗らない情報は、樹木には記載されん』と言う。

 エレノア妃のお腹にいたメグミクの父親は、セレムには分からないらしい。いや、でもジーンがシェレン姫はセダンの人だと言っていた気がする? これ、シェレン姫のパパがファリナの人なら、そうはならないよね?

 もしかして、シェレン姫のパパはセダンにいるのかな?

 

 うーんと悩む私を放置して、セレムは王の前に行く。


『前任の王よ、そんな怪しい男を側に置くなよ、危ないだろ』


 心配する水竜を見て、王はふふんと不敵に笑った。


「血統血統言う以外は有能なんだよ、王都を牛耳っているのは主にザヴィアの家系だから、あいつを表に出しておけば国政が楽なんだ」

『仕事をしたくないだけだろ、お前は』


 セレムは机の上の書類を尻尾ではたく。王は楽しそうに笑って、セレムを手のひらに乗せた。


「ザヴィアはとても有能なんだ」

『あーっそう、いつか寝首をかかれるんだからな! シェレンの事も、俺のじゃまをしかねないから、王宮魔術師長には言うなよ!』

「成る程ね。了承した」


 王は席を立って、私の頭にセレムを置いた。


「お前を茶に誘ったが、思わぬ有用な会話ができた。お前に礼を言う」


 私はセレムをつかんで王の前に差し出す。

  王は小さな竜を見てニヤリと笑った。

 

「感謝する、水竜。家の竜はやはり素晴らしい」


 そう言って、王は部屋を出て行った。その後ろ姿を見送って、セレムが呟く。


『お前、なんでここにいんの?』

(……あっ、手紙の返事を待ってたんだ、貰ってない、というか、王は返事を書いてないよ?)

『騙されたんだろ、テキトーな事をいいつけて、情報を抜かれただけだ』

(じゃあ、手ぶらで帰ってもいいってこと?)


 任務完了だ。と、喜んでいたら、セレムに尻尾ではたかれた。


『騙されたというのに、呑気に喜ぶな』

(別に、イヤなことされてないし、怒る理由はなくない?)

『……今度呼ばれたら、絶対に俺を呼べ、俺がいない場所では会うな』

(過保護?)

『……はっ』


 ……呆れられた。鼻で笑われてしまった。


 私がテーブルを片付けている間、誉められたセレムは何かを調べるように室内を飛び回っていた。


(もしセレムに私の血をあげたら、君はすぐに成体になれるの?)

『お前の力は一時的なもので、サーの力のように循環できないからなー。たとえ一杯血を貰っても、一月もたねーだろうなー』


 そんなにすぐに消えてしまうのかと、私は驚く。


(難しいのね……私が血をあげて、セレムが大きくなって、また今の王を選んでくれれば簡単だったのになー)

『世の中の人間が、お前みたいな単純なやつだったら楽できんのにな』


 セレムは私のピアスを口に含み持ってきた。


『まあ、そろそろ俺の視界をかえせ。これ、No.7も困ってんじゃねーか?』

(そうだった! 範囲広いんだった!)


 私はあわててピアスを装着した。

 感覚を取り戻した水竜は、上機嫌で部屋を飛び回る。


『やっぱ、自分の視界がいいわー』


 機嫌よく飛び回るセレムは、伝播能力からの解放を喜んでいるだけではなく、王に誉められて嬉しそうにも見えた。


 ……セレムとファリナ王が仲良しになりますように。


 私はサーラジーンにそっと祈った。

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