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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-10、浄化

 

 レーンがアスラに帰ったのを見届けると、ジーンは扉越しに火竜と話して、アスラへの扉の管理を徹底するように頼む。


 私は「邪魔だ」と転移の部屋から追い出されたので、上層の湧き水が出ている水辺に腰かけ、火照った顔を冷やしていた。


 地下から上ってきたジーンの後ろにはセレムがいた。セレムはふよふよと浮遊しながら私のそばに来て、頭の上に落ち着いた。


『お前さ……相手を選んでからめよ、ファリナの扉に越しにもお前の動揺が伝わって来たからとっさに扉閉めたぞ』

「ごめんなさい……逃げる手段無くて、気がついたらなんかお話してた……」

『どこか食われてないか? 思考がかなり混乱しているが頭をぶたれたか?』


 私のまわりをぐるぐると飛ぶセレムを捕まえて、おでこにくっつける。

 

「セレムさんがつめたきもちいい……」


 じたばたと逃げようとするセレムで遊んでいたら、頬に冷たいものを押し付けられた。私が顔を上げると、ジーンが手に水が入ったコップを持って立っていた。


「ありがとう……」


 水を一口飲むと、心が落ち着いてきた。

 ジーンは私の隣に座って、顔を覗く。


「レーンは何て言っていた? 何か有用な情報を聞けた?」


 情報と言われても、レーンは五年風呂に入ってないとか、そーゆーのしかない。

 ジーンにとって、どれが役に立つのかが分からないので、私は全部を話して聞かせた。

 ジーンは私の話をかいつまんでまとめる。


「……成る程、アスラ崩壊はレーンがやったと。もしかして、レーンは末期のフレイの体を使っていたのかもね」

「あ、そうなるのか。だから私に乗り移らないかと聞いたら、私になりたいわけではないと断られたのか……」

「そんな事を話していたとか……」


 ジーンは私を静かににらんだ。


「だって、そうしたら信の体から出ていってくれるかなーと……」

「今は王の命を背負っている、簡単に体を乗り換えられないから、レーンを取り込まないように」

「はい……」


 何故本物の信は私に会うたびにお小言を言うのか? レーンが信と混じったなら、信だってレーンが混じっているはずなのに、目の前の人は信の要素しか感じられない。


「地竜がレーンを邪神とかいうからどんな怖い人かと思ったら、普通にいい人で困る……。セダンで見たときはものすごーく怒っていたんだね」

「いや、普段から平然と手下の魔物を殺すし、自己の目的の為に魔物を作って使い捨てるような人だからいい人とは言い難い……」

「そうか。アスラの人口増加はあの人が魔物を使い捨てているからなのか。魔物も人と同じ命の水を使うのね……」

「いや、ファリナは人と魔物は別だよ、アスラだけが異常」

『双竜を両方とも統括しているのなら出来るな、それ』


 セレムがポツリと呟く。

 

「まあその辺は放置で構いません。命の水不足はレーンだけのせいでは無いようですし」

「やはり守護竜の放棄のせいなの? 浄化する力も足りていないのね……」

「たぶんね、特に自治区は銀の水がたまる一方だから」

「だから自治区は空気悪かったんだ……」


 私は一度行った自治区の淀んだ空気を思い出した。自治区で口を隠す人が多いのは、浄化されていない魂が淀んで漂っているからかも。

 私は腕に巻き付けたセレムの顔を覗く。


「セレムさんフリーなんだし、ここ来たついでに浄化してあげれば?」

『アホ! んな簡単にはいかねーよ、その地を統括している者の許可が必要だ。責任とれる奴が上にたたないと俺らは動けないよ?』

「むぅ……責任者か……」


 私はチラリとジーンを見る。するとジーンは首を左右に振った。


 私は唸りながら考え、世界樹を見上げる。

 オーロラのように虹色の光沢のある葉が繁る巨大な樹木はこの世界の象徴だ。さっきまではここに制服を着た信が立ったいた。あり得ない筈のとりあわせなのに、なんだか普通に受け入れていた。


 自分が一番望んでいるものがすぐ目の前にあったのに、取り戻すことを全く考えなかったのは情けない。ひとりで寂しかった所に信そっくりのレーンが現れたのが嬉しくて、うっかり遊んでしまった。敵なのに。

 私は彼の顔を思い出してため息をついた。


 レーンと信の最大の違いは言葉だ。

 レーンは思ったことをそのまま口に乗せる。その言葉は信と違って率直で真っ直ぐなので破壊力が半端ない。


 ……愛おしいって、愛しいとか愛しているという事だよね。思えばセダンでもあなたしかいらないと言われた。


「……人から告白されたのは、うまれてはじめてかもしれない」


 ぽつりと呟くと、ジーンにギロリとにらまれた。私は慌てて、熱を逃すように息を吐いた。

 

 ……だめだ。こんなん浮気だし。レーンははじめて見たとき首しめてきたし、叩かれたし、人も魔物も殺す怖い人だ。次は気を付けよう……。


 私がぼーっと考えていたら、ジーンが私の頭に手を置いた。


「幸、漏れてる。樹木の真下だからかもしれないけど、魔法使わなくても考えていること分かるよ」

「ひぇっ?」


 私は青くなって「ゴメン……」と小声で言う。ジーンは私の頭に手を乗せる。


「レーンが幸にちょっかいを出すのは俺のせいだから幸は悪くないよ。それにもう、レーンが幸の首を絞めることはないのは保証する。彼は俺と記憶が混ざったようだ……」

「混ざると殺意がきえるの?」


 ジーンは私の頭をポンポンと触りながら言う。


「元からフレイに殺意を抱いているわけでは無いから。ただキレやすいというか、素直と言うか、怒るとすぐに行動する性格のようだ」

「君とは真反対だねぇ、君は我慢強いもんね」

「常に客観的に自分を見るようにしていたからね。でもレーンを見ると、自由に動けてうらやましいとも思うよ」


 ……信から見ると、レーンの自由さがうらやましいのか、あんなに怖くて暴力的なのに、不思議。


「……レーンは笑うとかわいいけどね。アレクを蹴ったりするのは嫌だなぁ」

「まあ、自分も黒竜に思うところは多々あるよ。危害を加える勇気はないけどね……」

「信はアレクの事を良く思ってないの? 信がアレクを見たのって日本だけだよね? セダンでアレクは倒れていたし、どこで悪い印象がついたの?」


 そう聞いてもジーンは答えてくれなかった。

 私はジーンの袖をつかんでその顔を見る。


「アレクはフレイが死んだあとずっと闇に囚われていたの。アレクは悪い人じゃないよ?」

「レーンも同じだよ。フレイとサーがいないこの世界をずっとさ迷っていた。アレクと同じ期間を孤独に苛まれている」


 ……レーンもひとりぼっちで三百年さ迷っていたのか、だから泣き虫なのね。


 じわりと目頭が熱くなると、ジーンは袖で私の顔を拭った。


「私、レーンのことをちゃんと思い出したいな。フレイにとってレーンはどういった人だったんだろう……」

「フレイは自分のことを恨んでいると、レーンは思っているようだね」

「恨む?」

「フレイの罪と言われるアスラ崩壊も、セダンの森化もレーンがやった事なんだろ? 多分それのせいかな」


 ……そうか……レーンがフレイに殺意を抱くのは、フレイがアスラやセダンを壊したせいだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。本当は逆で、レーンがアスラやセダンを壊したんだ。フレイはそれに対して体を貸した事に責任を感じているのね。


 私は膝を抱いて深く息を吐いた。


「フレイは、誰のことも恨んでないよ。セシルにも一の王にも自分のせいだと謝っていたもの。フレイがレーンの事を恨んでる筈無いよ……」

「だとしても、それをレーンに伝える手段は無いし、直接フレイから言われないと彼も救われないだろうね。なにせ、自分のせいでフレイが処刑されたのだから」

「……悲しいね。レーンはずっとそんな気持ちを抱えていたのね」


 私が泣いて言うと、ジーンは頷いた。


「まあ、彼がこの世界の敵で邪神と呼ばれているのは事実だよ。安易な同情で彼の言うなりになってはいけないよ」

「この世界に血を使うなってやつ?」

「いや、それは真面目に使わないで。水竜も幸に血を流させないで欲しいよ? 幸の血はサーの結晶のように循環しないから、すぐに使いきってしまうからね、長期的に見ると意味が無いんだ。だから全ての守護竜と王が集まって、多数決による、根本的なシステムの書き換えが行われようとしているんだよ」

「私の結晶が赤かったら良かったのにねぇ……」

「そんなことだったら、全量つぎ込むだろう、やめなさいね」


 ジーンは私の頭を撫でると、神殿から出ていった。セレムはちゃっかり私の胸に入り込んで寝ていた。


「今まではセレムに言われて血を流したけど、やめないといけないのね……」


 ……サーの結晶は赤で魔法も赤い。私は緑。レーンは青だった。今まで何度か青い結晶を見た気がする。


「そうだ、校庭や学院の泉だ…」


 ジーンさんの、いや、信の血は青い結晶になるんだ。だからレーンの魔法も青い。


「なら、塔で白竜が赤い結晶にかけた青い液体は信の血だ……信の血は、サーの結晶を封印してしまうんだ……」


 だったら、信の結晶は世界の上書きには役に立たない。皆が信を神に選んだ時は、世界が封印されるか消滅するってことになるのかな? だからサーラジーンとフレイは「上書き」という表現をしたんだ。今あるサーの魔力、それから生まれた国や人を残して「上書き」する方法を探さないといけない。


「……サー……私、何をしたらいいの?」


 私は天井にむけて手を伸ばす。視界には神殿の天井が見える。フレイとは違ってやや短い私の手が見えるだけで、なんのヒントも思い浮かばなかった。

 全ての結末を知っている学院のジーンは、いまやサー同然に未来から私たちに手を差しのべているのかな。

 ジーンは、いや、信は私とレーンのどっちの味方なの? 世界の保存と破壊、どっちを目指しているんだろう?


「なんにせよ、ここの世界の皆に、竜がどんなに大事な存在なのかを知ってもらわないといけないなぁ……」


 私は寝ているセレムをそっと撫でた。

 私の指に世界樹の葉と同じ色をした竜のヒレがあたる。私は起こさないように撫でながら、その静かな寝息を聞いていた。


 水竜の七色に光る白い鱗が、ドームの光に反射して、水辺が七色に輝いた。その光はサーに導かれて空へ目指して昇っていく。

 私の意識は地下にある神殿を抜けて、聖地を、自治区を見下ろせる程高みに引き上げられた。

 私の足元に見える聖地の森は、原始の鮮やかさを失い、黒く淀んでいた。


 ……サー、セレムは統括する者の許可がないとこの淀みを浄化できないと言うの。サーはこのままでいいの?


 私が心の中の光に呼び掛けると、光は優しく瞬いた。


 ……君の好きなようにしていいよ


 サーの声を聞くと、いつも涙が出る。

 私は涙をぬぐって頷くと、足元に見える銀の水をその手にすくいあげた。

 私はその、銀色のトロリとした重い水を少しずつ神殿に注ぐ。すると、神殿からセシルのような大きな長い蛇竜が現れ、その水を受けて空を舞った。


 私は銀の水を泳ぐセシルの夢を見た。



 その姿は自治区にいた人々の目にも写り、水面に写る逆さの風景のように、空から生えた世界樹のまわりを悠々と泳ぐ水竜の姿を見た。

 水竜は空を一回りすると、空に昇っていき、逆さにうつる波紋に飛び込み、人々の視界から消えた。


◇◇


 自治区の北の館にいたジーンは、それを見て息を飲んだ。


「今の、水竜よね? 綺麗ね……」

「水竜が聖地にいるって本当だったんだな……」


 事情を知らない館の住人が呟くのを聞いて、ジーンは神殿に向かって駆け出した。走りながらも、自治区と聖地の空気が明らかに変わったことを感じた。

 ジーンがいつも浄化しているファリナでの銀の水。人の命や思いが溶けた銀色の呪いが、浄化され、行き場を失い辺りを漂っていた。


「朝日が無いから、銀の盆に回収されないんだ……」


 ジーンは取り合えず周囲の光をかき集めたが、自分の浄化能力でどうにかなる量では無かった。


「これだけの量を浄化して、その糧はどこから回収される?」


 ジーンは嫌な胸騒ぎを感じで神殿の封印を解くと、さっき幸を見た水辺に幸が倒れているのが見えた。


「コウ!」


 ジーンが駆け寄り幸を抱き起こすと、幸はううーん、と身をよじった。


「……生きている。体も欠けてないし、失血もしていない」


 ジーンはホッとしてしばらく幸を抱きしめていた。


『泣いてる?』


 幸の胸元から小さな白蛇が出てきて、ジーンの顔をつついた。


『なんか、先代の夢を見てた……先代は聖地の浄化をしたかったようで、サーが手伝ってたよ』


 セレムは顔が裂けるんじゃないかという程、大きくアクビをする。


「No.4、外は大変なことになっていますよ。各地の守護竜に呼びかけて光の回収を手伝っていただきたい」

『夢じゃないとか……』


 セレムはふよふよと外に飛んでいって、蛇行しながら帰ってきた。


『二の王を連れてくる……』


 そう言うと水竜は転移扉の部屋に行き、風竜と二の王を連れてきた。二の王は塔の固定魔方陣を起動し、聖地に溢れた命の水を一時的に西に置いた。


「これを一度に盆に送る訳にはいかないので、毎朝少しずつ分けて送りますね……しかし……」


 二の王はため息をついて寝ている幸を見た。幸の顔を触り、呼吸や体調を確認する。


「これだけ魔力消費をしておいて、女神が寝ているだけというのが不思議でなりません。貧血さえも出ていませんよ? 彼女は何を糧に浄化をしたのです?」

「二の王に分からなければ、私には分かりませんよ」


 ジーンは苦笑して、寝ている幸の額をつついた。幸の耳元で緑の宝石がキラリと光った。


◇◇


 それから三日、幸は目を覚まさなかった。


「あれだけ血を使うなと言ったのに……」


 ジーンは幸の頬に手を当ててため息をついた。


『No.7、今のうちにこいつをファリナに返そう。こいつを見にわざわざここに来るのが大変面倒だ』

「しかし、魔術師の嘘探知はどうします?」


 セレムは幸の胸元でとぐろを巻いて、幸の喉をつつく。


『こいつの声が出ないように細工をする。王妃の部屋でピアスをとれば、意思の疎通は出来るだろ?』

「成る程。王妃の部屋に置けばレーンも探知出来ないから一石二鳥ですね」

『決定ーさあ決行ー』


 セレムはそう言って、幸の首に巻き付いた。

 

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