表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
114/185

9-9、聖地神殿

 

 ファリナ南西の村で罪人の処刑に巻き込まれた私は、ファリナ城に帰るわけにはいかないので、暫く神殿で寝起きすることになった。

 神殿の入口と各国のゲートには鍵がかけられ、守護竜だけしか入って来られないと言う。


 私は日がな一日神殿の中の掃除をしていた。

 崩れた石をどけたり、ドームの雑草を抜いたり、ガラスを磨いたり……体が無かったときにやりたかった事をここぞとばかりにやった。

 人寂しくなると、地下四階のゲートを見に行くが、誰も来る様子がないと確認しては上の階に戻るを繰り返していた。


 一日二度はここを通る水竜とジーンよりも、アスラの火竜のほうがよく遊びに来てくれた。

 火竜は顔を合わせるとそっぽを向くが、神殿のメンテナンスをする彼に私がついて行くことには特に何もいわなかった。


『べ、別にお前に会いにきたんじゃないぞ』


 ついてくる私にツンツンする火竜がかわいくて、私は日がな一日火竜の作業を手伝っていた。

 お昼には火竜が自家栽培の野菜や果物をくれる。それと、ジーンが自治区から買ってきてくれる平たいパンを食べる事が多かった。


 赤いおかっぱの子どもの背中を見ながら、味の無いパンにかぶりつく。不味くは無いけど、何か味をつけたくなる。


「あーあ、姫に貰ったジャムとか、アリスに貰った薬とか全部村に置いて来ちゃった」

『ジャムとは?』

「パンにつける甘いものだよ。果物を砂糖で煮て、長期保存可能にしたもの」

『……アア、ソレ多分ある。今度持ってくる』

「何でフィローの巣にジャムがあるの?」

『二の王の頼みで作った』


 ……もしかしてそれが姫の手に渡り、私の所に来たのかな?


「私それ、姫に貰ったかもしれない。あれは何を煮詰めたの?」

『知らん。なんか細長いモノ』


 ……果物では無かったんだな。果物っぽい味がしたのに、謎は深まるばかりだ。


「フィロー、こんどその細長いのも見せてね」

『ほい』


 おかっぱ幼児は素直に頷いた。帰り際に火竜がぼそりと言う。


『魔女がよく覗いていたアレ、使えるようにしたから……』

「わあぃ、ありがとー」


 アレといったらアレだ。

 フレイが一日中張り付いてた遠見の珠! これであの人を監視し放題ですよ!

 私は飛ぶ勢いで遠見の珠の前まで来て気がつく。


「これ、すごーく相手の人権侵害じゃない?」


 たとえば、覗いたとき丁度トイレしてたらどうしよう? お風呂はいってたら? もしかして、内緒話をしていたら?

 私はうーんうーんと悩んで、人ではなく、場所を指定しようと思った。


「聖地のドーム、上から!」


 そう口に出すと、大きな樹の根本にいる私が見えた。私は自分に手を振った。成功だ!


「ファリナ城門から、エントランスの階段……そこを上って、右に兵士さん……。奥の通路を渡り、謁見室……そうそこ。いた」


 私は王の側にいると思う、ジーンを探す。

 黒、黒、黒マント……。

 室内をぐるりと見回してきたら、王の隣に立つ王宮魔術師が反応した。


「……王、遠見感知です」


 ファリナ王はニヤリと笑う。


「ザヴィアの結界を越えて侵入してくる魔術師がいるなんて、驚きだな」

「かなり強制力の強い力です……場所は」


 ザヴィアさんの持つ杖が赤く光り、空中に探知魔方陣が描かれるのを見て、私はあわてて切断した。


「これ、逆探知可能なんだぁ……」


 ……幽霊のとき見放題だったのは、体がなかったからか。


 私は自分の居場所がばれたらと思うとぞっとして、もう珠を使うのはやめようと思った。


◇◇


 謁見室の開け放した扉から雑音が入ってくる。老いた魔術師長は杖に向けて集中していた意識を戻した。探知した情報を解析し、ファリナ王に告げる。


「……聖地、神殿」

「神殿? 廃墟だぞ?」

「今、聖地って誰かいますっけ?」


 王はふふと笑う。


「魔女がいるな」

「……はい?」

「その昔、よくそう言ったんだよ、悪いことをすると、魔女がくるぞってな。子ども用の訓話だよ」

「……あの」


 王座の後ろに垂らしてある壁掛けの奥から声がした。


「お前か、何だ?」


 王が声を掛けると、壁掛けからジーンが出てくる。


「今朝水竜を聖地に置いてきました。遠見は水竜だと思います」

「何をしに聖地に?」

「聖地のメンテナンスを、火竜に頼まれまして」

「成程、火竜ですか。魔法にも演算にも長けた守護竜でしたっけ? お目にかかりたいですね」


 魔術師の話を聞いて、ジーンは主の意見を伺う。


「城をあたためる装置は火竜が作ったものだ、出来るなら見て欲しい」

「……承知致しました」


 ジーンは王に一礼して、壁掛けの裏に戻って行った。



 王と命が繋がってから、ジーンは発言に注意していた。会話中は常に意識を樹木に繋げ、自分の行動を客観視し、嘘にならない部分を選んでいる。

 同時に聖地のマップを開き、コウの居場所も監視していた。今日も聖地には火竜が訪れている。

 コウは寂しがりやだから、頻繁に火竜が聖地に来てくれるのはとてもありがたい。今度会ったらお礼を伝えなければ。


 コツン、コツンと、ひと気の無い通路を下に、下にと下りていく。

 ジーンは常時脳裏に展開している聖地神殿マップを見ながら、幸の事を考えていた。


 南西の村事件以来、コウは行方不明ということになっている。コウの探索は水竜にさせていることにして、ジーンは普段通りの仕事をしていた。


 ……魔女が見ているか。


 壁に目あり、天井にコウあり。

 ジーンは人から隠れて笑い、何もない天井を見上げた。



◇◇


「……出来た!」


 薄暗い石造りの部屋に、私の声が響いた。

 火竜が簡単なお風呂を作ってくれたので、私は試しに湯船にお湯を張ってみた。

  排水可能な部屋に、バスタブかわりの石の箱を置いて、地下水を流し入れ、箱の隅っこに焼けた石を入れるのだ。

 火竜の作った炉で赤く焼けた石をどぼんと入れたら、水がボコボコと泡立つので面白い。私は風呂に入る目的を忘れてお湯を沸かして遊んでいた。


「……それ、なにしてんの?」

「キャアアアッ!」


 誰もいないはずなのに、いきなり背後から話しかけられて、私は死ぬほど驚いた。そして、その声をかけた相手を見て二度驚く。


「レーン……」


 制服姿のレーンが、珍しそうに神殿を見ていた。


「どうして? どこからここに、どうやって入ってきたの?」


 前回組み敷かれた苦い記憶から、私はレーンを警戒しつつ聞く。するとレーンは扉を指した。

 

「アスラから、転移扉で」

「ええ……」


 ……ジーンもセレムも、竜しか開けられないと言っていたのに、さも当たり前のように言われても困る。


「この扉は竜にしか開けられないのよ? 火竜は? あなた火竜に何かしたの?」

「別に何も? 彼が扉を開けてそのまま寝ていたから入ってきた」


 ……そうか、アスラの地表の瘴気はアマツチが消したんだっけ、もう外から火竜の巣に入れるんだな


 前にセレムが、ファリナとアスラの扉を繋ぐなと言っていたけど、それはこーゆー意味だったのか……火竜はレーンと交流があるんだ。


 私はバフタブを回り、レーンと距離をとりつつ、逃げ道を探す。

 地上の入口は閉まっているし、扉は竜がいないと開かないので、逃げるなら扉が開いているアスラに行くしかないかも……。


 私は警戒しながらレーンを見る。

 前に会ったときみたいな、高飛車で意地悪な感じはなくて、優しそうな大きな黒い目で、物珍しそうに神殿を見回していた。その様子は、信そっくりだった。


「ねえ、コウ、これは何?」


 レーンは石の箱に湧いているお湯を指して言う。


「それはお風呂です、体を洗ったりあたためたりします」

「風呂ってこう作るのか……」


 レーンは浴槽をコンコンと叩き、排水口を見てまわる。それを見た私は、ふと思ったことを口に出した。


「もしかしてレーンって、お風呂はいってないの?」

「うん」

 

 ……アスラは水が貴重だからかな?


 私はどうしようか悩んで言ってみる。


「お風呂入ります? 入り方が分からないなら手伝いますよ?」

「これに入るというのか?」

「はい、そのお湯に体を浸けます」


 レーンは湯船に手を浸けてかき回す。彼はしばらくそうしていて、私を見てニッコリと笑った。


「面白そうだからやる」


 私は湯船にもうひとつ石を入れて適温にする。


「……えーっと、服を脱いでこれに入ります」

「どうやって脱ぐのかわからん」

「えっ?」


 私が驚いてレーンを見ると、レーンはボタンと格闘していた。シャツを左右に引っ張るので、ボタンが飛びそうになっている。


「引っ張ったらダメ!」

「でもこれが外れないと脱げないぞ?」

「……ま、待って」


 私は恐る恐る近付いてシャツのボタンを外した。そのままベルトを外して、ズボンもチャックも開ける。


 ……わぁ……信の下着、はじめて見た。体育のハーフパンツみたい


 私と信は殆ど一緒に育って来たけど、信は自宅の風呂に入るし、洗濯も信の家でするので、裸はおろか、下着さえも見る機会は無かった。


「こーゆーものなのか、これ」


 レーンは私がすることの全てが面白いようで、機嫌よく従ってくれた。

 私は信の腰に布を巻いて、下着は自分で脱いで貰った。その布を水着代わりにして、布をまいたまま湯船に浸かって貰う。


「……石鹸つかいますね」


 私は湯船から頭を出しているレーンの髪をそっと洗う。


 ……わー、泡立たない。

 

 私は二回髪の毛を洗い、体も洗う。レーンはここに来てはじめてのお風呂だと言うが、数年分の汚れという感じでは無く、ちゃんと毎日お風呂に入っている人みたいだった。


 ……竜や王みたいに、汚れないわけでは無いよね?

 

 常時サラサラフワフワのミクの髪と違って、レーンの体はそれなりに汚れている。昨日からお風呂入って無いかな? くらいの皮脂がついていて、髪の毛はよく泡立たなかった。

 

 ……不思議。レーンはここにきて五年目なのに、着替えた事も、お風呂に入った事もないのね

 

 私はリンスがわりの薄めたお酢をレーンの髪につけながら、コッソリ信の体をチェックする。やはり、信の左肩にレアナのつけた傷はなかった。


 ……なにか、この体が信のものだと確信できる所はみつからないかな?


 目の前にあるのは本当に信の体なのか疑問に思い、私は小さいころの水疱瘡の痕を探した。当時薬を塗った記憶のある場所に、うっすらと痕が残っていた。

 レーンは私に体をふいてもらいながら、ポツリと呟く。


「人間とは面倒だが、面白いこともあるなあ……」


 私はレーンから脱がした制服を手にとって、それが汚れていることに気がついた。


「レーン、ちょっと待っていてください。今、神官の服を持ってきます」


 私は神官の待機部屋に走り綺麗な服を探す。神官服は持ち上げるとポロリと崩れた。フレイの部屋は綺麗だったのに、神官服は経年劣化しているようだ。

 私は神官の服は諦めてフレイの部屋に行き、サイズが関係なくても着られそうな服を持ってレーンに着させた。


「制服あらいますね」


 私は残り湯で服を洗う。レーンの服には、青いゼリーのようなものがこびりついていた。


 ……なにこれ? 食べこぼし? にしては、足とか背中とか、色んな場所にくっついているなぁ。


 青いゼリー状のものは水洗いで簡単に落ちたので、ホッとした。

 私の背後では、レーンが私のすることを面白そうに覗いている。

 濡れた制服をざっと絞り、叩いて皺をのばしてレーンに渡した。


「これを、外に干すと乾きますよ」

「乾かすのだな」


 レーンは濡れた制服を受け取って、右手を青く光らせて制服を乾かした。


「……うわあ、魔法だ!」

「こんな簡単な元素魔法で驚かれてもな」

「貴方が人の生活をめずらしがるように、私は魔法が珍しいんですっ」


 私が変な顔で文句を言ったからだろうか、レーンはククッと笑った。

 私は乾いた制服を畳んでレーンに渡す。レーンは受け取りつつ、私を上から下までじろじろと見る。


「お前は風呂にはいらんのか?」

「後でまたわかしますよ、もう焼け石使いきっちゃった」

「湯ならなんとかなるぞ」


 レーンは青い光を出して、石の箱に水を張り、魔法で湯を沸かした。

 私はビックリしてお風呂を見る。湯船に手を入れてみたら、さっきと同じくらいの温度だった。


「さあ、コウも入るがよい」

「人前で服は脱げませんっ!」


 レーンは首をかしげて言った。


「俺は脱がせたくせに、何をいうとる」

「あ、あなた前に私に酷いことしたじゃない、そーゆー人の前では絶対脱ぎませんよ!」

「そーゆーものか?」

「そーゆーものです!」


 レーンは回れ右して、ピタリと止まった。


「俺がいなければ、はいるのか?」

「……うっ」


 私は左右を見渡し、どうしようか悩む。


「せっかく湯をだしたというのに」

「……う、う、うー」


 私はしばらく獣のように唸っていたが、お湯が冷めていくのがしのびなくて覚悟を決めた。


「レーンはこの部屋から出て下さい、絶対はいってこないならお風呂に入る!」



 私はレーンを部屋から追い出して風呂に入った。日々の掃除で真っ黒だったし、正直を言うとお風呂にはとても入りたかった。

 久々の湯船はとても気持ちよかった。


 私は風呂上がりにフレイの部屋に行き、鏡を見ながら髪をとかすが、長く伸びた髪の毛をとかすのに苦戦した。

 ドライヤーが無いので、肩にタオルをかけて自然乾燥。喉が乾いたので、厨房で水に果実を絞って飲んでいると、レーンが現れた。


「あなたも、お水飲みます?」

「飲む」


 私はレーンに同じものを作る。単なるレモン水だが、信は砂糖をいれてたなと思い、カエデ糖をいれて甘くした。

 レーンは水をうけとって一口のみ、「うまい」と、ご満悦だ。

 レーンは私の濡れた髪を一房つまむ。


「髪は濡れたままでいいのか?」

「うん、自然に乾くよ」


 レーンはいぶかしげに私の髪を引っ張っていたが、手を光らせて瞬時に乾かした。私の髪がサラリと風に揺れる。


「……え、今の魔法?」

「うん」

「すごい、それ、ドライヤーいらないね」


 ……そういえばお城の厨房も魔法の火を使ってたな。魔法は電化製品の代わりになるのか。


 魔法の便利さに感心して、「魔法すごいね!」、というと、レーンは「そうだろう」と胸をそらす。

 得意気な顔がかわいくて見とれるが、中身が信ではないことを思い出して、私はうつむいた。


「お前の髪の毛はほっそいなー」


 レーンは珍しげに私の髪を引っ張る。私は自分の髪を守るように手で押さえた。


「その体の持ち主が、髪の毛太いの……」

「へぇ」


 レーンはまた髪をつまんで、匂いを嗅いだ。


「……俺と同じ匂いがする」

「せ、石鹸、同じだからね、お花の匂いだね」


 私はドキッとして後ろに下がった。レーンは私が下がったぶん、間を詰めてきたので、私はセダンで組み敷かれた事を思い緊張した。


「レーンはここに、何しにきたの?」

「お前の気配がしたから、見に来た」

「用事はないの?」

「特にないな、暇潰しだ。お前が双竜を破壊したから、二匹とも動けず回復中。治癒するまですることがない」


 レーンのいいように、私はポカンと口を開ける。


「お前がって、アレクをいじめたのはレーンなのに……」

「契約不履行をする竜はいらんわ。お前らだってデータが壊れたら消して書き換えるだろ? 同じことだ」

「データって……、竜は生きているのよ?」

「竜はシステムだよ。魂があるわけではない」

「心はあるよ……セシルとセレム別人格だもん」


 レーンとフレイの、守護竜に対しての認識が正反対なことに私は困惑した。


「守護竜は人の魂が入って無いから、自由に殺していいなんてそんな筈はない。竜には竜の魂があるよ」

「証明できないものにあるなし言っても意味はない、この話は終わり」

「……むぅ!」


 分かってもらいたいのに、会話そのものを切られると不満が残る。

 なら証明してやろうじゃないか! とは思うが、方法は全く思い付かなかった。



 風呂上がりに特にすることもないので、二人は世界樹の部屋でぼーっとしていた。レーンはなぜかずっと、ワイシャツのボタンを触っている。


「この穴に、丸いのを通すと服が固定できます」

「……おお、出来た」

「おめでとう」


 嬉しそうなレーンを見ると、かわいいと思ってしまう。


「この前はあんなに怒っていたのに、今日は静かだな、お前」

「だってあなた、アレク蹴ったり、私を叩いたりしたから……。痛いこととかしなかったら、怒らないよ」

「……ふうん」


 少し悲しげに、眉を寄せる顔は本当に信そっくりで、私の胸がチクリと痛んだ。


「レーンこそ、なんだか人が変わったわ……なんだか、優しくなった」


 レーンは私をチラリとみて、すぐに視線を戻した。


「この間、本体とまじったからな……」

「まじる?」

「同じ体に、ふたつの魂が入ると、お互いが影響しあって、記憶を譲渡する」

「記憶の譲渡……」

「お前は、フレイと自分の区別がつくか?」

「あっ……」


 あれか、私がフレイの夢を見たように、レーンも信の視点で信の記憶を見たんだ。ここにいるのは、信がまじったレーンなんだ。

 私はチラリとレーンを見た。


「ねぇ、レーンはどうしてフレイを殺したいの? それはフレイがアスラを破壊したからなの?」


 私がそう聞くと、レーンは少し驚いて私から視線をそらした。私はレーンの袖を引っ張って聞く。


「この前の事だけじゃないの。異世界でもレアナがサーの命令で私を殺そうとしたの。その命令をしたのはレーンなの?」

「……フレイが何かを破壊したことは無いよ」


 私は少し前に出て、レーンの顔を覗き込む。


「私もそう思う。でも、アスラもセダンも魔女が滅ぼしたと言われたわ」

「フレイは魔女じゃない。彼女は魔法を使えない」

「でも、火竜が私の事をそう呼ぶのよ? 竜は嘘をつかないわ」


 レーンは少し困って頭をかいた。


「竜は俺とサーを混同しているからね、フレイと俺の見分けもつかないんだ」


 私はレーンの言う言葉か理解できなくて復唱する。するとレーンはハハッと笑った。


「アスラとセダンを壊したのはフレイじゃないよ、俺だ」

「えっ……?」

「本当に、何も覚えていないんだな……」


 レーンが寂しそうに言うので、私は慌てた。


「フレイが竜の体に入ってからが全然分からないの。サーが記憶を封じたと言っていたわ。私はそれを思い出さないといけないのね……」

「棄てたままでいい、その間はろくでもないことしか起きていない。フレイに体を与えたのは失敗だった」

「あなたは知っているのね……なら教えて?」


 私はレーンの肩に手を当てて詰め寄る。レーンは微笑して、だめだと首を横に振った。

 私はうーんと唸って頭をかかえる。


「あなたもその消えた記憶の中で出てくるのよね? やっぱり思い出したいな……」

「サーが消したのならそれは必要では無いのだろう」


 そう言って、レーンは私の髪をひとふさつまむ。私は自分の髪の毛を引っ張って、レーンの手から抜いた。


「だって、世界の再生をしないといけないのでしょう? 私どうしたらいいのか全然分からないのよ?」

「そんなことはしなくてもいい」

「……えっ?」


 レーンが間髪入れずに再生を否定したことに、私は戸惑ってレーンの言葉を待つ。レーンはまた私の髪の毛に触れて、匂いを嗅いだ。


「君が在ることが最も重要だ。損なうことはあってはならない」

「……?」


 髪を触っていたレーンが、私の頭を撫でて頬に触れるので、私は赤くなって少し離れた。


「世界に子どもが生まれなくなっているの、何とかしないといけないわ」

「どうせすぐに消えてしまう。人を増やす必要は無いよ」

「……でも」


 フレイがやろうと思っていた世界の上書きによる再生を、レーンはしないでいいと言う。フレイとレーンが逆な事を言うのはどうして?


「レーンの目的は何? 白竜はフレイの死体を持ってくるように言われていたわ。私の死体をどうするもりだったの?」

「君の体はサー同様に有用だけどね、殺すように指示をしたのは誤りだった。ずっと一人でイラついていたからそんなことも言ったかもしれないね。俺の不用意な発言で迷惑をかけてすまない……」

「レーン……」


 前みたときは不遜だったレーンの謝罪に戸惑って、私は言葉を失った。そんな私を見てレーンは優しく笑うと、私に向き直って言った。


「改めて転生した君を見て思うよ。俺の目的は君と共に生きていく事だ。それはこの体の持ち主もそうだろう」

「レーン……」


 ……私だって、ずっと信の側にいたい。信もそう思ってくれているのは、とてもうれしい。


 私はその言葉を聞くと胸がいっぱいになって、涙が頬をつたった。

 レーンは泣いている私の髪をそっと撫でて、その肩を引き寄せる。私は信にしていたように、レーンに寄りかかった。


「レーンがしたいことがあるなら何でも手伝うわ。それが終わってからでいいんだけど、お願いがあるの……」

「何?」

「私の世界に一緒に来て欲しいの。ずっと寝ている女の子を起こして欲しい。それは貴方にしかできないことだとサーが言っていたわ」

「世界の境界をを越えろと……?」


 レーンは驚いて目を丸くした。

 レーンはしばらく黙って私を見ていたが、私の目が真剣なのでふぅと息を吐いた。


「了承した。考えておくよ」

「ありがとう!」


 私はわっと喜んでレーンに抱きついた。レーンは少し驚いたが、私の背中に手を回し、私をそっと抱きしめた。私が緊張して身を固くしたので、レーンは私に顔を寄せてその頭を撫でる。


「随分髪が短いな……。身の丈も体の機能も本体に届いていない」

「フレイは二十才だったの。私は十五だから五年くらい差があるの、問題あるかしら?」

「まあこの体も幼いからそんなものか……」

「……?」


 レーンは私の手を触って軽く口をつけた。私は真っ赤になって、手を引っ込める。


「レーン、それ恥ずかしい……体を触るのはドキドキするからやめてほしい……」

「何でもすると言ったのに?」

「……!」


 ……そうだった、菊子さんを起こして貰うんだから、文句言っている場合じゃない。


 私は覚悟を決め、目をぎゅっと閉じた。何をされるか分からない怖さに体が震える。

 プルプルと震えながら待っているのが面白いのか、レーンはクスクス笑った。

 レーンは笑っているだけで、何もしてこないので、私はそっと目を開けると、目の前にレーンの顔が見えた。


「愛おしい……本当に心からそう思うよ。白竜に殺されなくて良かった」

「わああ……」


 私は動揺して後ずさると、赤面して地面に顔を伏せた。

 言葉だけなのに動悸が激しい。呼吸が苦しい。


「レーン、幸が死ぬからやめてあげて?」


 樹木の間の入口から男性の声がしたので、私は身を起こした。見ると、黒いマントをかぶったジーンが、困った顔をして立っていた。


「……本体が思っていることを口に出さないのは問題がある。言うべきことは言うべきだ」


 私は驚いてレーンを見た。セダンで二人が会った時は敵対関係だったのに、レーンは信の事をよく知っているみたいに対応する。

 

 ……そうか、お互いの記憶が混ざっているんだ。私がフレイに直接会うような感じなのかもしれない。


 私はオロオロして、二人を交互に見ていた。


「幸、レーンの大目的はこの世界の消滅だ。それを手伝う気がなければ離れろ」

「えっ……」


 私は驚いてレーンを見る。レーンは地面に座ったままニヤニヤと笑っていた。

 私は立ち上がり、ジーンに向かって走る。

 ジーンは私をつかまえると、マントを広げてふわりと被せた。


「幸はこの世界を守るつもりだろう? ならばレーンには一切耳を貸すな」

「でもレーンは、菊子さんを起こしてくれると言ってくれたの。私はそれのお返しをしないといけないわ」


 ジーンは黙って私の額を指ではたいた。


「いったー……」


 私はおでこを押さえてうずくまった。それを見たレーンは肩を震わせながら口を隠して言う。


「本体はコウの扱いがひどくないか? こんな所に一人置いておくとそいつ泣いて干からびるよ」

「知ってる。レーンが来るならもうここには置いておけない」


 ジーンはしゃがんでいる私に手を伸ばす。私はその手を取って立ち上がると、ジーンは私を抱えあげた。

 レーンは、私が畳んでいた制服を持って立ち上がり、世界樹の間から出ていこうとする。

 私はその背中に向かって話しかけた。


「私に何か出来ることがある? レーンは私に何をしてほしい?」


 ジーンに抱えられた私が聞くので、レーンは苦笑して言う。

 

「自己保身を。この世界に一滴もフレイの血を与えないで。あとはこっちで勝手にやるよ」


 私が困惑してジーンを見ると、ジーンもレーンと同じ意見のようで、ウンウンと頷いた。

 私はふくれてジーンの首に巻き付いた。


「役に立ちたいと思うのに、真反対なことを言うのね……」

「コウは欲しがる人に何でもあげちゃうからね。ここの世界の人から手が届かない場所にしまっておけたらいいのにと思うよ」

「邪魔だということね……」


 私はハァ……と、深いため息をついた。



「ほっといても寄ってくる。どこにでも現れる」

「そんな、恩人になる人をゴキブリみたいに…」

「黒い虫のほうがかわいげがある」


↑レーンは山の病院で、書庫の人にこう言われてました


火竜のジャムはルバーブです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ