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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-8、聖地自治区

 

『バーカ、バーカ、バカコウー』


 あたたかい館の中を、白ヘビが飛び回って、子どもをからかっていた。

 館の中は数人の住人がいて、席に座ってくつろぎながら、子どもと空とぶ蛇を眺めている。


 ジーンはこの館の住人に幸を見せたくは無かったが、自分よりも先に、村長の息子と幸がここにたどり着いたので、遭遇を防げなかった。


「子どもってまだいるんだなぁー」

「自治区は何でもアリって言うからな、どっかから流れてきたんじゃないのか?」


 ファリナから移送してきたこの館の住人は、幸の存在についてあまり疑問を持たなかったようなので、ジーンは幸を隠すのを後回しにした。


 自分が噂をされている事に気が付いていない幸は、のんきにセレムと言い合いをしている。


「君は侮辱禁止っていわれてたでしょ!」

『お前に対して言われたわけでなし』

「もーっ!」


 幸はピョンピョン飛びながら、ムキになってセレムを追いかけた。その様子を館の住人が微笑ましく見ていた。



 ジーンは幸の気配を追いながら、部屋の脇で、先ほど連れてきた夫婦にこの場所の説明をした。


「ここは聖地の自治区郊外です。私はファリナの罪人で特に問題の無い方々をこの館に移送しております。自治区の気温は温暖ですか、町は治安が悪く、町までの道には魔物もおりますので、女性の方は絶対に単独行動をしないでください」


 ジーンは館を一回りして、設備やルールを説明する。


「ここでは自給自足となります。一応仕事を案内してくださる方もおりますので、こちらに相談してください」


 ジーンは夫婦に自治区の知人への紹介状を手渡す。

 ファリナの辺境の村から連れて来られた夫婦は、お互いに手を取り合って周りを見ていた。


「俺たちはもう村には戻れないのか?」

「戻れません。しかしファリナにさえ入らなければ、行動は自由です。住居も変えて頂いてかまいません。もし他国に移住または難民申請されるときは、私にご相談ください」


 ジーンがそう伝えると、婦人が不安げに言った。


「もう親には会えないの?」

「それは諦めて頂くしかありませんね、あなた方は国から除籍されたわけですし……」


 苦笑いするジーンに、婦人は言う。


「あの村には本当に若い働き手がいないの。屋根の雪を落とさないと、家が潰れてしまうわ」

「そうですね……」


 困るジーンの頭上に、白いヘビが這ってきた。


『あの村に軍を置けばいーじゃん』

「……と、言いますと?』


 ジーンは白いヘビを腕に巻き付かせて、その顔を覗く。


『昔はいたんだよ、あそこに、軍の見張りが』

「何年前ですか?』

『……三百七十四年前かな? あの山に前任がいたから、山に入る道を国で封じていたわけ。そのときは魔昌石はとれなかったから、マジで意味のない配属だったけど、今は有用だからな。軍で暇してる若いのを働かせればいい。ついでに村の整備もさせろよ。村には軍の土地使用料を払えばあの老人たちは暮らしていけるんじゃないか?』

「……なるほどねぇ」


 ジーンとヘビが話し合うのを、夫婦はポカンと口を開けて見ていた。


「……ま、魔物? 心話ってはじめて聞いたわ」


 ヘビはチラリと夫婦を見て、生えはじめた頭の角を付だした。


『アホ、見ろ、この、角を!』


 しきりに見ろと頭を付だしてくるヘビに、夫婦は困って首を傾げた。その三人の足下から白い手が伸びて、ジーンの手から白いヘビを奪った。

 黒い髪の子どもは、ヘビを抱き上げて、ヒレをよしよしと撫でる。


「この子、実は水竜なんです。ファリナの本当の守護竜」

「……えっ?」

「ヘビには角は無いし、ヒレも無いです。水竜の鱗は透明なのですが、複雑な構造をしているために光が反射して、虹色の遊色効果が出ます。これはヘビじゃないってことですよ」

「……へっ?」


 二人は幸が何を言ったのか理解出来ずに、じっとヘビを見た。


「……コウ、誰もそんなことを聞いてないから」

「そうなの? セレムは自分が水竜だって伝えたかったんでしょ?」

「いやいや、そうじゃないからあっちへ行きなさい」


 ジーンは幸とセレムを部屋の端に追いやった。口にチャックのジェスチャーをして、じっとしていろと念を押す。

 婦人はクスクス笑って、ジーンに聞いた。


「私、気になっていたのですが、あの子どもはどこの国の子どもなんですか?」

「王からは、異世界人と聞いています。迷子だそうですよ」

「異世界? ここの他に世界があるんですか?」


 旦那さんが驚いて大きな声を上げたので、部屋の他の人がこちらを見た。


「樹木にそういった記載はありませんが、彼女がそう言うのならあるのでしょうね、彼女はもといた場所に帰さないといけません」


 そこで、婦人は夫に耳打ちをした。


「……えっ、ホント?」


 ジーンが二人を見るので、婦人はハハハと誤魔化して笑う。旦那は真面目な顔でジーンに聞いた。


「守護竜って、嘘つかないんですか?」

「つかないよー!」


 皆で声をしたほうを見ると、幸が壁によりかかって、ニコニコしながらこっちを見ていた。


「守護竜の言葉はサーが保証してるんです。だから彼らの言うことは全部本当なの」

「サーって、創造神? サーラジーン?」

「サー・ラ・ジーンです!」


 ニコニコと笑って話す子どもを、夫婦の視界から隠すようにジーンは一歩横に動いた。


「サーがいちいち関与しているわけではなく、世界樹によって発言内容を管理されていますね」

「……そうなんだ、あんたも大変なんだなぁ」


 旦那がしみじみと黒い服の男を見た。


「じゃあ、わたしたちがここにいることを、王に伝えないといけないの? 隠せないわよねぇ」

「語らない。という事は出来ますし、バレたらきちんと説明します。ご心配なく」

「……苦労性だよねぇ、君は」


 ジーンの背後で、子どもがボソッと呟く。それを聞いた夫婦はクスクス笑った。

 ジーンは壁まで歩き、幸を抱えあげる。


「わわっ、なに? 高いところのものでもとる?」


 驚いてジーンの頭に捕まる子どもを抱いて、ジーンは扉に向かう。


「また二、三日したら様子を見に来ます」


 幸はジーンの肩越しに、遠ざかる館に向かって手を振っていた。


◇◇


 ジーンは私を肩に担いだまま、黙々と薄暗い森を歩く。前はアマツチと歩いた道を、私はボーッと見ていた。

 館が見えなくなるまで離れると、ジーンは私を地面に置いた。私は背の高いジーンを見上げて聞く。


「だっこする必要性あった?」

「うーん、子どもを保護してる感じで、あの夫婦の信頼を得られないかなと」

「そんな理由?」


 私はジーンの黒いマントを引っ張った。


「黒い服を来てるから怪しいんじゃない? ファリナ兵のマントはあたたかくてかっこよかったよ?」

「これは王のお古に黒が多かっただけかな」

「服は魔法で作れないの?」


 首を傾げるジーンにセレムが口を出した。


『お前以外の守護竜は、人の形になったときは服も体を変化させて作るよ。植物や動物の服を着ている守護竜は、お前とNo.5だけだな』


 ……そういえば、研究者に化けていた白竜は、黒いタイトなスカートに、黒のストッキングと赤いパンプスをはいていた。トップスはV字ネックのシャツに、塔の長い白衣を重ねていたなぁ。


「……レアナはオシャレが好きなんだね。君はズボラな理由だったけど」

『いや、No.5が体で服を作ってたら守護竜か伝説の王だってばれるからだろう、二の王に』


 私は二人から数歩先に行って、くるりと振り返った。


「なんでセレムは、ファナさんが白竜だってわからなかったの? 二の王も、風竜の目も欺いていたのよね? 世界樹の検索さえも」

『……あれは本当に何だか分からなかったな』


 肩の上でうなるセレムを、ジーンは撫でた。


「白竜の持つママの心臓のせいじゃないかな」

「えっ?」

「着ぐるみみたいに、エレンママの部分を表面に出していたら、樹木の検索からはノーマークの人間だと認識されそうかなって」

「だから金髪だったんだ!」

「それが正しいのかは今はわからないけれど、幸が耳につけている石の力はとても強いよ」


 私はそっと右の耳につけている、ママの石に触れた。

 私や信の動きとは関係なく、わざわざレアナが日本に出向いて奪ったママの心臓だ。それには重要な意味があったんだろう。


「……これ、私が持っていていいのかな? レアナは何か計画があってこれを持っていたのかな?」


 ジーンはピアスをはずそうとする私の手を両手で包んで止める。


「ママの体はママのものだ。殺して奪った白竜の事なんて考える必要はない」

「うーん……」


 私はジーンの手を握って、腕にしがみついた。


「まあ、ママだもんね、隼人の所にいたいよね。私これ絶対隼人に渡す。ママの心臓だということは秘密にして」

「そうだね、それがいい」


 ジーンは私の頭をよしよしと撫でる。私はしばらくジーンの腕にぶら下がっていた。




 鬱蒼とした森の中をしばらく歩くと神殿につく。以前大穴が開いた大きな岩盤は、穴が開いている事を知らせるように、周囲に岩が並べられていて、人が落ちないように配慮されていた。

 二人は脇にある祠から内部に入る。ジーンが鍵を開ける間、私は隣に立って考えていた。


「私ファリナのお城に帰っちゃダメなのよね、君が転移魔法使ったことバレるから」

「そうだね」

「だから神殿なの? 私ここに隠れていればいい?」

「自治区に子どもを置いて置ける場所は無いので……」

「また、売られちゃうもんねー」


 私は笑ってジーンのマントをつかむ。そしてふんふんと鼻歌を歌いながら解錠された扉に入り、神殿のエントランスを走ってまわる。


「幸はどうしてそんなにうれしそうなの?」


 後ろから歩いてくるジーンに、私が振り返り両手を振る。


「心を読めばいいのにー!」

「わからないから聞いている。嬉しいって事しか読めないよ。思考をまとめなさいよ」


 私は走り寄り、ジーンの腕に巻き付いた。


「だって、本当に驚いたの。君が人を殺したと思って、驚いて、悲しくて、パニックになってた」

「……今の話のどこに嬉しい要素が?」

「まって、まだ続きがある! 君が展開した魔方陣に飛び込んだ時に、サーの声がして、君の事を信じなさいと怒られたの。それで反省もして、今は……お散歩できて楽しい」

「……複雑にも程があるだろ、その全部の感情がごっちゃ煮になっていたら、読めないよ」

「君と散歩するの楽しい」

 

 私のたどり着いた答えはそこだった。幸は神殿の中をジーンに案内するように駆け回る。


「あれじゃあ、十五才だと言っても誰も信じない」


◇◇


 樹木のある中層まで下りると、私はフレイの部屋に飛び込んだ。しばらくここで暮らすようなので、私は着替えなどの生活用品をチェックした。


「なんだか、ふりだしにもどっちゃった!」

『お前はずっとここにいたからな』


 セレムはフレイの部屋を珍しそうに飛び回っていたが、扉の内側を見て足を止めた。


『なんだこれ? 見たことの無い術式が扉に記されている』

「……ああこれは、レーンの使う時間魔法ですね、この扉の施錠と、部屋の中の経年劣化を止めていたのかな?」

「前に来たとき、部屋に鍵なんてかかってなかったよ?」


 三人で扉を見ていると、ジーンが魔方陣の隅を指す。


「……フレイのみに扉を開けて、同時に凍結が解除されるよう組まれているかな? よくこんな複雑な術式を思い付くな」

「カウズと守護竜全員、時間を操る魔法は無いと言っていたのよ? 時間操作はレーンのオリジナル魔法だったのね」


 レーン凄いと、皆で口を揃えて感心する。


「まあこれで、時間魔法は対象物を指定して展開するものと判明しましたね、過去や未来に移動するモノでは無さそうだ」

「じゃあレーンは怪我をした君の体を、怪我する前に戻して使っているのね?」

「……おそらく」

「その魔法は君は使えないの? 君が使えるのなら、レーンに菊子さんのことを頼まなくていいんだけど」


 ジーンは浮いているセレムを見る。セレムは無理だと体を左右に振った。


「ここまで複雑な術式をこの体で演算するのは無理かな……レーンの魔法は特殊過ぎて私には使えませんね」

「……むー、カウズならどうかな? 巻物に書いて貰って、私の血を垂らして発動とか出来たら便利なのに」

「樹木に記載しておけば二の王は見るかな? 今度お会いしたら聞いてみますね」

「よろしくお願いします」



 しばらくここに住むことになったので、私は寝具を引っ張りだしてポンポンと叩く。部屋の時間は止まっていたのでホコリは出ないが、なかの綿をフカフカにしたい。


「疑似太陽でも干せばあったかくなるかな?」


 私は布団を持って世界樹のドームに行く。布団を低木の樹木に干して、芝生の上にゴロリと寝転がった。

 ジーンは自治区から食料を買って来たようで、水場に袋を置いて私の隣に座った。


「さて、幸さんの事を、王に何て言おうかな……」


 ジーンは膝を抱えて真剣に悩んだ。その頭の上で白いヘビがとぐろを巻く。

 私は至近距離にジーンがいるのが嬉しくて、頬を緩めてジーンを見ていた。


「さっきのおおきなお家は君のなの?」

「いや、持ち主は自治区の神官だよ、訳あって借りている」

「ジーンさんとセレムがよく自治区に来ているのは、あの館に来ていたの?」

『そう、あそこを拠点にして、自治区でメグミクの代理を探していたがいなかったな、神官の末裔ならいたけど』

「女神信仰で殺された神官さんね? 生き残ってたのね」

 

 ジーンは頭の上のヘビをじっと見る。


「館に王の該当者はおりませんか? 皆さんそれなりに求心力のある有能な方々ですよ」

『いねーな……』


 セレムの言葉を聞いて、ジーンはフゥと息を吐いた。私はその肩をポンと叩く。


「ねぇ、ファリナ王が反乱を起こしそうな人を殺せと、君に命令しているの?」

「そうだね。本来は王自身がやっていたんだ。それを無理言って止めさせて、以降はここに移動している」

「じゃあ、王は君が反乱分子を殺していると思っているの?」

 

 ジーンは少し顔を傾けて、クスッと笑った。


「俺のしていることは、多分バレている。たまに聞きたそうにしているし」

 

 私はポカンと口を開けて、しばらくボーッとしていた。脳裏に黒く細い王冠をのせたファリナ王の顔が浮かぶ。


「……何を企んでいるの?」

「何それ? このご時世に若い働き盛りの国民を減らしたくないから移動しているだけだよ」

「王があなたにそう聞けと言ったの。返答があれば教えてくれとも。私、王に何て答えようかしら?」

「うーん……やはり、疑われているか」


 ジーンはしばらく悩んでいた。


「まあ、こうして嘘がつけない人も城には帰れないわけだし、王にはもう少しだけ待って貰おうかな」

『契約者への内密事は、竜の体を蝕むぞ』


 頭の上から顔を覗く水竜に、ジーンは笑う。


「……実は私、性別は女性です」

『はぁ?』

「……嘘です」

『ええ……マジでぇ?』


 信じられないと空中で右往左往するセレムに、私は何が起きたのか聞くと、ジーンが嘘を話せるから驚いていると言う。


「世界で唯一嘘がつける竜なんで、臨時の雇用主への内密事程度は問題ありませんよ」

『うええ? マジで? これだから異世界人は……ずっりー』

「この人は特殊なんだから、比較しちゃダメだよ。ジーンさんはそのうち竜をやめて信の体に戻るんだからね」


 ぶつぶつと文句を言う水竜を、私は捕まえて抱きしめた。水竜は私の鼻を顔でつつく。


『こいつ、俺がテキトーに拾ったってことにして、城に戻す?』

「いえ、そうしたとしても、魔術師の嘘探知をどうやって回避しますか? 彼女から全て情報を持っていかれますよ」

『……こいつ、竜以上に嘘つかねーからな』


 私をどうするかで、二人して頭を悩ませる。私がバカなせいで迷惑を掛けている現状はたいへん申し訳ない。

 私はおずおずと話を切り出した。


「二の王は、隔離できる施設のあるセダンかファリナにいろと言っていたの。隔離されていたら、各地の守護竜への影響が無いって。私がここにいて、二人は大丈夫なの?」

『前任がお前の対策をしている。よって、俺にはお前の能力は殆ど無効だ』

「いやいやいや、君が一番痛がりだし!」


 私は偉そうにふんぞり返るヘビの頭をつついた。

 

「水竜は、そろそろ王の命を預かる気はありませんか? 私は自分の体を取り戻さなくては。そうすれば、始終幸の身を守りながら移動出来るので」


 ……始終? それってずっと一緒にいられる?


『王の再任じゃねーか、ねーよ』

「有能で強くて良い王だと思うのですがね」


 セレムは聞こえないふりをして、世界樹のまわりを飛び回っていた。


『お前、四の王の能力って、知ってるか?』

「……いいえ」

「竜を言うこときかせるやつ、あれのこと?」


 私は自治区で見た腕輪を思い出してそう言った。


『あれは能力の一部だけだ、メグミクの力は強化だ。魔力の強化、倍増、そして、力の節制、抑制、延命……』

「バフ、デバフなのか……」


 ジーンが呟くのでなにかと聞くと、ゲームの補助効果魔法の事らしかった。


『三人の王の能力を決めたのはフレイだが、末の姫、四の王は自分で選択した。先に産まれた王の能力が強すぎたのか、四の王のはその力を補助と抑制することを望んだらしい。だからメグミクの力は、他の三人の王がいないと意味をなさないんだよ』


 私がセレムに手を伸ばすと、セレムは私の手に巻き付いた。


「アマツチとアマミクが、四の王は優しいって誉めてたよ。能力に性格が出ているのね」

『このご時世だ、魔力の節約は魅力的だったんだけど、あの殿下の手にあったらいみねーな』

「……ミクさん、あれ以上強くなれるんだ」


 砂漠や森で大暴れをしていたアマミクを思い出して、私は苦笑した。

 

「私ここに住むよ。そうすれば、君たちに迷惑かけないし、ここは竜しか入って来ないからね。ご飯は火竜の巣で貰ってくる。それでいいんじゃない?」


 能天気な私を、ジーンは心配そうに見た。


「まあ、今は双竜が行動不能のままだからアスラの扉は使えないし、ここに置くのが一番いいか……」

「えっ? アレクもレアナも動けないの? 結晶になっているの?」

「いや、二人とも結晶化した記録はない。でも、アスラ北部から動かないし、あれから魔物も増えてないので行動不能だろうと」


 話を聞いて、私は顔を青くして心配した。


「アレクは、レーンとサーの相反する命令で倒れたの……そんな人の所にいて、回復出来るのかな?」


 助けに行きたいと、私の顔に書いてあるのか、ジーンはやめろと額をはたいた。

 痛みが伝播したセレムがジーンをにらむ。


「あの二人を粘土にしたのは、前の水竜の断末魔だよ。守護竜の弱点らしいよ」

『……うえっ、そんなもんを守護竜にぶつけたのか、えげつねーな。さすが異世界人』


 水竜はプルプルと震えて、私の後ろに逃げ込んだ。

 私はセレムを捕まえて、ギュッと抱きしめる。そしてにやけ笑いをした。


「なんでこの状況でにうかれてるんだ……」

「だって、君たち毎日ここ通るでしょ? そしたら毎日会えるなーって、思って」

「……成る程」

「いつも置いてきぼりだったからね。ここだと行きと帰りで二回会える……」


 ジーンは私の頭をぐじゃぐじゃと撫でた。私は髪の毛をこんがらがせたままエヘヘと笑う。


「ファリナだと全然会えないし、見かけても声かけられないからねー。ここだとふつーに話せて、うれしい」


 セレムがジーンの側に浮かび、顔を覗き見る。


『お前今こいつかわいいなと思っただろ』


 私はそれを聞いて飛び起きた。

 

「ホント? ホントにそう思ったの?」


 ジーンは微笑を浮かべ黙っている。


「私、信にそんなこと言われたことない!」

「……そんなことはないよね?」


 苦笑いをするジーンに、私は顔を寄せて言う。


「ぜんっぜん、無いよ!」

「……そうだっけ?」


 ジーンはうーんと、考え出した。

 セレムが二人の間に割り込む。


『お前ら二人とも、本人にはなにも言わんからな? いいか、言わなきゃ伝わらないんだぞ? 俺にも毎日感謝を百回くらい言えよ?』

「はいはいはい、産まれて来てくれてありがと、セレム」


 私はセレムのヒレにキスをする。


『あと九十九回いうのだ』

「君にはお説教のほうがいいやすい……」

『いいから絞り出せ、知恵を! ありとあらゆる言葉を使って我を誉め称えよ!』

「鱗が綺麗、かわいい、手に巻くと面白い……飛ぶの早い、泳ぐの得意、あと何個?」

『九十五!』

「ひゃーっ」


 私とセレムは久々の神殿暮らしを楽しんでいた。その二人をジーンは見守っていた。



◇◇


 ジーンが羽間信だった頃、幸を見ていない振りをしていた事を思い出した。

 それは自分の恋心と煩悩を晒すとあの家から追い出されると思っていたからで、今現在、幸の気持ちは自分に向いているのだから、隠す事も無いのかと思う。

 いや、先日レーンが使う羽間信の体に引き寄せられた時、組み敷かれた幸の姿を夢か現実なのか判断付かなかった時点で、やはり封印すべきなのだと思う。


「……中学時代の煩悩を、今になって思い出すとか」


 ジーンはドームの天井を埋め尽くす世界樹の葉を見て乾いた笑いを浮かべた。



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