9-7、反乱分子
翌朝、一行は集会所でなく村長の家に招かれた。昨日の脱税疑惑の決着をつけるようだ。
私がこの場にいるのはどう考えてもおかしかったが、参加を強要された姫が、私の手を離してくれないので、姫に引きずられて村長の家に入った。
セレムも私に傷が無いと分かると、いつの間にか戻ってきて、いつものように胸の中にいた。
今日は村長さんの息子夫婦もいる。
村長の家の広い部屋に、村長と村長さんの息子さん、殿下と監査の人、姫が卓について、従者と私は部屋の隅に立っていた。
魔昌石の担当者という、村長の息子が表だって監査の対応をしていた。
「うちの村で採掘出来るものは従来通りに報告してあましたが、最近西の国境沿いに新な坑山が見つかりまして、その分の報告に不備があったようです。申し訳ありません」
「では、今後不備の無いようお願いします」
監査は書類を揃えて殿下に渡した。殿下は書類に目を通しながら呟いた。
「……解決か、わざわざ来る意味は無かったな、これ」
息子さんが卓の書類を片付けはじめるのを見て、村長がホッと胸を撫で下ろした。
これで解決かな? と、私も一息ついていたら、開いていた扉から、黒いマントの男が部屋に入って来た。物音ひとつ立てずに入ってきたので、まわりの人は気が付いてないようだ。
私は入ってきた男、ジーンを目で追う。
彼は真っ直ぐに卓に行き、小声で殿下に話し掛ける。そして手に持っていた紙を殿下に渡した。
「殿下、こちらの書類に目を通していただけますか?」
「……ん」
突然乱入してきた黒服の男に、村長の息子さんが驚いて聞いた。
「あなたは?」
「ファリナ王の使いです」
殿下は書類チラリと見て、監査に投げ寄越す。監査はそれを見て驚いていた。
「これ、本当ですか? ここはうちの領土じゃありませんよ?」
監査は書類を村長と息子の前に並べた。そこには国境付近の地図があり、村名義の宿泊施設の場所に印がついていた。
もう一枚には、ファリナ王都の行方不明者数の推移と、西への不法移民を並べた表があり、行方不明者の数と不法移民の数は似かよっていた。
殿下は額に皺を寄せてジーンに聞く。
「……この、人口の推移は確かなのか?」
「西は二の王に問い合わせました」
殿下は頭を抱えてうめいた。
「……その、国境沿いの炭坑回りに拠点を作って、一体何をするつもりだったのか?」
息子は焦ったのか、椅子の背もたれにぶつかった。
「た、単なる宿泊施設ですよ、坑道から此処までは遠いですからね」
黒服の男は無表情のまま尋ねる。
「まだ建てられる予定ですよね? 建築途中の土台が国境を越えております。もしかして西に村を作ろうとされていますか?」
「違いますよ、坑夫の休憩所ですって」
「あー……これ現地調査が必要じゃねーか、何で黙っていたんだ……」
ジーンは無機質な声で殿下に言う。
「そこから、西に人を移動させていたからでは?」
「は? 国抜けの? それは重罪だぞ……」
議論は終了目前だったのに、ジーンの登場で、場に緊迫した空気が流れた。
息子は下を向いて手を擦っていた。顔は蒼白で、額には脂汗がにじんでいた。
「なんですか、この建物の位置が問題ですか? だったらもっと近くに動かしますが……」
「先月、今月と五名ですが人口が西に流れています。この国は、国際結婚等の正式な理由がないと、西には移住できないのはご存知ですか?」
「……な、なにを証拠にそんなことを」
焦る男に、ジーンは無表情で言う。
「現在、この国の人口と銀の水の管理をしておりますので、情報は正確です」
ここまで黙っていた姫が口を挟んだ。
「……この方が、現在のファリナの守護竜ですわ」
「えっ、守護竜?」
その場にいた誰もが黒い男を見た。その男はどこからどう見ても、人にしか見えなかった。
村長の息子は狼狽し冷や汗をかく。そんな男を夫人が支えた。
婦人はジーンを真っ直ぐに見据えて言う。
「あなたが守護竜なら、どうしてファリナは雪に埋もれているのですか? 年々寒くなるのは守護竜がいないせいだと思っていました。でもちゃんといるなんて……なんでファリナだけいつまでも氷に覆われているのですか?」
「私は代理に過ぎませんが、水竜は既に再生しております。水竜が王を選定すれば寒波はじきに改善されます」
「じきっていつよ! 今じゃないとダメだわ! 私たち、もういい年なのに子どもがいないのよ? このままだと村は無くなってしまうわ!」
婦人は顔を覆って泣いた。村長の息子が席を立ち、妻の肩を抱く。
「子どもが産まれないのはファリナだけではなく、西の塔も、セダンも同じです。この問題は我が国ではどうしようもない」
それを聞いた皆が驚きざわめいた、アーヴィン殿下は下を向いて唇をかんだ。
「ならせめて、これで人の世が終わるというなら、雪の無い西で過ごしたいと思うのはいけないことなの? どうして私たちだけ雪に埋もれないとならないのよ!」
夫人の悲痛な訴えが部屋に響いた。
アーヴィンが冷たく言う。
「……西に移住したいなら、正式に申請すればいい」
「西に親戚もいないのに、申請なんて通らないじゃない! 第一西は研究者しか受け入れないわ。国境警備もいないのに、どうして少し西に入っただけで、処罰されるのよ!」
監査の担当が、申し訳無さそうに言う。
「夫人、決まりなんです。法を守って頂けないと、国は成り立ちません」
夫人は立ち上がり、姫を指差した。
「なら、シェレン姫も罰しなさいよ! 姫も西にいるじゃない!」
シェレン姫は、サッと青ざめてうつむいた。
ジーンは無表情で言い放つ。
「姫は元よりファリナの民として計上されていません」
「……!」
姫は驚いて顔をあげる。アーヴィン殿下は知っていたのか、仏頂面で顔を背けた。
「ジーン様、それ、どういう……」
姫は震える声で尋ねる。
「貴方は元からセダンの民です。ファリナ王の厚意でこの国に滞在されていただけで、姫はファリナの法には縛られません」
「そんな!」
「……シェン、守護竜は嘘をつけない」
「お兄様、知ってらしたのですか?」
「知るかよ……でも、あの王のしそうな事だろうが……いちいちわめくな」
「ううう……」
姫は机に顔を伏せて、肩を震わせていた。殿下の従者が、心配そうに姫を見た。
「姫が……他所の国の民?」「まさか」
嘘をつけない守護竜の言葉に一同はざわついた。北の守護竜は、パンと手を叩いて注目を集めた。
「よって、ここ暫くの、西への不法移住を仲介したという理由で、現王の命により首謀者を処刑する」
「……えっ?」
「今何て?」「処刑?」
その場にいた全員が驚いて黒い男を見た。
守護竜の手が赤く光って、村長の息子の足下に赤い魔方陣が展開された。魔方陣には拘束の効果もあるようで、息子は動けないでうろたえうめいていた。
「ジーン様! おやめください!」
姫が守護竜に呼びかける。
ジーンは聞く耳を持たない様子で、魔方陣を発動させる為に手を上げた。
……そんなのダメでしょ!
私は手を出すなと言われていた事を忘れて、村長の息子目掛けて走った。
前にいる人や椅子を避けながら、胸に入っているセレムをつかみ出す。走る途中アーヴィン殿下と目が合ったので、セレムを殿下に投げつけた。
「……うわっ、ヘビ!」
驚く殿下の悲鳴を聞いて、殿下はヘビが苦手だった事を思い出すが、もう後のまつりだし、殿下には従者の人もいるから大丈夫。
私は魔方陣の中で動けないでいる息子さんにしがみついて、陣から出そうとするが、既に起動されている為にムリだった。
私は聖地神殿の一枚岩が割れた時同様に、息子さんを抱きしめてサーラジーンに祈った。
◇◇
魔方陣は輝きを増して発動し、陣中央にいた男をかばうようにして、陣の中にいた二人は瞬時に消滅した。
「コウさん!」
「あのバカ、なにやって……!」
シェレン姫とアーヴィン殿下が驚いて声をあげた。
婦人は蒼白になり、言葉を失って、へなへなと床にへたりこむ。それを村長が支え、椅子に座らせた。
会議の場から二人消滅し、一同は言葉を発することも忘れて止まっていた。
床に光で描かれた魔方陣が、効力を失い、うすれて消えた。
ジーンもしばらく動きを止めていた。
姫が震えながらジーンの側に行く。姫がその顔を覗くと、ジーンは顔を手で隠して、暫く目を閉じていた。
「……ジーンさま、今、コウさんが」
姫の声を聞いたのか、ジーンはゆっくりと目を開けた。ジーンは無表情のまま姫を見る。
「……シェレン姫、ファリナでは、不穏因子は全て種のうちに摘まれてきました……。ファリナの安寧は、こうして培われているのです」
「なんてことを……それは、お父様がやらせているのですか?」
ジーンは黙って頷く。
姫は幸が消えた場所を見て、顔を覆ってしくしくと泣いた。殿下の従者が姫を慰めて、部屋から外に出て行った。
ジーンは机に転がされた水竜を回収して、そのまま出口に向かった。
ジーンは扉の前で立ち止まり、殿下に言う。
「処罰は終わりました。西に建築中の建物は撤去してください。今後、無断で国境を渡らせることの無いようにお願いします」
アーヴィン殿下が出ていくジーンに声をかけた。
「……巻き込んだあの子どもについては、どう対処するつもりだ?」
「彼女はこの世界の人員ではありません……水竜ももう自立しておりますし、消えたところで、何の問題もありません」
アーヴィンはドン、と机を叩いた。
「誰が国の話をしているんだ? 無関係な子どもを消去したことは問題無いのか?」
「問題無いと、樹木が判断致しました」
アーヴィンは、はぁぁ……と露骨にため息をついた。
「これだから、竜は嫌いだ……。こいつらには、感情が欠如している。単なるシステムだ……」
アーヴィンが顔を上げたときには、もう黒い守護竜の姿は消えていた。アーヴィンは困って監査を見るが、監査は首を横に振るだけで何も言わなかった。
◇◇
風竜の端末がシェレン姫を迎えに来た。
久々に姫に会えた従者は姫を見送る為に、荷物を手に村はずれまで出てきていた。
風竜が雪の上に降りると、辺りにふわりとあたたかい風が舞う。風竜は西のあたたかい風を身にまとい、凍てつく寒さを避けていた。
従者は荷物を風竜に渡すと、風竜は魔方陣を展開して荷物を塔に転送した。
「……あっ」
赤く光るその魔方陣を見て、姫の頭に先程見た処刑用の魔方陣が重なる。
「……術式が、同じだわ」
ブツブツと姫が呟くのを見て、従者が姫に聞く。
「姫? どうしました?」
「……何でもありませんわ!」
姫は従者たちに向いて、一人一人と握手をした。
「ファリナは今は最悪の状況ですが、ここが底です。これからはもちなおしますわ。お約束します」
「……姫?」
呆然とする従者に姫は微笑む。
「ファリナの水竜は再生いたしました。そして、世界を立て直す女神も、裁定者も降臨されております。後は四の王さえいればいいのです。そこは私にお任せくださいと、お父様にお伝えください」
「シェレン姫……城に戻って来てくださいよぉ」
一番若い従者の目に涙が浮かぶのを見て、シェレンはよしよしと頭を撫でた。
「ファリナにはお父様も、お兄様もおります。ジーンさまがいわれたように、私はファリナにいてもお役に立てないのです。お兄様のことは、あなたたちに任せましたよ」
「ひめさま……」
大きな男がメソメソ泣くのを、姫は困ってハンカチで涙を拭った。
「では、また城にまいりますわ、ごきげんよう」
風竜がヒレを動かすと、姫の体がふわりと舞い、風竜の背に乗せられる。城のものが見送るなか、姫は笑って手を振った。
そのまま風竜は空に飛び立った。
姫は風竜の首に巻き付いて聞く。
「ねぇ、風竜、コウさんは今どちらにいますの?」
風竜はしばらく黙っていた。姫は調べてくれているのが分かったので、景色を見ながら待っていた。
『……自治区の……外れです』
姫の思った通りだった。先程風竜の描いた魔方陣は、規模が違うものの、ジーンの描いたものと同じだった。
……コウさんは、転移されたのです。
それはきっと、処罰された男性も。お父様は守護竜に処刑を命じたのかもしれないけれど、あの方は別の国に移動させておりました。
姫は安心すると、先程感じた恐怖と絶望が消え失せて、なんだか笑えてくる。
姫は風竜にくっついて、クスクス笑った。
「コウさん……また自治区とか、売られてしまいますわね」
『……サーラジーンがおりますから、問題は起こらないでしょう』
「まあ! 光の創造神ですのね! その方がコウさんを見守っていますのね?」
『最近は、あまり来られませんが、あの子どもの周りには常にサーがいると思って差し支えありません』
「まあ、そうですの……」
振り返ると眼下には雪に覆われた大地と高い山々が見える。
シェレンにとっては、神と言われても、全く実感が持てなかったが、嘘を言わない守護竜が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。
シェレンは安心して、風竜の背中にくっついた。
「……わたくし、頑張りますわ。だって、あんな小さな女の子にわたくしたちの未来を贖わせるなんておかしいもの」
『姫も、同じように幼いですよ』
「そうでした、わたくしのほうが年下と言われておりましたね、まあ心のほうはわたくしのほうが年長です」
『そうですか、ご無理をなされないように、二の王に相談されてください』
シェレンは風竜の背にしがみついて、はるか遠くにある西の学舎を目指した。
西のあたたかい風に揺られて、風竜のヒレがはたはたと空に舞った。
◇◇
朝から静かに雪が降っている。
アーヴィンを含めた、国からの監査団は、その村を立ち去った。
「なんだか、あの子どもがいないと寂しいですね」
従者がポツリと呟く。
アーヴィンは、親が反乱因子の処刑をしていたことは知っていたが、実際にその現場を見たのは始めてだった。
「あいつ、人の命をなんだと思ってるんだ……」
アーヴィンは降り積もる雪を苛立って踏みつけた。
◇◇
村を覆う簡素な塀からかなり離れた。
一人になったジーンは、高く積まれた雪の壁に寄りかかった。
「邪魔するなと言ったのに、最悪の所で飛び込まれてしまった……」
アクシデントに対応して、精神に樹木のフィルターがかかったから平静にしていられたが、内心では驚き震え、青ざめていた。
人ひとり用の転移魔方陣に幸が入って、幸は無事なのだろうか?
ジーンはあの瞬間、世界樹にアクセスして、幸の転移をサーラジーン自身が受け取った事を知った。だから平静でいられた。
それが逆に、アーヴィン殿下の反感を買ったようだが、所詮は臨時の守護竜だしどうとでもなるだろう。次の王はメグミクと決まっているらしいし……。
ジーンは自己を持ち直して、ゆっくりと村から離れ、深い森に入って行った。周りに`その人´以外の人がいないことを樹木に訪ねて、後ろを振り返った。
「今から気温が酷く下がります。この先に進むのは命の危険がありますよ」
「……」
ジーンの後をつけていた女性は、木の影から姿を表した。女性は会議室にいたままの格好だったので、既に凍え始めていた。
「……ねぇ、あの人を、返して! あの人は悪い人ではないでしょ? なんであんな……あああ……」
ジーンにしがみついて夫人は泣き崩れた。
ジーンは何も言わず、泣く女を見ていた。
「あの人が返ってこないなら、私も、殺して……」
「彼の元に行きたいですか? そうすれば、もうここには戻れませんよ?」
夫人は呆然と男を見上げて、こくんと頷いた。夫人の目から涙が一筋流れた。
男の右手が赤く光り、二人の足元に赤い魔方陣が描かれていく。男は女性の額に手のひらを当てた、女性はガタガタと震えながら、歯をくいしばりその時を待った。
しかし、いくら待てども痛みも苦しみも訪れなかった。不思議に思った夫人が再び目を開けたとき、足下に雪のない地面が見えた。
「土? 草? どうして……?」
夫人が顔を上げると、男がまた手を伸ばしてきた。
「……ひっ」
夫人は身構えたが、男は夫人の肩の雪を払って、体をあたためる魔法を掛ける。
魔方陣は二回展開され、その光が消えると、男は息をついて顔を上げた。
「除籍を完了しました。先程の男性と同じ罪状なので、あなたは村どころか、ファリナに足を踏み入れる事も出来ません、しっかりと覚えていてください」
「……えっ?」
わけがわからないと怯える女性に、男は手招きをした。男は女性に合わせてか、ゆっくりと歩く。
先程までは雪に覆われた林にいたのに、ここには雪がなく、寒さは感じなかった。
木が多く生えた平地で、近くには町があるのか、石が敷き詰められた道が続いている。
「……ここはどこですか? 私、処刑されたんじゃなかったんですか?」
男は振り向かずに両肩をすくめる。
「処刑ではありませんね、処罰を命じられています。だいたい、人を殺すとかできるはずないんですよねぇ……」
「……は?」
男は振り返って苦笑する。
「すみません、私は処罰対象をどの国でもない場所に隔離しております。ここは聖地の自治区ですが、先程の方もおりますので、暫くこちらで暮らして頂きたいと思います」
「……はぁ?」
男はさっきまでは人形のように無表情だったのに、少しだけ顔に表情が見られるようになった。
雰囲気が変わった守護竜に、夫人は呆然とした。
「あの館です」
彼の指す先には古びた二階建ての建物があった。その館から、小さな女の子が出てくる。その子どもはダッシュで走ってきて、男の腕にしがみついて、知らない言葉で怒っていた。
子どもの後ろから、処刑された筈の夫が顔を出した。夫婦は駆け寄って、暫く抱き合っていた。