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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-6、採血と暗躍


 シェレン姫と私は村から出ない約束で、村の中をあてもなく歩いた。動かないと凍りそうなので、姫の後をついてひたすらに歩く。

 

「姫は元からここに来る予定があると言っていたけど、何の予定だったの?」

「あ、魔昌石の買い付けですわ。私の出来る仕事のひとつですの」


 ……脱税疑惑の魔昌石の買い手がここにー!

 まあ姫だからファリナの不利益になるようなことはしないよね。


 寒いので姫の腕に巻き付いていたら、村外れの針葉樹の下に黒いものが見えた。


「……まあ、あれは」


 突然走り出す姫を追いかけるが、雪に不慣れな為に置いていかれた。

 走るのはあきらめて、一歩一歩着実に進むと、樹の下にいたのは、ジーンゲイルだった。

 いつもの黒い服の上に、ファリナの白いマントを着けている。多分雪に隠れる為だろう。


「偶然ですね、こんな辺境の村におられるなんて!」


 心なしか姫の声のトーンが高い。

 ジーンの外見はかっこいいからしょうがないかな?


「コウさん、ジーン様ですよ!」


 姫が私に手招きをするが、私は近付くのをためらった。

 姫はジーンが私の探している人だと知っているけど、村には殿下やお城の人もいるの。ここでうかつに親しくしたらダメだろう。

 私は「他人モード」を徹底し、会釈しただけで、彼を遠巻きにして無視をする事にした。

 姫は私に構わず、ジーンと話をする。


 黒服の男と楽しそうに話をするシェレン姫を見て、私は失った日々を思い出した。

 日本では菊子さんが信と仲良く話をしていた。二人とも頭がよくて世話焼きで、いじめられてた私からは遠い存在だった。


 ……菊子さんの人生を奪ったまま、私はここにいる。


 その事実は私には重すぎて、思い出すと胸が苦しい。菊子さんも、信も、一刻も早く元の生活に戻さないといけない。


 ……菊子さんはまだずっと寝ているのかな……向こうでは何ヵ月経っているんだろう。あっちの人達は今どうしているだろう? みんな元気かな?


「……でね、血を取りに」


 姫の声を遠くに聞きながら、私はボーッとしていた。足元が陰ったので振り向くと、ジーンが背後に立っていた。


「水竜は別行動ですか?」

「はい、セレムは夜以外はどこかにいっちゃいます」


 ジーンは暫く停止していたが、顔を南側の高い雪山に向けた。守護竜の居場所は検索出来るらしいので、セレムはその視線の先にいるんだろう。


「血液採取の件ですが、姫君が採取されるのですか?」

「そうですよ」

「立ち会っても?」

「よろしくてよ!」


 ジーンと談笑していた姫は、くるりと向きを変えて私を見る。


「やはりコウさんがおられるとジーン様も口数が多くなられますね」


 ジーンはバツが悪そうに姫から目をそらした。


「……人目がありますので、ご内密に」

「分かりました。では、人のいない場所に参りましょう」


 姫はくるりとまわり集会所に向かう。私は姫の後を追った。ジーンがついて来ないので、私は驚いて振り返る。

 ジーンは「行け、こっちを見るな」と、手を振って私を追い払った。


 姫と私は二人で表から集会所に帰った。私にあてがわれた部屋に戻ると、既にジーンは私の部屋に侵入していた。


「どこで追い抜いたの?」

「秘密」

「……むぅ」


 私は姫にいわれるままに腕をよく洗って、上腕部を紐でしばって貰う。そのままじっと腕を見ていたが、血管がさっぱり見えなくて、姫は困っていた。


『血管がない、欠陥ニンゲン……』


 側で見ているジーンが日本語でポツリと言う。


「いいです、適当に指を切りますから!」


 私が腕を引っ込めるとジーンが真顔で言った。


「やらせてください。自分で刺したほうが痛くないので」

「……血を取られるのは私なのに?」


 黙ったままじっと、顔を見られた。


「すみません、お願いします」


 無言の圧迫に負けて、私はジーンに腕を差し出した。

 以外とうまく血管が見つかって、採血はすぐに終わり、ジーンが私の腕から手を離したときには針の痕は消えていた。

 彼はガラス容器に血を移して、蓋もせずにしばらく見ていた。


「ジーン様?」


 シェレン姫が覗き込む。

 暫くすると、血は緑の光を放ち、緑の結晶になった。そこでジーンは蓋を閉めた。ビンを振ると石がカラカラと鳴る。


「なんで血がそんなことに……」


 注射器にこびりついた血も緑の粉末に変化していた。


「あら、貴女の血液って、結晶になりますのよ? ご存知ないの?」

「血が消えるのは何度も見たけど、石になっているなんて知らなかった……それに血なんて一月に一度は絶対見るけど、そんなことになったことはなかった……あれ?」


 姫は「まあ」と口を手で隠す。


 ……そういえば、生理きてないな。砂漠に落ちてから何ヵ月経った?


 暦が全然違うから不明だけど、体感的に半年以上は経過している気がする。

 これはもう、生理不順というレベルでは無い。

 いや、でも生理前の不調とかはフツーにある。というか、今がそうだと思う。体温高いし。これは、血が液体という形で外に出ていないと言うことなんだろうか? そういえばハンカチにかんだ鼻が砂に変わっていた時があった。あれもこの現象なのか!


 私が黙って悶々と考えていると、ジーンが話をそらした。


「姫君の目的はこれだけですか?」

「あっ、わたくし石の買付をしに来ましたの。日がくれる前に学舎に戻らなくてはなりませんし、行って参りますわ」


 そう言って姫は村に石の買付をしに行った。

 ジーンは殿下に見つかりたくないといって、窓から外に出て行くので私もついていった。


 ……ジーンはいつも聖地に行ってるっぽいのに、どうして今日はここにいるんだろう? ここには隔離部屋が無いから、レーンが来ないように牽制しているとかかな?


 私がボーッとしながらジーンの足跡を踏んで歩くと、いきなり目の前でジーンが消えた。

 私の周りには雪に埋もれた針葉樹しかない。


「あれ、何で?」


 私は後ろを振り返り、辿ってきた二重の足跡を見た。間違いない、私は彼の足跡を辿ってここまで来た。その足跡が樹木の前で消えているのだ。

 私がしゃがんでジーンの足跡に触れていると、樹の間から手がのびて、雪に埋もれた針葉樹の中に引き込まれた。


「……ひゃっ!」


 驚いたのは一瞬で、気がつけばジーンの腕の中にいた。私は赤くなって、ジーンから距離を取る。

 雪に埋もれた針葉樹の根元は空間になっていて、小動物達の為に牧草がおいてあった。

 角の生えたウサギのような生き物が二匹食事中だったが、そこにお邪魔して話を再開することにした。


「なにここ……雪の下なの?」


 私は雪の壁を触ってみた。

 葉が傘になって、根元に穴が出来ることはここではよくあることらしい。

 ジーンは針葉樹の葉を地面に敷いて、そこに私を座らせ、自分も隣に座った。

 ジーンは私の頬に触れてじっと顔を見る。近距離で顔が近いとドキドキする。


「ひぇ……な、何? お話?」

「……防寒魔法がかけられているな。異世界人に魔法を掛けられる程に魔力のある術師がいるのか……」


 私はジーンから少し距離を取った。


「さっき、姫がくれたの。二の王が作成したスクロールを……」

「見せて」


 私は貰った紙を渡すと、ジーンは感心して見ていた。


「成る程、幸自身の魔力を幸が使うと暴走するけど、他人が使うか、使用範囲をあらかじめ記載しておけば問題ないのか」

「それって、セレムがよくやってた」


 ……そして、血を流したらいけないとおこられてからは、やっていないのだ。


「くれぐれも怪我をしないように、採血も相手が二の王でなければ断って」

「……断るのムリ、私には難しい」

「難しくとも断りなさい」


 ニッコリと微笑んで威圧される。

 特に強く思ったわけでもないのに、心が読まれている気がする……。

 私が耳のピアスを手で確認すると、ジーンは笑った。


「地竜の石の効力は消えていないよ、ただ、ピアスをしていても体に触れれば筒抜けるし、さらに今は読心の魔法を使っているだけ。さっき、幸の血に触れたから、魔力は十分……」

「……私のプライバシーは?」

「ハハッ」


 にこやかに笑って誤魔化された。

 私は、もう読まれても問題ない事しか考えまいと、心に誓った。

 そのまましばらく二人で並んで、ウサギが草をはむのを見ていると、ジーンがボソッと話を切り出す。


「さっきのことだが……」

「な、何……?」


 さっきのことと聞いて思い出すのは生理しかない。私はいやな予感がしてギュッと目を閉じる。

 私が冷や汗をかいてうろたえていると、ジーンがはっきりと言った。


「生理の事、ここに来て無いって本当?」

「うあー! それ考えないようにしているのに、聞かれると、どうしてもその事を考えちゃう!」


 私は真っ赤になって慌てる。

 どうせ筒抜けだしと、私はやけくそ気味に説明した。


「無いです……そろそろ来そうな感じはするんですが……これは、セダンでのレーンとの接触のせいなんでしょうか……?」

「妊娠はしてないよ、大丈夫」


 ジーンは私の頭をひとなでして、ペシリと叩いた。


「というか、幸はレーンとそーゆーことしてないでしょうに」

「えっ? セダンのあれは、そーゆーことにあてはまらないの?」


 ジーンは苦笑して私の頭に手を置く。

 

「体を触られただけでは妊娠しないよ。それも殆ど顔とか肩だったみたいだし、幸も下着を脱いでないだろう?」

「何でそんな詳しく知っているの……」


 聞くとジーンは私から目をそらした。多分レーンと同化したから記憶が譲渡されたのだろう。


 ……自分でも思い出したくないのに、全部知ってるなんて、ツラい。


 私としてはかなりショックだった、レーンの初遭遇は信から見ると特に問題ない事のようだ。


 ぐぬぬと唸りながら地面に伏せていると、頭に大きな手が乗った。


「コウ、問題無くはないよ? レーンのしたことは日本で言えば十分に犯罪だよ。今話している事は何をすれば妊娠するかという話で……」

「やめて!」


 私は話途中でジーンの口を手で塞いだ。


「言わなくていい、信の口から聞きたくはない!」

「……他に、誰か聞ける人がいる?」

「ハノイさんとか! お城のメイドさんが!」

「……帰ったらすぐに聞きなよ?」


 私は大きく頷いて、ふーっと息を吐いた。

 深呼吸をしても動悸がおさまらないので、ジーンは話題を変えた。


「……時間経過の話なんだけど、幸がここに来たのは校庭の夜から翌年の夏至と言ったね?」

「うん。九か月後だね」


 ジーンは目を開けたまま、しばらく停止していた。

 

「俺がここに来てから、五年以上経過している。もうそろそろ六年目だ」


 ジーンは話の合間にちょくちょく沈黙をはさむ。おそらく樹木と情報を照らし合わせているのだろう。


「日本で別れてから、俺は五年の月日が経っているのに、幸がこちらにきたのは半年とちょっとだと言っただろ? それだけ、向こうとこちらでは時間の流れが違うんだ」

「よくわかんない……」

「こっちのほうが、時間の進みかたが早いんだよ」

「あ、だから五才年上の信がいたのか!」


 私はシスターを思い出した。

 

「いや、その未来はなんとも言い難い。というか、信じたくない。多分幸の妄想だ」

「妄想じゃないよ、信だって日本で髪の毛の長い男の人を見たでしょ? 朝にママと歩いていたって、あの人の事だよ?」

「記憶に無い。樹木で検索できない五年前の事を言われてもなぁ」

「うわぁ、五年前のブランクが弊害にー」


 私はがっくりとうなだれた。目の前のジーンさんが五才とか、五年経過の意味を今になってようやく理解した。

 書庫のジーンさんが中学時代をなつかしがる筈だ、彼にとっては五年前どころじゃないんだろう。


「ってゆーことは、私が向こうに帰ったら皆より年上になるのね。こっちにいるぶん早く大人になるってことなのね……」


 ……浦島太郎だ。ずっとここにいたらやばいかもしれない。


「俺もそう思っていたんだけど、幸の生理が半年無いと言うなら、幸の時間は向こうの世界の速度で進んでいるんじゃないかと」

「……えっ? もしかして、体の時間は一ヶ月経過してないってこと?」


 ……じゃあ、浦島太郎にはならないけど、ここにいると大きくならないのかな?


 私はよくわからないと首を傾げた。


 でもそれなら、生理の周期を目処に向こうの時間が分かるかもしれない。これは大事なことだ。体温とかの体の不調はメモしないと。

 ジーンは頷いて私の頭をポンポンとなでた。

 

「帰る結晶の目処が付き次第、幸は帰りなさい。俺の体の事は自分で何とかするから」


 私はジーンの顔をじっと見た。


「ねぇ、レーンは歳を取ってないよね? あの体、肩の傷ないし、シャツに血の痕もなかったよ」

「時間が遅いとかよりも、巻き戻っている疑惑……?」

「だよね、傷は魔法で治せても破れた制服がキレイになってるのは変だもんね」

「俺の体は謎だな……だから時間を操ると幸が言っていたのか……時間を操る神レベルの魔法使いが敵って、どーするんだこれ……」


 ジーンははぁとため息をついた。

 私は慰めるようにジーンの肩をぽんぽんと叩く。


「まあ、早く信の体を取り戻そうね!」

「はいはい」


 ジーンはおかえしに、私の頭をグシャグシャと撫でた。



 会話が止まったので、私はウサギがもふもふと草を食べるのをじっと見ていた。


「そういえば、ジーンさんって、何しに来たの? セレムの護衛とか?」

「……しごと」

「溜め長っ! なにか後ろ暗いことがありそう」


 私はジーンの顔を覗き見るが、もちろん表情は読めない。

 ジーンはゆっくり目を閉じると、晴れやかな笑顔を見せる。


「これから一芝居打つことになるけれど、幸は黙って見ていてくださいね。絶対邪魔をしないでください」


 あー、敬語に戻った。しかも笑顔で脅されてしまった……。そして普段笑わない人の笑顔あざとい、かわいい。


「他人モード続行ね……わかった」


 私はジーンに背中を向けて、バイバイと手を振った。

 それを告げると、ジーンは樹下から出ていく。私は撫でられた自分の髪をなでつけつつ思う。


「……信は一体どこで寝てるのかなぁ?」


 ピカピカと照り返しがまぶしい雪景色を見ながら、私は首をかしげた。



 ◇◇


 ジーンと別れて集会所に戻ると、買付を終えた姫が大きなお鍋でシチューを煮て、ストーブ兼オーブンで焼き菓子を焼いていた。

 姫は雪かきを終えた従者を労って渡し、集まっていたご老人にも振る舞っていた。


「ウマイ! 姫が料理出来るなんて知らなかったなぁ」

「何でも学べば身に付きますわ」


 細い目をさらに細めてシチューを持つ剣の従者に、姫もまんざらではない様子で笑っている。姫は若い人にスコーンのような焼き菓子を配っていた。


「コウさんはこれです」


 姫は小さめのビンを差し出す。それは、少し茶色っぽいオレンジ色で、開けると甘酸っぱい匂いがした。ひとさじすくってなめてみると、果物とは違う風味の不思議な甘さだった。


「ジャムかな?」

「保存と食べやすいように甘く煮詰めました。貴重な食材ですから、コウさんが全部食べてくださいね」


 ……材料が何かは教えてはくれなかった。


 でもこれは明らかに善意だ。ありがたく頂こう。私は笑顔でビンを受けとる。


「あとこれは、棗椰子と杏と種子類等の乾燥したものです。これはこの世界のものですが栄養価の高い食材なので毎日少しずつ食べるようにと、カウズ様の命令です」

「……ありがとう」


 ……二の王にはなんか心配かけているんだなぁ。


 私が袋を持ったまま固まっていると、姫がひとつ取り出して私に食べさせた。


「毎日三つずつ食べましょう!」

「……ふぁい」


 杏は日本で言うプルーンのような味だった。私はねちねちとねばつく甘い干果をしばらく楽しんでいた。

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