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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
109/185

9-4、南西の村へ

 

「調査ですか?」


 ファリナ城の会議室で、アーヴィン殿下は突然王に告げられた。

 南西の国境近くの町に不穏な動きがあるので、調査してこいという事だった。私もセレムを連れてこいと会議室に呼ばれた。

 セレムは王座の手もたれでとぐろを巻いてくつろいでいる。私は部屋の隅っこでその様子を見ていた。

 王はセレムを指してアーヴィン殿下に命令する。


「この暇そうな守護竜も連れていけ。動けるうちにこの国の現状を見てこい」

『えー。南西とかマジトラウマ……』


 不満そうなセレムはふよふよと室内を泳ぎ、私の頭の上に乗った。


『こいつも一緒なら行ってもいい』

「好きにしろ」


 ファリナ王は面倒臭そうに手を払い、私の同行を許可した。


◇◇

 

 季節はまだ秋だと言うのに、ファリナは雪で覆われている。先日私が魔力を暴走させた件で、城のまわりだけは雪が消えていたが、城を少し離れただけで、景色は一面の銀世界に変わった。

 ファリナの寒波は深刻で、最近は夏も根雪が残り作物が育たないようだった。


 一行は毛の長いトナカイのような動物に、そりをつけた乗り物を使い南西に向かった。

 私は乗り物に揺られながら、胸元でぐーすか寝ているセレムを撫でていた。


「ファリナの移動は竜じゃないんですねー」


 水竜以外の竜は寒さに弱いらしい。

 その辺現実に合わせなくてもよかったのに。恒温動物の竜だっていたらいいのに。


 ……北国の竜が見られると思っていたのに、いないなんてショックだ。


「殆んどの竜は聖地産まれと聞きますよ、四国にいるのは成体だけなので、生態系は分かっていませんしね」

「スッゴク昔は神官さんが神殿で子竜を育てていましたよ。今は神殿はもぬけの殻だし、チビ竜はどこにいるんだろう?」


 竜の生息地とかあったら見てみたいなーとつぶやいていると、お付きの人が私にあたたかい袋をくれる。

 そのなかには魔法が掛けられた保温効果の高い粘土が入っているとか。使い捨てカイロでなく、繰り返し使うカイロ。私は袋をもんで手をあたためていた。


 旅のメンバーは、アーヴィン殿下と、いつものお付きの人達四人、役所の人、そして私とセレムだ。そりも二台で移動している。

 私のほうには殿下と魔術師の人、あとは国に派遣された会計監査の人が乗っていた。


『……何で雪山などにいかんとならんのか』


 南西は、その昔に水竜を隔離していた雪山があるとかで、セレムはかなり不機嫌だった。


「砂漠やジャングルには行きたがっていたのに、セレムは雪山嫌いなの?』

『アスラ行きは観光目的ではないとあれ程告げたのに……まあ、己の国が衰退している様を見て喜ぶ趣味はねーってこと』

「どうして? 問題点を確認して直さないともっと悪くなるんじゃない? 勉強してこいってことでしょ?」

『……国がどんだけ凍てついてて、人がどんだけ減ってるかとかは見なくても分かりますぅ……守護竜なめんな』

「バカにしてるわけじゃないんだけど……」


 私は苦笑して白いヘビの背中を撫でる。セレムは殆ど成長してないと思っていたが、背中にヒレのようなものが生えてきている。私は全長七メートルくらいあった前の水竜、セシルを思い出した。


「君はこの国の希望そのものなんだからね、早く大きく立派になれるといいねぇ」

『国民を総とっかえしないと無理だ』

「総とっかえ?」


 私は意味が分からず聞き返すが、セレムは目を閉じて動かなくなった。どうやら寝たようだ。

 魔術師は私の膝の上でとぐろを巻いて寝ている水竜を覗き込んだ。


「聖地で再生してから二季経過しているのに、水竜は一向に大きくなりませんね」

「そうですね、風竜は七日で成体になるらしいのに、心配です」


 ……エサ目的で私の側にいるなら、栄養は足りていると思うんだけどなぁ、成体になる条件ってエサとは別にあるのかな?


 私はスヤスヤと寝ているセレムを指でつついた。

 ふと外を見ると、針葉樹の林が見える。そりは外気が遮断されているのか寒くはない。


「私、雪がこんなに積もってるの見たの初めてです……きれいですねー」

「あたたかい場所から景色を見るにはいいんですけどね、住むには地獄ですよ」

「あっ、スミマセン、無神経に……」

「いえいえ」


 道中の暇潰しに、魔術師がファリナの色々な話を聞かせてくれてた。私は一喜一憂して、フレイの夢の後の世界の話を聞いていた。

 そんな私とは裏腹に、殿下は始終不機嫌オーラを出しながら、監査の人と話をしていた。


◇◇


 そりで半日程走ると現地の村についた。

 南に並ぶ高い雪山は夕日に照らされ、キラキラと輝いてとても美しい。そこはどこまでも続く白銀の世界だった。


「これ、初めて西についたときに見た大きな山かな? 南と北で全然気温が違うのね」


 私は、ミクが弓で狩った謎の鳥をあぶって食べた事を懐かしく思い出した。あのときは春から夏だったのに、季節は秋も終わりらしい。私はここに来て何ヵ月経ったのかな?

 この世界には太陽暦やカレンダーが無く、人々は季節の名称で暦を語るので、私には今が何月何日なのかがさっぱり分からなかった。


 そりは村の中に入る。その村は小さく、頭に雪を乗せた家が数件寄り合って、煙突から煙を出していた。


「……はぁ……絵本の村みたい。おうちがかわいい」


 私は見るものが全て珍しくキョロキョロしている。牛舎を見ては近づいていき、高い針葉樹を見ては、大きいとはしゃいでいた。


「見てみて殿下、あれ、クリスマスツリーみたい!」


 私は道を離れて、つららが光る樹に向かって走っていく。しかし途中で腰まで雪にはまって動けなくなった。セレムはふよふよと空中を泳ぎ、私の頭に止まる。


『お前が木みたいに生えてるぞ』

「見てないで助けてよ、これ真面目に動けない……」

『不用意に雪の上を歩くからそうなる』


 セレムは私のフードをくわえて飛ぶが、足が雪から抜けなかった。私がどうしたものかと悩んでいたら、背後から人が近づき、大根を抜くように雪からずぼりと引き抜かれる。

 助けてくれた人を見ると、アーヴィン殿下だった。


「……ありがとうございます」

「雪は、慣れている者が作った足跡をたどれ。慣れないとはまる」

「ごめんなさい……」


 引き抜くときに脱げてしまったブーツも、お付きの人が掘り出してくれた。私は二人にお礼を言うと衣服についた雪をぱたぱたはたく。


「うー、冷たい! 雪ってきれいだけど、暮らして行くには大変ですねー」

「夏は暮らしやすいんですがねー」

「冬はどうしても苦労しますね」


 私とお付きの人が呑気に話しているのを、アーヴィン殿下が不機嫌な目で見ていた。


「まだ水竜がいたときはましだった、ここ数年で一気に寒波が酷くなった」

「もとから凍てついた土地ですからね。それをセシルとメグミクと火竜が工夫して、人が住めるようにしていった土地だから、竜がいないともっと凍りますよ」

「そうなのか……」


 一人で先頭を歩くアーヴィン殿下がポツリと呟く。


「一度火竜に地熱システムを見てもらうといいかもしれません、暇してたし……」


 私が言うと、フードに入っているセレムが話す。


『今、南への扉は開けちゃダメだぞ』

「なんで? いるのは火竜だよ?」

『お前少しは頭を使えよ? アスラの扉は何が入ってくるかわからんからな……No.3と接触するなら聖地経由でな……』


 セレムはそこまで言うと寝てしまった。そのままだとセレムが肩から落ちそうなので、私はセレムを胸元にいれた。


 ◇◇


 一行は雪に閉ざされた小さな村に入る。

 村長がアーヴィン殿下一行を向かえ入れた。村人の案内で、全員町の集会所に入った。

 そこには大きな暖炉があり、沢山の人が詰め寄って、冬の作業をしていた。


「ここあったかーい……村はご老人が多いですね」


 私が言うと、豆をより分けていた老婆が答えた。


「一人で家にいると火がもったいないからね。こうして少しずつものを持ち寄ってなんとか暮らしとるのさ」

「へぇ……」


 私はぴょこんとそこに座って、作業に加わった。

 アーヴィン殿下達は奥で村長と話をしていた。


「うちで不正だって? とんでもない! ここはもう老人ばっかりだ、若いものは町に流れてしまったよ」


 アーヴィン殿下はチラリと周りを見る。


「しかしこの南の鉱山ではまだ有用な魔昌石が取れるではないか、調査では、その産出量と報告が合っていないと出たぞ」

「そんな事は無いでしょう、ちゃんと報告しておりますぞ」


 殿下の部下が書類を出す。その書類を見ると、村長は戸惑いあわてた。


「すみません、最近倅にやらせていたもので、何か手違いがあったようだ。担当者と書類を改めます」

「ならばこちらから監査を一人つける」

「はい、こちらに……」


 監査の人と村長は集会所を出ていった。

 私は少し離れた位置から、集会所の奥の椅子に座った殿下に話し掛ける。


「ここ、魔昌石がとれるのですか?」

「そうですよ」


 殿下に聞いたつもりが、お付きの人が答えた。


「昔この山に水竜が閉じ込められていたそうで、その時の名残らしいですよ」

「今の王の英雄譚ですね、何度も聞いたことあります」


 今の王がセシルを助ける話しはセシルと書庫のジーンさんから聞いた。特にセシルのは恋愛フィルター掛かってて甘々のやつ。


「成る程。アイロス王が助けてくれるまでセシルが閉じ込められていた山がここの近くにあるんですねー、一度行ってみたいです」

『やめろ、死ぬぞ』

「どうして? 昔、ファリナ王がセシルを助けに行った所でしょ?」


 アーヴィン殿下があきれて言う。

 

「前人未到の高い雪山だ、あんなところ、人間が踏みいる所じゃない……」

「前人未到って、今のファリナ王は登ったのでしょ?」


 私がじっとアーヴィン殿下の目を見て聞くと、アーヴィン殿下は顔を背けた。


「親父は契約前から水竜の加護があったと聞く。氷の剣に選ばれた時点で人と計上しなくていい、化け物の類いだ……」


 自分の父親を化け物呼ばわりする殿下を見て、私はうんうんと頷く。


 ……強敵のような父親には、ちょっと心当たりがある。まあ私の親は一応人間だったけど


 私が黙っていたら、殿下が私の隣に座った。


「……それ、寄越せ」


 殿下が豆の箱に手を伸ばすので、私は慌てて渡した。殿下は無言で豆を鞘からはずしていた。


「えっ、はやくないですか? 私がひとつはずしている間に五鞘はずしてる!」


 なんで、どうして? と、殿下の手を覗き見るが、殿下は煩わしげに私に背中を向けた。

 チラリと見た殿下の剥き方をやってみるが、うまくいかなかった。


「……手が止まってんぞ」

「あっ、はい」


 手の大きさなのか、力の差なのか、調理作業で殿下に負けるのは悔しい。私が必死で豆と戦っていると、殿下が得意気に笑っているのがみえて、ぐぬぬと呻く。

 二人が黙々と豆を剥くので、豆は籠にいっぱいになった。


「ほら、これにいれなさい」


 お婆さんが渡してくれた缶に剥いた豆をうつすと、殿下は立ちあがり何処かに消えてしまった。背後で見ていた従者が、部屋に行ったと教えてくれる。


「殿下は器用ですね、豆剥きの早さで負けました」

「あの殿下がこーゆーことをしているのをはじめて見ましたよー」

「まあそうですよね、常にお付きの人がいる環境ならやる機会無いですよね」


 そうそう、と目の細い従者の人が同意する。

 話を聞いていた老人が、つぶやくように言った。


「ちいさな子どもに、優しい所を見せたかったんだろうに」

「……そうなんですか?」


 ……私も教会で小さな子と遊ぶときは色々頑張っちゃうもんな。そーゆー感じかな?


 レーンの敵襲から、人口を管理する銀の盆はレーンが持ってる説が濃厚になった。あの怖い人から銀の盆を返して貰って、菊子さんを起こしてくれるようにお願いしないといけない。

 それはあまりにも無理難題で、私は途方に暮れた。


 その後も私はご老人達に囲まれて暖炉の側で過ごしていた。

 セレムは人目を避けるように外に出ていたので、何をしているのかと聞くと、浄化しきれない銀の水を王都に誘導していたらしい。こっそりお仕事してるなんてセレムは偉い。私はセレムを撫でて労った。



◇◇


 村に訪れた殿下一行を、窓の外から見ている人達がいた。


「……男はアーヴィン殿下だけど、女はだれかしら?」


 この村では、若い部類に入る、中年の男女二人が、スコップを手に窓の外で話をしていた。


「姫だと思うんだが、あんな小さかったっけ?」

「まあ、姫は明日ここに来るって言ってたけどね、先に偽物を寄越したのかしら?」


 女は興味津々に子どもを見る。

 子どもは老人の肩を叩いたり、編み物を習ったりしていた。


「……あれ、私の知っている姫じゃないわ、影武者にしてはお粗末なんじゃない?」

「いや、姫は西から来る筈だ、城から来ている殿下とは別行動なんじゃないか?」

「じゃあ、あの子どもは誰? ってことになるけど」

「……後で親父にそれとなく聞いてみる」


 二人は村長の家をチラリと見た。

 

「監査が来たわね」

「単なる脱税で処理してくれるといいがな」


 二人の脇を、屋根から落ちた雪がどさりと鳴った。男性が女性の手を引き回避して、胸を撫で下ろした。


「危なっ……一瞬走馬灯見えたわ……」

「……このところ雪が緩いよな。冬前なのに異常気象だよなー」

「とりあえず、雪下ろししときましょ。老人が埋もれたらシャレにならないわ」


 男はスコップを担いで、首を左右に動かしポキポキと鳴らした。


「あの兵士、雪下ろし手伝ってくれないかなぁ……」

「無理いわないで、手を動かしましょ」


◇◇


 書類の監査が終わらないので、今日はここに泊まることになった。

 最近は食事も集会所で食べる人が多いらしく、ママくらいの年の女性が、大鍋で沢山のスープを炊いていた。

 それと、お芋でできたお餅、山菜の塩漬けという田舎らしいメニューだった。

 どれも素朴な料理だったが、一日中雪にまみれてると、あたたかさが体に染み入るようでとても美味しそう。

 私は目を閉じて十字を切り、サーにも祈った。


「いつも私たちを見守ってくださるサーラジーン、私たちをお守り下さってありがとうございます。この糧を天に送りますのでお受け取りください」


 私はサーにお祈りをすると、ご老人達も一緒に手を合わせた。

 兵士達もとまどっていたが、皆で一緒に手を合わせた。別の卓で一人で食べているアーヴィン殿下が祈る人達を鼻で笑った。


「そんな神頼みに何の意味がある?」

「意味あります! お食事は命を頂いているんだから、ちゃんと銀の水が空に昇って再生されますようにって、誘導しなきゃです!」


 アーヴィン殿下は目を丸くする。


「……お前、ばーさんみたいな事を言うな」

「殿下! 何のために竜達が毎朝銀の水を浄化してると思ってるんです? お祈り大事です、殿下もして!」


 私は殿下の卓に行って、彼の背中から手を回して両手をつかむ。

 無理矢理手を合わせようとする私に、殿下は抵抗した。


「や、ら、ねーよ!」

「してください!」


 力で叶うはずもなく、私は振り払われ、ころりと床に転がった。

 倒れた私のまわりに老人がわらわらと寄ってきて、私を立たせて服をはたいてくれた。


「あんた子どもなのに、ちゃんとしてえらいねぇ……」

「今は、みなさんお祈りしないのですか?」

「……しないねぇ。昔は当たり前の事だったのにね」


 どこか遠くを見るおばあさんに、私は抱きついた。


「お祈り……大事なので、いつもしてください」

「ハイハイ、あんたはイイ子だねぇ」


 おばあさんは私の頭を撫でて、なだめてくれた。


「……国民総とっかえか」


 実際ファリナの現状を見て、私は道中にセレムが言った事を思い出した。セレムが成体になれないのは、国民からの信仰が無いからかもしれない。

 サーへの、竜への感謝が時と共に風化していることを思うと私はなんだか悲しくなった。


 私はフラフラとアーヴィン殿下の背後に近寄り、その後ろ姿に話し掛けた。


「殿下……お祈り、してください……」

「しつこいな、雪の中叩き出すぞ」


 振り向きもせずに、横を向いている殿下に私はしがみついた。


「殿下だって大きなセレムが見たいでしょぉ? 虹色に光る鱗の一枚がヒトの顔くらいあるんですよ? それが動くとシャラシャラ鳴ってとても素敵なんです、早く成体にしましょうよ!」

「……興味無いな」

「なんでぇ!?」


 私が叫ぶように言うので、集会所にいた人みんなが振り向いた。


「おいのり大事です! 竜達は感謝されるととても喜ぶし、信仰がないと弱ります。毎日浄化してくれて、私たちを守ってくれてありがとうって、ちゃんと伝えてください!」

「……うるさ」


 私があまりに興奮しているので、殿下は私を引き寄せて口をふさいだ。


「むぐっ」

「……落ち着け」


 殿下の膝の上でじたばたともがく私を、剣の従者が引き取って私の席に連れていく。私は椅子に座ると卓に伏せてブツブツと呟いた。


「……魂送りは国家元首になろう方がおろそかにしていいことじゃ無いんですよ」

「あのなぁ、今の守護竜はあの黒いのだろ? あれに感謝しろっつーのが無理だ」


 私は今の守護竜が異世界人だったことを思い出して、手を左右に振る。


「今の黒い竜の人は信仰不要です! 彼も日々頑張ってますが、国の守護竜じゃないので、心配無用です、あれは別、別口……あはは……」

「……ん?」


 殿下は分けが分からんと私を見る。私は胸から白いヘビの頭を持って引っ張り出した。


「こっちです! セレムが大事! セレムがいつまでも小さいままなのは、そこに原因がある気がします。さあ感謝をしましょう!」


 私がセレムを殿下に向けると、殿下はパッと顔を背けた。目の細い剣の人が殿下のフォローをする。


「殿下はヘビ苦手なんですよー、昔噛まれたんで、その辺で許してあげてください」

「えっ? こんなに可愛いのに?」

「……足が無い生物を可愛いとは思えん」


 殿下の目は明らかに泳いでいた。私はがっかりしてセレムを胸元にしまった。


「足かぁ……日本の龍みたいに生やす? 玉を手にもったりすると神様らしくなるかなぁ?」


 私は自分の胸元に話し掛けるが、返事は無かった。落ち込む私の肩に、従者が手を置く。


「守護竜やサーへの信仰が薄れて来ているのは、その恩恵を感じる機会が無いからですよ」

「毎朝の浄化は? あれは超大事な事なんですが……」

「あれって、夜明け前に起きてないと気が付かないし、毎日起こるから自然現象だと思ってましたよ。最近はあまり見かけなかったですしね」

「……わぁぁ」


 私は狼狽えて目を泳がした。セシルは浄化能力が失せたから引きこもったと言っていた。セシルが消えてから数年、ファリナの魂は浄化されていなかったんだ。


「他にもサーや守護竜の恩恵って、見る機会は無いですからねー」


 腕を組んでうーんと首を傾げる従者に、私は他にもあるとは言えなかった。


「植物も、生物もあらかた揃ってるから、新たに作ったりはしないもんねー」


 私はため息をついた後にふと思った。


 ……あれ? 西の塔で飲んだコーヒーや、セダンを襲った魔物は新種だっけ? 今はレーンがサーの代理をしているのかな?


 しかし、コーヒーは結晶量を増やす為で、魔物はレーンが配下にするためだ。それをファリナの国民が感謝するのは無理な話だ。


「……信仰難しいです。神様が何かしてくれないと祈れないなんて思ったこと無かった。うかつだった」


 しょんぼりする私に、老人があたたかい飲み物を入れてくれた。それはシナモンの香りがして、ほんのり甘くて、心に染みて涙がこぼれた。

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