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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-2、ファリナの生活


 私はザヴィアさんに案内されながら、美しい装飾が施されたファリナ城の廊下を歩いた。

 道すがらすれ違う兵士やメイドさんがザヴィアさんを見ると、脇に避けて頭を下げる。


 ……この人、偉い人みたい。魔術師だよね、杖を持ってるし。


 魔法使いとかすごいなーと、ザヴィアさんの背中を見ていたら、突然振り向いたので目が合った。魔術師は私の顔に手を伸ばした。


「……ひぇっ?」


 私が驚いて立ち竦むと、魔術師は私に触れた手をじっと見ている。魔術師はその手を光りにかざした。


「何ですか? 何かいましたか?」


 私が近付くと、魔術師は手を下ろして見せてくれる。そこには緑色の砂粒がくっついていた。


「これ魔昌石なんですよ、先程のあなたの石が欠けたのかな?」

「……かっ、欠けた?」


 私は青くなってポケットから石を出した。石は欠けてなかったが、砂のようなものは石にも付着していた。


「この石から出てるんでしょうか、砂……」


 私は石についた砂を指で落とす。砂は触れると更に分割され、風に吹かれて消えていった。

 見ると、魔術師の手にあった砂も消えていた。


「不可解です、使用していないのに、消えるなんて……」

「あっ!」


 私は砂の出所が分かった気がして、ポケットからハンカチを出した。朝に鼻をかんた汚いハンカチには何故か汚れは無く、広げると砂が落ちて、見る間に細分化され、かき消えた。


「その布に包んでいたのですか?」

「……ひぇっ!」


 魔術師がハンカチを取ろうとしたので、私は驚いてその手を叩いた。

 魔術師は私をギロリとにらむ。私は叩いてしまった手をもて余して、ハンカチごと背中に隠した。ザヴィアの怒りを感じて私は青ざめる。


「スミマセン! 砂とか、汚いなって!」


 砂の出所は私で、材料は鼻水だとかはとても言えない。

 二度私に拒絶されたせいか、ザヴィアの額に青筋が浮かんでいた。


「魔昌石ですから、砂つぶでも有用なものですよ。先程の大きなものにはかないませんが」

「……叩いてスミマセン」


 私は申し訳ない気がして、ママの石をザヴィアに見せる。


「これ、母の形見なのです。大切なものなので、先程は渡せなくて申し訳ありません……」

「ピアスの台座がつけられていますね」

「無くさないようにって、アマツチがつけてくれたのです。でも耳に穴を開けてないのでつけられなくて」

「……アマツチ、セダンにいる一の王ですか」


 魔術師はピアスの形状の石と、私の耳を見た。


「では誰か女性に貴方をつけますね」

「つける?」

「日常の事をする者ですよ」


 それはヨシナさんみたいな感じだろうか? お部屋のお掃除とかをしてくれる人。

 私は断ろうかと思ったが、ピアスを付けるのを手伝って貰いたかったので、ひとまずお願いした。


「守護竜たちに万が一のことがないようエレノア妃の部屋を開放します。あなたは、そこで水竜を成体にされてください」


 ザヴィアさんはニッコリと笑って、兵士を呼び、エレノア妃の部屋に連れていくように告げる。私は兵士について二階にある妃の部屋に案内された。



 ドアを開けたとたん、セレムが胸から飛び出してベッドに飛び込んだ。

 私は兵士にお礼を言うとドアを閉めてベッドに向かう。この部屋は長らく使ってない筈なのに、セダンの姫の部屋と同じく綺麗に整えてあった。


 だらしなく体を伸ばして寝ているセレムを見ると、つられて目蓋が重くなる。私はベッドに横になると、すぐに眠りに引き込まれた。


 セダンからここまで、朝日に間に合うよう夜通し動いていたので、疲労困憊していたようだ、私はそのまま夕方まで目を覚まさなかった。


 私が目を覚ました時、部屋から女性の歌声が聞こえた。

 こっちの世界の童謡だろうか、なんだか懐かしいようなフレーズに、私はあたたかい気持ちになった。


「おや、お目覚めかね?」


 身長は低いがふくよかな年配の女性がいた。女性は手にハタキを持っていて、掃除中だと分かった。


「すみません、私寝てましたね。お掃除手伝います……」


 私がベットから下りてバケツの方に行くと、目の前でバケツは取り上げられた。


「これは私の仕事さ、あんたはいいの」

「掃除なら自分でやりますが?」

「えっ?」


 女性は驚いて、私を覗き込んだ。


「魔術師長に頼まれたけど、あんたはセダンの姫君ではないのかい?」

「違います。ふつうの……へいみんです」

「まー、お妃さまに似てるから親戚かなにかと思ってたよ、違うのかぃ……」


 ……また似てると言われた。黒髪が珍しいこの国では三人目の黒髪来たるなのかな?


 私は周りを見る。同じ人が使っていた部屋だからか、通された部屋はセダンのエレノア妃の部屋によく似ていた。

 広めの部屋に、寝台とソファとテーブルがあり、壁にはタンスや鏡台が並んでいる。調度品は質素で、華美なものは置いておらず、女性の私室という感じでは無かった。


 女は道具を置いて手を洗う。


「じゃあ、かしこばらなくていいかい? あたしゃ、お堅い言葉が苦手でねー、あ、お茶飲むかい?」

「はい、ご一緒させてください」


 私が答えると、女はニッと笑って、スクロールを使いお湯を沸かし、茶をいれた。

 女はテーブルに温かいお茶とお菓子を並べる。私は女性にお礼を言ってお菓子を口に入れた。

 それはナッツの入ったヌガーと、バタークッキーだった。


 ……洋菓子久々でうれしい。


「あんた、セダンから来たんだろ? あっちの話、聞かせておくれよ」


 女性の話しやすさに、私は聞かれるがままに、アマツチやアマミク、セダン王の話をした。


「……伝説の王かぁ、見てみたいねぇ。あ、でも先日ここにも来たよ、黒髪の男の子が」

「えっ、それは白いシャツに短髪ですか?」

「いや、髪は男にしては長かったね、なんだか、シェレン姫が通っている学校の学長とかいっていたけどね。あんたくらいの背丈だったから、おかしくて」


 私はフーッと息を吐く。


 ……二の王でした。よかった、レーンじゃなくて。


「姫と二の王はどうなったのですか? ファリナ王はご結婚を了承されましたか?」

「結婚?」

「そのために二の王はファリナに来たのではないのですか?」

「……成る程、あの二人はそーゆー仲だったのかい。今回は単に学校で預かっているとだけの報告だったようだけど、姫のお相手だったのかー、もっと顔をちゃんと見ればよかった。小さな少年だったとしか記憶に無いわぁ」


 女は惜しいことをしたと、クーッと唸った。


「式はいつくらいになるかね、姫も戻って来てくれないと衣装の用意が出来ないね、まあ採寸のいらないものから揃えていくしかないね」


 ……そうか、姫の結婚の支度はファリナでやるのか。家具とか寝具はいらなそうだから、ウエディングドレスやヴェールかな?


 女は楽しそうに目を細めた。


「ああ、でも浮いた話はいいねぇ、生き返るよ。姫様より若い子どもがくるなんて、まだこの世もすてたもんじゃないねぇ」

「あの……」


 ……私……姫より年上。


 私は口をパクパクさせたが、とても言い出せる雰囲気では無かった。女性は私が呼び名を困っているのかと自己紹介をしてくれた。

 

「ハノイだよわたしゃ、元は姫様の乳母で、その前は妃の侍女、それで今はメイド長をしているよ」

「私はコウと言います、ご面倒をお掛けするついでに、皿洗いでもなんでもお仕事ください」


 私の申し出に、ハノイさんは目をぱちくりさせた。



◇◇


 その日から私は、ハノイさんの後をくっついて、メイドのお仕事を手伝ったり、城の中のお使いを任されたりしていた。

 私が歩いていると、お城の人は姫が帰って来たのかと驚くが、私はその都度否定していった。


 私がそうやって、毎日お城の中をあちこち走り回っていても、このお城で働いている筈のジーンには一度も会えなかった。

 日本にいたときは得意だった、信の気配を探すのも、ここでは殆ど分からなくなっている。

 これは私の能力が衰えたか、もしくは体が違うとダメなのか、今はよく分からない。


 ……会いたいなら、朝しかないのか


 私は廊下の隅でため息をついて、手に持っていた手紙が入った箱をギュッと抱きしめた。すると背後からドンと押されて、床に派手に転んだ。


「いたぁ」

「……こんな通路の真ん中でボケッと立つな!」


 頭の上から罵声が飛んできた。私は顔を上げてぶつかった人を見上げる。


「アーヴィン殿下!」

「おまえ、聖地の子ども!」


 殿下は自治区で会った時と同じように、側近をふたり脇に従えていた。私が散らばった手紙を集めていたら、お付きの人も拾ってくれた。


「ありがとうございます」


 私がお礼を言うと、その人も聖地にいた細い目の剣の人で、「お久しぶりです」と、私に笑いかけた。

 殿下は私の腕をつかんで立ち上がらせた。


「お前、なんでここにいる? スパイか? 一の王もここにいるのか?」


 私は手から抜けようともがくが、手は抜けなかった。

 手を離してくれないかなー? と、じっと殿下の顔を見るが、離してくれる気配はない。

 スパイ疑惑が晴れたら離してくれるかな?


「一の王はセダンです。昨日からここでお世話になることになりました。スパイではないので、捕まえなくても大丈夫です。今後よろしくお願いします!」

「……殿下、手が痛そうですよ」


 お付きの人が指摘して、やっと殿下は私の手を離した。手首をみると捕まれたところが赤くなっている。


『アイタタ……ホント、無作法で野蛮なやつぅ』

「なに?」


 私の胸から声がした。


「お前……!」


 殿下は私につかみかかってきたので、私はしゃがんで避けた。

 

「私じゃないです、私何も言ってません!」

「何ぃ?」


 私の胸からするりと白いヘビが飛び出して空を舞った。


『ばーか、ばーか、ばか王子ぃ。女の扱いも知らないのか、だからいい年してつがいもいないんだよ』

「……なんだと?」


 殿下は怒って、声のする方向を探す。そして視界の端に白いヘビを見つけた。


「あいつ、水竜か?」

「はいっ! そうです、セレムです!」


 暴言を吐きながら天井を舞う水竜に、殿下が腕輪を見せた。


「それはメグミクの腕輪!」


 聖地自治区でジーンが殿下に渡したやつだ。

 メグミクの名前がついているように、アマツチの光球や、ミクの大剣のような特別なもの。

 効果はファリナの守護竜を従わせるらしい。あれは伝説の王じゃなくても使えるのかな?


 私は固唾を飲んで殿下とセレムを見ていると、男の腕にある腕輪が赤く光った。

 腕輪と同調したのか、セレムの小さな角も赤く光る。


「水竜、我が前まで下りてこい」

『………』


 セレムはしぶ下りて来た。


『俺に何か用か? がなり声がうるさい王子様』

「すごい、セレムが言うこと聞いた!」


 私は感心してパチパチと手を叩く。

 殿下も効果があるとは思っていなかったようで、少し驚いた顔をしていた。


「人を侮辱することを禁ずる」

『期間は?』

「永劫に」

『ムチャ言いやがる』


 もっと俺様な事を命令すると思っていたので驚きだ。意外と悪い人ではないのかもしれない?


 セレムは私の頭の上にとぐろを巻いて、臨戦態勢のまま殿下と対峙した。頭の上にいられると、私が殿下ににらまれている気がするからやめてほしい。殿下のお顔、とてもこわい。


『俺は、嘘は言わねーよ』

「たとえ真実でも、人を侮辱する言動を禁じる」

『……フン』


 セレムは無言のまま逃げていった。


「効果があったのか、よくわからないな……」


 アーヴィンは苦笑して、腰に下げている革のバックに腕輪をしまう。


「セシルって、優しくてよく言うこと聞くのに、なんでメグミクは言うことを聞かせる道具を選んだんだろう……」


 アマミクは、フレイとメグミクが相談してファリナの宝具が作られたと言ってたな。それなのに効果が服従とか変じゃない? そんなのフレイの発想じゃない。絶対違う使用法があるはず!


「優しさゆえに、出来ない事があったのだろう、例えば争いとか……」

「守護竜が戦闘に駆り出された事があったのですか? セシルはとっても優しいから戦いの役には立ちませんよ?」

「単なる例えだ。真実はしらんよ。そんな事でわめくな、頬が破裂しそうだ」


 ぷくーっと、頬を膨らましていたことを指摘された。こんなんだから子ども扱いされるんだな。


 私は頬に手をあてて反省していると、殿下は私の頭をポンと叩く。


「なにしにここに来たのかしらんが、ここにいる間にいっぱい食べて大きくなれよ」


 ……うっ、発育不良を食べ物のせいだと思われてる。でもまあ、信が消えてからすごく痩せたので間違ってもないけど。


「心配していただいてありがとうございます、殿下って意外といい人なんですね」

「……意外?」

「ぶはっ」


 殿下の背後に控えていた剣の人が吹き出した。


「聖地でお会いした時は服を捕まれたり、竜の人を刺したりしたじゃないですか、あれはいい人のすることではないので」

「……確かに」

「だから私、今日は少しだけ殿下を見直しました。自治区でお会いしたときは、一方的で命令しかしない、意地悪な人かと思っていたので」

「意地悪であってるよ」


 アーヴィンはそう言って、そっぽを向いて歩き出した。

 お付きの人が追いかけながら、私に小さく手を振った。




◇◇


 ジーンに会えないまま時は刻々と過ぎていく。

 メイドの仕事を手伝う傍ら、私は左にもピアスの穴を開けて貰った。

 穴を開ける際にセレムに告げたら、セレムは一目散に逃げ出してそのまま戻って来てはいない。

 セダンでも一の王にくっついて探索していたように、ここでもまたメグミクを探しているのかもしれない。


 私は洗い場の桶の前に立ち、水にうつる自分の姿を見た。

 新しく開けられたピアスの穴はまだじんじんと痛む。制御の石とは違い、ママの石は少しあたたかくて、傷の傷みとそのあたたかさで、つけていると涙がにじむ。


 ……こんなときアレクは慰めてくれたのにな


 レーンに連れ去られ、主従契約をされてしまったアレク。この石を取り上げられ、さらにセシルの記憶で瀕死になったレアナ。

 竜は死なないと言うけれど、今はどこでどうしているんだろう……もしかして結晶に戻っていたり? それだとかなりの重症なんだけど。


「……あの日、アレクが契約を求めた時に従っていたら、アレクは連れ去られ無かったのかな」


 魔物はミクが一掃していたし、レーンよりアレクの方が強いから、レーンを撃退出来たかもしれない。

 でも、アレクの消滅の力が信の体を消したら、体は二度と戻らなくなってしまう。そうしたらきっと、イギリスにいるジーンさんは消える。

 私は鳥肌の立った腕をさすって、そんなことが起こらなくて良かったのだと思い直した。


「大丈夫。サーもジーンさんも見ていてくれる。信の体は傷つかずに向こうに帰す」


「コウー? お皿を洗うのはお湯使っていいんだよー?」


 勤めの長いメイドが、流しの前でボーッとしている私に声をかけた。

 水竜の巣よりもっと奥深くの地中から、城に温水を引いているらしく、城の洗い物は殆どお湯が使われていた。

 雪国は寒いと思っていたが、城の生活で寒さを感じる事は殆ど無かった。


「ありがとうございます」


 私が止めていた手を再び動かして皿を洗うと、メイドは持ち場に帰った。


 ……セレムは、信が私かレーンかを選ぶと言った。世界を守るか、滅ぼすかの重い選択だ。フレイも私も守るしか選択しない。だからフレイは信を連れてきたの? 滅びを選ばせる為に?


 レーンは、私が世界を守る事を選ぶと、私が消えてしまうとも言っていた。それは、どうゆう事なんだろう。


 もし、この世界か、信か、どちらかを選べと言われたら、私はどうしたらいいんだろう……。




◇◇


 目が覚めると真っ暗だった。

 隔離部屋は窓に扉がついているので外の光か入らない。私は何時なのだろうと光のスクロールを使って灯りを灯し、窓の扉を開けた。


 外はまだ暗いが、雪のせいでほんのり明るい。山の稜線から夜の色か薄れてきているので、そろそろ夜が明けるのだろう。

 私は箪笥から服を借りて、塔の最上階に行った。冷たい重いドアを開けると、白い雪の上に黒服の竜が立っていた。

 私は近寄らず、遠くから彼を見ていた。


「……コウ、コウ」


 私は気が付くと、ジーンに頬を触られていた。もう日の出は終わったようだ。


「ぼーっと突っ立ってたな、頬が凍りそうに痛くなってる」


 あたたかな彼の手に触れて、私の目から涙がこぼれた。


「どうした? 耳が痛い?」


 そう言って、ジーンは手を耳に当ててあたためてくれる。私はジーンのお腹にしがみついた。


「なんだかよくわからないの……でも私、絶対に信をあっちに返すからね」

「嫌だ」

「なんで?」

「俺が日本に戻るときは、幸も一緒じゃないと嫌だ」


 そう言ってジーンは、冷えた私の頬を両手で挟んだ。


「俺の体を取り返し、幸と戻る。ついでにこの世界の綻びを直す。これでハッピーエンドだ」

「……うん」


 私の両目から涙がこぼれおちると、ジーンの目からも涙がこぼれた。

 そんなふたりの輪郭を、朝日が照らしていた。


◇◇


 朝の浄化の後、王が起きるまで、二人は塔の中腹の躍り場で話をした。


「しかし、幸はなんで自分の魔力を使えないんだろうな……? レーンはさくさく使ってたのに」

「魔法使いじゃないからじゃない?」

「それだよ、魔法を特殊だと思っているから使えないんだ」

「……どうゆうこと?」


 私はジーンの顔を覗き見た。


「この世界の魔法は、サーの力の上に成り立っているんた。命も、熱も、水も、火も……」


 そう言って、ジーンは手のひらに炎を浮かべた。


「人の細胞も、血もサーの力で作られている、だから、体温をあげたいときにその力を利用するんた」

「どうやって?」

「コウは、サーの声が聞きたいときはどうする?」

「耳を澄まして待つかな?」

「じゃあ、そんな感じで体をあたためてくださいと願う」


 ジーンは私の手を取って軽く揺すり、体の力を抜けと言う。


「……幸の中にはサーが住んでいる。その声は小さくて聞こえない。幸は自分の中のサーを探すんだ。耳を澄まして、心を研いで……」


 自然とジーンの声が遠くなり、フレイが神殿で聞いていた、光のようなあの感覚を私は自分の中に見つけた。


「……いた」


 私が自分の中のサーを見つけると、サーは「お帰り……」と、優しくまたたいた。


 私が目を開けたとき城内はかなりあたたかくなっていた。


「規模が……」


 ジーンは私が使った魔法を見て呆然としている。

 私の冷えた体をあたためるだけのつもりだったが、ファリナ城とその周辺を緑の光が包み、大気の気温を上げた。

 溶けた雪が屋根を滑り落ちる音がする。私は初めての魔法でファリナに春を呼び込んだようだ。

 どうしたらいい? と、ジーンの顔を見たところで視界が暗くなり意識は闇に覆われた。



◇◇


「……コウ!」


 大規模な魔法を使った後、幸は意識を失った。

 ジーンは血が引いて、貧血よのうな眩暈に襲われる。竜の体の魔力は減っていないから、これは幸の魔力の枯渇が伝播しているのだろう。


「幸には魔力制限が無いから、魔力消費量の多い魔法を使うと体内の血を消費するのか? これ、下手をすると体ごと消えるんじゃ?」


 ……俺が幸に魔法を教えたせいで、幸を死なせるところだった。


 ジーンは血の引いた頭を押さえて壁にもたれた。

 塔の下から人々のざわめく声が聞こえる。城周辺の気温が突然変わったのだから、異常に気がついて当然だ。

 ジーンは倒れた幸をメイド長に預けて、王になんと説明しようか頭を悩ませた。


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