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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
九章(ファリナ)
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9-1、ファリナへ


 ジーンとセレム、私はファリナの水竜の巣からファリナ城に繋がる大扉を開けた。


 水竜の巣もセダン同様お城の中にあるようで、長い階段を上がると景色は華やかなものに変わった。

 どこか和風のセダン城とは違い、ファリナは白い石造りの洋風のお城だった。


 高い天井は美しい装飾で縁取られ、壁には絵画が飾られている。柱のひとつひとつまでも美しく磨かれて、チリひとつ落ちていない。

 魔法の灯は壁にスクロール板がむき出しだったセダンとは違い、シャンデリアのような豪華な形状もあれば、ランタンのような形のものもある。

 今は早朝なので灯りはついていないが、夜はきっときらびやかだろう。


「すごい、童話のお城みたい……」


 地上階に出ると、私は窓から外を見た。

 窓はガラスのようなものがはめ込まれていて、しかも二重になっていた。


「ガラスかな?」

「いや、魔物の外皮を削ったもの」


 ……無口キャラ、一瞬で崩壊。


 私はクスクス笑いながら、透明な窓の素材に触れる。ガラスではないというのは本当のようで、ひんやりとはしていない。まるでプラスチックのような手触りだった。


 窓の外は一面の雪景色だ。

 セダンのお城からは町が見えたが、この窓からは凍てついた高い山が見える。雪で覆われた景色はとても寒そうだった。


「なんでお城は寒くないんだろう?」


 温暖なセダンで着ていた服のままでも大丈夫なほど、城内はあたたかかい。


「どうやら地下に温水が沸くようで、城の中にお湯を渡らせてあたためているようです」

「……やっぱ、質問には答えちゃう? 無口キャラやめたら?」


 ウククとほくそ笑みながら言ったら、ギロリとにらまれた。


『日が出そうだぞ』


 私の頭の上にいたセレムがぼそっと言う。ジーンは何も言わずに私を抱き上げた。

 左肩にはリュックをひっかけ、右手には私を米袋のようにかかえている。ジーンはそのままダッシュで廊下を走った。


 日の出前の城は静かで、人の姿は殆ど見えない。

 ジーンは長い螺旋階段を私を抱えて上り続ける。階段は上に行くほど寒くなり、私の吐く息も白くなった。

 螺旋階段をしばらく上ると扉が見え、ジーンは扉を開けた。そこは倉庫のようで、武器や毛布などが積んである。ジーンは私を下ろし、私にバックを渡した。


「幸、防寒できる服持ってる?」

「外は寒いの? じゃあもっと服を着るよ」


 ……砂漠の夜に着ていた、布の厚いワンピースと砂避けズボンにマントを羽織れば大丈夫かな?


 私がバックから服を出して着ている間に、ジーンは倉庫から毛布を取ってきた。ジーンは毛布で私をぐるぐる巻きにして、さらに体温維持の魔法を私にかける。


「こんなに厚着するんだ。なんかすごいな」

「外は氷点下」

「へぇ……」


 私はろくに雪を見たことが無いので、氷点下と言われてもよく分からない。

 バックは倉庫に置いて、ジーンはす巻きにした私をかついで階段を登る。

 最上階の扉を開けると、外は一面の銀世界だった。


 ジーンは急いでいるようで、屋上出口に私を置いた。ジーンはそのまま屋上の端まで飛ぶように走って行く。


「痛い、顔が痛い! 息が氷る!」


 外気のあまりの冷たさに、顔が痛い。

 セレムは水を得た魚のように、冷えきった大気の中を泳ぎ回った。


『夜が明けるぞ』


 セレムがそう言うと、ジーンは目を閉じて、ファリナの国土から出た銀の水を吸い込んだ。そして、夜明けと共にそっと吐き出す。

 黒衣の体から生じた金色の光が、城全体に漂って空に昇る様子を、私はじっと見ていた。


「綺麗……」


 浄化の量は風竜程ではないが、太陽の光を受けて、雪景色の中に命の水がキラキラと輝いていた。

 私は胸がいっぱいになって、聖地に還る光を祈るように見送る。すると、空を飛んでいるセレムが呟いた。


『浄化しきれてねーな』

「お役にたてなくてすみません」


 ……セレムがやるべき事をしていないから、代理でやっているのに、ヒドイ言い方だなぁ。


「自分でやりなさいよー」


 私は雪をかき分けて歩き、セレムをつかまえようと手を伸ばす。セレムは悠長に空を泳ぎ、私の手の上に着地した。

 セレムが氷のように冷たかったので、私は悲鳴をあげて手を放す。


『アハハ、人間だと寒いを通り越して痛いな、これは無理ー!』


 痛がりのセレムは一目散に空に逃げる。

 私は雪の中にいたら死ぬなと感じて、自分のつけた足跡をたどり塔に向かった。

 途中雪に靴を取られて立ち往生し、後から来たジーンに肩の上に担ぎ上げられた。


 ……何故物のような運搬の仕方をするのか。


 毛布を借りた倉庫まで下りると、ジーンは私を床に置いた。

 寒い所から急にあたたかい所に来ると鼻水が出る。私は慌ててリュックからハンカチを探すが、手がかじかんで、うまく取り出せない。

 ジーンは笑って、リュックからハンカチを出した。それをおもむろに広げて私の顔にあてる。


「……違う!」


 私は文句を言って、ハンカチを折り直し、すみっこで鼻をかむ。日本ならティッシュでポイできるのに、ここだと洗わないといけない。ティッシュとトイレットペーパー使い放題だった現世が恋しい。


 ……思えば今の拭きかた、湖でジーンさんにやられたなぁ。やはり同じ人なんだな。


 そう思うと、今見ている外人っぽいジーンは着ぐるみのようなもので、中に本体がいる気がしてくる。それも、中学生の信じゃなくて白衣を着ているほう。


 書庫のジーンは中学のあの夜から五年経過していると言っていた。なのでなんとなく、五年ここで過ごして戻ったのかと思っていたけど、レーンの成長っぷりを見ると、ここで五年ぶん育つことは無さそうだ。


 ……もしかして書庫のジーンさんは二十歳とかではなく、とっても年上なのかもしれない?


 私がうーんと考えていたら、ジーンと目があった。


「ここでお別れです」

「……えっ」


 お別れと言われると不安になる。校庭のように、もう会えないんじゃないかと思ってしまう。その不安を察知してか、ジーンは頬を指で押して笑顔を作った。


「来るときに告げたように、私は王の背後に控えておりますが、滅多に人の前には出ません」

「じゃあ、壁の向こうの君を探せばいいんだね、うん、余裕」

「……察知しても気が付かない振りをしてください」


 ……そうだ。ここにはちゃんと信がいるんだ。見えないだけで側にいる。それだけで心強い。


 ジーンは私の被っていたフード付きマントをとって、リュックにしまった。そしてリュックを私に渡す。


「この塔に上る人間はいません。なので私に用があるときは、この時間にここにいらしてください。水竜は特に大歓迎ですよ」


 私は鼻をすすって、ジーンにしがみついた。ジーンは私の背中をそっと撫でる。


「もちろん次はちゃんと、防寒具装備で」

「……わかった」

「お待ちしていますよ」


 ジーンは優しく笑った。



 日が完全に昇りきったら、ジーンは廊下の兵士に私を任せてどこかに行ってしまった。

 そのまま私は女性達がひしめいている部屋につれていかれ朝食を貰う。

 固めのパンを食べている間に、エプロンをつけた女性たちに囲まれて、いつものパターンで洗われて着せ替えられた。


 着物っぽかったセダンの服とは全く変わり、ファリナはどことなく西洋風だ。

 メイドさんたちは濃い茶色の丈の長いワンピースと白いエプロン。私は膝下丈の白いワンピースだった。

 室内を見回しても、足を出しているのは私だけのようだ。


 ……このスカート丈、もしかして子ども用かな?


 しかし毎回体を洗われるので、もしかして私は臭いんだろうか……と臭いを嗅ぐが、自分ではよくわからなかった。


 着替えがすむと、メイドさんに連れられて、エントランスの広い階段から二階に行く。そこには大きな扉があり、二人の兵士が扉の前に立っている。

 兵士が扉を開けると、入口に茶髪のおかっぱの男性が立っていた。

 その人はちょっとふっくらした初老の男性で、古めかしい杖を持っている。

 床まで届く長さの白いローブを着ていて、肩には模様がついた帯をたらしていた。なんだか賢者とか魔法使いっぽい感じだと私は思う。

 その人は、私を上から下までじろじろと見た。


「あなたが、水竜を再生された方ですか?」

「……ふぁい」


 私は緊張して噛んだ。


「水竜は、前任の竜が再生を早めに設定したとセレムが言っていたので、私が起こしたわけではないです」

「セレム?」

「あっ、水竜です。この子」


 私は胸元から白いヘビの頭を出した。セレムはとてもよく寝ていた。


「……寝てますね」

「はい」


 おじさんに胸元をじっと見られて、私はなんだか恥ずかしくなって、寝ているセレムをそっと胸元に戻した。

 丸い体型のおじさんは、ニッコリ笑う。


「私はこの国の宮廷魔術師長のザヴィアと申します」

「……あ、私はコウです。異世界人です」

「異世界人?」


 そこで、トントンと、床を棒でつついたような音がした。私が何だろうと振り向くと、王座に座る白髪の老人が剣を杖にしてこちらを見ていた。

 ファリナ王は大柄で、軽くウェーブのかかった白髪を肩まで伸ばしている。口と顎に白い髭を蓄えていて、頭に細身の黒い王冠をのせていた。日本の感覚で言うと、年齢は六十才以上に見えた。


 ……三百年いきてるひと! そしてセシルの好きな人!


 私は興味津々で王を見た。


『彼の髪の毛がさらさらで……』


 動きが……声が……息……とか、今必要のないセシル経由のファリナ王情報が頭をよぎって私は苦笑した。


「初めまして、アイロス王、私はコウです」


 私が王座の前まで行き挨拶をすると、ファリナ王は驚いた顔をした。その表情を見て私は何か失礼をしたかと不安になる。


「ずいぶん懐かしい名前を聞いたぞ? その名前、誰に聞いた?」


 私は名前を間違えたのかと思うと、頭に血がのぼった。助けを求めようと胸元を見るが、セレムは起きる様子がない。


「セ、セシルに……」

「ザヴィア、感知展開」


 ファリナ王が言うと、私の背後で声がした。

 

「……異世界と聞いてからずっと展開しておりますよ」


 私が振り向くと、ザヴィアさんの持っている杖の先が赤く光っていた。

 王は頷いて、改めて私に向き合った。


「娘、私の名前をもう一度言ってみろ」


 私は緊張して答えた。


「アイロス・サラン……?」

「……いつ、どこでそれを聞いた?」

「三百年くらい前に聖地で……あ、地下の神殿です。世界樹のあるドーム」


 王はチラリとザウィアを見る。杖の色に変化は無かった。


「他にはどんな話を?」


 私は夢で見た、セシルとの会話を思い出した。


「えっと、王は西よりの村の人で、旅をするのが趣味らしい? 旅の炉銀は武道大会の賞金で、南の山に登るために、各地をまわってお金を貯めていた……」


 王は目を細めて私の話を聞いていた。


「……他には?」

「えっと……殆どがノロケ話で中身が無いので……」

「いいぞ、その話をしてみろ」


 私はうーんと悩んで言う。


「歌が好き? 聴くのよりも歌うのが好き? 山の上で歌うと山彦が帰って来て楽しいらしい? あとは甘いものが苦手で、お茶は濃いのをストレートで飲むのとか、強いお酒をいれるとか……あ、お酒はブドウ酒でなく、蒸留酒のほうが好きらしいです! 甘くないから!」

「えっ、そうだったのですか?」


 魔術師は杖から視線を離して驚いていた。


「いや、食い物なんて腹に入ればいいと思っとる。お前が甘いものが好きなら好きにすればいい」

「……?」


 王と魔術師の話を聞いていると、食べ物の好みに齟齬があったのかな? と私は思う。


 ……ああ、そうだ。これは言わなければ!


 私は授業で発言するように、手を上げた。


「あの、スミマセン! これらは全部夢で見ただけで、私が直接聞いたわけではないです!」

「ザヴィア?」


 ポカンとしていた魔術師は、慌てて杖に触れる。


「……あ、ああ、真実です。一片の嘘もありません。王って紅茶に砂糖を入れないのですか?」


 ファリナ王は、太った魔術師をチラリと見た。


「食い物はなんでもいい。この件に対して二度と同じ質問をするな」


 王は魔術師を見ずに答えた。


  ……この世界では砂糖は貴重なのだろう。だから王の食事には砂糖をいれて当然だと思う。でも、セシルは王の感情を読み取るから、何もいれないほうが好きだと見破っていたんだ。

 

 魔術師ははっと我に返り、私に杖を向けて言う。


「私は男ですと、言って頂けますか?」

「わたしはおとこです?」


 魔術師の持つ杖の先についている丸い玉が、青く変わった。青い光は一瞬で、すぐにまた元の赤色に戻る。魔術師は無表情で玉の変化を見て、うんと頷いた。


「術は効いていますね……」


 ……あ、たぶんこれ、嘘か本当かばれるんだ。


 私はまずいことを聞かれたらどうしようとドキドキした。

 王はニヤリと笑って私を見た。


「夢と言ったな、夢でお前は何者だった?」

「幽霊です。体をもたない思念体……」

「へぇ」

『そいつ、森の魔女だぞ、現ファリナ王』


 私の胸元から白いヘビが飛び出して、謁見室をくるくると飛び回った。


『そいつ、森の魔女。創世から東の神殿に住み着いてた幽霊だ。今回そいつの受肉に合わせて、各地に伝説の王達と守護竜が再生された』

「また、ずいぶん小さくなったな、水竜……。威厳のかけらも無くなった」

『かーっ! 親切に教えてやったのにそのいいぐさ! 老いぼれ過ぎて礼儀を忘れたか? 我は……ふぎゃ』


 セレムが王に暴言を吐きそうだったので、私はセレムをつかまえて胸に抱いた。


「すみません、この子、とても口が悪いんです」


 王は目を細めて、白いヘビを見る。


「前の水竜とは別人格だな」


 私は暴れるセレムを押さえ込もうと必死に胸に抱いていた。

 国家の守護竜の扱いがぞんざいで、王は苦笑する。


「今度はその娘を王に選んだのか?」


 セレムは私に頭を握られていて、手の隙間から無理矢理顔を出した。


『アホか? こいつは単なる寝床でメグミクではない。そもそもこいつには王になる資格がない。俺は動けるうちにと四国を巡ってきたのだ。メグミクの再生は現時点では不可能と判断した。だから、俺は再び代理の王を探ねばならん』


 セレムは私の手から逃げて、天井に飛び上がる。


『お前ら、心しろよ。これから世界は神の選定を開始する。それはこの女か、アスラの邪神かだ。保存か滅亡か、裁定するのは第七の竜、選ぶのはお前らが便利に使っているあいつだよ』


 ファリナ王は天井を飛び回る守護竜を目で追いながら聞く。


「我らの今後の行動で、世界が滅びるかどうかが決まるのか?」

『そうだ。ゆめゆめこいつを殺さんようにな! こいつ、弱っちーからすぐ死ぬぞ!』


 言うだけ言うと、セレムは飛びつかれたと私の胸に入る。

 王は立ち上がって、私の目の前に立った。

 ファリナ王はアレク並に背が高く、体格の良い人なので、威圧感に押されて冷や汗が出る。


『……爺ィが怖いって、デケーからな』

「水竜……お前は、その娘を守っているのか?」

『ちげーよ、あったかいから巣にしてるだけだ』


 王はフム、と、白い髭を撫でた。


「巣なら地下にあるが?」

『まだ結晶が安定してないから、魔力量の多いとこにいたーい……王はこの餌付き巣箱をここで保護してくれ……』


 ……セレムが胸にいつも入ってくるのは、餌と寝床の確保だった!


「保護するのはいいけどな? 守護竜の餌は銀の水だろう? 浄化はしないのか?」

『んー……それは生きていく為のノルマー。それをすれば盆から餌が出るっつーだけ。銀の水は餌じゃなーい』

「そうなんだ……」


 銀の盆って守護竜にとっても大事なんだな。そしてそれが無かったから、アレクたちは日本で人を食べていたのか。

 あれ? もしかしてこの世界にいればアレクに血をあげなくても良かったのかな? いや、アレクは弱ってたから間違いでもない? うーん、わかんない。


 私の服の胸元から頭だけを出して、だらしなく寝ている水竜を、王は心配そうに見た。


「……魔力の多いところは、その子どもの懐でいいのか? 回復魔方陣をザヴィアに組ませてもいいんだぞ?」

『ここでいー、サイキョー……』


 セレムの声は寝落ち寸前で、私が見ている間に目を閉じて動かなくなった。私は指でセレムの小さな頭をつつく。セレムはニヤーッと微笑んでヨダレをたらした。


「ナルホド」


 王は私の頭にぽんと手を置いて、王座に戻っていく。私は焦ってその背中に話し掛けた。


「あの! スミマセン、私には伝播する力があるらしくて、セダンでは隔離部屋にいました。ここでも隔離部屋があったら貸して頂きたいのですが……」

「ほう、エレノアに似てるのは見かけだけじゃないのか。でもワシには何も伝わって来ないぞ? どーゆー力だ?」


 ……いや、私に聞かれてもなぁ? なにかを出していると言われているけど、受けとる側の事はわからないし。


「私の五感は守護竜に伝わるみたいです。感覚の何が伝わるかは個別に違うようですが、みんな共通して痛い事を嫌がります」

「……痛み? 怪我とかか?」

「そのようです」

「実証できるか?」


 王の問いに、私は出来ないと首を横に振った。


「何故?」

「セレムはよく寝てるのに、かわいそうですよ?」


 魔術師がどれどれと私の様子を見る。


「この耳飾りは確かに制御ピアスですね、エレノア妃が付けていたものに似ています」


 魔術師は杖を私のほうに傾ける。杖は私のポケットに反応した。


「スカートに何か入れていますか?」

「えっ……何だろう? さっきハンカチをいれたかな?」


 私がハンカチを取り出すと、コツンと床に固いものが落ちた。


「ママの石!」


 私は慌てて拾って、欠けてないか裏表を見る。


 ……よりにもよって、鼻をかんだハンカチと一緒にしていたとか……ママごめんなさい!


 心の中で平謝りをしつつ石を撫でていると、魔術師が私の手元を覗いた。


「もの凄い力のある魔昌石ですね、それは異世界のものですか?」

「……えっと、あの」


 私が答えられないでいるので、魔術師は手を広げた。渡せと言われているのだろうが、私はひたすら首を横に振った。

 その時、王座の後ろにかけてある布が動いて、黒い服の男が現れ王に耳打ちをした。


 ……いた、ジーンさんだ! 王の側に控えているって言うから探したけど、あんなところに隠れてた!


 私が呆然とジーンを見ていると、ジーンが私の前に来て、手を出した。


「……えっ?」


 私は思わず、手にしていたママの石を差し出した。しかしジーンは石を受け取らず、自分の胸元に手をあてて、その手で私の胸元を指す。


「あっ、セレム? セレム渡すの?」


 私が困ってファリナ王を見ると、王は笑った。


「ザヴィアには渡さずとも、得たいの知れない男には渡すのか」

「えっ、えっ、だってこの人守護竜……」

「こいつが名乗ったのか?」

「はい、ここに連れてきていただいたので」

「まあ、そいつに水竜を渡してくれ。安全な所に置きたいんだ。幼体のようだしな」


 私はジーンにセレムを渡した。ジーンはセレムの頭をつかんだので、体がヒモのようにだらしなく垂れた。私はそんな持ち方で大丈夫なのかと心配になりオロオロした。

 ジーンは水竜を魔術師に渡す。王は魔術師に置いてこいと命じた。魔術師は困惑したが、白い蛇を布の上に乗せて部屋を出ていった。


 謁見室には王とジーン、私が残された。ジーンは小声で王と話している。ジーンが無表情なのに比べて、王がニヤニヤと笑っているのが気になった。


 ……多分これは、実験の流れなんだろうな。


 一体何をされるのか。と、私は身構えた。

 ジーンは王座に王を座らせて、王の額に手を当てた。そのまま私の前まで来て屈む。


「……制御石を取ります」

「あっ、はい……」


 私が自分で取ろうと自分の耳に手をあてるが、それよりも早くジーンが石を取った。

 ジーンは暫く停止し、瞬きをしていた。私はその顔をじっと見ていた。

 ジーンは私の肩に触れて、王座へと向かって押し出した。私は分けが分からないまま、王の目の前に立って王を見ていた。

 ファリナ王もジーン同様、数回まばたきをして、瞳を忙しなく動かしていた。


「跳んでごらん、その場で跳躍」

「……えっ?」


 ジーンが意味不明な事を言う。振り返ると手で上を指差したので、私はピョン! と跳ねた。


「……うわ、これは酔うな。自分の意思に反して体が跳ねとる。五感が乗っ取られおるわ」


 王は座ったまま、目を閉じて笑っている。


「ワシってこんな姿なんだな。鏡で見るより分かりやすい。年取っても以外といけるなぁ……ああ、うちの城もずいぶん綺麗に見える」


 目を手で隠している王に、私は分けが分からなくてうろたえた。


「な、なんですか? 何をしているのですか?」


 ジーンは私に近寄りピアスをつけた。目の前でいきなり耳に触れられて、私はドキドキする。

 ジーンはそのまま王座に戻って行ったが、私は動悸がおさまらずに、すーはーと呼吸をして気を落ち着けた。

 落ち着いて周りを見ると、王が王座にもたれ、手で顔を隠してゲラゲラと笑っていた。


「城の者からは怖がられておるのに、子どもからは好かれるんだな、今ちょっとお前にときめいたわ……」


 そのまま王は、背中を丸めてしばらく笑っていた。


 ……五感が乗っ取られる感じが、王にも伝わったの? 何で?


 私が赤くなったり青くなったりしていると、ジーンが王の後ろに立ち、ふっと笑った。


「私が臨時の守護竜なのは、ここにお連れした時に告げましたね」

「は、はい……」

「王には守護竜の見聞きしたものを受けとる事が出来ます。それで、あなたの能力を理解出来たようですよ」

「そんな、カウズみたいなこと出来るんだ」


 ……じゃあさっきのは、竜の体越しに王に私の視覚や聴覚を伝えたってこと? 私の五感筒抜け状態?


 そう思うと、耳を触られてドキドキしたのが、異様に恥ずかしくなってきた。


「今は? あの制御石をつけていても伝播しているのか?」

「わずかにですが、彼女は心を覗かれた事をひどく恥じていますね」

「それは……かわいそうになぁ」


 王は私の前に来て、頭を撫でた。


「大丈夫。あれは人間では無いから。そのへんの鳥とでも思えばいい。他意も悪意も持ち合わせていない、神の人形だよ」


 ……それ体だけで、中味違いますよ


 そう思って王を見るが、王は真面目にジーンが竜だと信じているようだ。ジーンは中身が異世界人だと言うことを王に内緒にしてるのだろうか? 主従契約済みで、嘘の付けない体なのに変なの。


 私は顔を上げて王を見た。すると王は泣いている子どもをあやすようにニィッと笑う。

 アーヴィン殿下はいつも渋面だったのに、怖いと言われているファリナ王が笑うのはちょっと意外だ。


「まあ、魔法も神の奇跡も、完全に遮断できる部屋があるから、この城に滞在中は安心していいぞ」

「……王宮魔術師に告げてきます」


 ジーンはその場を離れ、謁見室の入り口から出ていった。私はその後ろ姿を目で追いかける。

 するとジーンと入れかわりに魔術師が戻ってきた。

 私はジーンが戻ってこないかと扉を見ていたが、彼は戻って来なかった。

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