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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
八章(セダン・再)
103/185

8-7、形見

 

 魔物の襲撃は魔物側が劣勢だった。半数以上を三の姫に焼き払われ、地に落ちた魔物は地竜の罠にかかり地面に食われた。その光景を見ても、白竜は嬉しそうに笑っていた。


 白竜が軽い足取りで向かう先にはフード付きの黒いマントを着た男がいて、コウはその男に抱えられている。コウは意識が無いようでピクリともしない。

 アマミクは城の上から何が起きたのか理解できずに呆然として地上を見ていた。


「ちょっと、あれ黒竜とコウじゃない? なんでアイツ白竜にコウを渡しちゃうのよ!」


 城の上からでは距離が離れすぎていて、アマミクの声は誰にも届かなかった。

 白竜は足取り軽く男に駆け寄った。すると黒服の男はなにも言わずにコウを地面に置いた。


「ちょっと、ちゃんと持っていなさいよ、私その女に触りたく無いの」


 文句を言う白竜を男は腕で凪ぎはらう。その腕をひらりと避け、白竜は言った。


「お前No.6じゃないわね、誰よ?」

「いやだな間違えるなんて、あなた方と一緒にここに来た者ですよ? もうお忘れですか?」


 男は手袋を脱いで地面に捨てた。そのまま右手を額に当て薄く笑う。


「ここで貴方にお会いする予定は無かったのですがね、何事も準備はしておくものですね……」

「紛らわしい……お前なんて見たこと無いわ」


 白竜が動きを停止し樹木に触れようとする隙に、男は白竜を押し倒して組み敷いた。


「今日はNo.5に贈り物があります」

「……なに? 死骸なら要らないわよ」


 警戒しながらもまだ余裕のある女の額に手を当て、男は白い女の頭を地面に押し付けた。


「アハハ、お前ごときが私を倒せるとおもってるの?」

「ええ、積年の怨みですから、考え抜いた末の行動ですよ」

「……アンタ、誰?」


 ニヤリと笑う男を見て、白竜は樹木に問いただすが、検索結果を見る猶予は無かった。


「ステータス表示は常時展開しておくとショートカットになりますよ」

「……何よ、それ」

「私はNo.7です。これは、水竜からの贈り物ですよ」


 そう言ってジーンは側で倒れているコウの伝播能力を借りて、死ぬ直前の水竜の記憶を自分の脳裏に再生した。

 王を愛しすぎて狂った水竜の断末魔の思い。愛情、後悔、苦しみ、哀しみが入り交じった、本来竜が持つことのない、ありとあらゆる愛情と後悔と苦痛がそこには詰まっていた。


「ぎゃあああああ……!」


 夜空に白竜の悲鳴が鳴り響いた。白竜はじたばたともがくが、上に乗った男はびくともしなかった。やがて白竜は形を保てなくなり、ぐにゃりと歪んで白い塊に変わる。

 ジーンはその塊に手を突っ込み中身をまさぐった。そして中から取り出した赤いものを手に取り、大事に胸に抱いた。


「ここに来て貴方を見たときに、とても不思議に思っていたのです。どうして貴方は人間のように感情豊かなのだろう。どうして神から白を定義されているのに、金を、紅をその身に纏っているのだろう。どうしてあの人たちに似ているのだろうと……」


 ジーンは手の上にあるあたたかい塊を見た。


「エレンママ……貴方は、彼女から奪った心臓を、ずっとその身に隠していたのですね」


 ジーンは一筋の涙を流した。


 そこに突然上から火の玉が降りそそいだ。ジーンが攻撃を察知して横に飛ぶと、炎の剣はジーンがいた大地を燃やし熱で溶かした。白竜もかろうじて避けていて、アメーバ状のものが地面を必死に這っていた。


 コウとジーンの間に、城の屋上からから三の姫が飛び下りた。三の姫はしゃがんで倒れているコウの安否を確認する。コウはただ寝ているようだった。三の姫は安堵してジーンを睨み付けた。

 ジーンは両手を上げて、無抵抗のポーズで姫の様子を伺う。


「三の姫ですね? 敵ではありませんよ、私は北国ファリナの臨時の守護竜です」

「でもあんた、白竜の仲間でしょ? 敵よ!」


 警戒体勢を崩さないミクに、ジーンは苦笑する。


「白竜には個人的な恨みがあるだけで、仲間では無いですよ。むしろ白竜の仲間というと、火竜でしょう……」

「なによっ、火竜なんて三百年閉じ籠ってるんだから、巣から出られないんだから仲間なんていないわよ」

「……それは……ああ、スミマセン意識が……三の姫……コウを、よろしくお願いします……」


 そう言って黒衣の男はぱたりと地面に倒れた。白い塊になった白竜と、倒れた男を見て、ミクは困惑した。


「……なんでコイツ倒れた?」


 とりあえず白竜に止めをさすか。と、地面に刺さって燃えている大剣を手に取ると、上から声がした。


「まさか、白竜まで仕留められるとは思ってもいなかった」


 それは声変わりをしていない少年の声だった。

 ミクは驚いて上を見る。そこには見たことがない服を着た、黒髪の少年がいた。


「三の姫、ご機嫌よう……ちゃんと予言通り再生してくれてありがたいよ。また改めて挨拶にくるから、この顔覚えておけよ」


 少年が何かを呟くと、白竜の足元が青く光り、転移魔方陣が展開された。魔方陣はコウの足元にもかかったのてで、ミクは慌ててコウを抱き上げた。


「おや、取られてしまった。あまいいさ、またな」


 少年が手を振ると足元の魔方陣が上に上がって、少年の足から消えていく。同じように、セダンの町のあちらこちらで青い光が立ち上った。完全に炭化した魔物は置き去りにして、セダンの地に踏み入った殆どの魔物がその青い光と共に消え去った。


 一人残された三の姫は、地面に横たわる黒い男とコウを見て呆然としていた。所々で火の手が上がり、セダンの町と城は火事の鐘の音と、人々の声がいつまでも鳴り止まず続いていた。


「もう、なんなのぉぉー?」


 三の姫は訳がわからず月に吠えた。




◇◇


 ザワザワと人のざわめきが聞こえてくる。

 幸が意識を取り戻すと広い天井が見えた。辺りを見回すとそこは体育館くらいの広さの部屋で、申し訳程度の布の上に沢山の人が寝かされていた。


 ……ここは、セダンの病院かな?


 私の周りにもたくさんの人がいて、治療師により怪我の手当てをされていた。


「……あら、コウ、目が覚めた?」


 いつもの服の上に白い着物をはおらせられたミクに、私は声をかけられた。ミクは私の腫れた頬を冷やしていたようで、手に濡れた布を持っていた。


「あんた寝てただけよね? 頬と首以外に怪我はないわね?」

「うん、なんともないみたい。冷やしてくれてありがとう……」


 私はミクにお礼をいいつつ、辺りを見回す。


「ねえ、ここで黒い服の男性をみなかった? ミクくらいの身長で黒髪なの……」

「あー、いるいる。あんたと一緒に外でぶっ倒れたやつ。あいつもまだ目を覚ましてないよ」

「どこ?」


 私は起き上がり彼が寝かされているらしいエリアに連れていってもらった。そこは重傷者が多いエリアで沢山の魔術師が魔法による治療をしていた。


「信」


 私は寝かされている男に呼び掛けた。男はピクリとも動かない。


「信、信、大丈夫?」


 私が信の肩を揺すると、背後から老人の声が聞こえた。振り返るとそこには伝播避けのフードを被った地竜が、杖を持って立っていた。


「心配しなさんな、ソイツは単に魔力切れなだけだから」

「オージンさん……」


 地竜は私を座らせると、私の首の痕と頬の腫れを治した。そして床に寝ているジーンを覗き込んだ。


「あの日、ファリナへの扉を開けたとき、コヤツが入ってきたんだが、コヤツは敵襲を察知してワシに隠れろと指示し、見事白竜をしとめおった」


 地竜は杖でジーンの頭を小突く。

 

「扉を触っていてまこと良かったわ。邪神まで出てきたらしいし、ワシ一人じゃどーにもならんかった。この巡り合わせ、まさにサーラジーンのご加護だな」


 地竜はカカカと笑う。私は杖でつついているのが気になって、ジーンのおでこを守るように手を当てた。地竜はそれ以上小突くのを止めて、私に背中を向ける。


「しかし黒竜を奪われたのは厄介だな。敵が邪神だと分かった以上、対策をねらんとなぁ……」


 地竜はうーんといって、白く長い髭をなでた。


「あの人……サーラレーンは邪神なの?」

「邪神は魔女の亡き後に出現した。おぬしが知らんのも無理はない」

「そうだっけ?」


 私は首を傾げる。

 それにしては、あの人はフレイに執着していた。フレイと共に異界に渡ったアレクもあの人を知っていたようで、口を聞く前からかなり警戒していた。フレイ亡き後にレーンが現れたのなら、アレクが知っているとは思えない。


 ……アレクを奪われていなければ聞けたのに


 アレクを思い出すと泣きたくなるが、地竜に影響が出るので泣くのを我慢した。


 ……アレクは双子のレアナの所に帰っただけ。本来あるべき場所に戻ったんだ。気持ちを切り替えなきゃ。


 私はまわりを見つめて、今すべきことを確認した。

 

「ねぇ地竜、魔力切れってどうやって治ります? この人を魔法で治療して貰えますか?」


 地竜はジーンを覗き見た。


「かなりごっそり持っていかれたようだな。この数値でヒトの姿を保ってるのはありえん、一体地上で何があったのか……」

「なんか、水竜の贈り物って言ってたわ」


 ミクが医療器具を運びながら話に入ってくる。


「そしたら、白竜が苦しんで丸くなった」


 地竜はうむむ……と悩んで髭を弄る。


「……もしかしてこやつは、水竜の記憶を見せたのか?」

「あの、この人セシルが死ぬとき一緒にいたんです。だから、そーゆー記憶を持っていたのかも……」

「死ぬときの、記憶!?」


 地竜はあんぐりと口を開けた。

 

「まさか、そんなものに耐える竜がいるのか」

「中身が人間だから、平気なのかもですよ?」


 ジーンは目を開けることなく昏睡している。


 ……セレムだったらどれくらい血をあげたらいいのか、教えてくれるのになぁ


「アホセレムー! こんなときにいないなんてアホー!」


 私が大声で言うと、背後からヘビが飛んできて私の頭に激突した。

 

「いたぁ!」

『……っあ!』


 私もセレムも二人してのたうち回る。地竜も頭を押さえて、怖い顔をして私を睨んだ。


「……ご、ごめんなさい」


 私は被害者なのに地竜の顔が怖くて思わず謝った。地竜は私の頭を杖でコンコンと軽く触る。


「血を扱うなら隔離部屋にいけ、治るまで出てくるなよ」


 地竜はそう言い残して素早く部屋を出ていった。



 アマツチ一行が帰ってきたようで、城内はざわついていた。私はミクに頼んで、黒髪の男を姫の部屋に運んで貰う。


「運ぶのはいいけど、私も一緒にいるからね。なんかあったら、ぶったぎるからね」

「ぶったぎらないでください……」


 ミクは何故か彼を敵だと思っているようで、私は困って笑う。セレムは帰還早々私の胸元に入ってくつろいでいた。


『あー、やっぱこどものほうがやわくてぬくいわ。一の王は固くてよく動くし、飯は無いし、始終居心地悪かった』

「……君は私を何だと思ってるの?」

『飯の美味しい寝床』


 セレムは私の胸元から顔を出して真顔で言う。私は二の句がつげなかった。


 戦いの余波で人々がざわめく中、私とアマミクは姫の部屋に向かう。

 あんなに沢山いた魔物は、レーンが全て連れ帰ったようで、セダンには焼けた家屋と負傷した人々だけが残って後片付けをしていた。


 一切の魔法を遮断すると言われる姫の部屋にジーンを寝かせると、ミクは部屋の隅の椅子にどっかりと腰掛けた。ミクは手をプラプラ振って命令する。


「はやく起こしてそいつ、私ききたいことあるし!」


 ものすごーく偉そうな、ミクの重圧を背中に感じながら、私はセレムに聞いた。


「どのくらいあればいい?」

『結構深刻だから、これくらい』


 セレムは頭を回して空間に水滴を出した。


 ……小さじ一杯くらいかな。塔のアレクの時ほどじゃないけど、結構切らないとダメだな


 私がナイフを取り出したとき、セレムが騒いで部屋から逃げていった。

 私は手を洗い、左の手のひらにナイフを押し付ける。スッと引くと血が珠のように浮かぶ。痛みに顔を歪めつつ、手のひらに血をためて、その血を男の口にぽたぽたと垂らした。


「……これくらいかな?」


 私はジーンから気持ち離れ、手を布で固くしばった。血が止まるまでしばらく手を心臓より上にあげる。


「……痛い」


 目を覚ました男の第一声がそれだった。私とミクが寝ている男に近付く。


「大丈夫? 君ずっと倒れていたよ」


 私が顔を覗いて言うと、男は何回かまばたきをして目を閉じた。


「検索出来ないんだが、なにこれ、回線切れ?」

「君が言うとインターネットみたいだよね、この部屋は私の力を封じる部屋なの。世界樹とリンクを張れないのはそのせいだと思うよ」


 男は寝たまま自分の左手のひらを触っていたが、傷が無いのを確認して、だるそうに私を見た。


「その手は?」

「あ、これ? 君が魔力切れだったからね、少し切っただけ。大丈夫だよ」

「……少し?」


 ジーンは私の左手を触ろうとしたが、アマミクに睨まれたので手を引いた。


「水竜に話したい事がある……」

「セレムは痛がりだから、はるか高みのお空にいると思うよ」


 ジーンはむくりと起き上がった。


「ちょっと地竜と話してきます。コウはこの部屋にいるように。扉も閉めて、きっちりね……」


 ジーンはそう言うと足早に部屋から出ていった。ミクと私は顔を見合わせて首を傾げた。


「なにあれ?」

「さあ?」

「一体何者なんだ? アイツ」

「……あっ!」


 ……アマミクにジーンは敵じゃないと説明するなら今! 


「私、アマミクに話があります! 来て!」


 ベッドに飛び乗り、アマミクを招くと、ミクは楽しそうに寄ってきた。

 私は口に手を当てて、小声でミクに話す。


「実は、アノヒトが私が探していた人なのです……敵じゃないよ」

「へっ? あいつ十五才じゃないけど?」


 わけが分からないというミクを、私はなだめた。


「十五才の彼の体は、別の人が動かしているみたいなの。その本体も、今日動いているのを見たけど、中身で言えばさっきの竜の人が私の好きな人なの……」


 ……ぐわぁ、自分で言っても照れる。顔から湯気が出る。


「へぇ……子どもかと思っていたけど、ずいぶんと年上だったわね。で、何? あれと聖地で何かあったの?」

「だから竜だって言っているでしょ? ミクは火竜と長くいるけど、何かあったりはしないでしょ?」

「火竜とはもちろん何もないけどねー」


 そう言ってミクは私の顔をニヤニヤしながら見る。

 

「じゃあ何でそんなに顔を赤くしているのよ?」

「こ、これは……」


 私は怖い方の信を思い出して手で顔を覆った。


「竜のほうじゃないヤツと何かがあったってこと?」

「……ひぇっ!」


 私は図星をつかれてうろたえた。

 

「何もない、何もないよ、ちょっとキスされただけ!」


 それを聞いたミクの髪がぱっと赤く光った。ミクは体を乗り出して私に寄ってくる。


「それって、白い薄い服と黒っぽいズボンをはいたチビ? それなら私見た、挨拶して逃げた!」

「挨拶?」

「うん。再生してくれてうれしい、また来ると言ってた」


 ……あの凶悪な人が、ミクにはちゃんと話したのか。

 

 私は信じられなくてポカンと口を開けた。ミクは私の頬をそっと撫でる。


「じゃあさっき頬が腫れていたのは、あのチビにやられたのか。ふてーやろーだ。今度会ったらこらしめてやろう」

「ミク、ダメ。あの体はさっきここで寝ていた人のものなの。とっても大事だから絶対に傷付けないで……」

「だって、あいつがセダンに魔物を差し向けた敵なのでしょう? 傷付けないでどうやって戦うのよ?」

「説得する! そう、話し合う!」


 ……そうだ、話し合って、あの人には私の世界に来てもらわないといけないんだ。あの怖い人に


 私の脳裏に、首を絞められて、叩かれた時の恐怖が浮かんだ。私は彼を説得する事が、どれだけ難しいかを思って、ぎゅっと目を閉じた。

 それを見たミクは、がばっと私に抱きついて頬を寄せ、よしよしと私の頭を撫でた。


「ミクさんどうしたの? 何で撫でるの?」

「んー、理由なんてない。やりたいからやっているだけ」


 そう言って、楽しそうに頬ずりをしている。


 ……ミクさんはちょっと、本能的に行動しすぎなのでは無いだろうか。


 私はベッドの上でアマミクに巻き付かれて、存分に頭を撫でられていた。


 ……ミクはちょっとエレンママみたいだから、こーゆーのを嫌だと思えないんだよなぁ。むしろあったかい。ミクさんは髪の毛も肌もふわふわしてる。


 アマミクに抱きついてしあわせ気分に浸っていたら、ドアをノックする音がした。

 ジーンが戻って来たのかな? と、ドアを開けると、そこにはアマツチが立っていた。



◇◇


 地竜の巣に行ったジーンは、アマツチを連れて姫の部屋に戻った。

 ジーンはノックをしてドアを開けるが、うっと唸って扉を閉じた。

 アマツチはジーンを避けて扉を開け、問題は無いことを確認すると、部屋の中からジーンをの様子をうかがっていた。


「ああ、竜の人は爺さんと同じく、コウちゃんの怪我の痛みが伝わっているのか……」


 ジーンは僅かに頷くと、アマツチを押して部屋に入った。アマツチは追いかけて、ジーンの顔を覗き見る。


「……真っ青ですよ、大丈夫ですか?」

「扉を開けているとNo.1に影響が出ます」

「ヤバ、じいちゃんに怒られる!」


 地竜に伝播すると聞いて、アマツチは大急ぎで扉を閉めた。


 部屋の奥にある天蓋付きのベッドには幸が座っている。ベッドの奥にはアマミクが寝転がり、警戒するような目で侵入者を見ていた。


「姫? この人守護竜だよ? なんでそんな敵を見る目で警戒してんの?」

「はぁー? 白竜だって守護竜じゃん、守護竜が悪さしないとは限らないでしょ!」

「そっか、あの白い女性と戦ったんだっけ……」


 ヴーッと唸りそうな様子で魔物のように警戒しているアマミクは放置して、アマツチは幸に右手を伸ばす。


「コウちゃん、手を見せて」


 幸は右手を「はい」と出す。


「ちがう、そっち」


 アマツチは怪我をしているほうの手を指した。アマツチは幸の左手に巻いてある布をほどいて、ウッと顔をしかめる。


「うわ、かなりざっくりやったな、痛そう」

「……かなり痛いですよ。よくそれで平然としているなと感心するくらいに」


 ジーンは部屋の壁に寄りかかり、目を閉じ下を向いていた。

 アマツチはジーンを連れてきて幸の側に座らせる。そして手から光る糸を出して扉に挟み、部屋の外に立った。


「爺さん、状況送るから指示して」


 アマツチがそう言うと、アマツチの体がほんのりと光る。扉の外から糸を通じてアマツチの声が室内に響いた。


「竜の人、コウちゃんの怪我をしてる手を持って」

「はい、持ちました」

「頭の中で、樹木に修復要請と成体ナンバーをいうんだと」

「成体ナンバーとは?」

「あー……うん、個体情報を検索すればわかるらしいけど、その子どもはNo.0だって」

「ゼロなんだ、私……」


 ジーンは目を閉じて、言われたようにする。すると、幸の手と頬と首が緑の光につつまれ、傷口を癒していった。


「あ、治った」


 幸は自分の手を見て数回グーパーしていた。ジーンは幸の手を裏返して、異常が無いか確かめた。


「アレクみたいになめなくても治るんだねぇ」

「それはおそらく、先に糧を得てから、幸の血を糧に傷を治しているのかと」

「キミはあれか、さっき血を飲ませたからそれで補給出来るのか」


 幸はしばらく考えて、ジーンを見る。


「傷を治したからまた魔力減ったんじゃない? また補給する?」

「そうするとまた治さなきゃならなくなるからやめなさい」

「そっか、なら今度は治す分も多めにあげなきゃ」

「……コウ」


 ジーンがたしなめるように言うと、幸は怯えた顔を見せた。


「この体の魔力の値に限界があるので、それ以上与えても意味はない、今の考えは改めなさい」

「……えっ?」

「コップからはみ出る量の水を入れてもこぼれるだけで、こぼれた分は飲めないだろう」

「ナイスたとえ! 理解した!」


 分かった! と喜んでいる幸に、ジーンが頭を抱えていると、三の姫と目が合った。

 三の姫はポカンと口を開けて驚いている。

 

「私、緑の魔法って初めて見た……」

「魔法って色があるの? きのう襲撃してきた人は青かったよ」

「青?」


 驚くミクに、いつの間にか部屋に入って来たアマツチが補足する。


「えーっとね、この世界の魔法は赤の魔法なんだ。それは、サーの結晶が魔力源だからだよ」

「じゃあ、アスラの紫の結晶は紫魔法なの?」


 私はアマツチに向かって聞いたが、ミクが答えた。


「あれねー、サーの結晶に青いものをかけてたから混色って事だと思うのよね」

「……ふーん」

「って、私にもよく分からないのだけど」


 アマミクはベッドの上でゴロリと寝返りを打つ。顔を上げると、アマツチがジーンの顔の前で手をヒラヒラさせていた、


「……大丈夫? なんか停止しているけど?」


 ジーンはハッと我に返って、呆然としながら呟いた。


「青の魔法は俺の本体から出ている。その体を邪神が使っているから、双竜を使役出来る……アスラに拠点を張っているのは、サーラレーンだ……」


 アマミクがベッドの奥から這ってきて、訝しげにジーンを見る。


「なあに? 昨日のちびっこが邪神なの? あの子どもが白竜を使役して、塔とここを襲ったってこと?」


 ジーンは眩暈を起こしたように、顔を歪めた。


「……情報が散漫すぎて拾えない。俺の血は青くなる事と、レーンはアスラで魔物を育てている事などは断片的に分かる」

「フレイの夢を見たばかりの私みたいになっているのね。そのうち、雑多な情報が沈むよ。相手の記憶が馴染むまで、時が経つのをまつといいよ」

「幸はいつもこんな不安定な記憶の中で生きていたのか……」

「アハハ、自分の記憶なのか、他人の記憶なのかわからなくなるよねー」


 分け知った顔で話すふたりを見て、アマミクは警戒するのをやめた。アマミクは幸の枕の上に頬杖をついて、くつろぎはじめる。



 ジーンは「緑といえば……」と、腰につけている袋に手を入れた。ジーンの手の上には綺麗な深緑の結晶が乗っていた。アマミクは身を乗り出して覗き込む。


「それ、何の結晶? 綺麗ね」

「これは昨夜、セダン城を襲撃した白竜が持っていたものだ。白竜は異世界で幸の母親を殺している。その時に奪ったと思われる、母親の遺体の一部が、朝になったらこうなっていた」


 幸は呆然として、ジーンの手を覗き込んだ。


「ママの遺体……?」


 幸は震える手で、その結晶を触った。


「これを所持していたから、白竜は幸の母親の人格を保持していたし、色を変えることが出来たようだ。他にも数人の人格を思わせる言動をした」

「だから人間っぽいし、白竜なのに金髪だったのか……」


 塔にいたファナを思い出して、アマツチが成る程、と頷いた。ジーンはゆっくりと息を吐く。


「異世界人の血肉は、こっちでは結晶化し魔力源になるらしい……」

「異世界って、私の血もそうなるの?」


 幸は驚いて立ち上がり、さっき血を拭いた布を探した。それはベッドの端に落ちていて、血はついていなかった。


「これでさっき、手の傷を巻いていたんだけど、血がなくなっちゃった……」


 ジーンは何もない所に手をやる。


「多分、気体になってこの部屋の空気に溶けているんだと。結晶化するには、ある程度の形と量、そして別の条件があるのだと思う」

「……なにそれ、わかんない」

「前例が無いんだ。サーは初めから結晶化していたから」

「ふーん……」


 幸がよくわからないと周りを見ると、アマツチとアマミクも二人を見ていた。ジーンは石を幸に渡す。


「とりあえずこの石は幸に渡すよ。帰ったらママのお墓に入れてくれ」

「……ママ……こんな遠くに、隼人から離れちゃったね、ゴメンネ……」


 幸は手渡されたママの形見に触れ、そっと涙をこぼした。

 幸に石を渡すとジーンは立ち上がり、アマツチにお礼を言った。


「一の王、介在してくださってありがとうございます、おかげで回復手順を理解しました」

「いや、俺もちゃんと礼を言っていなかった。聖地では色々ありがとうございました」


 お礼を言い合うふたりに、ミクがススス……と近付いて、アマツチの耳にボソボソと耳打ちをする。するとアマツチは軽く驚いて、ミクを見た。二人は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。


「じゃあコウ、私セダン王に昨夜の報告してくるわね。アマツチは連れていくから、あんたらはここで養生しなさいね!」


 ミクに肩を捕まれて、アマツチも出ていく。アマツチは去り際にコウにウインクした。

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