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消えた幼馴染みを探しに異世界転移します  作者: dome
八章(セダン・再)
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8-5、敵襲


 魔物の大群がセダンを襲って来たらしい。

 幸は不安にかられ、隔離部屋の窓から南の空を見ていたら、アレクが地下から戻って来た。


 アレクが言うには、ファリナへの扉の解錠をしていたが、敵襲があったというので作業を中断し戻って来たらしい。地竜は地下の避難所を開けて、民を守っているとか。


「地下って避難所なんだね、地竜の守りは鉄壁だもんね、さすがオージンさん、すごい」


 のんきに地竜を称えていると、アレクは寝巻きの私を抱えあげた。

 そのまま隔離部屋から通路に出る。


「どこにいくの? アマミクがここにいろって」

「地下に」

「それは避難だね? 私、自分で歩けるよ?」


 そう言っても、アレクは私を下ろす気は無いようで、私を抱える手はビクともしない。私は自分で歩く事は諦めて、アレクの首にしがみついた。



 アレクは私を抱えたままセダン城をひた走る。

 いつも賑やかな通路には人はいないが、遠くや地下からは鐘の鳴る音や人のざわめきが聞こえた。

 既に避難が終わったのか城の中に人はいない。兵士は外に、戦わない人は地下に逃げたんだろう。

 私はアレクの肩越しに辺りを見ていた。


「……ふぎゃっ!」


 突然アレクが足を止めたので、勢い余ってアレクの頭にしがみつく。

 何があったのかと、進行方向を見ると、直線の廊下のかなり先に白いものが見えた。


 ……あれは人かな? なんだか小さいな、この世界に子どもはいないから女性かな?


 私はその人をよく見ようと目をこらす。

 木の柱が並ぶ広い廊下を、背の低い、白い服を着た子どもがいる。その子はこっちに向かって真っ直ぐに歩いてきた。


「……アレク? どうしたの?」


 さっきまでは頑なに下ろしてくれなかったのに、アレクの手の力が緩んでいるので簡単に下りられた。

 アレクは立ち止まり、じっとその子どもを見ている。

 常時不機嫌顔のアレクだが、まばたきもせすに凝視する様子は、警戒しているように見えた。


 そんなアレクの様子におかまいなしに、子どもは真っ直ぐにこちらに歩いて来る。その姿はとても見覚えのあるものだった。


 今の私くらいの身長、半袖の真っ白い開襟のワイシャツ。そして、紺のズボンに白のスニーカー。

 それは日本では当たり前の、中学校の制服だが、この世界では着ている人はいない。

 剛毛で跳ねる黒髪に、太めの眉と大きな黒い瞳。私がずっと探していたその人が目の前に立っていた。


「信……」


 ……体を見つけたんだ、良かった。


 私は信の姿を見て駆け寄ろうとしたが、ふと違和感を感じて足が止まった。

 その人は一見、昔よく見ていた少年に見えるが、表情があまりにも違っていた。


 「犬のようだ」と言われていた、ひとなつっこい黒髪の少年の顔は、同じ笑顔なのにどこか歪んでいて、禍々しいもののように見える。


 ……怖い。


 私は信に駆け寄ることも出来ずに、アレクとふたり、廊下に立ちすくんだ。

 その沈黙を、少年が先に破った。


「探したぞ、No.6。まさかこんなところにいるとはおもわなんだ」


 背筋にゾクッと冷たいものが走った。

 体と声は同じなのに、喋り方も使う言語も全然違う。この世界の言葉を喋る信の声は、あまりにも低く、抑揚の無いものだった。


 ……信とは違う何か別のものが、信の着ぐるみを着ている感じ? 誰か別の人が信の体に乗りうつってる?


 少年は微笑みを貼り付けたまま、一歩一歩私のほうに近付いて来る。


「まさか一緒に女神もいるとはなぁ……驚いた。約束通り再生していたのか。女神の居場所は不思議と検索できなかったのにな。樹木もあまり信用できんな……」


 アレクは私を隠すように少年に対峙した。そして少しずつ後ろにさがる。

 アレクは後ろの階段を指して、小声で私に「逃げろ」と言った。

 私はうなずいて階段を飛ぶようにかけ下りた。



◇◇


「……あっ!」


 男は驚いて幸を追いかけようとしたが、黒竜が立ち塞がった。

 誰もいない廊下に、チッと舌打ちの音が響く。


「誰が主か、忘れたのか、No.6……」


 黒竜は男の肩をつかんだまま、微かに首を横に振る。男は手を離せと命令するが、黒竜は無視をした。


「No.5と分離したときに契約がはずれたのか。道理で察知しにくいと思った」


 男が何かを呟くと廊下を青い光が照らした。男の足元に魔方陣が敷かれ、魔方陣は黒竜を拘束した。黒竜は陣の中で崩れるように膝を折った。

 男は黒竜をの額に手をのせて言う。


「我が竜として、我が命に従え」


 黒竜は顔を手で覆いしばし抵抗していたが、なすすべもなく主を承認した。


「……おおせのままに、サーラレーン」


 黒竜の顔から表情が消えたのを見て、レーンは黒竜に背中を向けた。


「さあて、兎狩りをたのしもうか……」


 男は笑って幸が下りた階段に向かった。黒竜も後から男についていく。外では、人の悲鳴と魔物の咆哮、そして三の姫の戦う音が聞こえていた。



◇◇


 誰もいないセダン城の廊下を私はひとり走っていた。

 私は出来る限りの全速力で走ったが、足の遅さと体力のなさに、あっというまに追い付かれた。角を曲がる時には追い掛けてくる信の姿が見えた。


 ……ダメだ、足の速さで信に敵うはず無い。


 私はとっさに近くの部屋に飛び込んだ。

 扉についている、木製のドアフックを引っかけて鍵を閉める。

 そのまま部屋の奥に進み、棚と衣装箱の隙間に隠れた。


 ひとりで隠れていると、息や心臓の音がやけに響く。これじゃあ見付かってしまうと、息を整えるが、怖くて余計に鼓動が早まる。


 今見た信の姿は校庭で消えた時の服装だった。服は綺麗で、とても五年前の制服だとは思えない。

 イギリスの湖で見たのも多分彼だろう。No.7の体に信が入ったように、空いた信の体には、誰か別の魂が入っているのだ。

 書庫のジーンさんはこの事を知っていたんだ。あのとき彼は湖に映った信の姿を見て何て言った?


 ――激怒して、私を殺しに来るかも


 何であんなことを言うのだろうと、あの時は不思議に思った。信はそんなことをしないのにと。しかし、今思うとあれは、信の体に入っているあの人だったらどう反応するかと言う答えだったんだ。


 ……激怒とか、殺すとか、そんな酷いことが出来る人。


 私はブルッと震えて自分の肩をさすった。

 

 ……笑っている信を、怖いと思ったのははじめてだ。信の体には、誰が入っているんだろう?


 自分が震えているのか、外で戦っているゆえの振動なのかは分からないが、私の体は震えていた。私は緊張と混乱で気がおかしくなりそうだった。



 私の隠れている場所はあっさり見つかった。

 それもそうだ、彼は「検索」と言っていた。彼には私の居場所が分かるのだ。

 部屋の入り口で扉の壊れる音がして、顔を上げると、部屋の入り口にアレクが立っていた。


「アレク!」


 ……助けに来てくれたんだ!


 私は駆け寄ろうと、棚の隙間から顔を出すが、いつも無表情のアレクの顔が、苦痛に歪んでいたので足が止まった。

 入り口で立ち止まるアレクの横から、信の姿をした男が部屋に入ってきた。

 どこに逃げようかと部屋を見渡すが、入り口しか逃げ道は無い。男は私の目の前まで来て、薄く笑った。


「不本意だな、何故逃げだすのか? そして何故こんなに容易く捕まるのか? 本当に女神は、弱い、ただ見てるだけの生き物だよな」

「……ひっ」


 男が私に手を伸ばしてきたので、私は振り払ってアレクの立つ入り口に走った。暗い部屋にチッと舌打ちの音が響く。


「No.6、その女を押さえておけ」

「……アレク!」


 アレクは素早く動き、私をつかまえて、背後から両腕をつかんで私の動きを封じた。


「アレク、アレク離して……」


 必死に頼むが、アレクは私の手を離さなかった。

 男は笑いながらゆっくりと私に近付き、私の頬に触れた。薄く笑うその顔を見て、私の腕に鳥肌が立った。

 怖くて逃げようともがく私を見て、彼は意外そうな顔をした。


「まさか我を忘れたのか……」


 ……シラナイ、信はこんなふうに笑わない。


 私が首を振ると、男はため息をついてうなだれた。再び男が顔を上げたとき、顔から笑顔が消え、ほの暗い怒りが滲んでいた。


「あなたは誰? 信の体をどうしようというの?」


 目の前の男に、身動きのとれない私は震えながら聞いた。


「シン? ああ、お前も中身が違うのか……。No.6が後生大事にしてるから、女神のほうかと思っていたよ」

「女神って、フレイのこと?」


 男は片眉あげた。


「おや、フレイをご存じで?」

「あなたは、フレイの何なの? あなたはフレイの知り合いなの?」


 男は突然私の髪の毛をつかんだ。


「……ヒッ」

「先に我の質問に答えろ、お前はフレイか?」


 男は微笑したまま不機嫌そうに言う。


「わ、私は、シノザキコウ。フレイはずっと前に殺されたわ……知らないの?」


 男の命令に従って私を拘束していたアレクが言う。


「ほぼ相違ありません、彼女がフレイです」

「へえ……」


 男は髪から手を離して、黒竜と私を交互に見た。


「彼女は貴方と同位の存在です。無下に扱われることないようお願いします」


 ……ああ、アレクは正常だ。いつもどおり私を守ろうとしてくれている。でも、この人に逆らえないみたい。この人は守護竜よりも偉い人なの?


 男は失笑し、黒竜をにらんだ。


「我はお前らにフレイを連れてこいと命じた。こいつは違うだろ?」

「フレイはコウに現れます。二人は同じものです」


 男は私に顔を近付けた。


「なら呼べ、フレイになりかわってみろ」


 ……そうか、この人はフレイを探しているんだ。なのに、中身が私の事に怒っている。だったら、フレイに会えば満足してアレクを解放してくれるかもしれない。


 私は目を閉じて、自分の中にフレイを探すが、フレイは沈黙していて答えてくれなかった。


「反応が無い……。フレイはたまにしか出てくれないの。消えたわけでは無いと思うのだけど……」


 私は目の前の人を恐る恐る見た。


「……あなたは、誰?」

「我はサーだ、フレイなら知ってるだろ?」


 私は首を横に振った。


「フレイの記憶に、貴方は出てこなかった」


 私がそう言うと、それまでずっと薄ら笑いを浮かべていた男の顔から表情が消えた。

 窓の外が炎に照らされて、その光が男の瞳に赤く映り込む。私は恐怖を覚えて身をすくめた。


「……ならば、お前はフレイではない」


 男は静かに怒り、両手で私の首を締めた。


「……っ!」


 気道を塞がれ、痛みと苦しさに襲われた。私は逃れようと手を動かすが、後ろ手をアレクに捕まれているためにどうにもならなかった。

 視界が暗くなり、意識が遠くなる……。

 私は死ぬ、と思ったが、アレクが私から手を離し、男の両腕をつかんだ。


 突然拘束から解かれた私は、床に伏せてゲホゲホとむせた。私は遠くなりかけていた意識を繋ぎ、必死に空気を貪った。


 ……このむき出しの殺意は知ってる。


 これは日本でレアナから向けられたのと同じものだ。怒りや憎しみよりも、悲しみが透けている殺意。本来はサーによって精神の安泰が守られている守護竜にあるはずのない感情だ。レアナの怒りや悲しみは、この人から学んだものだったんだ。


 ……フレイに恨みや悲しみがあるとしたら、それはアスラやセダンを破壊した事だろう。


 私はフレイが壊したアスラ崩壊の夢を思い出して、目の前の男の怒りを買うのは仕方のない事なのかもしれない。と、朦朧とする意識の片隅で思った。


「手を離せ。主に逆らうつもりか」

「うぅ……」


 アレクは男から手を離すと、頭を抱えて苦しそうに頷く。


「私の主はサーラジーンです……貴方ではありません」


 背の高いアレクを男はじっと見ていた。


「建前上はな。でも、この世界に肉体がある以上お前は契約に縛られる。お前は俺の下僕だ。No.6、この女を殺せ」


「……うう」


 アレクは頭を押さえて苦しみ始めた。

 私は心配でアレクに這い寄り、アレクの背中をさする。アレクの顔色は蒼白で、体はガクガクと震えていたが、一瞬私の顔を見て、そのまま床に崩れ落ち、意識を失った。



◇◇


 セダン城の城壁の上で、アマミクと白竜は対峙していた。アマミクは燃える大剣を真っ直ぐに持ち、剣先を白い女に向ける。


「あんたもしかして塔にいた金髪の女?」

「あはは、そうよ、私が塔の開発担当研究者でカウズの助手の、世界一美人なファナさんですよー」


 人を侮蔑するような嘲笑に、アマミクの心に殺意が宿った。


「あの塔ったら、おかしいったりゃありゃしない。みーんな、私をヒトだと思って、死んだものを差し出してくるのよ。竜はそんなもの食べやしないというのに。私頑張って食べるフリして後で取り出してたわ、死骸」

「……あんた、竜なの?」

「あら、聞いてないかしら? あなた、あんまりあの子どもに信用されてないんじゃなぁい?」


 白竜は大げさに体を揺らし、さも楽しそうに喋る。


「私はNo.5、白竜ともいうわ。今日はね、奪われた相方を助けに来たの。双子の片割れをさらうなんてひどいじゃない? 許せないわ」


 ペチャクチャとよく喋る竜にアマミクは閉口した。


 ……なにこいつ、本当に守護竜なの? まるで人間みたい、とても感情制御されているとは思えない。気持ち悪い。

 

 アマミクは背中が冷えるのを感じたが、目の前の女に負ける気はしなかった。力も魔力も自分のほうが強い。その差は圧倒的と言っていい。

 白竜は露骨な殺気を感じて、嬉しそうに身を震わせた。腕に押し付けられた豊かな胸が誇張される。


 ……緑の魔女もそうだった。こういった、女であることを、弱さを誇張して武器にする。こんなヤツは大嫌いだ。


「今日は、かわいい私の国民たちの御披露目でもあったんだけど、三の姫がいたとか誤算だったわー」

「……何で? 守護竜は王の居場所を樹木に聞けるのに」


 白竜は、頬を染めてクスクス笑った。


「……だってぇ、また、あの女に男を取られるのに、側で見てたいなんて、フツー思わないじゃなぁい?」


 アマミクには、その言葉に該当する人物はコウとアマツチしか思い浮かばなかった。


 ……この女、守護竜なのにコウが異世界の男を探していることは知らないのね。探し人まっしぐらのコウが昔みたいにアマツチとどうにかなるはずはないのに。この女の目的は、私を馬鹿にして戦力を削ぎたいのだろう。そんな手にのってやるもんか。


 アマミクは、目の前の女を消し炭にするには、どれだけの火力がいるのかを探るために、じっと見ていた。


「あんた、植物担当じゃないの? なんで魔物が我が子とかいうの?」

「フフッ、動物でも植物でもない生き物がいたら、それを管理するのはどの竜なのかしらね」


 楽しそうに話す女にアマミクは聞き返す。


「……もしかして、火竜の巣穴に紫の霧まいたのアンタ?」

「あー、あれね、うかつに近付けないから困っちゃうわよね、ちなみにアレをやったのは火竜本人よ」

「……は? アノ子が蓋するのはムリでしょ、仕掛けている間に寝ちゃうわ」

「アラアラ、脳ミソ筋肉なのによく考えたわね、でも本当なのだから、真実は奇なりってやつよね」


 アマミクはポカンと口を開けて女の姿をした守護竜を見た。目の前の女は戯れ言と嘘しか言ってないように聞こえるが、守護竜ならば嘘は付けない筈だ。火竜が巣に蓋をしたのは真実なのか?


「あれは元はサーの親切だったの。あの巣に滞在したときに、サーは自らの結晶を火竜に礼として渡したのよ。でも火竜はそれを表に捨てたみたい。それがああなった……のかしら?」

「……サーラジーンが、火竜の巣にいたの?」

「ウフフ、自分の竜でしょ、本人にお聞きなさいよ」


 白竜は頬を紅潮させて笑っていたが、瞬きを数回して真顔になった。


「あら終わったみたい、けっこう早かったわ。話題が持つかヒヤヒヤしちゃった、お陰で猿と戦わずにスンダ……ラッキー」


 白竜が逃げようとしたので、アマミクは剣を投げつけた。剣がかすった場所に炎があがる。


「はずれー」


 白竜はさも愉快と笑い、白い鳥の羽を出して空を飛んだ。


「あーもーっ! 人の形をして、飛行可能なのとか、ずるい!」


 アマミクは形を炎に変えて、戻ってくる剣をキャッチし、また大剣に戻れと命じる。アマミクが白竜の飛んだ方向を目で追うと、黒竜がコウを抱えて立っているのが見えた。


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