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そう言って朱音の方を向けば、朱音は目に涙を溜めていた。
さっきまで色々な事が嫌で仕方が無かったのに、いつも笑みを浮かべて優しく微笑んでいる印象しか無い冬真があんな表情で話したことを聞いてしまったせいなのか、朱音の心が酷く苦しい。
冬真はポケットから真っ白で綺麗なハンカチを出すと、そっと朱音の瞳から少しだけ流れた頬の涙を拭う。
しかし朱音は目の前の冬真に視線を合わすこと無く俯いてしまい、冬真はハンカチを持ったまま心配そうにそんな朱音に落ち着いた声で話しかける。
「すみません、とても不愉快だったでしょう。
部屋に戻りますか?それとも何か飲み物を持ってきましょうか?」
冬真が心から心配しているのがわかる。
それが余計に朱音の涙を溢れさせた。
「・・・・・・嫌なら、突き飛ばして構いませんから」
真面目な声でそう言うと、冬真は朱音のすぐ横に座り朱音の肩を引き寄せ、ゆっくりと頭に手を伸ばし朱音の黒髪を撫でる。
朱音は驚き身を固くしたが、段々と何か押さえていたものが溢れ流れ出てきたのか、声を押し殺したように泣き出した朱音を冬真はただ優しく髪を撫でていた。
しばらくして落ち着いてきたのか顔を上げようとした朱音に冬真がハンカチを差し出すと、頷いてそれを受け取り顔に当てる。
「あと、で、洗って帰し、ます」
泣いてまだ呼吸が苦しいのか、途切れ途切れになりながらそんなことを言うと、
「あの」
身体を起こし座り直した朱音はそう声を出し、また俯いた。
「私の母が亡くなったことは、お話ししましたよね」
「えぇ、高校生の時ご病気でと」
「違うんです」
朱音は俯いたままで、冬真は何も答えずに疲れ切ったようにも見える朱音の横顔を見つめる。
「母がなくなった本当の理由は過労死です。
父が、その、私が中学の時リストラにあってなんとか転職したんですが給料が凄く減ったそうで、母はパートに出ました。
でもすぐに転職した会社も辞めてしまって、一時期は母のパート収入だけに頼ることもありました。
私は高校の進学も諦めようかと思いましたが、母が大学まで女の子でも行きなさいと。