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「なんだかんだ二時間以上いたのね、おいくら?」
「頂かなくて結構です」
財布を鞄から出そうとした理恵子は冬真の返事に目を丸くした。
「その代わり、今度加藤さんが舞台に立つときに招待して頂ければ」
冬真はとても優しげに理恵子に微笑みかけた。
思わず口を結んだ理恵子は俯く。
なんてやり方をするの。
本当に悔しい、でも、嬉しさが勝ってしまった自分に口元が緩むのを感じ、それを悟らせないように理恵子は口元を引き締め直す。
「わかったわ。
その時はあなたと、そこの女の子の分のチケットを送るから楽しみにして頂戴」
「そんな、私は何もしてないので」
朱音が慌てて断ると理恵子は笑う。
「あなた、午前の部でも私のチラシ配りとかしてたわよね、歩道まで出て。
終わってステージから掃けるときも、素敵でしたって拍手しながら声かけてくれたから。
あの時はイライラしてたからお礼言えなくてごめんなさいね、それとさっきの言葉、ありがとう」
明るくそう言った理恵子に朱音は驚いた表情をしたが今度は恥ずかしそうに、ありがとうございます、と答え、それを見ていた冬真は目を細めた。
モアッサナイト扱う店の連絡先を理恵子に伝え、冬真は、加藤さん、と声をかける。
「例のサファイアらしきペンダントをしていた女性の名前をフルネームで教えては頂けませんか?
出来れば連絡先も。
実はここだけの話しにしておいて頂きたいのですが、盗品の可能性がある物はリストになって我々の業界に連絡が来るのですが、それにとても似ているんです。
確認を取りたいのでお願いいたします」