28
理恵子はぼんやりあのイベントで歌ったときのことを思い出していたが、そんなに客が喜んでいるとは思えなかった。
それとも感じ取れなかったのだろうか。
沢山客がいたわけでも、拍手喝采があったわけでもない。
子供連れも何組か見かけたが、あまり反応を気にはしなかった。
何だかあの宝石の一件から宝石ばかりに囚われて、自分の本来すべきことと、感じなくてはいけないことが疎かになっていたのではないだろうか。
未だに目の前の男に腹は立っている。
なのに、歌で見返してやりたいと湧き上がるその気持ちは、憑き物が落ちたように清々しかった。
「いいわよ」
ずっと黙っていた理恵子が浮かべた笑みは、自嘲なのか、諦めなのか、朱音にはわからない。
「アドバイスを受け入れるわ」
ただ最初来たときとは全く違う表情をしている理恵子に、朱音は驚く。
朱音からすれば、冬真は喧嘩を時々売っていたり、よくわからないことを提案しているように思えて不安に思い、こんなにもあの理恵子が表情も態度も変わるとは想像できなかった。
「さて、どういたしましょう」
だが冬真は理恵子の気持ちがわかっているように優しく微笑む。
「モアッサナイトでネックレスを作りたいの。
ここで作ってくれるの?」
「いえこちらでは。ですので僕が信頼するお店を紹介しましょう。
そちらは既にアクセサリーとして作っていますのでルースから始めるより割安ですし、それらが気に入らなければルースからある程度なら作成してくれますよ」
「ねぇ、そこ、紹介割引ってある?」
そう言ってにやっと笑った理恵子に、
「僕の紹介だと、裏からとっておきの品を持ってきてくれます」
そう冬真が返せば、理恵子は大きな笑い声を上げる。
その笑い声はとても明るく、声が通ってこの洋館に広がった気がした。