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たったここにいる間ですら、宝石に振り回されてしまった、声楽家である本来の自分を自分が置き去りにして。
そんな自分を見透かしたように、声楽家なら宝石で勝負せずに実力で勝負しろとこんなやり方で説教してきた。
段々考えていたら腹が立ってきて、何か一言言わないと気が済まない。
理恵子は正面で澄ましたような顔をしている男を睨んだ。
「あの」
朱音は実にタイミングが悪かった。
理恵子が冬真を睨んでいる時に声をかけてしまったことに気が付き、朱音は自分の間の悪さに泣きそうになる。
「どうしました?」
横にいる冬真が優しく笑みを浮かべ、理恵子も朱音を不機嫌そうに見ている。
もう何でもありませんとは言えなくなって、朱音は理恵子の方を向く。
「あの、私、音楽は素人ですし何もわからないのですが」
理恵子は、何を言い出すのかと不審そうな表情だ。
「私は加藤さんの歌声、凄く綺麗だなって思いました。
聞いていた子供達が帰るとき楽しそうに歌ってたりしてたんです。
その、歌って凄いなって、思って」
ぽかんと自分を見る理恵子に、朱音は自分が失敗したことを悟った。
冬真なりにきっと意味があって言っているのをわかって欲しい、そして何より、理恵子自身に歌が素敵だったと伝えたかった。
なのにこんなにも薄っぺらい言葉しか出せず、自分の語彙力のなさに情けなくなる。
もっと頭が良ければ上手く伝えられたと思うのに。
「・・・・・・子供さんが歌ってくれたの?」
理恵子は顔を少し下げそう聞くと、はい、と焦ったように朱音は返事をする。
その後しばらく理恵子は俯きがちのまま何も言わず、朱音は申し訳なさにとにかく声をかけようとしたとき服の袖が少し引っ張られそちらを見ると、冬真が朱音を見て少しだけ顔を横に振った。
朱音は頷いてその沈黙に付き合う。