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イタリア古典歌曲というのは声楽では非常にオーソドックスなものでむしろ有名な曲も多いが、そういったクラシックに触れることの少ない日本では知らない人の方が多い。
それに日本歌曲は日本語だからこそ難しい。
一つ一つの言葉を聞き取りやすく響かせるのはかなりの技量が必要で、ついイタリアやドイツの曲を歌いがちになる世界ではあっても、理恵子は日本歌曲も手を抜かずに練習している。
プロといえどもまだ二十代、いつまででも練習が必要な世界で、より練習が必要な年齢なのだ。
多くの観客が自分の歌を聴き、嬉しそうにしたり、感動したりしているところを一度でも味わえばそれは癖になってしまう。
だからそれを味わうことの出来るよう、いつも観客を満足させる自分でいられるように、理恵子は必死にこの世界を生きている。
「随分回りくどい言い方しているけど、ようは奇をてらうよりオーソドックスな石を選べってこと?」
「それもありますが、むしろそういうものにこだわらず、加藤さんが石を本物の宝石にするくらいの野心があっても良いのでは?
あの女性は宝石で選ばれたのでしょうが、加藤さんは歌で魅了して、加藤さんがしていた宝石は素敵ね、欲しいわ、と思わせれば本来の目的は達成できるのではないでしょうか」
そう言うと冬真は美しい笑みを浮かべた。
言っていることは簡単なようで恐ろしく無茶なことをふっかけている。
音楽の世界はそんなに簡単な世界では無い。
運や人脈など、想像以上に厳しい世界。
だけどこの目の前の美しい男は、傷ついている理恵子の心に遠慮無く切りつけてきた。
宝石なんぞに頼らず、実力で勝負して奪え、と。
厳しい世界がわかってる上で。